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松山の未来とつながる、パブリックスペース|松山大学myu terrace
ふらっと一人で出かけても落ち着ける居場所があり、誰かと出会ったり、発見が見つかったり、何かが起こることもある––。あなたの身近にそんな場所はないだろうか。私の場合、いくつかの個性的なお店が思い浮かぶが、パブリックスペースにそんな機能があれば、そのまちはきっと面白くなるだろう。
今回の松山ローカルエディターズのテーマは建築。それぞれ異なる視点で建築に関わる人たちが語る松山の建築は、古ビル、建築家、ロケ地でカテゴライズするなど、知れば知るほど面白いディープな世界であった。
座談会はこちら▽
座談会のゲストの一人、株式会社愛媛建築研究所の白石卓央さんは、本業では、公共施設、コワーキングスペース、幼稚園、文化財、住宅などを新築からリノベーションまで、様々なプロジェクトを手がけている。その傍ら、仲間たちと瀬戸内アーキテクチャーネットワークやえひめ建築めぐりのサイトを運営したり、トークイベントに登壇するなど、建築を通じて地域の魅力を伝えている。
市民講座の講師の依頼もあるという白石さん。そのような機会に使用している愛媛の建築年表を座談会では見せてくれた。代表的な建築や設計者名とともに、当時の社会情勢などもメモされている。道後温泉本館(1894年/坂本又八郎)や愛媛県庁舎(1929年/木子七郎)、愛媛県県民文化会館(1985年/丹下健三)、坂の上の雲ミュージアム(2006年/安藤忠雄)など、松山市民ならば誰でも知っている建築はもちろん、建築ファンに愛される、知る人ぞ知るものも含まれている。それぞれの年代について白石さんの解釈が書き入れられているのだが、その中で、2010年以降を「松山の公共空間の改変」と捉えていた。
その象徴的な建築の一つとして挙げたのが2018年竣工の「松山大学文京キャンパスmyu terrace」。一体どんな建築空間なのだろうか。そして、大学という、ある意味一つのまちともいえる中で、どのように機能しているのだろうか。白石さんとともに訪ねてみた。
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学び舎の中の誰にでも開かれた場「myu terrace」
◎創立100周年を迎える松山大学
1923年、日本で三番目の私立高等商業学校として開校した松山大学。「松大」の愛称で親しまれている。現在は、経済学部、経営学部、人文学部(英語英米文学科、社会学科)、法学部、薬学部、大学院6研究科と松山短期大学が設置されていて、5755名の学生が在籍している(2022年4月時点)。
2023年は創立100周年の節目の年にあたり、「実れ、ミライ。」をスローガンとする「松山大学100周年ステートメント」を策定。学生プロジェクトや100周年史の制作、ブランディングプロジェクトなどの記念事業も進められていて、今年は特に注目が集まっている。
そんな松山大学のメインキャンパス「文京キャンパス」の中心に、新たな交流拠点として2018年に完成したのが「myu terrace」。元々あった1号館が耐震の問題で解体され、その跡地に作られた。いくつも配置されたロの字型鉄骨フレームの上に屋根をかけたシンプルな構造。壁がない半屋外空間にテーブルや椅子が設置されている。
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設計は、株式会社日建設計。国内外で多数の商業施設や都市計画を手がけてきた歴史ある企業。松山市内では、愛媛県美術館や伊予銀行本店(日建設計工務)にその仕事を見ることができる。旧1号館や、その機能が移転した松山大学樋又キャンパス(2016年竣工)も日建設計によるものだ。
訪れた日はちょうど寒波到来で、松山でも珍しく雪が舞う中、松山大学財務部管理課の美馬尚貴さんに案内していただき、お話を伺った。
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◎一人にも大人数にも開かれた場
1号館跡地の活用として、なぜテラスにしたのか、まずは説明していただいた。
美馬さん:一つは、学生が授業の間に休憩できるようなスペースを準備したいということ。それと、1号館の裏手になる所に、創設時からの池のある庭があり、そちらに光を取り入れて、卒業生も楽しめるようにしたいという意図がありました。あとは、この場所は、3号館、4号館、5号館と、教室棟に囲まれていて、大きな工事になると騒音が授業の妨げになり、作業日数をかけることが難しいという制約もありました。そのような中での活用方法を考えた中で、テラスという形が採られました。
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壁がないというのが特徴的。季節に左右されるデメリットはあるが、それでもなぜ、壁を設けなかったのだろうか。
美馬さん:壁を作ってしまうと、活発な学生は集まって活用してくれるのですが、大学内にはいろんな学生がいるんですよね。一人でいるのが好きな子もいる。なので、様々な人に使ってもらえるような開放的な建物ということで、壁をなくしたようです。
