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■要約≪エフェクチュエーション 前編≫

今回はサラス・サラスバシー著の「エフェクチュエーション」を要約します。サラスバシーはハーバード・サイモン教授の弟子であり、アントレプレナーシップ研究に認知科学・熟達研究の知見を適用することで「起業家個人の意思決定」の研究を深めてきました。本書は市場創造の実行理論に関する研究論文で、今回はPARTⅠⅡを扱う前編となります。起業家のメンタルモデルの解明・「起業家精神は後天的に養うことが可能である」というこれまでの経営学の前提に関する挑戦的なテーマであり、非常に読み応えがあります。


「エフェクチュエーション」

■ジャンル:経営学

■読破難易度:中(ミクロ経済学・産業組織論・行動経済学などの理論を持ちいて分析を試みます。前提や展開についての定義を明確にして論を展開するので読みやすいですが、前知識があったほうが読みやすいです。)

■対象者:・起業家精神・起業家の意思決定について興味関心のある方

     ・不確実性の中で意思決定の品質を高めるプロセスを解明したい方

     ・事業開発・プロダクトマネジメントに従事する方全般


≪参考文献≫

■システムの科学

■要約≪システムの科学≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■組織の経済学

■要約≪組織の経済学 Ⅰ部~Ⅲ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪組織の経済学 Ⅳ部~Ⅴ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪組織の経済学 Ⅵ部~Ⅶ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■LEAN UX

■要約≪LEAN UX アジャイルなチームによるプロダクト開発≫ - 雑感 (hatenablog.com)


【要約】

■本書執筆に至る著者の想い・課題感

・本書を通じて著者は企業家の行動原則は熟達により獲得されるものであり、「狙って市場創造や企業家育成は出来るのではないか?」という問題提起をしています。「アントレプレナーシップ教育を通じて、産業界を活性化出来ないか?」という関心毎は近年の経営学の重要アジェンダの一角を成し、アントレプレナーシップ教育のテーマである「事業機会の認識」とは「市場の発見・定義」というマーケティング領域に近しいものです。組織の意思決定個人の意思決定のメカニズムを解明するというのは経営学の大きなテーマであり、その潮流の一角を成す考え方が本書には詰まっています。

個人の効用関数が異なることに加えて、「不確実性に対する対応に個人差がある」というミクロ経済学行動経済学の学びをベースに本書の理論は発展しました。環境適応・学習プロセスを解明することは後天的な起業家精神の発露や人材育成システム構築に寄与するだろうという著者の狙いがうかがえます。本書テーマは進化論競争戦略など生物学・伝統的な経営学アジェンダでもあるのです。


アントレプレナーシップ熟達プロセス

・本書スコープは起業家のサクセスストーリーの裏にある意思決定プロセス・動的に変化するメンタルモデルの解明などになります。リスク認識・過剰な自信・機会コストの判断などが「完全合理ではない独自の判断基準」をもっていないとアントレプレナーシップは説明がつかないとされ、その特殊さと因果関係の解明が研究のテーマになります。

起業家は「自分が誰であるのか」・「何を知っているのか」・「誰を知っているのか」からスタートし、すぐに行動し相互作用していくのが特徴的なプロセスとされます。自分が出来ることにフォーカスし、何が出来るかについて思い悩まないです。交流する人々を自発的にプロセスに巻き込み、コミットメントを形成していき、ネットワークの拡大は市場機会の拡大となり制約条件にもなる。目的から考えるのではなく、既存の手段で出来ることを見出す・集中していくというのが起業家独特の感覚とされます。

・本書の理論を導き出すにあたり、様々な熟達起業家にケーススタディーを依頼し、思考発話法プロセスをとり、意思決定プロセスを解明するという手法を採用しました。その実験で見られた代表的な傾向として、「自分が何を知っていて・誰を知っているかという前提に判断をすること」「期待利益ではなく、許容可能な損失ラインを推定することに重きを置く」という傾向がみられました。最初の顧客をパートナーにする・パートナーが最初の顧客にするということも特有の意思決定プロセスのようでした。顧客定義・顧客を創造するということに極端に重きを置くようです。不確実性を所与の条件として仮説検証的に・アジャイルな形で市場や顧客を見出だしていく、学習しながら価値定義・仮説検証を高速で繰り返すというのが特有の思考法であり、これはPdMとかなり類似する思考法と言えるでしょう。


