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「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第19話 リズムと話し合いと

 研究室に入って約一か月。4年時に授業を取る必要が無かった私は必然的に研究室の活動がメインになり、そこに部活と就活がくっついている感じになった。
 
 実験の報告を行う日は毎週木曜日。森田塾は毎週土曜日。週2回、ゼミのようなものがある。
 
 それで日にもよるが大体研究室が起き始めるのが11時くらい。同期の何人かは研究室で寝泊まりしていたが、私は結構自分の下宿先に帰って寝ていた。わざわざ帰って寝ていた理由は結構単純。まだ部活をやっていので洗濯物があったりしたためである。
 
とりあえず11時くらいに研究室から出ていって30分以内に学食へ行ってご飯を食べる。これが結構大事で、私の大学は周辺に余り飲食店がないため、お昼時になると学食が凄く混み合う。だからこの11時30分~12時までの間に行くようにしていた。
 
 研究室に戻り、さっそく実験や塾の課題に取り掛かる・・・というわけではない。
 
 実験に関して言えば私の班はパソコンでの解析がメインのため、実験器具を用意して、測定器を用意して・・・という感じではない。だから言ってしまえば深夜とかそういう時間にも出来てしまうため、もう1人の同期と話し合って「出来るときに解析しよう」という感じに決まっていた。
 
 解析結果が出た時にはある程度まとめて院生へ報告し、今後どのようにしていくかを決め、そしてそれを全部資料へ起こす。こんな感じで研究室に居るときにやっていたのは何かしらの発表用に使うプレゼン資料の制作が殆どだった。
 
それでも暇なときはゲームをしたり、アニメを見たり。院生と話をしたりして過ごすことが多かった。
 
 木曜日のゼミは全員参加。もちろん院生も来る。全部の班が集められて順番に発表を聞いて行くことになるため、自分にとって全く関係のない実験であったとしても、ずっと聞いていることになる。だから「あーそこまで進んだんだ」とか思ったりするわけである。
 
 そして実験の結果から「これはこうだね!」など先生からフォローが入るため、次回までにそれを反映した実験を行ってまた資料へまとめる。
 大体ゼミが終わるのは22時とか。
 
先生のゼミが終わって研究室に帰るとイガさんからホワイトボードにメッセージが書かれている。書かれている内容にもよるのだけれど、書かれたことについて11期生で決めなければいけないことが有る時はそこから話し合いが行われることになる。
 
 直近で話し合ったことは先にも書かれた「3年生気分について」である。
 
 ちなみに初めての話し合いで院生から先に言われたことが
 
「これには答えなんてないよ、答えを出したら僕らは納得しないからね」
 
 だった。
 
 話し合いというよりかは意見の出し合いでもあるわけで、そこから3年生気分を変えるためにどういう風にするかを決めるのだけれど。
 
 これが、全然何というか上手く行かない。
 
 例えば「4年生になったという自覚をもって活動する」とかいう誰でも言えるような薄っぺらい意見を出せば院生に「待ってました」と突っ込まれまくる。大事なのは突っ込まれることであって、意見を否定されることは一切無い。ということ。
 
「4年生って何?」とか「自覚って何?」とか「活動って何?」とか。そんな感じ。
 
 そういう感じになるので話し合いは長い時間行われ、大体終わるのが夜中の1時とかになる。そこから決めたことをまとめに言ったり、具体的に何かを作ったり、話し合いの内容を自分なりにまとめたり。
 
 院生とご飯いったり、コンビニで飯を買ってきて研究室で食ったり。そういうことをしていると朝が来て、6時とかに寝る。
 
 みたいな感じ。完全に夜型と言えばそうなのかもしれない。
 
 そして当然私の場合はこれに部活が入るのだけれど、ここであることに気が付ついてしまう。
 私の部活に居た先輩たちは4年生になると出席率が低下していた。これは研究室の活動があるため、部活には行けなくなるということだと思っていたのだけれど、真相は結局
 
「先輩たちは部活に行くための時間を作っていなかっただけ」が答えになる。
 
 確かに、実験やゼミで行けないということはあった。あったがそこまで頻繁ではない。それにまだ5月。そこまで忙しいわけではない。
 
 さっき言ったリズムは内容はともかくとして卒業まで結局続くのだけれど、なぜか私はこのリズムに結構早めに順応することが出来た。だからこそ自分で時間を作って何かをするということに関しては全く困ったことがない。
 
「これとこれやれば部活に行けるなぁ」とか考えてやれば、この時点では研究も塾の課題もやること自体の量はそこまでない。
 
 が、問題なのがその話し合いの内容だった。
 
 話し合いが終わって院生の何人かがイガさんと私のもとにやって来た。そして言われたことが「話し合いなんかする必要なんかない」とのこと。
 
「話し合う必要は無いってことですか?」
 
私がそうやって聞くと
 
「そういうことじゃねぇよ」
 
と言われて頭にイガチョップが飛んできたが、その後一緒に飯を食いに行った。
 
 ゼミ終わりなどに度々研究室の院生やイガさんと飯を食べに外に行くことがあったのだけれど、注文してから食べ物が目の前に来るのを全員待って、そして「いただきます」と言ってからみんなで食べ始めるという作法があった。
 
 この作法、最初は何とも思わなかったのだけれど、だんだん「あ、これも伝統なのか?」と感じるようになった。何とも思わなかったのには理由があって、部活の合宿とかでご飯を食べる時にそういうことをやるのがあったからであるが、別に森田研は部活じゃない。
 
ただ単に大学生が集まって飯を食うというだけの話。
 
 ご飯を食べるときに「いただきます」というのを言うことに関してはこれを見ている人にその意味を委ねるとして、私が言いたいことはとにかくこの時期は見様見真似でイガさんとか院生がやっていることを真似していくことになった。
 
 それで初めてイガさんとご飯に行った時、食べている私を見てあることを言った。
 
「まっつん、左利きなんだ。でもペンは右でしょ?」
 
「はい、そうなんですよ。でもペンを持つのは右ですね」
 
 ペンを右で持つようになったのは親の教育の結果である。字を書くのは右手じゃないと将来困る。という意見で変えられたのであるが、実際大人になった今になると「別に困ることなんか無くないか?」と思うわけで。
 
「中学生まではパソコンのマウスも左でしたね。今は右になってますけど」
 
「でも、まっつんが左で持ってんのはなんもおかしくないよ」
 
「そうなんですか?」
 
「なんでか分かる?」
 
 ・・・分からなかった。左利きとか右利きとかそういうのは本人の特性なのかと思っていたのだけれど。
 
「子供はそのまま大人の真似するから。正面から見てみ?右手で箸を持っている僕をそのまま真似ると左手で箸を持つことになるでしょ?」
 
「あー」
 
 納得してしまった。でもこの時の納得は「まあ、そういう考えもあるか」という納得と「余計な事を突っ込むとまた面倒になる」という両方の感情でそうなった。
 
 あまり深く考えない毎日が続いていく。

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