座席についても、多ければ多い方がいいと設計側にオーダーしたのですが、一人用の席は必ず設けてほしいということと、パーソナルスペースというか、一人でいても落ち着けるような座席の配置にすること、そういうことを気にしながら設計側と大学側で話を詰めていきました。
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使う人のことを考え抜いて設計に落とし込まれた建築空間。実際にこの場をよく利用している人からは、「一人でも居やすいし、複数人でワイワイ過ごすこともできる」という声が聞かれるそうだ。
白石さん:まさに多様な使われ方ができるような計画になっているのが、本当にすごいなと思いました。何度か松山大学に来ることがあって、この通り沿いにもベンチがあるし、ちょっと雨宿りできる奥まった空間があるとか、そういうさりげなく工夫されているところが結構あって、キャンパス自体がユーザーフレンドリーというか、学生に寄り添った使いやすい空間が整備されていると感じていたのですよね。だから、前々から、松山大学は公共の空間がすごくよくできている印象があったところにmyu terraceができたので、象徴的な建築だと思っていました。
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美馬さん : 1号館があった時に、側のベンチに一人で座っている学生もいたりしたので、そういう学生の場所を取り除いてしまうのは、大学としてはすべきではないという考えがありました。実際に今の使われ方を見ても、座って作業したり本を読んでいる学生がいる風景を見ると、我々の予想通りに使ってもらえている印象はありますね。
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◎シンプルだからこそ、本質に迫る建築
雪がやむのを見計らい、myu terraceの空間を体感してみることにした。地面の下で見えないが、基礎は1号館の既存地下躯体を利用し、コストダウンを図ったという。その上にロの字形鉄骨フレームが、綿密な計算の上で強度は保ちつつも不規則に配置されていて、単調さを感じさせない。その上に2階テラスがあり、さらに大屋根がかかっている。見通しも風通しも良く、モダンでかっこいいという印象だ。
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鉄骨フレームは亜鉛メッキが施されており、マットなシルバーで、椅子やテーブル、コンセントカバー、ゴミ箱も同じテイストで統一されている。躯体は無機質な印象でも、1階と2階の距離感がちょうどよく、人がいれば、それぞれが個々に何かをしつつも互いの気配を感じられる空間だ。
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美馬さん:晴れた日は、床が白いので反射して、シルバーの天井に光が当たることで明るくなり、電気が節約できるみたいな、ちょっとした工夫もあり、私も今の部署に来て、そういうのを知って面白いなと思っています。
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この日はどんよりした空模様であったが、一瞬、光が差す時があった。そんな刻々と移り変わる光も見ていて飽きないだろう。
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白石さんは、一人用の椅子に座って、そこから見える眺めや座り心地を確かめたり、鉄骨を固定しているボルトを確かめたり。パウダールームのエアコンカバーまで同じく鉄で作られているのを発見し、そのストイックさに驚いていた。
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白石さん:一人用の席も鉄を曲げて作っているんですよね。いい意味で変態的にと言いたくなるくらい、スチールの無骨な感じをそのまま表現していますね。だから、なんか本質に迫る感じがあるなと思います。装飾的に何かを作って、それっぽく見せるのではなく、建物自体の構成が素晴らしいから、その素材がそのままで活きるような。こうしたシンプルなデザインが受け入れられる時代性もあると思うし、やっぱり予算が厳しい部分も当然あったと思うのですけど、そこを逆手に取って本質的な感じに近づいたのではないでしょうか。
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◎様々な活動が生まれる、松山での先駆けとなる場
訪れた日はさすがに寒すぎて人がいなかったが、春から秋にかけては、実際にグループでテーブルを囲んでいたり、一人で読書をしたり、スマホやPCに向かっていたりと、様々な光景が見られるそうだ。さらに、このような場があることで、新たなアクティビティも生まれているという。
美馬さん:ここ1、2年ですけど、学生がロウソクアートのようなことをこの建物の前で実施して、光の反射具合や上から見た光景を楽しんだりすることがありました。そういう面では、我々の想像超えた、広がりのある使い方をしてもらっているのかなと思いますね。
