[2024/05/24] いんどねしあ風土記(54):「ジャワのパリ」ブラガ通り物語~西ジャワ州バンドゥン~(横山裕一)
~『よりどりインドネシア』第166号(2024年5月24日発行)所収~
オランダ植民地時代、「ジャワのパリ」と名付けられ栄えた、西ジャワ州の州都バンドゥンにあるブラガ通り。現代においても首都ジャカルタなどからの避暑地の観光スポットとして、大勢の観光客で賑わう。近年のブラガ通りの特徴は、カフェなどお洒落な飲食店通りである一方で、絵画などでバリ島のように芸術香る通りとしても有名なことだ。この背景にはある画家の尽力が大きく貢献していた。20世紀初頭栄えた「ジャワのパリ」から百年後の「バンドゥンのバリ」へと至る、ブラガ通り物語。
芸術香る観光地、現在のブラガ通り
ブラガ通り(Jl. Braga)はバンドゥンの中心部、国鉄バンドゥン駅近くにあり、南北に通る800メートル余りの道路である。南端には、1955年に開かれた歴史的な会議、アジア・アフリカ会議の会場だった博物館もある。このブラガ通りの中間部分が観光地としても有名な通りで、オランダ時代の建物が多く建ち並び、カフェなど飲食店や衣料雑貨店、ギャラリーなどが入居している。
綺麗に整備された歩道には、多くの家族連れや若者らが行き交い、人気スイーツ店には行列もできている。ベンチでアイスクリームや飲み物を口にしながら語り合ったり、記念写真を撮る人々。石畳の道路は車とオートバイが途切れないほど数珠繋ぎに通り、ウィークデーでもかなりの賑わいをみせる。外国人や観光客以外にも、制服を着た学校帰りの高校生など地元住民も多い。
「古い建物があって、お洒落で雰囲気がいい通りなので、よく来ます」
女子高生の一人がこう話すように、地元住民にとってもブラガ通りは人気スポットであるようだ。改修されてはいるものの、通りに並ぶ建物の多くはオランダ時代を感じさせ、20世紀初頭に流行した円弧を取り入れたアール・デコ様式も一部見受けられる。オランダ時代の大型の建物が並ぶジャカルタやスマランの旧市街とは若干趣は異なるが、ブラガ通りは往時の繁華街の活気を忍ばせる雰囲気を今も残している。
オランダ時代から続く西洋料理レストランもある。「ブラガ・プルマリ」で1918年創業、当時の店名は「メゾン・ボーグライエン」(Maison Bogerijen)。フランス語の「メゾン」にオランダ人創業者の名前を組み合わせた店名だった。かつてブラガ通りが「ジャワのパリ」と呼ばれたのにふさわしい店名だ。その後、建物や店名は変わったが、西洋料理のレシピは百年前から引き継がれているという。現在も店内には多くの西洋人が訪れ、かつての雰囲気を思わせる。
現在、オランダ時代のノスタルジックな雰囲気とともにブラガ通りのもうひとつの特徴が、通り両脇の歩道に並ぶ数多くの絵画など芸術発信地としての顔だ。商店街のうち、閉鎖された店舗のシャッターや壁面を彩るように絵画が並べられ、通行人たちの目を楽しませてもいる。またシャッター自体に芸術性を感じさせる「落書き」が施されている所もある。ブラガ通り全体が画廊であるかのようだ。
路上での画商の一人、ダミアンさんはブラガ通りで絵画を売り始めて15年目。十年前からは自らも絵画を描き始めたという。ダミアンさんが指差した先には伝説上の南海の女王などの肖像画が2点あり、絵には彼の名前のサインが施されていた。また別の画商、ググンさんもブラガ通りの歩道で商売して20年だという。
「ひと月売れ続けることがあれば、3ヵ月くらい売れないこともあるよ」
ベテランらしくググンさんは絵画の脇で自ら持参した椅子に座りながら余裕の表情で笑う。路上で販売される絵画は1枚10万~300万ルピア(約1000円~3万円)と比較的安価で購入できるのが売りだ。ブラガ通りには店舗の絵画ギャラリーも多く、そこではそれ以上の値段がするという。路上の画商たちは特に通りがかる観光客らに声をかけることもなく、じっと客が来るのを待っている。こうした我慢強く毎日絵画を路上に並べる彼らの存在が、ブラガ通りの芸術香る雰囲気づくりに一役買っている。
ブラガ通りの一角に、グレイ(GLAY)という名前の有料ギャラリーがある。2022年にオランダ時代の古い建物を改装し、芸術発信地のひとつとしてオープンした。1ヵ月ごとに展示会のテーマを変えていて、この日はバンドゥン出身の現代画家展だった。ギャラリー内は地下1階、地上2階で、改装後ではあるが、階段や半円形の天井など、1930年に改築されたオランダ時代当時の面影を残す部分も窺える。そしてこの建物の場所こそが1894年、ブラガ通りに最初に店舗が建てられた歴史的由緒ある場所だった。ここを契機に20世紀初頭、ブラガ通りが「ジャワのパリ」と呼ばれるようになるまで繁栄していく。
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