スラウェシ市民通信(12):違法伐採の後を追いかけて(2008年2月翻訳)(マッテワッカン/松井和久訳)
〜『よりどりインドネシア』第175号(2024年10月9日発行)所収〜
インドネシアの森林における違法伐採行為については、国内外のメディアがいろいろな形で監視を行っている。そうしたジャーナリスティックな報告では、一般に、法や規則の適用が不十分で、中央あるいは地方レベルでの特定人物の「後ろ盾」が強いため、違法伐採行為への取り締りが難しく、年間6億ドルもの国家損失をもたらしている、と結論づけている。
社会経済調査で村へ
2006年9月、筆者は、南スラウェシ州東ルウ県トウティ郡トカリンボ村に入った。トウティ湖の南に位置するこの村には150世帯が住み、住民は農業、漁業、木材伐採業、沈香(gaharu)(訳注1)採取業、ダマール(damar)(訳注2)樹脂採取業などに従事している。
彼らの活動の中心になっているのは、村の中のベアウ地区である。ここまで、南スラウェシ州の州都マカッサルからは、陸路で約12時間もかかる。とにかく疲労困憊の旅であった。
この村の住民は米、胡椒、丁子、カカオを植えている。雨季が来るたびに、トウティ湖の水が湖岸から100メートルぐらいまで溢れ、湖の周りにある水田を水浸しにする。このため、被害を受ける農民たちは、漁労や農園作物栽培など、ほかの作業から生計を得なければならなくなる。
筆者がここへ来た本来の目的は、住民が社会的・経済的にどれぐらい森林に依存しているかを知るために、東ルウ県の森林地域に住む住民の社会経済マッピングを行うことであった。そして、住民へのインタビューに加えて、ベアウ地区から約25キロ離れた森林を訪れる必要があった。トカリンボ村の書記であるサリムによれば、その森林へ行くにはトウティ湖を渡らなければならない。そのほうが早いだけでなく、陸路がまだ整備されていないからである。
すでに夕暮れどきとなったので、出発は明朝と決めた。しかも、夕方には、湖を渡るための船を漕ぐ船頭がいないのである。さらに、夕方は波が出るとの話であった。
トウティ湖について
翌朝8時30分、我々はシャフリルという住民から借りたスピードボートの船上にいた。船主のシャフリル以外に、四人が同行する。村書記のサリムと3人の村の青年たち(ショリヒン、シャイフル、ラフマット)である。森林を歩き回るので一緒に行って欲しいと、私のほうから土地勘のある彼らにお願いしたのである。それに、地元の人々ならいろいろと付加的な情報も教えてくれることだろう。荷物はそれほど多くない。今回の旅はわずか1泊なのだ。何も問題がなければ、明日の昼にはベアウ地区へ戻っているはずである。
風を切って進むスピードボートの上で、彼らにトウティ湖のことをいろいろ聞いてみた。彼らは代わる代わる話をしてくれる。「湖の広さは約585平方キロメートル、水深は95メートルで、インドネシアではトバ湖に次いで2番目に大きい湖なのだよ」と村書記のサリムがいう。
東ルウ県には3つの湖がある。マタノ湖、マハロナ湖、そしてこのトウティ湖である。この3つの湖は住民の憩いの場となっており、その景色は美しく、まだ自然もたくさん残っていて、清く澄んでいる。
シャフリルのいうように、トウティ湖は漁民にとって大事な漁場である。漁民は通常、釣り竿またはバガン(訳注3)で魚を獲る。漁民が探し求めるのは、ドゥイドゥイ(ikan dui-dui)、別名ジュルン・ジュルン(ikan julung-julung)という名前の魚である(訳注4)。この魚は干物にして売るほか、とくに、口が黒、黄、オレンジなど様々な色をしているので、観賞魚として捕まえる者もいるそうである。