問題空間と問題解決の原則

ジグソーパズルを解くようにみなすのが旧来の経営学の研究における起業家像であり、実際に本書で見出したのはキルトのパッチワークをするような起業家像であると表現されます。「不確実性を解くために動的に学習する」・「結論が変容する」というのが起業家特有の問題解決プロセスです。市場トレンドではなく、顧客の解像度やジョブに関する理解を深めていくということを重視するのが起業家の問題解決プロセスの特有の傾向です。起業家の意思決定プロセスは合理的・個人の秩序だった選好性では説明ができず、だからといって無鉄砲なものでもなく製品や顧客に深く立脚した未来を描き、そこから逆算してコトをなす・継続的に仮説検証・学習していくというプロセスを経る特徴を持ちます。

不確実性・目的の曖昧さ・等方性(何を取捨選択するかの判断軸が曖昧である)の3要素が起業家の意思決定プロセスを分析するにあたって大切な要素と著者は主張します。所与の条件から可能性をデザインし、ディスカバリープロセスで結論を変容させていくというのがエフェクチュエーション特有の現象とされます。


■エフェクチュアル・プロセスの動学

・新しい市場の創造は起業家が避けて通れないプロセスですが、その一方で新市場は需給予測が通用しないシステムや制度が定まっていないといった特徴があります。不確実性を前に起業家は「私は誰か」・「私は何を知っているか」・「私は誰を知っているか」を基に何を出来るかを見出だし仮説検証し、不確実性を解いたらまた変わる前提条件を基に探索する低コストな実験をする・許容範囲のリスクを定めてとりにいき意思決定の品質を動的に高めるのがエフェクチュエーションです。

・新たな市場機会を創造するということは新たな技術や新たな組み合わせがあってこそであり、それは個人単独のメンタルモデルやケイパビリティではできないから新規性があるとされるのであれば、それはネットワーキングコミットメントが成功のカギを握るということです。起業家の期待収益や選好性に関する考え方はミクロ経済学の想定する完全合理化・予測可能な範囲での意思決定とは基準が異なるということがいえます。

・起業家特有のメンタルモデルとして「自信過剰や予測に関するバイアスではなく、失敗という選択肢はない」という特有のものが存在します。企業は失敗、なくなっても起業家個人は失敗判定にならない(メンタルモデルや無形資産を持ち運び、我々は誰で、何を知るか、誰を知るかの問いに対する解像度はあがるから)という現象が成立するとされます。起業家個人に関する失敗のラインは一般的なものと違い、自信過剰やバイアスなわけではなく時間軸や価値基準の優先順位の違いなだけなのです。その一方で企業はライフサイクルの進展と共に、事業成功の可否に作用する要素がエフェクチュエーションからコーゼーション(計画や分析を重んじる従来の経営学、ポーターなどが代表例)にシフトし、そのシフトで必要なケイパビリティが変容します。その為にプロ経営者招聘やM&Aなどの戦略オプションが有効たりえるとされます。


【所感】

起業家個人の意思決定プロセスは持ち合わせている資源と何について心得ているかにより動的に変容し続けるものであるということは直感的には理解していて、それが確からしいものであるという理解に至った点が非常に勉強になりました。だからこそ、コストが極力かからない方法で許容リスクの範囲で小さく仮説検証・改善していくのが良いという事業開発・プロダクトマネジメント分野で美徳とされる価値観も合理性があるという整理に至りました。リーン・スタートアップ的な思考方法やリーンキャンバスロードマップなどのフレームワークはこうした「起業家の意思決定プロセスを誰でもできるように明文化・図示化すること」で、横断型組織をもって不確実性を解く・ビジネスアウトカムを最大化させるような変革をリードしていくという実務に堪えうるようにしていることが合点しました。

エフェクチュエーション重視からコーゼーション重視に移行していくというのは企業やプロダクトのライフサイクル理論からも自明であり、だからこそ「適切なフェーズに適切なケイパビリティ・マインドを有した人材がリーダーシップを発揮していくこと」が起業家精神を企業においてマネジメント・活用していく上では必要であり、一サラリーマンとしてはどのフェーズで、何をするのかということに対して思考を巡らし、ポジションを取り続ける・ビジョンから逆算していくという振る舞いが大切だよなと改めて考えさせられた内容でした。


以上となります!

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