【旅行記】シーギリヤ・ロックとマイナス金利(スリランカ)
■ はじめに
2016年のクリスマスのころ、私は土管に寝泊まりしていた。
別にホームレス中学生になったわけではない。そもそも当時もう社会人であった。
遅すぎる夏休み(当時いた会社では、年内に取得する長期休暇はすべて夏休みとして扱われた)を取り、インドの南にぽつりと浮かぶ島国、スリランカを訪れたのだ。
スリランカ地勢図
出所:日本国外務省
キャンディという、ブッダの歯が収められているという寺院で知られる古都でのことだ。
安宿の中でも特に安い宿泊プランを選んだところ、ド〇えもんの空き地よろしく建物屋上の土管状のカプセル部屋に泊まる羽目になったのである。
ちなみにカギは南京錠だが、外から針金でこじ開けるという極めて原始的な方法によって容易に解錠、侵入可能なため、宿のオーナーが私を殺害しようとすれば実に簡単であった。
さて、その安宿には数日滞在し、同様に貧乏旅行を行う外国人旅行者たちと酒を飲み交わしたり情報交換したりしていたのだが、ある日一人のメキシコ人と知り合いになった。
名前を仮にサントスとしておく。
サントスと私はいずれもインド関連の仕事の経験があり、年も比較的近かったことから意気投合した。
■ スリランカ旅行案内
さて、スリランカは自然と仏教遺産に恵まれ、物価も安く、南国気質の穏やかな人柄が多い。
一方でインフラは貧弱で、都市間をつなぐ交通手段といえば地獄のように激混み激揺れのバスだけのことがほとんどだ。しかも高速道路も首都周辺にしかないため、どこにいくにも時間がかかる。
そのため、当地を訪れる旅行者の旅のスタイルはいくつかに絞られる。
1つめは、水曜どうでしょう顔負けのバス旅行だ。前述の通り地元民で混み合い、碌に座れもしないまま数時間立ちっぱなし、道路も田舎では舗装がちゃんとしていないためガッタガッタ揺れる。乗り物酔いする人は決して選んではいけない。
とはいえ小さな国なので、悪名高い「はかた号」のような移動時間にはならない点が救いか。
他方、5時間乗っても100円かそこらという超価格なので金の節約になるし、
大都市間ならかなりの頻度で出ているので、そこまで時間の制約も受けない。
スリランカの人は日本人が大好きで、座席で隣り合うと必ずと言っていいほど話しかけてくれる。なぜか一緒に自撮りされたり、ケー番を交換したりした。金を使わず現地に溶け込んで旅をするには絶好のやり方だ。
2つめは、レンタカーやレンタルバイクで好きなところをまわるやり方だ。
運転技術と免許と度胸が必要だが、場所を選ばず好きなところに行ける。
同地の沿岸にはゴールという、オランダ、イギリス植民地時代の要塞が残る都市があるのだが、そこで知り合ったオーストラリア人の二人組はバイクにサーフボードを括りつけて、ビーチを片っ端から回っていた。
スリランカには、オーストラリア人が中心に開拓したサーファーの聖地とも呼ぶべき拠点がいくつもある。波どころか自転車すら乗りこなせない私には縁遠い話だが、潮風を感じながら気ままにビーチからビーチへ。羨ましい限りだ。
最後は、運転手付きの車を数日間チャーターして、好きなプランで周遊するやり方だ。費用は三つの中で一番かかるが、自由度と快適さを両立した旅行ができる。もともと物価の安い国なので、目玉が飛び出るほどの金額にはならないだろう。
■ シーリギヤ・ロックをめざす
そんなスリランカには文化・自然あわせて8つの世界遺産があるが、最もフォトジェニックでユニークなのが、「古都シーギリヤ」と呼ばれる場所である。
高さ約200mの巨岩の上に、石造りの遺跡が残る。5世紀、当時の王朝の宮殿が建てられた場所で、王朝が衰退し破壊されたあとも修道院として使われていた。
シーギリヤはキャンディからバスで数時間という距離であったため、翌日は早起きしてごったがえすターミナルで目当てのバスを探すつもりだと話したところ、「じゃあうちの車に乗せてあげるよ」と言う。
サントスは上記の三つ目のプランを採用しており、プリウスを駆る現地の運転手がついていた。タダの貧乏人だと思ったが、車をチャーターした分、宿泊は安宿でとことん抑える作戦だったのだ。
メリハリの利いた上手い金と時間の使い方である。あまり日本人でこういうハイブリッド型の旅行をする人はいない気がする。
渡りに船とは正にこのこと。私は一も二もなくその話に飛びつき、翌朝、ゆっくりと朝食を摂ったあとプリウスに乗り込んだ。