シャイフルの話はまた違った。トウティ湖では、気をつけないと、とくに湖の周辺で危ない目にあうそうだ。数ヵ月前、ティマンプ出身のシランナという名の材木売りが、ワニに襲われて亡くなった。当時、シランナは湖に浮かべた丸太を気持ちよく並べていたが、突然、体長5メートルもの1匹のワニが襲い掛かってきた。シランナは、丸太の合間にワニがすでに隠れて覗いていたことに気づかなかった。4時間経って、ワニに引っ掻かれた傷だらけのシランナの遺体が湖に浮いているのが発見された。
森林のなかの木造小屋
午前10時を過ぎて、スピードボートはようやくランティブ川の上流に船を着けた。それまで他の場所で何度か上陸しようとしたが、失敗していた。湖の淵に最初に足をつけたサリムに助けられながら、一人また一人と船から下りた。
陸に下りてから、あたりを見回してみた。湖の淵には朽ちた小枝、枯れ葉、材木の切れ端、プラスチックごみなどがあちこちに散らばっていた。自分が立っているところから約50メートル離れたところに、様々な樹種の木々が集まって並んでいるのが見えた。美しく分厚い森の景色だった。
ちょっと中に突き出たような格好で、ランティブ川はトカリンボの陸地を分けながら、保護林の中まで入っていく。この川は浅く、水は澄んでおり、そこにはたくさんの小さな魚が生息していた。しかし、この景色を遮っているのが材木であり、川が材木でいっぱいなのであった。サリムが言うには、これらの材木はこの森林で活動している違法伐採の産物である。トウティ湖の周辺のほぼすべての川が、伐採された材木の水上置き場と化している。それらの材木は保護林からトラックを使って運び出された後、川で水に浸りながら、運搬されるのを待っているのである。
そこからさほど遠くないところで、森林の木を使った小さな高床式住居のような一軒の木造小屋を見つけた。マカッサルの治安見張り小屋(訳注5)とよく似たつくりをしているが、屋根はニッパ椰子で葺かれていた。小屋の前には、かまど、鍋、皿、コップなど、その他料理用具が置かれている。小屋の中には、枕、サルン(腰巻布)、ゴザ、何枚かの汚れた衣服、櫛などがあった。この小屋はきっと、伐採業者の基地になっているに違いない。私はそう思ったのだが、サリムの話を聞くと、どうも違っているらしいということが分かった。
「この小屋はジュフリという人のものだ。彼はバンティラン村の人で、この森でダマール樹脂を採取しているのだよ。木材伐採業者はこんな近くにベース・キャンプを置かない。他人に気づかれないように、普通は森の奥に造るものだよ」と、サリムが言う。たしかにそのとおりだ。実際、小屋の辺りには、中身を調べたわけではないが、乾燥させたダマール樹脂の入ったいくつかのカゴが置かれていた。私は、米や食料がカゴに入っているのかと思ったのだ。
サリムは、新しく小屋を造るのも面倒なので、この小屋を我々のベース・キャンプとして使うことに決めた。きっと、小屋の主のジュフリも我々の来訪を歓迎してくれるはずだ、というのだ。森のなかで夜を過ごす友人になるというだけでなく、ジュフリはサリムとも知り合いなので、問題はないということであった。
この選択は、私にとって実はとても有益だった。無料で泊まれる場所が用意されただけでなく、実は、この小屋の主は、頻繁にここで寝泊りし、ときには何週間も滞在することもあるので、森林の状態についてたくさんの知識を持っていたのである。
違法伐採業者についての話
それほど長く待つ間もなく、ジュフリと呼ばれる人と会うことになった。夕方、ダマール樹脂を忙しく採取している最中の彼と出会った。そして、サリムは、私がインタビューしたがっているということも含めて、彼にすべてを話した。彼はニッコリと微笑み、私のほうを見て、急いで近づき、握手をした。我々は長い間話をした。とくに、森林での活動について話をした。
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