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「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第25話 分水嶺

「これを気質でまとめて」
 
「はぁ、気質で。ですか」
 
 いつものように突然課題はやってくる。いつものよう先生のゼミが終わって研究室に帰ってくるとホワイトボードに書かれていたのは次やることだった。この時の私は結構疲弊していたのがあってあんまりやる気が無かった。それもそうだろう。これを書いている今の私から見ても「もうこれ、やりたくはないぜ」という気持ちが湧いてくるのだから。
 
 もちろん課題は私以外の同期全員にある。
 
渡されたのは絵本。これを気質でまとめてきてとのことだった。
 
 自分の場所に戻ってとりあえず絵本を開いて読み始めることに。凄く有名なタイトルではあったものの実はキチンと読んだことが無かった。
 
「こういうお話なんだ」
 
 で、どうすんのよって話。気質でまとめろっていうのが分からない。
 
しばらく考えて出した答えは「気質ってのは人に関係してるよなぁ、だから自分の感想みたいなのを書けばいいのか?」そう思って読んだときのテンションとかこの時の私の気質は「これ」みたいなのを書いて出した記憶がある。
 
 それで次の日、作ったものを見せに行くとイガさんは少しだけ見て「そういうことじゃねぇよ」と突き返してきた。
 
 次の日も、また次の日も。修正しては見せに行くも一向に見てくれない。
 
「いやー、これは・・・どうしようかな」
 
 参考文献とか論文とかそういう本をまとめろって言うのならまだわかる。対象は絵本。絵本は物語。物語ってのはそもそもまとまっているもんじゃないのか?
 
 とかなんとか考えながら過ごしているといつの間にか23時。
 
 今回の課題は今までと少し違う。それがテーマを与えられていることだった。今までの課題は大抵「まっつんのセンスで」と言われてまとめることが多く今回みたいに「これでまとめて」という風に言われたことは初めてだった。
 
「気質で・・・」
 
 気質でまとめてということは気質を知らなければいけないのは当たり前のこと。そこで研究室にあったイガ本棚から適当に気質の本を持ってきて読むことにした。
 
「うーん」
 
 書いてあることは分かる。言っていることもわかる。けれど、イガさんがいいたいことがわからん。ということだけは分かった。それでまた数日経っても中々プレゼン資料がまとまらず、自分の場所でまた考えているとある院生が現れた。
 
 その人は机に置かれた印刷されたプレゼン資料を見始めた。
 
「これ、イガさんに見せた?」
 
「はい。見せました」
 
「そしたらなんだって?」
 
「センスが無い。だそうです」
 
 パラパラとページをめくる音だけが部屋に響き渡る。そうして全てを見終わった後、私の方を向いて言葉を並べ始めた。
 
「これ、まっつんの言葉が全く入ってないよ。だからイガさん見てくんないのよ」
 
「私の言葉ですか?」
 
「そう、これ、あくまでも本をまとめただけじゃん?まっつんがまとめてないのよ」
 
「あと、もっと分けて考えたほうがいい。一気にまとめないでさ」
 
「はあ」
 
 それだけ言うと院生は満足そうに立ち去ると中部屋へ消えて行った。
 
 とりあえず私は絵本の内容を分けることにした。簡単に言えば起承転結的な感じ。もちろんそんな厳密な感じではなく何というかシーン毎というか。そしてそれに対して登場してくる人物たちがどういう行動をしているのかとかどう考えているのかとか、そういうのを自分なりにまとめていくと
 
「あれ?これ見えて来たんじゃない?」
 
 そこに広がっていたのは絵本の物語ではなく、気質の物語だった。というより私の感覚を正しく言えば気質を通して物語見たとき、その景色はまるで今までと変わっていた。大げさな表現を使えば誰かがこの短時間で絵本の中身を書き換えたかのように、全く見える世界が変わってしまったのである。
 
「・・・絵本は、絵本だよな」
 
 そりゃそうよ。絵本は変わんない。変わったのは私の目線が変化した。やったことは単純だったけれど、まるでその感覚は今まで空転していた車輪がレールの位置を探し出し、一気に掴んで加速していく感じ。
 
 他人が考えている根拠を気質へ持っていけば、気質でまとまる。というか大体のことが気質で見ることが出来る。
 
 早速プレゼン資料を作り始めた。しっかりと丁寧に。気質は色にも対応しているため、その色に合わせて枠の色、文字の色、全てを適応させていった。そして完成する頃にはいつの間にか夜が明けていた。出来上がったのは20ページのプレゼン資料だった。
 
 その日、イガさんが研究室にやってくると早速印刷した物を手渡した。それで渡すだけ渡して私は自分の場所にさっさと戻っていく。これなんで戻ったのか今でもおぼえていないのだけれど、そそくさと戻ったことだけは覚えている。
 
 
 しばらくしてイガさんは中部屋から出てきて私の場所にやってくると頭を叩かれる。「おせーよ!まっつん」とややテンション高めに何度もイガチョップを食らった。
 
「遅いって言うのは何がです?」
 
「ここまで来るのにだよ!やっとだよ」
 
 そういうとまたイガさんは資料に目をやり「ここはこうじゃね?」とかいきなり真面目に言ってきたりするから私も困惑するわけで。
 
「なんでまとめたかわかる?」
 
「えー・・・気質が大事ってことですか?」
 
「そういうことじゃねぇよ」
 
 とまた突っ込まれる羽目になる。
 
 どうやらそういうことじゃなかったらしい。
 
 そういうことじゃなかったにしてもとりあえずこの「絵本を気質でまとめる」ということがこの後、森田研の私にとってもそうだし、今後の私にとっても大きな変化を実感できた点になる。

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