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安息の地に橋を架ける──。「Madame Romi」でハーブと人に魅せられて。

もう随分と前のことになるが、英国の田舎を2週間ほどかけてレンタカーで回ったことがある。ロンドンから北西の方角へ──イングランドの中央部に広がるなだらかな丘陵地、いわゆるコッツウォルズと呼ばれる地域である。
点在する村には蜂蜜色の石を積んでできた家が並び、丘には草を食む羊が悠々と佇んでいる。その辺でピョコピョコと跳ねているのは野良猫ならぬ野良兎。目の前に広がるのはイギリスの原風景だ。
特に印象的だったのは、ごくごく普通の民家。チッピングカムデン村では昔ながらの藁葺き屋根の家が多く、それはおとぎ話に出てくるメルヘンチックな家そのもの。庭に咲く花々は人に見られることを前提として手入れされているのかと思いきや、実は植物の思いのままにまかせているという。そこには計算では決してはかれない自然の美しさが感じられた。
ここは500年も前の景観から変わってないそうだ。ひょっとしたら次の500年も同じままなのかもしれない。
「この場所も変わらないでいてほしいなあ」
そんなことをふと考えながら、皆がハーブを摘む様子を眺めていた。

松山の原風景が残る久谷地区

久谷は松山市の最南部に位置しているということもあって、未だ手つかずの自然や風景が残っている稀有な地区だ。四国八十八カ所巡礼札所の浄瑠璃寺と八坂寺をはじめとした神社や仏閣があることからお遍路さんの姿もよく見られるし、山間の窪野町で彼岸花が一斉に咲きはじめると秋の訪れを感じる。交通に目を向けると、松山と高知を結ぶ主要道路の国道33号線は砥部町を経由する道路であるため、三坂峠を越えて久谷地区へ続く旧国道33号線(※国道440号線)はもとより、そこから派生する松山街道は次第に利用されなくなった。バス路線が廃止されていることもあって、ここで暮らすには不便さを楽しむ気持ちがちょっぴり必要だ。地図で眺めると良くわかるのだが、周囲を山に囲まれたこの地区だけぽっかりと浮いており、世間とは少しかけ離れたように見えないこともない。
そんな折、この地区で面白い試みを行ってる女性がいると聞いた。
そろそろ秋が深まる気配を感じはじめた朝、自社農園「hiromi ポタジェガーデン」を軸に置き、ハーブティーのサロンを営むMadame Romiのマダムロミさんこと柳之内博美やなぎのうちひろみ さんを訪ねた。

フランスの田舎町にある民家のような佇まい。ここを開けるとロミさんの世界が広がっている。

出会ったのはハーブとフランスが大好きなマダム

この日は、優しいおやつをコンセプトにお菓子づくりをされている「ナチュラルトルテぽろん」のはたゆかりさんを講師にお招きして、初の『クッキー教室』が開催されるということで、準備に大忙しだ。

ロミさんへの挨拶もそこそこに、参加されるお客さまをお迎えする。
7名は全員女性で、お見受けしたところ30代から50代後半ぐらいまでのご婦人方が中心で、お母さんと一緒に参加している男の子がいるのはなんだか心強い。
「こうした集まりがあるときは、大阪とか県外から参加される方もいらっしゃるんですよ。男性はご夫婦一緒の時ぐらいですね」
肩身を狭そうにしている私を気遣って、キッチンからロミさんが声をかけてくれる。この日のプログラムは、クッキー教室で2種類のクッキーをこしらえた後、畑でのハーブ摘み取り体験や、ランチにティータイムまで愉しめる大充実の内容だ。

「ナチュラルトルテぽろん」さんのクッキー教室がはじまる。

まずは、クッキーづくり。
ロミさんのハーブを使ったハーブクッキーと、無農薬米粉にオートミールを使ったナッツクッキーを、講師のはたさんが工程ごとに実演をおこないながら丁寧に説明をしていく。
「ハーブクッキーは、イチから皆さんで生地をつくってもらって、オートミールの方は私がまとめてつくります。時間があれば成形をして焼くところは皆さんにもやっていただこうと思います。バターは常温に戻して……柔らかくしていただくと後々使いやすいですね。固そうなのは、こうモミモミしてください。クッキーの口当たりをサクサクにするためには常温が一番いいんですけど、クッキーづくりで絶対していけないことは、バターを溶かしてしまうことです」
皆さん、頷きながら手を動かしていく。目は真剣そのものだ。
「オートミールクッキーに使うハーブは何が入ってるんですか?」
「ハーブというより、こちらはスパイスですね。シナモンにクローブにナツメグの3種類です。3対1対1ぐらいの配分ですね」

