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石橋を“飛び越えて”進んだ69年。生涯夢を追う、生姜料理専門店オーナー森島土紀子さんの食卓

独特の香りや辛みが特長で、様々な料理に使える万能調味料、生姜。身体を温める、免疫力を高めるなど、身体への効用が期待されることでも知られています。

今回取材をするのは、そんな生姜が大好きで、生姜とともに人生を歩んできたという森島土紀子(ときこ)さん。生姜料理専門店を経営し、生姜料理に関する講演や料理教室の主宰なども行ってきた土紀子さんは、“生姜の女神”と呼ばれています。

人生をかけて夢中になれる生姜の魅力。69歳になった今、土紀子さんが描く“原点回帰”の夢。自由気ままなランチをおともに、たっぷりお話ししていただきました。

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心のおもむくままに。生姜調味料のストックで簡単ごはん

肌を刺すような風が吹きすさぶ1月のある日。肩をすぼめながら住宅街の三叉路を曲がると、ひとりの女性が見えた。ふわふわのロングヘア、赤色のメガネ、若草色のエプロン。足元は、裸足に下駄を履いている。彼女が、今回取材をする森島土紀子さんだ。

しばらく自宅の前で待っていてくれたらしい土紀子さんが、「分かりづらかったでしょう、大丈夫だった?」と、はつらつとした声で出迎えてくれた。

ご自宅におじゃますると、2階のダイニングへ案内された。棚や壁に飾られた数多の調度品がにぎやかで、エネルギッシュな土紀子さんの印象とリンクする。広々としたキッチンの入口、木製の作業台を囲むようにして、なごやかに取材がスタートした。

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「パパさんが亡くなってからはひとり暮らしだから、自由にやってるの。お腹がすいたらちょっと料理するくらいかな。なにを作るかもレシピも、ぜ〜んぶ適当よ。めんどくさいんだもん、自分ひとりのために料理するなんて(笑)。でも、生姜は必ず入れる。生姜を入れないものは作らない」

この日もありあわせでランチを作るという土紀子さんは、冷凍庫からサイコロ肉を出し、数個を電子レンジにイン。「その間に紹介しようか」と作業台に並べられたのは、常時ストックしている手作りの生姜調味料たちだ。

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生姜のオリーブオイル漬け、生姜の甘酢漬け、ジンジャーシロップ、「至福漬け」と名付けた生姜と野菜の漬物が2種類。それにショウガパウダーとスパイス、小麦粉、片栗粉を合わせた「魔法の粉」もある。

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「どれもただ浸けておくだけ、合わせるだけでできるものばかり。こういう調味料があれば、料理が簡単になってすごく便利なのよ

たとえば、このオイル漬けがあったら速攻でペペロンチーノができるの。チャーハンを作ってもいいし、パンにそのまま付けて食べてもすごくおいしい。オイルは、オリーブオイルでもごま油でもなんでもよくて、ニンニクのスライスと生姜のみじんを浸けるだけ! これは本当におすすめ」

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解凍したお肉に“魔法の粉”をまとわせ、卵液にくぐらせて、熱した油に投入。

ジューッと食欲をそそる音をたてながら、小振りのお肉はすーっときつね色に変わっていく。「そろそろいいかな」と揚がったサイコロステーキを取り出すと、続いてローズマリーを油へ落とす。

素揚げすると香ばしくなって、おいしいのよ。ローズマリーは庭に植わってるから、よく使ってます」

土紀子さんの手作りだという三角形のお皿に、丁寧にサイコロステーキを積み上げて、自家製のトマトケチャップをたっぷり。シーザードレッシングを重ねて、カリカリのローズマリーを散らす。これで、この日のメイン料理が完成。

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効果なんて考えたことがない。生姜の魅力は「万能性」と「旨味」

「今日はバナナシェイクも作ろうかなと思ってるんです。ジンジャーシロップを使ってね。

私のジンジャーシロップは、生姜とザラメと水だけ。やっぱりシンプルイズベストなのよね。これがあれば、煮物とかのおかずものにも、シェイクみたいなスイーツにも、なんにでも使えるの」

