[2023/06/07] ラサ・サヤン(41)~クリス(短剣)による古代儀式~(石川礼子)
〜『よりどりインドネシア』第143号(2023年6月7日発行)所収〜
アブディ・ダラムとクリス
以前にも書きましたが、私はジョグジャカルタの王宮(クラトン)を訪れるのがとても好きです。西洋とアジアが混在するかのような王宮内の建造物、調度品や展示品、天井や柱の装飾模様、シャンデリアや床のタイルなどを見るのも好きですが、何といっても「アブディ・ダラム」(Abdi Dalem)と呼ばれる王宮に使える従僕の人たちが王宮内をそぞろ歩くのを眺めるのが大好きです。
特に初老のアブディ・ダラムのおじさまたちが “Surjan” と呼ばれるジョグジャカルタ伝統の手織布ルリックで作られた襟詰めの上着と、着古して良い具合に味が出た良質のカイン(バティック布)を独特の方法で腰に巻いている姿は凛々しく、風情があって、見ているだけで優雅な気持ちになります。
そのアブディ・ダラムが腰帯に差しているのが「クリス(keris: ジャワ島に伝わる聖なる短剣)」です。アブディ・ダラムでも、ある程度の職位に付かないとクリスを身に付けることは許されません。実際に、クリスを腰から抜いて何かを切ったり、戦闘に使ったりということはなく、あくまでも伝統行事や伝統衣装の一部として身に付けています。
ジャワ人とクリス
しかし、このクリスには不思議な力が宿ると言われています。王宮だけでなく、ジャワ(この場合、中部ジャワ)人の多くの家庭が、代々先祖から受け継がれているクリスを「家宝」として保管し、定期的にクリスを清める儀式を行います。それは、クリスには持ち主を護る力があると言われているからです。
クリスの起源は、紀元前300年頃のベトナムのドンソン・ブロンズ文化に遡りますが、クリスという言葉自体はジャワ語から派生したものです。もともと、先祖の霊や神々へのお供え物として作られたもので、その後、戦闘や儀礼に携行する武器となりました。現代では、クリスを収集する愛好会がインドネシア全国に存在し、中部ジャワのソロにはヌサンタラ・クリス博物館(Museum Keris Nusantara)という、233点もの国宝物のクリスや槍などを展示した博物館があります。
クリスの刃は真っ直ぐなものと、カーブしたものがあります。カーブの数は3つのものから29まであり、すべて奇数になるように作られ、それぞれの数字に意味があるそうです。
私はジャワ・ガムランを習っているのですが、イベントの際には花柄のクバヤとジョグジャカルタ伝統のカインを巻く時には、正式な巻き方として中央に襞(ひだ)を作って、開いたときに扇の形になるようにカインに折り目を付けます。その折り目の数も奇数にしなければならないという規則があります。インドネシア語の奇数(ganjil)には「普通でない、不規則」という意味があり、偶数(genap)には「完全」という意味があります。ですから、奇数にすることにより「人間の内的状態は、人生が完全なものになるように、学修と信仰によって完成されなければならない」という、未完全な自己への啓発を表しています。ジャワ文化独特の慎ましやかな思想と言えます。
そのようなクリスは、この現代において、どのように使われているのでしょうか。「クリス」について書かれた“The Jakarta Post” 紙の記事をご紹介します(一部意訳、また追記あり)。
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