クッキーづくりは材料の量と配合をまもることが大事。ムラにならないよう生地をこねる。

一歩踏み入れるとそこはハーブの世界

クッキーづくりも一段落したら、次はハーブ農園「hiromi ポタジェガーデン」へ。畑まで5分ほどの道のりを皆でてくてくと歩いていく様子は、なんだか遠足に繰り出していくような感じで皆の表情もウキウキしている。
道路から脇に入ってほどなく進み、畑へ一歩足を踏み入れると、そこには別世界の光景が広がっていた。

秋晴れの下、遠足気分でテクテクと──。ハーブ畑はもうすぐ。

一見、いろんな植物が群生している原っぱといった感じではあるが、わかる人が見れば一目瞭然、辺り一面に生い茂っているのはハーブなのだ。まさに宝の山。一般的によく知られているラベンダーをはじめ、バジルやミント、レモンバームにレモンバーベナ、ボリジ、ヤロー、オレガノ、甘味料にもよく使われているステビア、向こうに見える子供の背丈よりも高いのはレモングラスだ。

ロミさんが手塩にかけて育てたハーブが一面に広がるポタジェガーデン。
花が散ったあとのラベンダーも広々とした畑でのびのびとして気持ちがよさそうだ。

「ここにあるハーブは、いろんな種類があります。順番にひとつずつ説明していきますね。まずはこちらから!この青いのはバタフライピーっていってマメ科のハーブですね。蝶の形に似ているので……」
「このハイビスカスローゼルは15個まで摘んでいただいて大丈夫です。ハーブティーにしても、そうそう、ジャムにされる方もいらっしゃいます。ミントはこちらがスペアミントで、こっちがアップルミント。葉を少し擦って香りを嗅ぐと違いがよくわかりますよ。ステビアは軽く噛んでみて!」
試してみると、ああ、これはハッカのガムで、こっちは林檎に似た甘い香りがする。ステビアの葉は噛むとほんのりと甘い!スポーツ飲料によく使われているのはこれだ。

摘み取ったばかりの目にも鮮やかなバタフライピーとハイビスカスローゼル。

ロミさんがハーブをワサワサと抱えて持ってくる。
「はーい!レモングラスはたくさんありますから、お好きなだけどうぞ。菖蒲湯みたいにお風呂に入れても香りを楽しめますよ」

レモングラスは子どもの背丈よりも高く成長する。ハーブ博士のような装いのロミさん。

澄み渡った秋空の下、思い思いにハーブを摘んでいると会話が生まれ、皆が次第に打ち解けていく様子が伝わってくる。手を動かし、ハーブに触れて香りを嗅ぐことで緊張していた心もほぐれていくのだ。

ハーブ収穫後は緊張もほぐれて皆の表情もいっそう晴れやかに。

「ハーブ摘み体験は今日で最後なのよ。秋から冬にかけては苗を植えて来年の準備をするの。春の再開が今から楽しみ!さあ、戻りましょう」

ハーブ摘みが終わると、お待ちかねのランチタイム。
「お帰りなさい。どうでしたか?」
店に戻るとはたさんがにこにこしながら皆を迎えてくれた。
感想を口にする皆の顔は喜びでいっぱいだ。
午前中につくったクッキーの仕上げもおこないつつ、ピザ生地にも着手する。キッチンのオーヴンと外に設置してあるピザ窯をフル稼働してランチの準備を進めながら、ハーブウォーターをお出ししたりとお客さまへの気配りを欠かさないロミさん。

午後からはピザ生地づくり。ランチの準備も皆で協力して。
食べたいものをお好みで盛りつけて──。野菜も畑で育てている身体に安心なものを使う。
庭に設置したガス窯でピザを一気に焼き上げる。香ばしい香りが食欲をそそる。

身体を動かした後に頬張る熱々のピザは格別だ。こちらで育てているという野菜の味も濃く、大地の恵みを感じる一皿を皆でぺろりと平らげた。

熱々のピザは格別の味わいだ。畑で採れた野菜は味が濃く、大地の恵みを満喫する。

朝・昼・夜に、ひと呼吸を取り入れて


食後のティータイムは、焼き上がったクッキーと、ロミさんのオリジナルハーブティーをいただく。
提供されるのは季節ごとのハーブティーに、朝・昼・夜のテーマをつけた3種類。「朝のハーブティー」はレモングラス、レモンバームが主体のすっきりとしたレモンベースで、目覚めの一杯に最適な香りと味わいが楽しめる。「昼」のハーブティーは活動的なお昼の中休みにぴったりな元気が出るブレンドで、ハイビスカスローゼルの目にも鮮やかな赤色が特徴だ。ハーブ自体にクエン酸が含まれているので疲れを取るのにいい。「夜のハーブティー」はカモミールにアップルミントやオリーブなどを加えた就寝前にリラックスできる癒しのブレンドだ。今日はバタフライピーも加えてある。