ちなみにキャンディからシーギリヤへの道中にも、見るべきスポットが点在している。
バブル期に社長が建てたような巨大な黄金の大仏が目印で、世界遺産に指定されているダンブッラの洞窟寺院。
ダンブッラ入口と洞窟寺院
立ち寄らなかったが、日本の陶器メーカー「ノリタケ」の現地工場。
まさしく奇怪、という言葉がふさわしいゴテゴテした装飾の寺院など。
どういう趣味だ
これらは車でなければ立ち寄りにくかったので、サントスには感謝してもしきれない。
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車中では取り留めもない話をした。
サントスが東京に来たらどこに行くべきか。
新・世界七不思議*に選ばれたメキシコの「チチェン・イッツァのピラミッド」の話。
なぜスリランカではプリウスのようなハイブリッドカーが流行っているのか、など(理由は忘れてしまったけど)。
そんな中、サントスが私に尋ねてきた。
「マイナス金利ってどういうこと?」
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■ よくわかるマイナス金利
日本で活動する銀行は、中央銀行、すなわち日本銀行に当座預金口座を持っており、集めた預金のうち一定の比率を、この口座に確保しておくことが義務付けられている。
リーマンショックの起こった2008年以来、当座預金の一部にはプラス利率が付いてきた(補完当座預金制度)。日銀は世界経済の先行き懸念の強まりを受けて、2016年1月29日の金融政策決定会合でマイナス金利の導入を決めた。
要するに、お金を腐らせておくとマイナスの利息として目減りしていくから、最低限以上のお金は民間企業や個人への貸し出しとして市中に回しなさい、というインセンティブを設定したのである。
(説明ここまで)
細部があっているか自信はないのだけど、こんなような説明をした気がする。
当時の私はシンクタンクに勤めていたので、今よりこの手の話題は得意だった。東南アジアの研修生に日本の証券取引制度とか、証券税制の講義をしていたこともあった。
また、当時の世界の金融政策を見ると、当時マイナス金利が日本だけでなく欧州や米国でもホットな話題になっていたので、そのあたりには必然アンテナを張っていた。
たしか欧州では日本に先駆けてマイナス金利が導入され、銀行が預かっている預金に対して金利分を転嫁しようという議論があったはずだ。
しかしアジアの南端に来てマイナス金利の説明をすることになるとは思わなかったし、メキシコ人からそんな質問が出るとも思わなかった。
旅行の時にした四方山話なんて大概その場で忘れてしまうのだが、このくだりは妙に印象深くて、今でも記憶に残っている。
■ 変わりゆくものと、そうでないもの
シーギリヤ・ロックは本当に何もない原生林の中にポツンと立つ。流れる雲の影すら映す一面の緑の中に、さながら島のように黄土色の巨岩がそびえ、
その頂上に1500年前の栄華をわずかに伝える宮殿の土台のみが残る。
シーギリヤ・ロック遠景
宮殿跡
通称コブラの岩
シーギリヤが首都として機能したのはほんの20年にも満たない僅かな期間だ。何を思ってかつての王はこの地に宮殿を築いたのか。昔日の栄華に思いを馳せて、一面の森を眺める。
季節風の影響で変わりやすいスリランカの空に、虹がかかっていた。それはすなわち、スコールの前触れだ。
虹がかかる
シーギリヤを後にして、サントスのガイド兼ドライバーは少し離れた山間に車を走らせた。その岩山から、夕暮れのシーギリヤを眺めることができるのだ。
険しい山道をサンダルで歩き、最後は裸の岩にしがみつくように二人で登った。今も昔もきっと変わらない夕焼け空に、巨岩がぽつりと浮かんだ。
夕焼けとシーギリヤ・ロック
今から1500年後、私たちの文明が完全に破壊されていて、その詳細がシーギリヤ同様謎に包まれていたらどうだろう。
断片的な情報を頼りに、未来の人たちが「マイナス金利って意味が分からないな」と思われるとすれば、少しだけ愉快だな。
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*エジプト・ギザのピラミッドのような、世界に誇る建造物の現代版。
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