「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 第20話 就職活動
5月のゴールデンウィーク。私は実家に帰省することにした。長期休暇があると部活も休みになるのだけれどそれは同時に練習が出来ないということでもあるため、こういう期間は地元の高校の恩師と練習をするというのが恒例行事になっていた。
けれど今回の帰省は地元での就職活動も兼ねる形になった。
地元企業の説明会に行ったり、先に就職した友人と会ってみたりとそんなことをした後、受ける予定がある会社説明会に出向いたり。
そんなことをしているとあっという間に休暇が終わって再び森田研に帰ってきた。
連休明けのゼミが早速行われそこで先生からあることを言われる。
「森田研の就職について」である。
とはいうもののそんな何か特別なことは無い。ただ単に自分がやっている研究内容に関連した会社の名前を先生が言っていき、もし気になっているのであれば受けてみて!という感じ。
森田研で行われている研究の大部分は企業からの案件というかそういうのが含まれている。だからそのままその先へ就職というのが割とスムーズなのはイメージが付くと思う。
具体的なイメージを付けるとしたら例えば「自動車の燃費改善」について私が研究していたとして、その燃費改善はどこのメーカーに行ったとしても通用する技術である。こんな感じのどこか特定の会社だけというわけではなく研究内容は業界全体という枠になる。
先生がホワイトボードにいくつも会社名を書いていくのを見ていると、ある会社名がでてきた。それを見て私は心の中で思ってしまった。
「あーそういうことか」
出てきた企業は私が初めて行った合同企業説明会で手招きをされて椅子に座ったところだった。
これはもう受けるしかないだろう。というなんかよくわかんない流れを感じてそのままその週の説明会と筆記試験の申し込みを行った。
そして当日、私は都内にある本社へ行き、受付を済ませてから会場へ向かうと後ろから声を掛けられる。
「松下君だよね?お待ちしてました」
誰だ?知り合いが受けに来たのかと最初そう思って振り返るとそこに居たのはあの日、合同説明会で手招きをしてくれた人事の人だった。
もちろんこの時点ではキチンとした自己紹介も出来て無い。何なら履歴書もこの場で渡すということになっていた。多分私の名前を知っていたのは、あの時に説明会に関してのアンケートみたいなものに私の名前を書いたからだと思う。
そうじゃないとこの時点で名前を呼ばれたことに説明が付かない。
そして次に言われたのが
「きっと受けに来ると思ってました」
とのこと。
しばらくすると会議室に通されて会社の説明を受けることに。そしてそのまま会社を受けるか受けないかを聞かれたので受けることにしたらさっそく筆記試験が始まった。試験内容は忘れたがなんか割とありがちな奴と小論文だった気がする。
そしてそれが終わって10分間くらい会議室で待っているとまたあの人事の人が来て
「お疲れさまでした。とりあえず筆記試験は合格ですので次に面接を行います。面接の日は何日がいいですか?」
話が早いなおい。とか心の中で思ってしまった。
とりあえず次の週末ならOKですとだけ返事をして会社を後にすることになった。
で、週末。同じように会社に向かい今度は人事面接。面接で聞かれることも何か特別なことも無いまま終了した。
そしてまた同じように言われる
「お疲れ様です。人事面接は合格です。最終面接の日はどうされますか?」
とのことだった。
最終面接とはつまり役員面接ということになる。流石に取締役クラスがやるということもあってか自由ではなく、決められた日から選ぶ感じに。
「じゃあ、この日で」
私は何の考えも無く3日後くらいの日程に決めた。
そしてまた同じように会社に来て今度は役員面接になる。けれど流石に役員面接。結構圧迫面接的な雰囲気もあった。聞かれた内容なんかほとんど覚えていないがそんな感じだったのは覚えている。
面接が終わるとまた10分くらい待たされた後、こう告げられる。
「おめでとうございます。採用になりました。どうされますか?」
とのことだった。
「なんか聞いていた話と違うなぁ」
そう思ってしまった。合否判定は後日、メールとか電話とかそんなので来るものだとそう思っていたのだけれど、まさかの最終面接から10分後に言われるとは思っていないわけで。
「あ、じゃあ行きます」
こんな適当な返事をしたのかもしれない。でもなんかそれに近いような感じで私はその会社に就職することを決めてしまった。
後日、森田先生に会社に受かったことを報告すると「よかったね!まっつん!」と握手されてそしてそのまま先生の長い解説が始まった。
「あの会社は教育が割としっかりしてるからね!」
この時分からなかったが、後に入社してからわかったのだけれど確かに教育はしっかりしていたと思う。入社してから1年間はほぼ研修だったし、その後、新人教育を若手に任せたりとかそういうのは結構やっている方だと思ったからである。
内々定を貰っていた会社にもきちんと連絡を入れ、自分が行きたい会社が決まったことを報告した。
はたから見ると大学の先生から紹介された会社に入社した。と見えてしまうかもしれないが実はそんなことは無い。あくまでも「こんなのがあるから受けてみたら」という話だけを聞いて私が勝手に受けに行ったら受かったという感じでもある。
この時、勤務地が千葉県になることも、イガさんが森田研究室を離れて千葉県に拠点を移すというということも私は知らなかったのだけれど、それはまた別のお話になる。