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[2024/05/24] 往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第81信:こんなティーンズ・ロマンスがずっと観たかった!~インドネシア版若年妊娠もの『2本の青い線』に見るジャカルタの階層社会~(轟英明)

~『よりどりインドネシア』第166号(2024年5月24日発行)所収~

今回紹介する『2本の青い線』(Dua Garis Biru)劇場公開時ポスター。
現在はインドネシアのNetflixほかで配信中。imdb.com より引用。

横山裕一様

5月初めのゴールデンウィークは好天に恵まれ、暑くもなく寒くもなく、実に気持ちの良い連休でした。そういえば、ゴールデンウィークという用語は、元々日本映画の黄金時代だった1950年代に映画興行の盛り上がる時期ということで映画会社が呼び始めたという説を横山さんはご存じでしょうか。映画が娯楽の王様の地位から転落して久しいものの、盆と正月を除けば大型連休の少ない日本においては、レジャーを楽しむ時期を指す言葉として今も使用されているのは面白いですね。その故事に倣うなら、私も久しぶりに映画館のスクリーンで映画を観るべきだったのでしょうが、貧乏暇なしと言うのか、仕事と休みを交互に入れていたら、嗚呼、映画館へ行く暇がなくなってしまいました。最近はもっぱらスマホでNetflixなどのサブスク動画サービスで旧作を空いた時間に観てばかりです。映画を論じる連載でこの状態は我ながらまずいなあと思うのですが、どうしたものか・・・。

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さて、前回第80信で横山さんが論じた『グレン・フレッドリー ザ・ムービー』(Glenn Fredly the Movie、以下『グレン』)について、2点コメントさせてください。私自身はグレン・フレッドリーのファンでもなんでもなく、そもそも近年自分から進んで音楽を聴くこともそもそも稀なため、彼の人生を全く知りませんでした。多分横山さんの評を読まなければ、さほど興味関心は湧かなかったことでしょう。

とは言え、個人的に関心が向いた本当の理由は、実のところ、『グレン』でマルティノ・リオが主人公を演じているからです。彼は第57信で私が論じた『元・花嫁』(Mantan Manten)に脇役で出演していますが、はっきり言って何のために設定されたのかすらよくわからない中途半端な役柄で、ほとんど記憶に残りません。しかし、各国の映画祭で高く評価された『復讐は私にまかせて』(Seperti Dendam, Rindu Harus Dibayar Tuntas)、Netflixで全世界一斉配信されたアクションコメディの傑作『ザ・ビッグ4』(The Big4)、両作でのマルティノ・リオの演技は実に素晴らしいものでした。名演と言うべきか、それとも怪演と言うべきか、ともあれ観客に強烈な印象を残す容貌と演技に私はとことん魅せられてしまいました。両作では品行方正とは到底言えないアンチヒーローや悪役を堂々と演じているマルティノ・リオが、一転して偉人伝と言っても差し支えない『グレン』において、両作とは180度正反対な性格の実在の人物を演じているのは何とも面白いことです。彼の演技の幅が広いのは実力の証であり、いずれNetflixなどで配信されたら是非『グレン』を鑑賞したいと思っています。

マルティノ・リオ(本人のインスタグラムより引用)

『グレン』が気になったもう一つの理由は、「伝記もの」であるという点です。かつてのインドネシア映画における「伝記もの」とは、ほぼ「国家英雄もの」とイコールでした。偉人伝と言い換えても良いのですが、国家英雄である以上、必然的に民族主義を喧伝する内容となるのが他国の偉人伝とは少々異なる点かもしれません。直近では『ブヤ・ハムカ』(Buya Hamka)三部作(第三部は近日公開予定)、『ハビビとアイヌン』(Habibie dan Ainun)三部作、ハヌン・ブラマンティヨ監督作品『カルティニ』(Kartini)、第11信や第13信で私が徹底的に論じた『スシ・スサンティ』(Susi Susanti: Love All)などがこのジャンルに相当します。正確を期して付記しておくと、ハビビやスシ・スサンティは正式に政府によって国家英雄と認定されたわけではないものの、その知名度と国家への貢献度を考慮すれば、「国家英雄」と見なすことはあながち不適切でも過大な評価でもないでしょう。

『グレン』は若くして亡くなったミュージシャンの伝記ものであると同時に、インドネシア国民の団結と異宗教間の調和を観客に呼びかける内容でもあり、プロットを読む限り、ほとんど民族主義ものと変わらない印象すら受けます。ある種のキレイごと、政府公式見解と美辞麗句を散りばめただけの平板な作品になりかねないところを、一度は妻との結婚生活にも父親との良好な関係構築にも失敗したミュージシャンを主人公に据えたことが、物語のメッセージにより説得力を持たせているのではないでしょうか。「失敗し傷つきながらも再生復興する」インドネシアという国家と、グレン自身の私生活の歩みを重ね合わせる語り口は、おそらくこれまでの「国家英雄もの」には見られなかったものかもしれません。

