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往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第92信:新型コロナ禍での閉鎖空間を巧みに活用したドラマ~映画『苦いコーヒー』より~(横山裕一)

〜『よりどりインドネシア』第178号(2024年11月23日発行)所収〜

轟(とどろき)英明 様

先月、大好きな俳優の一人、西田敏行さんが亡くなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。個人的な追悼として、映画『釣りバカ日誌4』を観ていたら、第89信で轟さんが書いたのと似たような場面がありました。西田さん演じる建設会社社員のハマちゃんが建設現場で外国人作業員に話しかけると、作業員が「ビラン・アパ?」(Bilang apa? なんて言ったの?)と答えるシーンです。

これに対してハマちゃんはコメディ映画だけに、意味はわからないながら、聞こえた音感から「ニラ玉じゃないんだよ」とぼやいて次の場面へ転換するだけのシーンです。このため、厳密にはインドネシア人かマレーシア人かはわかりませんが、映画は1991年作品、この時期にフィリピン人以外の東南アジアからも労働者が来ていたことがわかります。改めて調べると、1990年、バブル経済を背景に増加した不法滞在者対策で入管法が改正され、それに伴い専門的技術職として外国人の入国を認める在留資格が新たに定められたことが背景にあるようです。『釣りバカ日誌』ではこうした社会現象を何気ない小ネタシーンに盛り込んでいたようです。のちに研修制度ができて現在のように多数のインドネシア人らが日本産業を底支えするに至りますが、いずれ日本映画あるいはインドネシア映画で、技能実習に携わる、あるいは不法就労の外国人からみた日本の姿を描いた作品ができたら、面白いだろうなとも思ったりしています。

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さて轟さんの前回書簡で、タイ映画のインドネシアリメイク作品、『愛しのマック』(Kang Mak from Pee Mak)の原典がタイでは国民的物語で、映画だけでも幾度となく制作されていることを初めて知りました。まさに日本で言えば様々なバージョン映画・ドラマが制作されている『忠臣蔵』と同じですね。それほど歴史的にもタイの人々に浸透した物語だけに、同じ東南アジアのインドネシアでも好感を持って受け入れられたのかもしれませんね。

最近の書簡で轟さんが夫婦や家族をテーマにした作品群を取り上げていますが、今回私も偶然ネットフリックスで見つけた同テーマの作品を取り上げたいと思います。実はこの作品、今となっては少し懐かしさを感じる新型コロナウィルス禍での物語で、ユニークな舞台設定の作品です。タイトルは『苦いコーヒー』(Kopi Pahit /2022年作品)です(Netflix インドネシア版で配信中)。出入国規制が厳しかった新型コロナ禍で入国直後、感染の有無を経過観察するため、一時隔離されたホテルの一室が舞台の、若い新婚夫婦の心理ドラマです。タイトルの『コピ・パヒット』はインドネシア語では通常ブラックコーヒーを指しますが、テーマ性や物語の内容からあえて、単語直訳のほうが妥当のように思え、邦題を『苦いコーヒー』にしました。

私もコロナ禍当時の2021年秋、日本、インドネシアの入国規制が緩和されたのに伴って2年ぶりに一時帰国した際に、横浜のホテルで3日間、ジャカルタで7日間、ホテルでの隔離を余儀なくされました。部屋から外へ出られないため、インターネットを通じた多少の作業以外はテレビや動画サイトなどを観るほかにやることもなく、ひと所に押し込められると一日がこれほど長く感じるものだと感じたことを思い出します。話し相手がいればまだ気が紛れたかもと思ったりしましたが、その相手と一旦関係が拗れた場合何ともやりきれない、苦痛の閉鎖空間に変身する、というのがこの作品の興味深いところです。

映画『苦いコーヒー』ポスター。ポスターはコメディっぽく見えるが、シリアスドラマです。
(引用:https://id.wikipedia.org/wiki/Kopi_Pahit)

主人公はジュリアンとグンディスの新婚夫婦です。スイスへの新婚旅行からの帰国に伴い、新型コロナウィルスに感染していないかを経過観察するための7日間の隔離でホテルにチェックインするところから物語は始まります。順番に風呂に入る二人。新婦グンディスは風呂上がりにメンスが始まったとジュリアンに告げます。続いてジュリアンが入浴中、ジュリアンのスマートフォンに元彼女からチャットメールが届いたのをグンディスが見つけ、いまだに連絡を取り合っていることを知ってしまいます。

怒りを込めてジュリアンに詰め寄るグンディスに対し言い訳をするジュリアン。実際、ジュリアンとしてはすでに元彼女には恋愛感情はなく、ただの友人として連絡をとっていたように窺えます。しかし、隔離二日目になってもチャットが届いてグンディスの怒りはエスカレートし、大声でジュリアンを罵り始めます。新婚旅行では仲良く楽しかったのに、何故こうなってしまったのか。ジュリアンは多少落ち着いたグンディスを諭し、一旦は彼女も機嫌を直します。

しかし四日目、ジュリアンに母親から電話が入ります。まとまった額の借金と、弟がジュリアン夫妻の車を使わせて欲しいと求める内容でした。ジュリアンが快く要望を引き受けて電話を切った後、グンディスが再び問い詰めます。

「どうして私への相談なしに勝手に決めてしまうの?」

夫婦になった以上、お互いの家族の問題は二人で決めるべきだとするグンディスに対し、この問題は息子として、兄としての自分の問題だと言い張るジュリアン。ついには大声での言い合いにまで発展し、さらには元彼女の話まで蒸し返して、狭いホテルの部屋は険悪感に包まれ、収拾がつかない状態です。怒り冷めやらぬグンディスは、五日目にとうとう離婚誓約書を手書きで作って、ジュリアンに突きつけてしまいます。

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