勝負のマインドセット:クレベル vs. 未来戦から考える
この1週間、ブラジリアン柔術界隈はRIZIN 28でホベルト・サトシ・ソウザ選手とクレベル・コイケ選手が見せた三角絞めの話題で持ちきりでした。柔術界隈を超えて話題は広がっているようで、あの三角絞めを見て体験や見学の希望が日本中の道場で増えているそうです。わたしの所属先でも増えました。
朝倉選手「負けることを恐れていた」
朝倉未来選手は、試合からわずか4日後に撮った動画をYouTubeにアップロードしました。試合のダメージは生々しく、右眼の周りは腫れ、どす黒く色が変わっています。
話題の中心は、当然あの試合についてです。朝倉選手が反省点として述べていた内容に興味深い発言がありました。それは、
「無意識のうちに負けることを恐れていた」
という発言です。対談の最初に出てきたことから考えても、これが本人が考える最大の敗因なのでしょう。このような考えが敗因につながることは制御適合理論から(少なくとも部分的には)説明できます。
目標と行為の一致が大切:制御適合理論
ヒギンズは、動機づけられた目標と行為の一致がパフォーマンスを高めるという制御適合理論を提唱しました(Higgins, 2005)。動機づけ、つまり、やる気の研究から、動機には接近動機と回避動機があるといわれています。接近とは近づくことで、自ら向かっていく、挑んでいく状態と言い換えることができます。一方、回避は逃げることです。前者は成功を目指し積極的に取り組む、後者は失敗を避けるように取り組む感じです。
ヒギンズは、接近動機を持ち、ポジティブな結果を目標とすることを促進焦点、一方、回避動機を持ち、ネガティブな結果を避けるのを目標とすることを予防焦点と呼びました。そして、促進焦点では、獲得したり近づいたりする接近的行為のパフォーマンスが上がり、逆に予防焦点なら、逃避したり、失敗を防いだりするようなパフォーマンスが上がると説明しました。目標と行為が一致すると良いわけです。
バスケットボールと制御適合理論
この理論でスポーツのパフォーマンスの良し悪しを説明できることが示されています。促進焦点と予防焦点をわかりやすく設定できるバスケットボールのフリースローの例から解説しましょう。なお、フリースローで得点を取ることは典型的な接近行動です。ですから、促進焦点でパフォーマンスが向上すると予測されます。
Worthy たちは、NBAで活躍する選手を対象にフリースローの成績を細かな条件設定をつけて比較しました(Worthy et al., 2009)。NBAは世界最高峰のバスケットボール・リーグです。選手たちは莫大な年俸を稼ぎ出します。そんな一流の選手でも、試合終了ギリギリのフリースローでは、プレッシャーのためしばしば失敗をします。そして、試合での得点差ごとに分析したところ興味深い結果がえられました。
下の図にプレッシャーのかかる試合終了直前におけるフリースローの成功率を各選手の生涯平均との差をとって、得点差ごとにプロットしました。
得点差がゼロつまり同点のときに成功率は上がるのに対し、1点勝っていたり、負けていたりすると下がることがわかります。同点の場面では、1点を取ることで勝利につながるので強い促進焦点となります。このときフリースロー、つまり得点を取るという接近的行動のパフォーマンスは向上するのです。一方、1点勝っている、もしくは負けている場面は逆に予防焦点になります。なぜなら、1点を取っても勝利とは直結しないものの、バスケットボールのルール上外すとピンチになるので強い予防焦点を持ってしまうのです。そのため、予防焦点と接近行動であるフリースローとはミスマッチなので、パフォーマンスは低下します。これらの結果は、制御適合理論と一致し、動機づけられた目標と行為の一致がパフォーマンスを向上させることを示しています。
朝倉選手の敗因と制御適合
朝倉選手の「負けることを恐れていた」という発言は、彼がその瞬間は予防焦点を、つまり、負けたくないという回避的な目標を持っていたことを示しています。あくまでも結果論に過ぎないのですが、1Rに攻め込んでいたとき、勝利を目指す促進焦点で臨んでいたら、もっと高いパフォーマンス発揮した可能性があります。結果として勝利していたかもしれません。
柔術の試合では?
柔術の試合でも促進焦点を持って臨むか、予防焦点を持って臨むかは重要になってくるでしょう。例えば、試合開始直後なら失うものはないので、促進焦点で臨むべきです。一方、試合終了まで20秒、アドバンテージ差で上回っているなら、その状態を維持すべきです。このとき、予防焦点を持って守りに徹するとパフォーマンスは向上します。逆にリードされている側なら、促進焦点を持って攻めなければパフォーマンスも上がらず、結果も思わしくないものとなるでしょう。
もちろん試合では実力がものを言います。気持ちの持ち方だけで決まるわけではありません。それでも、ブラジリアン柔術の試合は、実力が近いもので組まれるシステムになっているため、気持ちの持ち方、つまり、勝負のマインドセットが他の競技より重要な役割を持つと考えられます。
引用文献
・Higgins, E. T. (2005). Value from regulatory fit. Current Directions in Psychological Science, 14(4), 209-213.
・Worthy, D. A., Markman, A. B., & Maddox, W. T. (2009). Choking and excelling at the free throw line. Korean Journal of Thinking and Problem Solving, 19(1), 53-58.
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