ただ、そうした語り口のゆえなのか、映画館での興行成績は全く振るわなかったようです。同時期に公開された、みんな大好きホラー映画大作の『墓場の拷問』(Siksa Kubur)や『踊り子の村のバダラウヒー』(Badarawuhi di Desa Penari)の観客動員数に大きく劣るのはまだ理解できるとしても、後ほど紹介する若年妊娠もの『2本の青い線』(Dua Garis Biru)の続編『2つの青い心』(Dua Hati Biru)にも後塵を拝しています。最終的な観客動員数は18万人ほどに留まる見込みです。

https://www.instagram.com/p/C7BYncnSWIU/?img_index=1(filmindonesiaorid のインスタグラムアカウントより)

今時の若い観客にはあまり響かないテーマだったのか、それとも同時期に公開されたホラー大作2作品が内容宣伝共にあまりにも強力すぎたためなのか。『グレン』を鑑賞済みの横山さんの分析を次回伺えればと思います。

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さて、ここからが今回の本題です。前回第79信を書き終えた時点では、今回論じる作品を本当に思いつかなかったのですが、結婚ものを幅広く定義するなら、つまり結婚することがゴールイン、メデタシメデタシとはしない作品も含むのなら、まだまだ論じていない重要な作品が幾つもあることを今更ながらに思い出しました。というわけで、もうしばらくインドネシア映画における結婚ものについての考察を継続したいと思います。

そんなわけで今回紹介したいのは、前回の『結婚生活の赤い点』(Noktah Merah Perkawinan, 以下『赤い点』)に勝るとも劣らない完成度かつ教育的側面もあるというおススメ作品、若年妊娠もの『2本の青い線』(Dua Garis Biru、以下『青い線』)です。先ほども言及したように、つい先月続編の劇場公開が始まったばかりですが、横山さんは両作ともご覧になったでしょうか。

『赤い点』が倦怠期夫婦の危機を描いた「オトナの恋愛映画」なのとは対照的に、『青い線』は未熟な高校生カップルが予期せぬ妊娠に直面する文字通りの「ティーンズ・ロマンス」と分類できます。率直に言って、ジャンル別の好き苦手で判定するなら、私にとってメロドラマ以上に苦手とするのがティーンズ・ロマンスというジャンルです。

何が苦手かと言えば、もうとにかく、10代特有のどうしようもない呆れるほどの甘ったるさ、ホレたハレたで延々と続く冗長な語り口、そのくせ最後はプラトニックだけで終わらせるご都合主義等々、いくらでも悪口を語れるほど、本当に心底苦手です。演技も舞台設定も物語も全てが過剰なうえに、時代錯誤すれすれのメロドラマであれば、まだしも徹底的にツッコミを入れることで何とか最後まで観終わることができるのですが、中途半端なティーンズ・ロマンスの場合だと、途中で投げ出してしまうことも私の場合珍しくありません。

もちろん例外はあって、第57信で論じた『ヨウィス・ベン』(Yowis Ben)シリーズや日本でも公開された『ビューティフル・デイズ』(Ada Apa Dengan Cinta?) などは文句なく面白いティーンズ・ロマンスものです。前者はプロットこそ平凡ながら、東部ジャワ語に徹底的にこだわった音楽映画としての面白さが際立っており、後者は異性との恋愛と女友達との友情、この板挟みをリアルに描いたところが、他の凡百のティーンズ・ロマンスとは明確に違っていました。要するに、両作とも新人監督の作品でありながら、脚本と演出の基礎が実にしっかりしていたのです。

では、『青い線』はどうかと言えば、基礎がしっかりしているどころではありません。えっ、これが本当に監督第一作なの?!と驚嘆するほどの完成度の脚本、そして演出を見せてくれます。私が初めて鑑賞したのは、インドネシアでの劇場公開時、すなわち2019年7月でしたが、当時のメモを確認したら「予想を上回る完成度で、新人監督の長編第1作としては賛辞の言葉しか出てこない。ブラボー!」と大絶賛していました。今回このレビューを書くために久しぶりにインドネシアのNetflixで再見しましたが、初見時と全く変わらない感想を抱きました。我ながら手抜きではありますが、前回論じた『赤い点』と同じ賛辞を『青い線』の制作者にも捧げましょう。

誇張のない、こういうロマンスもの、恋愛ものを私はずっとインドネシア映画で観たかった!!!

インドネシア映画に対する自分の長年の欲求不満が解消されたことは何事にも代えがたい歓びです。本当に素晴らしい、もう何も言わずに未見の方はただ観てください!と言いたくなるくらいなのですが、それでは全然批評にならないので、まずはあらすじの紹介からいきましょう。

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