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「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第32話 向き合う日々

 色彩と水力学をまとめなければいけなくなった私はまた本とパソコンに向かい合うことになったのだけれど、時は年末に近く、同期の何人かも帰省の予定を話していたり、街もそんな雰囲気を出し始めていた。
 
 とりあえず目の前に出てきた「水力学」をまとめてイガさんに渡さないともっとやることが増えて大変なことになる。
 
 そこで私は割と真面目に取り組むことにした。
 
 水のような流体が流れるときには乱流と層流があって・・・・。という専門的な話をしても全く伝わらないと思うのでざっくりと説明をすると。と思ったのだけれどそれも難しいのでとりあえず「水が流れると土が削れる」ということを理論的に説明し、それをまとめることにした。
 
 けれどこれもやったことがない学問のため本を見ながら「こうじゃないか」「ああじゃないか」とか考えながら作ったのだけれどイガさんに見せたら
 
「やるじゃん、まっつん」
 
 と言われてしまった。どうやら良かったらしい。
 
 年末年始はいつも帰省していたのであるが、この時は流石にやることが増えすぎていて帰ったら遅れてしまうと考えて帰省しないことにした。この時の私の生活は外から見た時、もう「研究室に住んでいる人」みたいになっていて寝泊まりは当然になっていた。
 
 私が環境論文に関わる色彩の本をまとめてはイガさんや院生に見せては「やりなおし」を言われ、またまとめては「やりなおし」を言われる。
 
 これ、何回くらいやったのかというともう覚えていない。少なくとも1か月以上はこれの繰り返しをしていたような気がしなくもない。
 
 そんなある時、イガさんは2種類の紙飛行機を折って私の方へ持ってきて渡した。
 
「11期生はこっち、院生はこっち」
 子供の頃つくった紙飛行機。一般的な形は何というか長細い形状をしている奴。これは飛ばすとまっすぐ飛ぶやつである。イガさんが言うにはこれが11期生らしい。
 
 そして院生だと表現した紙飛行機はグライダーのような幅広い羽をもったタイプのやつ。
これを飛ばすと基本的にまっすぐは飛ばない。けれど上手く飛ばすと円を描くように回るように飛んでいくもの。これが院生らしい。
 
「なんの話?」と思われるかもしれないがイガさんって言うのはこういう人である。だからこういうことを本当に突然持ってきて私の前に置いて「まとめてみて」と言われる。
 
で、やらないといけなくなる。その繰り返し。
 
 渡してくるときに「まとめて」とか「センスで」としか言わないため良い言い方をすれば「任されている」と思うのだけれど持ってくるものが「カエルくんへ」とか「水力学」みたいなもんだから渡された側は困るわけで。
 
 だからこういうイガさんに渡されたものをやらない同期ももちろんいたし、その気持ちも分からなくはない。
 
 イガさんは何にも言ってくれないけれど、院生はある程度言ってくれる。そうなると院生と話す回数が増えていき、いつの間にか喫煙所は相談所になっていた。
 
 私の場所が喫煙所に近いこともあって、印刷した物を持ったまま煙草を吸っていると院生がどこからともなく表れて「まっつん、それ見せてよ」と言ってくる。
 
 何かヒントがあるかもしれないと思って私はそれを絶対に断らず「わかります?これ」と言って渡すことも多い。けれど院生だって全部をわかっているわけではない。渡した結果「わからん、まっつんのセンスでいいんじゃね?」と言われることも多々あった。
 
 これが最も顕著だったのがまさに今直面している「色彩」についてである。色彩にかんして院生に聞いても「さっぱり」というのが返答。
 
この色彩がとてつもなく大変なのは、本自体の理解もあるがそれよりも今までの森田研の環境論文を見てもこの章は無い。ということである。つまりこれは「11期生からの新しい事」でもあるし、逆に言えば11期生だからこそまとめられるだろうということだと思う。
 
初めてやるんだから誰もやり方を知らない。知っているのは自分だけ。それでこれをまとめるということに対してイガさんや先生は一体私たちに何を求めているのか。ということをずっと考えてはみるもののいまだに答えが出せずにいた。
 
 もちろん環境論文の章立ては色彩だけではない。先にも言った通り歴史、リーダー、共育、農という物があってそこからさらに細かく分かれている。章をわりふられた同期達もまた同じように何回も書き直したり、やり直したり、またはやらなかったりとするわけで。
 
 結局、12月は特に何も進まないまま気が付くと研究室で除夜の鐘を聞く羽目になっていつの間にか年が明けてしまったのである。

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