「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第31話 伝説の〝カエルくんへ〟と〝水力学〟
12月に入り、新森田塾は院生になる同期がメインで行っていくこととなった。私は一つやることが減った分、環境論文作成へと手を進めていくことになったわけであるが、問題はここからである。
「何をどうしていいのか全く分からない」
色彩の本を机の上に置いて頭を抱える毎日が始まったのである。
それに付け加えて「共育」と「森田研究室とは」という部分についてもまとめなければならないし、当然、実験、卒業論文、そして3年生への実験引継ぎなども含めて考えて行動しなければいけない時期。
おまけに毎年恒例の「OB会」の準備も始まることになり、メインとしては総務が3年生に教えるのであるが、企画は企画として教えることがある。更にそこに付け加えてイガさんから
「まっつん、新しいイベント考えてやりなよ」
と言われてしまっていた。
とりあえず私は目の前のことをから方付けなければならないため、そこから手を付けるのだけれど、中々上手く進まないことになる。
1週間が短く感じ、何度も何度も書き直しをする日々が続いていくといつの間にか12月中旬。
するとあることが起きた。それがこの期間だけ先生が私の居る場所で仕事をすることになったことである。先生が本来居る場所の部屋が入っている建物が何かの工事が入るらしく、居られないとのこと。
それでやってきたのである。
位置的に私が背中を向けてパソコンなり何かをやっているその後ろの方に先生が居るという何だか不思議な空間が出来あった。
喫煙所が近いこともあってか、森田研に入って初めてそこで先生と会話をすることになった。もちろん実験の事や卒論のことに関しても聞いた。けれど割と話した内容は世間話のようなもの。けれど先生と話した内容よりも私が感じたのは先生の振る舞いであった。
決して私の意見を否定しない。そしてなんというか「これぞ先生」という感じの話。
森田登教授という人物に対してあまり語ることは無かったのだけれど、私として感じていたことを一言で表すのであれば「鋭さ」である。別にそんなことは無いのだけれど話しているとその全てが「見られているし、見透かされている」という感覚に陥る。
これは大げさではなく、感じようと思えばそう感じる。
この感覚はイガさん、院生と話していても感じる。学生、松下一成はどういう人間でどんな風なことを感じていて、そして、どのように動くのか。
そういうのを何となく感じた。
「先生あっての森田研、学生あっての森田研」という風に院生は私にいつも言ってきていた。それが何となくわかったような気がしたのである。
私がそんな雰囲気の中、色彩の本に向き合っていると総務が声をかけてきた。
「まっつん、これ見てみてよ」
差し出されたのは400字詰めの見たことが有る原稿用紙。しかも結構古いものである。一体何が書いてあるんだろうとよくよく文字を見るとひらがなばかりだった。
「これ、イガさんが小学生の時に書いた作文なんだって」
「これ?」
「うん」
タイトルは「カエルくんへ」だった。内容はあんまり覚えていない。けれど「ヒキガエルくんはすごいとおもいます」とかそんな感じのことが書かれていた。
「これどうすんのよ」
「動画にしてまとめてって言われた」
そう言うと総務は私のポケットから煙草を1本とると喫煙所の方に向かって行き、火を付けて少しだけ笑った。
今まで全く触れてこなかったのだけれど、森田研では大きなイベント、例えば文化祭などの後には卒アル係が中心となって写真を使ったスライド動画を作るのが恒例となっていた。これまたここまで話が出てきてないのは私が関わらなかったからでもあるのだけれど。
「これ、どうやって動画にすんのよ?」
見る限り文字しかない。そりゃそうだ作文だもの。
「センスだってさ」
それを聞いた私も少しだけ笑ってしまったが、その夜に私もイガさんからある本を渡されてしまう。
「畔にザリガニが穴をあけてさ、そこから水が漏れんだよ」
「はあ」
「それでその穴が次第に大きくなっていくんだけどどうしてかな」
「知らんがな」と言いそうになったが渡された本を見た。
本のタイトルは「水力学」
「それ使って説明してくれない?」
色々と話がおかしいのは何となくわかる。水力学というのは学問で言えば「流体力学」になり物理学に該当するからそっちの事をやっている人に聞けばいいじゃん。とかその他にも色々言いたくなったものの、私はこの時結構真面目に「穴から水が出るときに土が削れるんじゃないですか?」とか言ってしまったもんだからイガさんのテンションが少し上がる音が聞こえてしまった。
「そう!それを説明して欲しいんだよね」
こうして私は色彩の本に加えて水力学の本も読んでまとめる事になってしまった。