【Day1〜2】40代後半の金沢ひとり暮らし準備日記-自由とはかくもつらいのか。
2023年9月18日(日)🌒3.1🌞5:25-17:45
24:白露 72:玄鳥去(つばめさる)
とにかく暑い三連休。
タイトルのとおり。
内内々示くらいなので詳しく書けないが、夫の仕事の関係で、私(+ねこ2匹)は郷里の金沢でひとり暮らしすることとなった。むこう半年以内のことだ。
もう夫のための料理はしないと決めてまだまもない今。
ひとりで高速の運転をし、「これでもう、クルマの運転ができない人ではなくなった」と思った数日後。
私の求めた自由への疾走は、こんなかたちで、このタイミングで天から与えられてしまった。
当然ながらとても辛く悲しく不安で、この2日間どれだけ泣いたかわからない。
夜も薬なしでは眠れなくなった。
話を聞いた瞬間は、せいせいする気持ちもあったのだ。
私はもう長いこと、環境を変えたかった。
同じ賃貸物件に15年間も住んで、そろそろ限界だと感じていた。
アクセスの悪い今の職場に通い続けるのも、2〜3年が限度だと思っていた。
東京にいること自体が、かなり前からつらかった。広すぎる街で、もう人間関係も広がらなくなっていた。薄くなっていくいっぽうだった。
今年の春金沢に帰省してからというものの、いよいよずっと金沢に帰りたかった。
古くてやや狭い以外はメリットしかない、駅近激安の今のマンション暮らし。
しかし夫が定年を迎えるまであと15年以上(!)この物件が解体の日を迎えるまで、ともに老いて滅びる未来以外見えないということに、ぞっとするようになっていた。
黄ばんでいく壁紙、水捌けの悪いバスルーム、低すぎる流し台、増え続ける夫のモノ、永遠に置けないレコードプレーヤー、猫が窓の外を見ることができないすりガラス。老化していく住民と管理人。
そして、忙しい。
通勤になんだかんだ1時間かかる。週4働けない罪滅ぼしとしての残業。
スカートやイージーパンツなんて自分で作れるはずが、もう何ヶ月もミシンを使う気になどなれないまま過ぎている。編み物も、始めようとしていた絵も、何も手をつけられないまま、2人分の家事に忙殺される日々。
それらがすべてリセットされる。
夫はこれを機会にモノを捨てるそうだ。
数年後東京に戻ってきた時は、今より家賃の高い部屋に住まざるをえないだろうが、モノが減れば今と同じくらいの広さでも大丈夫だ。水回りが新しく、すりガラスではない部屋を選ぶことができる。
車の運転ができるようになるどころの風穴ではなかった。
けれど、悲しい。寂しい。胸がしめつけられる。猫たちと夫が仲良くしているのが私にとって最大の幸せだった。
もちろん、ふつうは夫についていくのだろう。もしくは東京にとどまるのだろう。
私はふつうではないから、できない。
ふつうってなんだ。
これから心境の変化と、単身中年によるUターン記録を書いていこうと思います。