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これって「フェアな報道記事」?〜宇宙スタートアップispaceに関する批判記事を読んで〜

先月、「フィナンシャル・タイム(以下「FT」)誌に、日本の宇宙ベンチャー「ispace(アイスペース)を批判する記事が掲載されていた。
最近その翻訳記事が、日本のメディアでも公開された。

ispace(アイスペース)は袴田武史CEO率いる宇宙スタートアップで、地球と月の間の輸送サービス実現を目指している会社。2023年4月に民間企業として世界初の月面着陸に挑んだものの、残念ながら失敗に終わった。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC248480U3A420C2000000/

私は宇宙ビジネスにはまったくの門外漢なのだが、ベンチャー企業のお手伝いをしている身として、この記事の「ベンチャー叩きっぷり」には少しばかり辟易するものがあった。クオリティ・ペーパーの「FT」がこのような記事を掲載することに軽い驚きさえ覚えた。

記事の内容をざっくりまとめてみると、
宇宙ベンチャーispaceが世界初の月面着陸に挑んだが失敗に終わった。
その失敗の背景には技術的な不具合にとどまらない様々な要因があった。
というもの。

指摘された要因はどれも取材で裏が取れており、虚偽や憶測に基づくものではない。
とはいうものの、その指摘の仕方があまりにも辛辣で、ときに嫌味が混じり、批判的視点のみから書かれているのがどうにも気になった。
もちろん、納得できる指摘もあるのだが、全体を通してなんとなくフェアではない記事に思えてしまう。

以下、記事内で指摘されたispaceの問題点と、それについての私見を述べてみたい。

パワハラや人種差別が横行する劣悪な就業環境

記事によるとispaceは離職率が非常に高く、その原因の一つがパワハラや人種差別があったこと。しかも経営陣がそれを容認していたという。

確かにこれは擁護できない問題点だと思う。
ただしその背景には、
・宇宙分野に明るい人材確保が難しい現状
・ベンチャーならではのリソース不足で、職場環境の健全化を図る余裕のなさ

があるのだと思われる。

能力と人間性の両方が備わった人材は、実はそれほど多くない。
宇宙分野という稀な分野に通じた人材を雇う場合、おそらく人格面にはある程度目をつぶらざるを得ない事情があったのではないかと推測する(真偽のほどは分かりませんが)。
そして、パワハラやいじめを容認してしまう企業構造は、ispaceに限った話ではなく、日本の中小企業特有の問題(ガバナンスがしっかりしていない、つまり企業としての成熟度が低い)。

こうした事態は、十分な準備期間がないまま規模を拡大してしまったスタートアップに起こりうることだと思うので、日本だけでなく全世界のスタートアップに対する注意喚起として、そうした視点にも触れて欲しかった。

宇宙ビジネスの会社というより、マーケティング会社のようだった

記事ではCEOの袴田氏が「2040年までに月に1000人が暮らし、毎年1万人が訪れるようになる」と自分のビジョンを語って投資家を呼び込んだとあり、元幹部が「まるでマーケティング会社だった」とコメントしたと書かれている。

たしかに、どでかいビジョンを語って売り込みをかける態度は、インチキ山師みたいに思われてしまうかもしれない。
でも、マーケティング要素はベンチャー企業にとって不可欠だ。
特に巨額な資金が必要な宇宙ビジネスには、莫大な資金が必要なはず。
お金がなければ事業は存続できない。数人規模のベンチャーならまだしも、ispaceは従業員数が200人ほどいるとのことで、人件費も馬鹿にならないだろう。

読み方によっては、「投資家が騙された」ような印象を受けるが、日本経済が低迷期にある中、夢物語にホイホイお金を出す投資家はいない。冷静な判断のもと袴田氏のビジョンに現実的なビジネスチャンスを読み取ったからこそ大枚を投じたものと思われる。

株式上場したが、IPOの目論見書にはリスクがずらりと列挙されていた

記事では「リスクだらけで、IPOを引き受ける銀行が見つからなかった」とある。
しかし目論見書にリスクが列挙されているのは、ある程度当たり前なのではないだろうか
リスクを隠蔽していたならまだしもすべて記載され、それを承知で証券会社は幹事を引き受けたわけで、それほど非難すべき観点とは思えないのだが。

