「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第12話 月一回のバーベキューと本の引継ぎ
この日の森田塾は今までと少し雰囲気が違った。話を聞くとどうやら塾の後、研究室近くの外でバーベキューを行うらしい。そして私たちも参加してもらいたいとのこと。
そして今までは言われた質問に答えるという形式だったのだけれど、急に課題っぽい物を言い渡されることに。
「今から渡す本をまとめること。そしてそれを発表できる形の資料にして次週の塾でみんなの前で発表して欲しい」とのことだった。
これはつまり「パソコンのソフトを使って渡した本をまとめたプレゼン資料を作ってこい」と言うことである。そうは言われてもプレゼン資料なんか今まで数回くらいしか作ったことがない。同期の中には全く作ったことが無い人もいた。
おまけに「本をまとめる」なんてことやったことがない。本なんか既にまとまっているもんなんじゃないか?という疑問が私の中にはあった。
そんな疑問をよそに院生は更に付け加えてきた。
「もちろん3年生だけじゃ作れないから4年生とペアになってもらうよ」
すると私たちが座っている机の上に本が置かれ始め、一冊づつ配られ始める。てっきり全員に同じ本が配られるのかと思っていたのだけれど、個々人で配られる本が違うらしい。私の手元にやってきた本は「失敗について」書かれた本。他の人を見ると「栄養について」だったりよくわからない内容だったり。
「この本は今の4年生が3年生の時、同じように引き継がれたものだから」
そうは言われても「知らんがな」としか思わない。大体本をまとめる引継ぎってなんだ?という話でもある。まあつまり本には「担当者」がそもそもいるという話。自分と気の合う4年生とペアを組むということではないことを言いたかったのかもしれない。
そんな私とペアになった4年生は偶然にも同じ企画係だった。
「松下君はいつ空いてる?」
「いつでも空いてるは空いてます。部活も休めばいいので」
「だったらとりあえずこの日に研究室に来てくれない?そこで一緒に作ろう」
とのことだった。
この時期既に総務と他の同期の何人かは頻繁に研究室に出入りしているらしい。出入りはしているもののただ単に4年生や院生とゲームをしたり麻雀をしたりしているだけらしいけど。
けれど総務にとってはやることがあったみたいで、実は来年の2月に「森田研究室のOB会」なるものが学内で行われることが予定されており、そこで何をするかとか飲食物はどうするのかとかそういうのを「新4年生」が取り仕切ることになっていた。
今になって申し訳なさが出てくるわけなのだけれど、この時点で私はOB会に関してノータッチ。つまり完全に総務の2人に丸投げ状態である。もちろんそれは私だけではなく同期全員がそういう状態ではあった。
なので、現段階では4年生にもなっていないし、研究も何も無いのに出入りする必要性は全くないということでもある。
私もただ単に研究室に遊びにいくだけなら部活に行って後輩に練習の指導をしたりした方が有意義じゃん。という考え方を持っていたため、研究室の見学以降はまったく研究室には行っていなかった。
そうこうしているうちに森田塾は終わって研究室の横の広場というか通路というか。そういう場所に連れていかれた。
グリル台がいくつかあって炭に火が付いている。これを読んでいる人に大学の研究活動をしたことが有る人がいるなら何となくわかるかもしれないけど、研究室によってはバーベキューとか卒業旅行とかを研究室単位で行う所もある。
雰囲気はそんな感じに近かった。
3年生と4年生の総務が森田先生を教授室に呼びに行き、先生が到着すると乾杯をすることに。
その様子をじっと見ていた私は何となく一人で食べていると後ろから声を掛けられた。
「松下君!元気か?」
声の主は森田先生。片手にはビールの缶を持っていて陽気に話しかけてきてくれた。
「うちはね、こういう感じだからね!」
「あ・・はい、そうですねぇ」
なにが「そうですねぇ」だよ。と自分が言ったことなのに突っ込みたくなる。なんというかこの時点ではまだ空気感というかそういうのが全くわかってなくて、どうやってやればいいのかわかっていない。ということだけは何となくわかる。
それでも完全に参加しているという気分でしばらく院生や4年生と会話をしているとその中の一人が私にこう言ってきた。
「次回からはこれ、3年生に段取りしてもらうからよろしく」
結構きつくないか?そのキラーパス。全くそんな話は聞いてないぞ。
「あ、次回って言うのはいつですか?」
「森田研は毎月やってるから。基本的には企画係が軸になって」
企画なんかにならなきゃよかったと初めて思った一歩目。月一回のバーベキューの開催。私は近くに有った食材の入った段ボールの中身をみた。肉とか野菜とかあとは串とかのいわゆるありがちなものがはいっていた。
袋を見るに多分近所に有る業務用スーパーで売られている「ものすごい量が入っていて安い!」という部類の食材。質より量という物である。まあ毎月やるわけだから高い肉とかそんなの食えるはずも無いし。でも、そもそもこれのお金はどこから出てるんだ?とも思ったけど。
始まってから一時間が経過すると何となく終わりの雰囲気が流れ始めた。すると先生が一言。
「3年生もいることだしね!フレーフレーやっておくか!」
と言うわけである。なんのことか全く分からなかったが次の瞬間、何となくわかった。
今でも思うのだけれど先生は温厚で面白い感じに見えていたわけだけれど、この時ばかりは真剣な表情。そして右手を下から突き上げ「フレー!」と大きな声で言い、次に左手を同じようにして「フレー!」といいその後に「新4年生!」と言った。言ったというよりも叫んだという方が正しいかもしれない。
多分これだと分かりにくいので説明するとつまり腕を振りながら「フレー、フレー、新4年生」と言ったわけである。要は応援みたいな感じ。それに合わせて4年生が手を叩いて同じことを繰り返し言い、それが終わると先生は
「はい、じゃあ次いこうか!」といって今度は院生に目配せをする。それに気が付いた院生もすかさず先生と同じようにした。そうすると今度は言わずもがな私達3年生の誰かがやらなくては行けなくなるわけで。
何となくわかると思うけど、この時に指名されたのは総務の片方だった。
彼は見よう見まねでそれをやり切り、大きな拍手でバーベキューは幕を閉じた。
この話を聞くとこのノリみたいなのについてけない人は結構辛いかもしれない。なんというかそういうの嫌いって言う人も確かにいると思う。でも実は私は結構乗り気だった。というのも小学校の時は運動会の応援団長を務めたこともあったり、声の大きさだけには自信はあったからである。
多分、次は自分がやることになるかもしれない。とかそういう風にも感じた。
片付けは3.4年生ともちろん院生も加わって行うことに。その最中、先生とイガさんが何か話し合っているのを時折見かけるのだけれど、この時点ではまだまだイガさんと話すとかそういうことが無かった。
研究室のOBが後輩の様子を見に来ているというそういうありがちな風景であることには間違いない。きっと暇なんだろうとかそういう風に考えていた。