白石さん:建築がシンプルだからこそ、そうした人の行動が引き立ちますね。松山大学のキャンパス自体が、コンクリートであったり、シンプルな素材をそのまま建物に用いていて、キャンパスに統一感があると感じます。
美馬さん:そうですね。基本的に二丁掛けタイルを使用するというのがうちのキャンパスでは多くて。だから今回初めての鉄骨造で、最初は本当にいけるかなというようなところも話の中では出ていたらしいですけど、蓋を開けてみると、学生にもよく使ってもらっていて、周囲とも馴染んでいるのでよかったです。
白石さん:壁のある「建物」ではなく、こういう屋根で場をつくることは、今後、増えていくのではないでしょうか。今、進められているJR松山駅の再開発もそんな視点で見ています。だから、myu terraceができた時に、松山での先駆けというか、そんな印象を持ちましたね。ああ、こういうものが松山にもやってきたんだな、という感じで私は捉えました。
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現役学生、教職員、OB・OGや来訪者など、誰にでも開かれた居場所「myu terrace」。そこは、装飾を削ぎ落とし、鉄という素材を活かしたミニマルな空間が広がっている。大屋根の下、誰一人、取り残さない居場所であろうとする、つくり手の優しい眼差しを感じた。
myu terraceで、それぞれの時間を過ごしてみるのはもちろん、これからの松山の公共空間の最先端という視点で身を置いてみると、空間の感じ方が変わってくるだろう。松山市駅前広場やJR松山駅の再開発といった少し先の未来が身近に感じられるのではないだろうか。
松山大学樋又キャンパスには、一般の人も利用できるレストラン「ル・ルパ」がある。ランチで訪れたならば、myu terraceにも足を運んでみて、居心地を体感してはどうだろう。
※団体での見学希望は、松山大学に問い合わせを。
松山大学 文京キャンパス myu terrace
所在地:愛媛県松山市文京町4番地2
建築主:学校法人 松山大学
敷地面積:60,396㎡
建築面積:501.45㎡
延床面積:426.10㎡
構造:鉄骨造、既存地下躯体を活用したべた基礎
意匠設計:日建設計
構造設計:日建設計
施工:清水建設
松山のこれからの寛容な公共空間
myu terraceの見学を終えて、白石さんにもう少し話を聞いてみた。そもそも白石さんが公共空間の在り方に興味を持ったきっかけは何だったのだろうか。
「私も建築を学んでいたので、いろいろな建築を見に行きました。その中で、特に、ヨーロッパでは、広場や公共空間のデザインが良くて、プライベートな空間をパブリックにしているのですよ。大学のキャンパスのつくり方一つとっても、塀もなく街と繋がっていて、誰でも自由に行き来ができる。松山大学は、塀はありますが、そういう使う人の自由さがあるつくられ方をしてきているので、いい公共空間ができたなと感じましたね」
2010年代以降の松山の建築を見て、公共空間の変化を感じたという白石さん。myu terraceの他にも、松山大学 樋又キャンパス(日建設計)、道後温泉別館 飛鳥乃湯泉(鳳建築設計事務所)、松山アーバンデザインセンター(設計領域)、ひみつジャナイ基地(松本樹・愛媛建築研究所)などが挙げられていた。これらから白石さんが感じた公共空間の変化とはどのようなものなのだろうか。
「建築単体でかっこいいというよりも、周りとどのように共存していくかとか、周りをどういうふうによくしていくかとか、みんなが使えていいとか、誰かの居場所があるとか、そんなふうにシフトしていると感じました。
建築のつくられ方から、そういうことが求められている時代性を感じます。例えば丹下健三の愛媛県民館が完成した1953年は、四国で国体が開催された年で、それに相応しい建築が求められたように。その時代時代によって求められるものは違いますよね」
時代の変化に応じて、建築に求められるものも変わる中で、現在、白石さんが、心惹かれる建築についてさらに聞いてみた。
「寛容な建築、おおらかな建築っていう、そういうのがやっぱり良い建築なのかな。大きな公共施設をつくるとなると、数字とか、性能など割と「正しさ」を求められたりするのですが、それだけだと閉塞感があるというか、息が詰まるというか。
そういう感じではなく、もっとおおらかさのある建築。例えばですけど、できた時がピークではなくて、時間を経て馴染んでいき、そこからより良くなるような建築。言い換えれば、様々な人が共存できる冗長性のあふれる空間。人間の感性に働きかける、予定調和ではなくて偶然性がある空間。そうしてできた空間が寛容な公共空間にもつながると思っています」
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「だからmyu terraceを見学して再確認したのですが、一人にもなれるし、みんなで使ってもいいとか、そういうものはいい建築だし、それがいい公共空間につながると思っています」
「不寛容」な世界は息苦しい。とはいえ「寛容」も、異なる他者を受け入れる、許容するなど、簡単にとはいかない。排除しないで共存するためには、距離感が必要となってくるだろう。ここで『草枕』の冒頭の一節を紹介したい。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