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冒頭の「生姜は必ず入れる」の宣言通り、どんな料理にも生姜を使うのが土紀子さん流。日々の生活の中で、一体どれくらいの生姜を消費しているのだろう

「あのね、量はそんなに使わないの。ほんのちょっとよ。全部“生姜味”になったら飽きちゃうじゃない(笑)。料理をおいしくするために入れるわけだから、やたらめったら入れるってことはまずない。たくさん使うんじゃなくて、あくまで引き立て役としていろんな料理に使ってるって感じね

生姜といえば、身体を温める効果や、免疫力が上がる効果、消化を助ける効果など様々な健康効果が期待される食材だ。しかし、土紀子さんはそんな効用を望んで生姜を食べているわけではないという。

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「私は生姜の効果なんて考えたことないの。だって研究したこともないし、私には分かんない。もちろん、冬でも裸足のまま過ごせるとか、体感として『そういえば生姜のおかげなのかな』って思うことはあるけどね」

土紀子さんの年齢を感じさせない快活な姿を目の当たりにして、「なるほどその効果は抜群なんだな」と心の中で生姜への信頼が芽生えたところだったので、本人の無頓着な言葉に驚く。

「私が生姜を必ず使ってるのは、単純に生姜を入れると絶対に料理がおいしくなるからなんです。使うとコクが出るし、旨味にもなる。最近はテレビの料理番組でも生姜がよく使われるようになってきて、やっと皆さんが生姜の底力に気付いたんだなって思ってるの。私からしたら、本当に“やっと!”って感じよ(笑)

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大きな変形ダイニングテーブルのはじっこで、木のお膳に猫の箸置きと“おばあちゃん”と刻印されたお箸、きれいに盛られたサイコロステーキのgingerエスニック揚げ、グラスになみなみのバナナシェイクが並べられる。これが、土紀子さんの自由気ままなおうちごはん。

「うん、やっぱりおいしい!」と満足げに笑う土紀子さんには、“生姜の女神”の通り名さながらに、強く差し込む冬の光が映えている。

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趣味の延長線上で、日本初の生姜料理専門店を開く

「実は私、39歳まで社会に出たことがなかったのよ」

福岡県で育った土紀子さんは、18歳で東京の美術系大学へ進学した。大学4年生の頃に、パートナーとなる慶介さんと出会い、結婚。慶介さんの希望で卒業後は専業主婦となり、2人の娘を育ててきた。

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「その頃も絵を描いたり、子ども造形教室をやったり、テニスウェアを自分で作って委託販売してみたり、楽しく過ごしていました。昔からとにかく物を作るのが好きだったのよね

そして、39歳。次女が中学校に上がった頃、7歳上の友人やすこさんと2人で、自分たちで作った商品を販売するお店「仕事着屋しょうが」を始める。

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「たまたまね、12坪くらいの空き店舗を見つけて。やすこさんはお花のアレンジメントの先生だったから、アレンジメント教室をやったり、私は作っていた陶芸とかエプロンとかを販売したり。最初は趣味の延長みたいな感じだった。

お店の名前に“しょうが”と付けたのは、まず私が生姜好きだったから。子どもの頃からお寿司屋さんに行くとガリばっかり食べていたくらい、生粋の生姜好きだったの(笑)。

それと、生姜は料理の大事な隠し味になるものでしょう。料理にとっての生姜みたいに、お店で売る商品が『生活の大事な隠し味』になったらいいなと思って」

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「仕事着屋しょうが」の滑り出しは順調だった。「レジが閉まらないくらい儲かったのよ」と土紀子さんは得意顔。

しかし、その好況はたった半年ほどで終わりを告げる。お店の周辺に大規模な商業施設が続々と開業したことで、お客さんが来なくなってしまったのだ。開店して1年も経たないうちに、2人はお店の家賃も払えないほどの窮地に立たされる。

