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最終選考レビュー⑦『線は、僕を描く』
『線は、僕を描く』
著・砥上 裕將(講談社)
今回の文学賞で大切なことの一つが「透明性」である。だからこそ、正直に書いておきたい。
本を読む前、この作品に対して良い印象は抱いていなかった。文学賞の選考対象にならなければ手に取ることもなかったと思う。
ぶっちゃけた話、選考委員のAさんが「投票推薦作品」に選び、読者投票で対象に決定されたのを、かなり複雑な気持ちで見ていたのだ。
「読んだこともないくせに」という批判は、甘んじて受ける。
そもそも作品の内容そのものに理由はない。それよりも、この作品がメフィスト賞受賞作品であった、ということの方が理由としては大きいのである。
完全に個人的で、作品にとっては、とばっちりな話である。
京極夏彦先生を端緒として生まれたメフィスト賞は、創立以来、「異端児」とも呼べる独特の作家を幾人も排出してきた。後から評価される作家も少なくなく、時代の先端を走っている文学賞、というイメージだった。
森博嗣、清涼院流水、舞城王太郎、西尾維新、辻村深月……(敬称略)などなど、出身作家の例は枚挙に暇がない。名前を挙げなかった作家のファンからクレームが来るのが予想できるほどの充実ぶりである。
この異質さは、他の文学賞にはないもので、文学賞のブランドにカルト的魅力を感じていたのは自分だけではないように思う。
だが『線は、僕を描く』においては、小説の発売月には既に少年マガジンでコミカライズの連載が開始。現役水墨画家の小説ということで話題にもなりTVにもとりあげられるなど、あれよあれよという間に、小説の世界とは別の角度から持ち上げられ、出版業界の中心に置かれていた。
そこにどのような意図や戦略があったのかエンドユーザーである自分には分からないが、作為的なものを勝手に感じ取り、孤高のイメージだったメフィスト賞が大衆に迎合してしまったような印象を受けて、なんとなく読む気がおきなかったのが事実だ。
繰り返すが、作品に罪はないのは重々承知している。
これは独特の音楽性を追求しつづけてきたインディーズバンドが、ある日、突然メジャー・デビューしてしまった時にファンが感じる寂しさや怒りに似ているかもしれない。
『線は、僕を描く』にしてみれば、真っ白なデビュー作品なのに、いきなり一方的にイメージと合わない! なんて言われるのだから、迷惑な話である。本当に申し訳ない。
そんな訳で、言いようのないモヤモヤを抱えながら手にとったのだが、今回、読み終わって印象はがらりと変わった。売上うんぬんの作為的なものがあったかは別にして、たしかに漫画化したい、という気持ちが理解できる作品なのだ。
主人公の何気ない、むしろ短所だと思っていた特徴や経歴が才能の原石であり、優秀な指導者の元で花開いていく、というストーリー構成は、少年マガジンお得意のスポーツ漫画と同じ構造であるし、小説の中に登場する美麗な水墨画の数々も、実際に画で表現したらどのようになるか、と想像をかき立てられてしまうほどの描写だ。
漫画化するイメージが湧きやすく、
漫画化することの意味も持たせやすい。
コミカライズにぴったりな作品なのだ。
少しあらすじを語らせていただくと、主人公は両親を失い、茫然自失の状態で大学生活を過ごす青山霜介。彼はアルバイト先の展示会で、偶然出会った日本水墨画の重鎮・篠田湖山になぜか気に入られる。
一方、湖山の孫であり、その展示会に出品していた篠田千瑛には、青山が高名な水墨画家に取り入ろうとしている青年にしか映らず、彼の存在は面白くなかった。
画を見てもいないのに青山の才能を称賛する湖山の言葉は、才能の壁を感じていた彼女をさらに不快にさせる。そこで彼女は、青山に1年後の展覧会で勝負をつけよう、と宣言するのだ。
墨を擦ったことさえなかった青山だったが、湖山の内弟子として水墨画を学ぶうちに……
という物語である。
現役の水墨画家が書いた小説というだけあって、登場してくる画の表現が素晴らしく、そして解説も分かりやすいため、敷居の高さも感じさせない。
特に面白いと思うのが、水墨画の性質と人物描写が綺麗にリンクしていることだ。
「やり直しが効かない」、「塗るのではなく描くという行為しかない」というシンプルで厳しい水墨画の特徴は、「ごまかしがきかない」という部分につながり、その書き手の心情・人となりをそのまま紙に映し出していく。
登場人物の心情の変化が、きちんと画にも連動して現れる。読者としては、別々の知識として水墨画について語られないので、物語を追いやすい。
「もっと水墨画を身近に感じてほしい」という想いで作品が描かれたのであれば大成功といえるし、さらに漫画化でその流れは進んでいくと思われる。
小説単体として見た時も、爽やかな雰囲気につつまれており、かつ扱うテーマからは考えられないくらい軽やかで、親しみやすい。芸術論的展開も、素人の主人公・青山を通して触れていくので、堅苦しさを感じずに物語を楽しむことができる。
登場人物たちも、割合さっぱりとした性格のキャラクターが多いため、途中途中で摩擦を感じることもなく、さらさらとページが進んでいく。
物語の点でも、人物の点でも、優れた爽やかな青春物語となっているのだ。
これは嫌味でなく称賛として捉えていただきたいが、たしかにマンガ業界におけるトップクラス雑誌・少年マガジンに連載されても違和感がない。それほどのレベルの高さで完成された物語だ。
実際、デビュー作品ながら既に本屋大賞にノミネートされるくらいに高い完成度となっているのだから、これは本当に凄いことだと思う。
一方で、よくも悪くも「王道」にとどまってしまった感はぬぐえない。水墨画という題材の新しさはあったものの、物語の展開や人物造形などは王道的で、意外性は少なかった。
特筆すべき魅力となると、水墨画の表現力など、どうしても「水墨画」という題材以上のものがでてこなかったのが、個人的に残念な部分だ。水墨画という題材だからこその物語展開やキャラクターがあれば……と思わなくもない。
ただ、これは「水墨画家が書いた小説」という特徴や、「メフィスト賞受賞作品」という、小説の外にある情報で私自身が勝手に高くしてしまったハードルでもある。
そもそも、同じメフィスト賞受賞作品でも、大きく当たり外れがあるなかで、高いレベルに位置する作品であることは間違いないのだ。
こんなレビューを書いてしまっている時点で矛盾をしてしまっているが、オススメする際は余計なことは言わず、「水墨画を題材にした青春物語」としてオススメしたい。
当然、最終選考においても小説単体として俎上に載せるつもりである。
王道であるからこそ、青春物語を味わいたい! という人のニーズをしっかり満たしてくれるはずだ。
読み終わったあとには、きっと涼やかな読後感が待っている。