寛容をくつろぐと読ませているが、そう解釈すると、この言葉がもっと身近になるのではないだろうか。それぞれのくつろぐ感覚を尊重しながら、互いが一つの場に居るためには、場の自由さというか余白も必要となってくる。
漱石は、『草枕』の中で、住みにくい所を住みよくする人たちが、詩をつくり画を描く芸術家たちであり、尊いと続けているのだが、建築家も住みよくするためにつくり続けている人たちだろう。そんな設計に携わる人たちが、一人で訪れても、子連れでも、グループでも、くつろげて、自分の居場所が見つかることをイメージした空間。それが社会のあちこちにあれば、出かけるのが楽しくなる。そんな寛容な建築の例として、松山ではないが、代官山の複合施設「ヒルサイドテラス」(設計:槇文彦)を挙げてくれた。
「あれ、やっぱりいいなって思って。時間をかけて建物をつくっていき、かつ、一つ一つの建物で、街の襞というか、人の居場所みたいなところをつくり、イベントもやったりして。なんかそういう50年の積み重ねで、代官山という街自体もできてきたみたいなところがあって。改めてヒルサイドテラスはすごいなって思います」
多様な人が関わり合いながら50年かけて育てていくというのは、並大抵のことではない。せっかく良い建築、公共空間ができても、そこを育てていったり、自分と関わりのある場と感じてくれる人たちがいなければ、継続していくのは難しいだろう。普段、建築に関心がない人にこそ興味を持ってもらえればと思うのだが、そんな人たちに何かアドバイスはないだろうか。
「うーん……。なんか、街に出てみるのがいいんじゃないですかね。案外面白いものが身近にあるんですよ。出てみたら、自ずとインプットがあり、街の見え方が変わることが、自分の場合は少なくともありましたので。それがなかったら、松山にmyu terraceができたことを面白いと思わなかったかもしれない。出かけなかったら、街中のお寺でライブをやっているとか、分からなかったと思うし。
で、あちこち顔を出していたら、人と会ったりもする。そういうのが彩りというのでしょうか。やっぱりそれがないと面白くないし、それがあるから、もうちょっと生きていてもいいかなって思える。まあ、自分の場合は、仕事にも繋がってくるので、そうやって仕事が面白くなるのもありますね」
人との出会いが人生の彩りになる––。だから、白石さんは公共空間に注目するのだ。誰にも居場所があり、他人とも袖が触れ合うような余白も残されている、そんな空間を、まちに出て探してみたい。
◎myu terraceの他にもおすすめパブリックスペース
「まちに出よう!」と背中を押してもらったところで、さあどこに出かけよう。建築を紹介するだけでなく、つくり手でもある白石さんに、松山のパブリックスペースという視点で、ご自身の手がけた事例も含めて、おすすめの場所を教えていただいた。
ひみつジャナイ基地
「日比野克彦×道後温泉 道後アート2019・2020『ひみつジャナイ基地プロジェクト』」のプログラム、「ひみつジャナイ基地(交流拠点)をつくる。」の設計コンペで採用された、松本樹さんのアイデアをもとに制作されたアート作品。白石さんも設計に携わっている。
道後の宝厳寺に続く上人坂に佇むこの基地は、「道後アート2019・2020」の会期終了後も運営されており、様々な人たちの活動拠点に。まさに地域の人々と育てている現在進行中で、白石さんも時々通っている。
ひみつジャナイ基地
愛媛県松山市道後湯月町2-41
圓光寺
創建1649年。松山の中心市街地の商店街「銀天街」の中に建つ。松山市が誕生した1889年から新庁舎ができるまで、この寺で行政が執行されていたことから、敷地内には「松山市誕生之地」の石碑がある。
現在は、喫煙コーナーで休憩していたり、滑り台で子どもが遊んだり、寺の縁側でくつろいでいたりする姿が見られ、街中の憩いの場に。看板猫もいる。ライブイベントが行われることも。白石さん曰く、「プライベートな空間がパブリックになっている、一人で孤独にもなれる、懐の深い場所」
真宗大谷派 丘南山 圓光寺
愛媛県松山市湊町4-5-5
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大街道の座り場
松山の中心市街地・大街道のアーケード内に椅子やテーブルが設置されている。建物をつくらなくても、椅子を置くことで道路がリビングになり、街の風景が変わる。座って休憩したり、買い物の荷物をまとめたり、様々な人に利用されている。最初は社会実験として始まり、その後も商店街組合と店舗が協力して続けられている。
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今回の書き手:新居田真美
えひめの暮らし編集室主宰。これからも続いてほしい「ひと、もの、こと」に光を当ててたいと、流れていく言葉や降り注ぐ言葉を編む人。暮らしを編むことについてはまだまだ実験の日々。愛媛県内子町の紙にまつわる人々による「そしてこれから 和紙の旅」のサポーター。
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