見出し画像

損得と納得・Xさんの相談

今日は、ここだけの話、Xさんからの相談内容についてこっそり書きたい。
父が所有する実家の一角に住まいを立てたXさんは、隣家に暮らす高齢の父の面倒を見ながら暮らしている。
今般、父が所有する南隣の土地の借地人から古屋を買い取って欲しいとの相談を受けたので、僕の意見を求めてきた。
Xさんの願いは、南隣家を活用して多世代が暮らすシェアハウスが実現すれば、これから始まる父の介護の助けになるのでは。
このことは、愛着のある古屋を潰さずに活用して欲しいという隣家所有者の願いと一致して、話はとんとん拍子で進展した。

いよいよ売買価格を決める段になり、Xさんは土地路線価の60%を目安に約5000万円を提示したのだが、ここで問題が発生した。
隣家はXさんの祖父の代からの借地で、契約したのは90年前のこと。
地上権の登記はなく、土地の賃貸契約があるだけだ。
現在受け取っている地代が月額5万円なので、年額60万円になり、その90年分は5400万円ではないか。
我が国の市街地価格指標は、昭和30年(1955年)を100とした平成8年(1988年)の値が大都市圏で11,104、全国平均でも7,200となっていて、90年前の1933年から現在ではさらに桁違いの値上がりとなる。
つまり、借地人はこれまで払ってきた地代全額をはるかに上回る金額で、この借地権を売却することになる。

Xさんがこのことに気付いて愕然としたのは、借地人が得をするというよりは、地主の負担が大きすぎるという疑念から。
5年や10年ならいざ知らず、90年も貸し続けてきた土地を返してもらうのに、これまで稼いだ総収入をはるかに上回る費用が掛かってしまうのはあまりにも理不尽だ。
ただ、この問題を考えるためには、借地権の仕組みをもう少し理解する必要が有る。
そもそも借地権とは、他人の土地の上に家を建てさせてもらう「承諾」のことで、「購入した権利」ではない。
従って、通常は権利としての登記も無く、建物が消滅すれば自然消滅してしまう。
ところが、建物が存在する限り土地賃借部分の借地権は存在し、その売買も相続も可能だ。
おそらくXさんの隣家もすでに相続が発生し、当時の土地路線価の60%と建物の評価額に対し、相続税が課税されたはずだ。

今回Xさん側の購入価格が路線価の60%を目安にしているのは、元はと言えばこのことに起因している。
つまり、「売主に課税されるべき相続税額相当の金額を、購入者が肩代わりする」という発想に基づいていると言えるだろう。
だがこれは、単なる「商慣習」に過ぎず、法的にも論理的にもナンセンスだ。
実際、隣家に相続が発生したのはすでに数十年前のことであり、当時の相続税額は現在の数十分の一に過ぎないし、隣家が消滅してしまえば借地権そのものが消滅する。
また、購入後いずれ隣地を売却するなら、購入価格はその時の売却価格から控除されて譲渡所得税が軽減されるだろうが、所有し続けて相続が発生すると路線価の100%が課税対象になってしまう。
このように整理していくと、借地権付き古屋を底地所有者に買ってもらうことが、借地人にとって最も得策となる訳だ。
先述の通り、Xさんが許せないのは損得勘定というよりは、貸し手側である所有者が明らかに損をすること自体の不条理だ。
購入を取りやめるだけで回避できる大損害を、わざわざ買って出る自分自身に対する腹立たしさだ。

問題は、Xさんの周りでこの不条理に憤りを感じるのが僕・松村しかいないこと。
そもそも土地の売買価格が周辺事例や商慣習で決まること自体、到底納得できる話でない。
もちろんこの不条理に気付いたのは、売った覚えのない借地権をこれまでの収入を上回る金額で買い戻す「損」と感じたからであり、「得」な話なら気付かなかったかもしれない。
だが、一旦気付いた理不尽は、更なる理不尽を連鎖的に気付かせてくれるばかり。
古屋を取り壊すのは忍びないという共感も、Xさんの「まだ使えるのにもったいない」に対し、借地人の「取り壊しては借地権が消えてしまう」が見えた瞬間に消え去ってしまう。
90年間共感してきた「税負担が増えるだけの地価高騰」という思いさえ、売買することで利害関係に早変わりしてしまう。
もちろん、交渉相手は90年間付き合った借地人でなく間に入った交渉人なので、Xさんの思いは到底理解してもらえない。
結局Xさんは、購入申し入れの撤回を決断した。

今回僕は、「損得」が作ったり壊したりする「納得」は、「損得」で繕うことができないことを悟った。
そもそも「納得」とは、「損得」から生まれるのでない全くの別物で、「損得」がその存在に気付かせてくれるだけのこと。
僕の提唱する「土地資源」では、借地人が地代を支払うことで所有権の60%を借りているだけなので、借地権を所有者の合意なく売買できることは理不尽であり納得できない。
だから、Xさんのケースは、あくまで古屋の滅失に伴う借地権の消滅であって、底地権者が古屋の取り壊しを「もったいないから免除した」だけのこと。
もしも古屋を売却したいなら、Xさん以外の購入者を探せばいいだけのことだと僕は断じたい。
それにしても今回、僕の提案はこんなところにまで波及して、あらたな「納得(合意)づくり」に取り組まなければならないことに、Xさんは気付かせてくれた。
Xさんに改めてお礼を申し上げたい。

いいなと思ったら応援しよう!