朝・昼・夜と一日のシチュエーションに合わせてハーブティーが気軽に楽しめる。

「わー!綺麗だねえ!」
思わず声が上がる。「バタフライピー」はもともと青い色味が強いハーブティーになるのだが、使う水の硬度が高いと緑味が強く出るようだ。レモン汁を加えると、また色が変化していく──さながら化学実験をしているかのようで楽しい。

「朝のハーブティー」は爽やかで鮮烈なレモンの香りが鼻腔を刺激する。
「昼」のハーブティーはルビーや薔薇のような赤色で華やかな気分。元気が湧いてくる。
「夜のハーブティー」はカモミールにバタフライピーを加えて、色合いも楽しんで。

「ハイビスカスローゼルは、どうやって使うのがいいんですか?」
「こっちはカモミールが入ってるんですよね?」
「この香りすごい!どうしてこんなに香りが強く出るんですか?」
「このレモングラスは──」
皆さんから口々に質問が飛び、ロミさんも大忙しだ。

「ハイビスカスローゼルを使うのはここね。実の外側にあるがくは取ります。ここの中にある種は蒔いてもダメで、木で熟してるものじゃないと芽が出ないの。調理にはフレッシュなものを、ハーブティーは乾燥しているものを使ってくださいね」

お客さまからの質問にひとつひとつ丁寧に答えるロミさん。

「香りが強いのは、収穫してからなるべく早く...…風通しの良い場所で一日から二日で乾燥させてるからなの。夏はエアコンの前に吊っておくのがいいし、今の時期は北側の太陽の陽ざしがないところね。日陰じゃないとすぐに茶色になってしまうわよ。ウチは量が多いから業務用の乾燥機じゃないと間に合わないですけどね(笑)」
「定番の味にこだわるのではなくて、自分の好きなハーブを組み合わせて新しい味をつくるのも面白いわよ。レモングラスは調理でも使えるんだけど、私はあまり好きじゃなくて(笑)、お茶だけに使ってるの」

自身の知識や経験を活かした的確な答えが返ってくるのは頼もしい。
輸入もののハーブティーは味も香りも落ちているものが多く、喫茶店やカフェで飲んでも口に合わないものが多くて、やはり国産ものに限るとのこと。
ロミさんのハーブティーはサブスク販売もしていて、毎月自宅に朝・昼・夜のハーブティーが届く定期便をホームページから申し込むことが可能だ。

焼き上がったクッキーとハーブティーで会話も弾むティータイム。

会の最後、参加された皆さんに今日一日体験したことで何を一番期待していたか、何が一番楽しかったのかを尋ねてみたところ、
「全部!」
という声が一斉に返ってきた。
市内中心部から30分ほどで非日常体験ができる場所ということにおいては、ここに勝るものはないのかもしれない。
それは何よりもロミさんのお人柄によるものが大きい。人を惹きつけるにはロケーションも重要な要素だけれど、何よりも人の魅力に勝るものはない。
「ぜひ、ハーブを生活のなかに取り入れてほしい」
と、語るロミさんがとても印象的だった。

カフェ・ポタジェガーデンからマダムロミへ

そもそもなぜハーブだったのか。
久谷地区は良くも悪くも本当に何もない。お店をされるのであれば、もう少し街寄りでも良さそうなものだ。ロミさんがこの場所にたどり着いた理由わけを知りたくなった。

「前は洋食を出すお店を街中で息子とやっていたの。料理は息子で私は接客ね。でも頑張りすぎて体調を崩してしまったことで、わたしは一年ほどでやめてしまったの。そのうちカフェをしようと思いはじめて、生まれ育ったここに帰ってきたのね。この12畳の部屋はね、もともとは勉強部屋というか、子供部屋だったんです。荷物置き場になってたのを隣のキッチンと合わせてカフェができるように改装したのがはじまり」

