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「ヒトゴト目線」で"普通"の人生を楽しくする

 僕は現在、肝臓がどんどん壊れていく難病を患っている。
 治療のためにこれまで何度か入院生活を送っていて、つい2週間前も病院にいた。入院では、自分と似た病状の人が亡くなって恐怖を感じたり、陰部に管を挿し込まれて悶絶したりと、毎回そこそこ辛い目に遭う。しかし振り返ってみると、どれも辛さはありつつも楽しい思い出になっている。

 思い返すと、これまで体験した出来事はどれも「おもしろ体験」の思い出の箱に入っている。僕はたいていの出来事は楽しく受け止められるんじゃないかと思う。
 たまに「なんで辛いことでもいつも楽しそうにしてるの?」と聞かれることがある。たしかになんでだろうか、と自分なりにそのコツを言葉にしてみたら、それは「ヒトゴト(他人事)目線」ではないかと思った。

ヒトゴト目線

 「ヒトゴト目線」というのは、自分を俯瞰で見ることだ。
 人生、いろいろな出来事がある。辛かったり、恥をかいたり。僕は、そういった出来事を「嫌だなぁ」と感じつつ、同時に俯瞰でも見ている。自分主演の映画を鑑賞するもう1人の自分がいる感じだ。そして、もう1人の自分は、自分の考えや行動に「こいつバカだな〜〜」とツッコミをいれながら見て楽しんでいるのだ。

 このヒトゴト目線を駆使すれば、たいていのことは楽しい思い出にすることができるだろう。

ヒトゴト目線で入院を振り返る

 実際に自分の入院体験をヒトゴト目線で振り返ってみたい。
 思い出深いのは、1年前の人生初めての入院の初日の出来事だ。

 入院初日、緊張で落ち着かず病室でソワソワしていると、若いナースさんがやってきた。
「今から下の毛を剃るんで、脱いでもらっていいですか?」
 手には電動トリマーを持っている。聞くところによると、翌日の手術の際に右足の付け根を切るらしく、アンダーヘアーが邪魔になるらしい。

「えっいきなり? いきなりそんなことされるの?」
 恥ずかしくてモジモジしていると、ナースさんがそれを察したようだ。
「……あ……自分でされますか?」
フォローされてしまった。最悪だ。余計に恥ずかしい。男たるもの堂々としていたかった。

 結局、「終わったら声かけてくださいねー」と電動トリマーを片手に握らされて病室に残された。
 まだ混乱していたが、やるのは簡単な作業だ。電動トリマーをONにしてバリバリと作業を始めた。

 が、ここで僕は手が止まってしまった。
「右側は手術するので全剃りとして、左側はどうしよう?」
 今考えるとバランス的に両剃りが正解だが、「銭湯行ったときとか、何もないのはちょっと恥ずかしいな……」などと、この土壇場でアンダーヘアーのデザインを考え始めてしまった。人間は混乱するとおかしくなってしまう。

 少し悩んだ結果、いったん右側だけ剃ってみた。
 いや、これはまずい。こんな半分になってるやつが銭湯に来たほうがやばい。ざわついてしまう。そして迷いつつも僕は、右側から左側へ、濃淡グラデーションをつけて滑らかにアンダーヘアーを仕上げた。

 ナースコールで看護婦さんを呼んで仕上がりをチェックしてもらう。すると、看護婦さんはほろ苦い顔になった。
「すみません……あの……念のため両方剃ってもらってもいいですか?」
 最悪すぎる。最初から両方剃ればよかった。
「なんであいつ半分残そうとしてるんだよ。何のプライドだよアシメかよ」と思われてしまっただろう。

 入院初日に恥ずかしさのピークを経験をした。
 それもあってか、その後の手術は「もうどうにでもなれ!」という心境で、開き直って臨むことができた。

 と、まあこんな感じだ。
 ヒトゴト目線で振り返ると、おバカな自分が面白くて、その時の思い出も楽しく感じられる。

"普通"こそ面白い

 ここで重要なのが、出来事は、インパクトのある事件だとか、機転の効いたオモシロ発言だとか、そういうものである必要は全くない、ということだ。
 普通の出来事でいいのだ。いや、むしろ普通のほうがいい。

 「ヒトゴト目線」で重要な考え方が1つある。
 それは、

"普通"こそ面白い

ということだ。

 "普通"というのは、「俗っぽい」ということだ。知ったかぶりをしたり、自分を大きく見せたり、周りの意見に流されたり、とか。

 聖人ではない多くの"普通"の人は、こういう俗っぽい行動をついついやってしまうが、それでいい。そういう自分の俗っぽさをネタにして楽しんでしまえばいい。
 "普通"の出来事を、"普通"の自分が体験する、それを後から振り返って笑って楽しめばいい。

 今回は辛かった体験としてあえて入院エピソードをチョイスしたが、もっとくだらない日常でいいのだ。
 僕のせっかちな父親の話でもいい。ショッピングモールでゆっくり歩く母親を待ちきれず、どんどん先へ先へ歩いて行ってしまい、先に行きすぎて、父親が迷子になった。
 と、こんな話でもいい。

 僕の周りの友人もこの「ヒトゴト目線」の達人がけっこういる。父親との死別をネタに昇華している友人なんかもいる(そのヒトゴト目線っぷりには思わず感心した)。その友人たちはみんな、"普通"の人生を、いつも楽しそうに生きている。

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