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「でも始めたからには辞めたくなかったの。始めるときに10年先までローンも組んでしまっていたし、2人で『続けるしかないよね』って。

いろいろ考えた結果、2人とも料理が大好きだったから、『食べ物屋さんをやってみよう!』って。でも、普通の飲食店をやったって流行らないだろうし、私は人の真似が好きじゃなかったから、私たちオリジナルのアイデアがあるお店にしたかった。

当時はニンニクがすごく流行ってて、あちこちに『ガーリック○○』って専門店があったのよ。それで『あぁ、私って生姜が大好きだった! 生姜料理のお店にしたらいいんじゃない?』って思いついたんです」

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こうして、日本初の生姜料理専門店となった「生姜料理しょうが」には、開店早々に多くのメディアから取材依頼が舞い込んだ。その効果で、すぐに大勢のお客さんが訪れるようになり、3階の店舗からビルの外まで行列を作る光景が日常茶飯事になった。

「長い時間待っていただくお客さんにも申し訳ないし、よそのお店にお客さんを取られるのももったいないでしょう。それで、同じビルの中に2店舗目『生姜軟骨料理がらがら』(ダイニングレストラン)を出したんです。それがオープンから7年後だったかな」

それでもお客さんは絶えず、2店舗とも満員、大行列の毎日。『がらがら』開店から6年後、再び同じビル内に、3店舗目となる『祝茶房紅拍手』(レストランカフェ)を出店した。

一途にこだわった生姜のお店。モチベーションは「物作りが好き」の気持ち

一過性のブームではなく、常に客足の絶えない人気店になった理由のひとつは、生姜料理にとことんこだわる土紀子さんの強い探究心だ。

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「もちろん、すべてのメニューには生姜が絶対。3店舗合わせて年間2トンの生姜を高知から取り寄せていたのよ。

それから、全店舗同じ“生姜料理専門店”とはいえ、それぞれで食べられるメニューは全部違いました。どのお店に来てもおいしい生姜料理が食べられて、また他の店舗にも来てみたくなるようにしたかった。だから、いつも私は生姜を使ったレシピを考えていたの

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日々あふれるほどのお客さんを迎えながら、のべ500以上の生姜レシピを考案してきたという土紀子さん。さらには、お店で使うお皿もすべて手作りしていたそう。そのバイタリティーの源は、「物作りが好き」という純粋な気持ちだった。「どれも好きだからやってたの。ただそれだけよ」。土紀子さんはあっけらかんと笑う。

しかし、趣味の延長線上でスタートしたお店が、瞬く間に人気店となり、拡大していくことに、戸惑いはなかったのか。社会経験のなかった専業主婦がシェフとして毎日腕を振るい、3店舗の飲食店を経営する。肉体的にも精神的にも容易なことではなかったはずだ。

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「それはびっくりしたでしょうねぇ。実際、やすこさんは『こんなに忙しいお店はもう歳だから無理だわ』って料理屋さんを始めて4年くらいで辞めちゃったし。でも、周りには助けてくれる人や応援してくれる人がいっぱいいたからね。足を運んでくれるお客さんがたくさんいることは心からうれしかった」

2017年64歳のとき、土紀子さんはお店からの引退を決意。現在は、跡取りとなった渡辺賢吾さんに運営を任せているそう。それでも、大切にしてきたお店がライフワークであることに変わりはない。

「今も週に1回か2回、人手が足らないときに接客を手伝いに行っています。行くとお客さんが『あ! トコさん(土紀子さんのあだ名)がいる!』って喜んでくれるからうれしいの」

※「生姜料理しょうが」と「祝茶房紅拍手」は現在閉店。原点である「しょうが」の店名を残すため、「生姜軟骨料理がらがら」の店長であった渡辺さんが土紀子さんの想いを引き継ぎ、「がらがら」は、2代目「しょうが」として2021年8月にリニューアルオープンした。