10段階のマイルストーンに対する批判

ispaceには10段階のマイルストーンが定められており、月面着陸に関するものは最後の2段階のみだった。今回、着陸は失敗したが、8段階まではクリアされており、ispaceはこれを「大きな成果」と呼んだ。

記事では、それについて「最初から失敗を予想しており、失敗しても8段階目までは成功したと発表するために準備されたものなのでは」という憶測が述べられている。

だがこのマイルストーンは、記事にもあるとおり、元々、従業員の求めで作成されたものであり、国家プロジェクトでも成功させるのが難しい月面着陸というミッションにおいて、細やかなマイルストーンを設定し、着実に成功を積み上げてゆくやり方の何が悪いのか、正直疑問に思う。

失敗の責任をソフトウェアの不具合のせいにしている

記事では、ispaceが失敗の原因を他社ソフトウェアの不具合のせいにしているが、実際はispace側がアルゴリズムを調整していなかったためだと指摘している。

だが、袴田CEO自身それを認めており、「最終的な責任は当社にある」と発言しているそうなので、指摘するほどの問題ではないように思う。

準備不十分でミッションを決行した

この指摘に関しては同感。
記事によると、エンジニアと経営陣の間に深い溝があった。
エンジニアによると、「シミュレーションが不十分なので、ミッションをもう半年遅らせようとは言えない雰囲気」があったらしい。
エンジニア側は「模擬環境でテストすべきだ」と経営陣に進言したが、却下されていた。
結果的に、これが着陸失敗の大きな原因の1つだったのかもしれない。

これだけ大きなプロジェクトなのだから模擬テストをすべきだったと非難を招くのは当然。とはいえ、失敗してから「だから言ったじゃないか」と非難するのはあまりスマートな行為とはいえないかもしれない

むしろ、模擬テストも省略するほど予算が逼迫していたのか、プロジェクト決行を迫る投資家からの圧力がそれほど大きかったのか、同情すべき点は大きい。

記事に書かれていない問題点ーー従業員の士気の低さ

ここからは完全に私の感想です。
ベンチャー企業の存続にとって、メンバーの士気の高さはとても重要だと思う。
大企業のように安定していない就業環境の中で、ある程度の苦労や低収入を我慢して、それでもプロジェクトを成功させたいという熱意がどうしても必要になってくる。
記事を読む限り、ispaceの多くの従業員は、創業時のコアメンバーと「プロジェクトに賭ける思い」を共有していなかったことがわかる。
なにしろ、退職済みの人だけでなく現職社員も匿名でインタビューに応じていることにびっくりした。しかも会社を良くするために苦言を呈しているとは思えない(記者が聞いた話を曲解したと思いたくなるほど)。

ベンチャーは表向きキラキラした事業内容でも、実際の業務内容は非常に泥臭いものが多い。その現実を承知でジョインした人が、ispaceにはどれだけいたのだろう。

もっとも、そこにはもうひとつ、「理系人材の不足」という日本の抱える大問題が関わってくる。熱意みたいな要素は二の次にして、能力重視で採用するしかなければ、実際に就労していくうちに不満が出てくるのは当然だろう。

記事の公平性について

果たして、取材に基づき裏付けさえ取れていれば「公平な記事」と呼べるのかどうか
今回の記事を読んで、その点について考えさせられた。

公正を期したつもりだろう、記事ではispace側の声明(弁明)もところどころで紹介している。それがまるで、様々な問題について会社が「言い訳している」ように読めてしまう。
無理もない話で、公式声明の場合、法的に責任を問われる恐れのある発言はできないので、率直でクリアなコメントなどできるはずがない。
それに対して元・現社員はみなさん匿名コメントなので、率直な批判を言いたい放題だ。

結果的に、両者の言い分を公正に取り上げていない記事になっていると思う。

加えて、評価できる部分を1つも書いていないところもまずかったのではないか。確かに、ispaceには至らない部分がたくさんあるのだろう。
それでも、日本の貴重な宇宙ビジネス・ベンチャーだ。
今回の失敗を踏み台に、頑張ってほしい。

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