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往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第90信:2024年のトレンドキーワード、「ホラー・コメディ」~笑いと恐怖の融合は最強コンテンツなのか?~(横山裕一)

〜『よりどりインドネシア』第175号(2024年10月9日発行)所収〜

轟(とどろき)英明 様

今回で往復書簡も第90信です。これまで轟さんと順番に映画を通したインドネシアのあれこれを50本近く綴り、このペースだと来年前半には第100信に至ります。米大リーグの大谷翔平選手の本塁打数と盗塁数記録みたいな表現になってしまいましたが、それだけインドネシアに関する興味は尽きないということを改めて感じています。

前回の轟さんが触れた、ネットフリックス配信の日本ドラマ『地面師たち』でのインドネシア語の思わぬ登場は私も驚きました。従来、ドラマや映画での外国人犯罪者は華僑系やフィリピン人、麻薬絡みでタイ人が多かった印象ですが、なぜ今回インドネシア人か?轟さんらしい、縦横無尽の本稿らしい考察で面白く読ませていただきました。

さて今年も早10月。一年を総括するには早すぎますが、9月の段階でインドネシア映画の年間観客動員数が6,015万人を超え、新記録を打ち立てました。同段階での海外作品の観客数3,500万人を大きく上回っています。確かに最近、劇場で一人貸切のように鑑賞することがなくなったのも頷けます。それだけ、近年のインドネシア映画作品の充実ぶりを国民も気づき、見直し始めたともいえそうです。そんななか、今年これまでに上映されたインドネシア映画の新作で一つの特徴的な傾向が見られたので、今回はそれについて話したいと思います。それは「ホラーコメディ」作品が乱立したことです。私が鑑賞したものでは少なくとも5本ありました。各作品と上映月を羅列すると以下の通りです。

*『他とは違う』(Agak Laen):2月~5月.
*『5人の登山者たち』(Sekawan Limo):7月〜8月.
*『父の官舎』(Rumah Dinas Bapak):8月.
*『愛しのマック』(Kang Mak from Pee Mak):8月〜10月初旬.
*『ドゥル・ムルック、ドゥル・マリック』(Dul Muluk Dul Malik):9月.

インドネシアで商業的にドル箱でもある人気ジャンル、ホラー映画とコメディ映画を合わせれば、それこそ最強!ともいえますが、果たしてそんなに簡単な足し算になりうるのでしょうか。上記5作品はあえて大別すると3つに分かれます。コメディ重視作品、ホラー重視作品、それにコメディとホラーのバランス型作品の3つです。それぞれどんなものなのか、作品内容をみながら考えてみたいと思います。


ホラーコメディ乱立を促した『他とは違う』のスーパーヒット

今年2月に公開され、歴代2位の観客動員数913万人を記録したスーパーヒット作品が『他とは違う』(Agak Laen)です。歴代1位はホラー作品の『踊り子の村での学生実習』(KKN di Desa Penari/ 2022年作品)の1,006万人ですが、同作品は初回上映分と数ヵ月後に未公開部分を加えたロングバージョンの再上映分を合わせた数字で、初回上映のみだと923万人です。このため、『他とは違う』は史上トップ作品とほぼ肩を並べるほどのヒットを飛ばした、といえます。

映画『他とは違う』公開時ポスター

『他とは違う』の原題は直訳すれば「ちょっと他とは」ですが、最近の若者の間ではそこから転じて「他とは違う」という意味で流行り言葉として使用されています。こうした若者言葉をタイトルに入れ込んだのも若者鑑賞者を惹きつけたのかもしれません。

同作品は、夜間遊園地の閑古鳥が鳴くお化け屋敷で働く、お化け役の若者4人によるドタバタコメディです。お化け屋敷に訪れた男性客が持病の心臓発作で急死したため、パニックになった4人があろうことか遺体を屋敷内に埋めて、事故を隠蔽してしまいます。以来、屋敷内には男性の幽霊による怪奇現象が起き始め4人は恐怖に慄きますが、逆にお化け屋敷自体は怖い仕掛けだと評判を呼び人気を博していきます。一方で、死亡した男性の行方不明による警察の捜査が彼らへも向き始める、という物語です。

何といっても面白いのは、客を怖がらせるお化けのメイクをしたはずの4人の主人公が、本物の幽霊に慌てふためいたり、警察の捜査の手が伸びてくることに思い悩む情けない表情です。上映時、劇場内も爆笑の連続でした。個人的には後半は前半ほどの笑いの要素は強くなく感じましたが、とにかく前半の面白さの勢いで、最後まで楽しく一気に鑑賞できた印象です。

作品では幽霊や怪奇現象が登場しますが、いわゆるホラーの怖さというものは一切なく、全て笑いを生み出すための手段として使用されているに過ぎません。つまり、ホラーコメディというジャンル分けがされてはいますが、あくまで純粋なコメディ作品で、笑いに徹した作品作りが記録的な人気を呼んだものといえそうです。

怖さの中に笑いを盛り込んだ『父の官舎』

『他とは違う』とは対照的に、真面目なホラー調の雰囲気の中で笑い要素も取り入れた作品が『父の官舎』(Rumah Dinas Bapak)です。森林保護担当の公務員である父親の転勤で、東ジャワ州ブリタールから寂しい山村へと一家で引っ越したことから物語は始まります。引っ越し先の官舎が古い一軒家で、実はオランダ時代に離れは牢獄として使用され、投獄された妊婦が出産したもののその後母子ともに獄中死した、いわくつきの家でした。主人公の少年と両親、それに妊婦の姉夫婦の5人家族は不思議な現象に遭遇していきます。

笑い要素は、登場人物が真剣に話す会話を第三者が聞くと可笑しみを感じるという、なかなか工夫されたセリフや、コメディ映画に設定されがちなボケ役として父親の部下2人の会話や行動などです。残念なのは、笑いのシーンが普通のドラマであればかなり面白い内容ですが、全体にホラーの雰囲気の中で進行するため、笑いもクスクス程度にとどまってしまうことです。

映画『父の官舎』公開時ポスター、ポスター中央がドディッ氏。

今回取り上げた5作品の中では唯一、ホラー映画を観ている気になる作品で、逆にいえばホラー映画に徹したほうが良かったのでは、コメディ要素を入れる必要があったのかなとも思える作品です。実はこの作品は、日本での一人漫談のようなスタンダップコメディ(Stand-up Comedy)出身の人気俳優、ドディッ・ムルヤント(Dodit Mulyanto)が、自身の少年期の体験をもとにした物語で、自らもドディッ少年の父親役として出演、脚本にも関わっています。ドディッは無表情で面白いことを話したり、急に突拍子もない声をあげて笑いを誘い人気を得てきた芸人ですが、映画にも多数出演し、いずれも一風変わった、一癖ある性格の役を演じることが多い俳優でもあります。

こうした経歴からか、彼はホラー作品の中に笑いを盛り込もうと挑戦したのかもしれません。彼の持ち味は、黙っていてもどこか惚けた表情にも見えて笑えてくる俳優で、シリアスなホラー場面でも厳格な役の設定である父親役を演じる彼を見ているとなぜかクスクスと笑えてしまいます。一方で、彼自身の体験談だけに、彼が少年期に感じたであろう怖さは十分に伝わってきました。

ただ、やはり恐怖と笑いの感情は両極端に存在するものであるためか、ホラー要素が強いなかでは存分に笑うことができず、本来の制作意図ほどコメディ効果が十分に発揮できなかったのではないかという印象を受けます。改めて、ホラーとコメディの両立が難しいことがわかります。

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