2017年にオープンして順調に歩みはじめたカフェ「ポタジェガーデン」だったが、ロミさんが再び体調を壊してしまったことで閉店を余儀なくされてしまう。3年の時を経て、この春に再オープンしたのが「Madame Romi」である。前と同じようなカフェはもうできないけれど、月に何度かEventを開催し、自然を満喫していただくことを軸として営むこの空間は、さながらロミさんを慕う人が集うサロンのようだ。
「でもね、再開しようと思ってたわけじゃなくて、流れでそうなったんですよ。アロマをやってる知人がいて、ウチにも時々来られてたんですね。ハーブ畑が春になって花が咲いて綺麗だから、これは皆に見せたほうがいい。皆も来たいって言ってるよって……それがハーブ摘み体験をはじめたきっかけ」

敷地の塀にはオープン当初に掲げた「ポタジェガーデン」の文字が描かれている。

“しあわせな状態” を模索する

カフェの時は畑はあったけどハーブ摘みまではやってなかったとのこと。
「わたしは5年前にここでパーマカルチャーをやりたかったのよね。そのためにいろいろと動いてたんだけど、途中でできなくなってしまって。パーマカルチャー的な畑にしたいなと思って今の感じになったのね。今はネット全盛の社会だけど裏の部分をやりたいなと思って、陰陽で言えば「陰」の方かな。「陽」かもしれないけど(笑)。人が求めるものはこれから二極化していくんでしょうね」
パーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)、農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた造語で、人と自然とがともに豊かになるような関係性を築いていく考え方であり、目指すところはSDGsにも通ずる持続可能な暮らし方のことを言う。

「その昔はね、花屋さんを10年ほどしてたの。1990年に大阪で「花の万博」(国際花と緑の博覧会)があって、そこで花ブームが起こったの。ガーデニングブームよね。カフェも興味があったけど、花屋さんは冷蔵庫ひとつあれば始められたのでそちらの方を。フランスが好きでヨーロッパにも憧れがあったのね。そこで余ったハーブの苗を畑に植えたのがはじまりなの。最初に植えたのはミントだったんだけど、そこから増えていって。自給自足じゃないけど「半農半X」をするような感じで生きていこうと思ったの。自分の好きなハーブを植えて、野菜をつくってそれが暮らしに活かせるのならいいことよね」

畑に行くとハーブから元気をもらえると言うロミさん。この場所での月に何回かのEvent開催に加えて、来年からはハーブの卸しや小売も考えているとのこと。とにかくやりたいことをやって楽しく生きていくという大らかな考え方からは、しなやかで芯の強い女性像が感じられるが、本人はモノを極められない人なんだとか。取り組んでいることを形にできたら次のことに移りたい性格で、同じことを続けるのはつまらなくなってしまうんだそう。
それは好奇心がなせる賜物だ。人生で起こり得たいろいろな経験をもとに、時代の少しだけ先をいくロミさんの眼差しはとても温かかった。

Nothing else but here.

久谷地区、その昔は久谷村として独立した暮らしがあった。
南端は行き止まり(※三坂峠に抜ける道は車ではまず通れない)な上、周囲を川に囲まれていることで松山市中心部と人の行き来が遮断され、作物もつくれるということもあって独自の文化が発達していったのではないかという説があるようだ。川向こうの砥部地区には砥部焼があることで注目は集まりがちだけど、何もないということは強みでもある。
今や何もない場所を探すほうが難しい。いろいろな店やモノに情報、人が溢れた現代では、“何もない” を楽しめることは稀有なことかもしれない。
お膳立てのない、“農的な暮らし” がここにはある。

イングランドでは、リタイアメントしてから暮らしたい場所にコッツウォルズ地方を上げる人が多いという。せかせかしたロンドンを抜け出して、何もない場所で余生を過ごすことには確固たる理由があるのだ。
Nothing else but here──ここにしかないもの。
市街地からこの安息の地に、川を渡れるよう橋を架けるのはロミさんなのかもしれない。

【Madame Romi】
住所:〒791-1123 愛媛県松山市東方町 甲 236-2
電話番号:非公開(連絡はSNSでのDM・メッセージから)
営業形態:EVENTのみの営業
H P:https://madameromi.official.ec
facebook:マダムロミ
Instagram:romi_herbtea
駐 車 場:あり

今回の書き手:越智政尚
松山市出身・在住。「文学のまち松山」でBOOK STORE 本の轍を営むショップキーパー。休日は映画を観たり、レコードを聴いて過ごしたり、暮れゆく空を眺めるのがお気に入り。MORE BOOK , MORE TRACKS。
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