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良かったことだらけの人生。69歳、尽きない夢

お店に立つことと平行して、生姜料理の第一人者として、生姜を使ったレシピの考案、生姜や料理に関する講演、料理教室の主宰、他店のプロデュース、メディア出演など、あちこちに活動の場を広げてきた土紀子さん。そんな30年間を「良かったことだらけ!」とふり返る。

「本っ当に楽しかったです。きっと、お店をやっていなくてもお家で好きなことをしてたでしょうけど、やっぱりお店を自分で作れたのは良かったなぁって思う。お店は“出会いのきっかけ”になってくれたから。お店でいろんなつながりをもらえたおかげで、こんなに楽しい日々を過ごせたんだと思うもの」

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現在の生活について訊いても、過去の経験を尋ねても、土紀子さんから発せられる言葉はあざやかな陽気を放っていた。彼女のオーラは、前向きでとても清々しい。

そう印象を伝えると「まあ、客観的に見て私ってポジティブよねぇ」と笑って我が身を省みる。

よく言われるの、『石橋を飛び越えちゃう性格よね』って(笑)。叩いて渡るんじゃなくて、飛び越える。やりたいと思ったらすぐに取りかかるし、向いてないと思ったら辞めるのも早い。これまで自分が興味を持ったことは、全部やってきたと思う

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尽きない好奇心と突き抜けた行動力で歩んできた69年。良いことだらけ、とはいえネガティブな出来事がゼロだったわけではないだろう。土紀子さんだって、たまには弱音を吐くこともあったにちがいない。

「うーん。あったとは思いますよ、たぶんね。だけど忘れちゃうんだよね。嫌なことも苦労も、全然覚えてなくって、今になっても心に残ってるのは良いことばっかりなの」

辛苦の気配がまったく感じられないのは、“今”にしっかりと幸せを感じているからなのかもしれない。「なんだか不思議よね」と大きな笑みを浮かべる土紀子さんを見ていると、そんなふうに思う。

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土紀子さんが人生を楽しむマインドを培い、大切にすることができたのは、周囲の人の支えのおかげだった。彼女は過去の出会いをひとつひとつ思い起こすように、優しく言葉を重ねる。

私にはずっと、困ったときに助けてって言える人たちがいたのよ。お店を始めるときも、料理屋さんに転向するときも、両親や家族が応援してくれた。お客さんやスタッフとも、良い付き合いができた。だから、ずっとこんなに楽しく過ごしてこられたの。この歳になって残っているのは、心から信頼できる人たちとのつながりだけ。みんなに感謝、感謝ね」

そんな愛情を胸に、まだまだ土紀子さんの夢は終わらない。

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「実はね、次のお店を計画中なの。これまでの集大成として、終の棲家になるようなお店を作りたくって。

やっぱり、私の原点は『物作り』なんです。なにかを作ってるときが一番幸せ。自己満足でもいいから、もう一度その原点に戻りたい。陶芸や手芸の商品を売ったり、生姜料理を食べてもらったり、コーラスもしてるから小さなライブをやったり。ゲストルームを作って泊まれるようにするのもいいよね。いろんな友だちが来てくれたらうれしい」

そして土紀子さんは、チャーミングに肩をすくめて、朗らかな笑い声をたてる。

「あぁ、どうしてこの歳になっても、やりたいことがこんなにあるんだろう!」

それは、彼女の人柄と人生が凝縮されたような、土紀子さんらしい素敵な言葉だった。

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まるで久しぶりに実家に戻った家族を迎えるように、私たちを歓迎してくれた土紀子さん。帰り際には、生姜をパキパキッと割って、一人一かけお土産を渡してくれました。「生姜は冷蔵庫に入れないでね」というアドバイスも言い添えて。土紀子さんのフレッシュな笑顔に、生姜のパワーと、人生を謳歌する心の素晴らしさを教えていただきました。

取材:松屋フーズ・水沢環 執筆:水沢環 写真:小池大介 編集:市川茜・ツドイ