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ロングステップ・パスから考える:柔術におけるクローズド・スキルとオープン・スキル

前回のnoteでスポーツに関するクローズド・スキルとオープンスキルの分類を紹介しました。クローズド・スキルとは変化がなく、予測できる状況で用いられる技術で、オープンスキルは変化し、予測しにくい状況で用いられる技術です。クローズド・スキルが求められる典型的なスポーツは体操で、オープン・スキルが求められるのはサッカーです。実際のスポーツ場面では、たいていどちらのスキルも求められます。

柔術でのオープン・スキルとクローズド・スキル

ブラジリアン柔術の試合やスパーリングでは、対戦相手がおり、局面が刻一刻と変化します。相手は体格も得意技も習熟度も毎回違います。ですから、ブラジリアン柔術はオープンスキルが求められる典型的な競技です。

とはいえ、さまざまなテクニックがあり、手順や力の加減を間違えると、そのテクニックは機能しません。例えば、腕十字固めで相手の腕の小指側が自分の体に触れる角度になっていなければ、(通常の手順なら)極まりません。このような細かいテクニックはクローズド・スキルとして身につける必要があります

初心者のうちは、テクニックを習ってもなかなか使うことができません。そのことを別のnoteに書きました。

この記事で書いたことを別の言葉で言い換えると、「初心者の方はクローズド・スキルとしてテクニックを学んではいても、状況に応じてテクニックを使い分けるためのオープン・スキルを身につけていない」ということになります。

ロングステップ・パスから考える

これを、ロングステップ・パスを題材に詳しく考えてみましょう。ロングステップ・パスは、腰切りパスとも呼ばれ、リバース・デラビーバ・ガードやデラヒーバ・ガードに対するパスガードとして使われます。

このパスガードは使いこなすのが難しいものの一つです。スピードが必要、かつ、タイミングが重要なので闇雲にやってもうまくいかないからだと推測します。具体的にはこの動画のようなテクニックです。

この動画にある枕を取る(クロス・フェイスの)ロングステップ・パスでは、特にスピードとタイミングが重要になります。この動画の手順はとても丁寧で、どこを持ち、どのような手順で技をかければ良いか詳しく説明されています。クローズド・スキルとして十分な情報量です。

しかし、この手順の通りロングステップパスを仕掛けても、スパーリングでは上手くいかないことが多いでしょう。リバース・デラヒーバ・ガードをパスしようとすると、相手が自分の踵を持ってくることがあります。この動画のように襟のグリップを切っても、相手はまた掴んでくるかもしれません。あるいは襟を切ろうとした瞬間に、相手がスイープを仕掛けてくることもあるでしょう。

ロングステップ・パスのオープンスキル

キーナン・コーネリアスがロングステップ・パスについて、他の動画とは少し異なる視点から解説をしています。解説にはロングステップ・パスに関するオープンスキルがふんだんに含まれていました。ざっと訳してみます。

彼は、ロングステップ・パスが、他のパスガードと全く異なる構造をしていることを指摘します。他の多くのパスガードでは、まず相手の足を捌くことからはじまります。例えば、トレアナパスなら、ズボンをつかんで足をどけるのが最初のステップです。もちろん相手もガードに戻そうとしてきます。ここでかなりの体力を消耗します。

足を捌けたら、ようやく上半身や腰にプレッシャーをかけられるようになります。足を捌き、腰を制し、上半身を抑える。これが通常のパスガードの手順です。

ロングステップ・パスでは、この手順を省略し、いきなり上半身にプレッシャーをかけることができます。足を捌かず、腰も制さず、いきなりです。

キーナン・コーネリアスはこの性質から考えて、ロングステップ・パスを仕掛ける条件として、相手のグリップやガードから、自分が自由になっていること(掴まれたり、足を絡まれたりしていないこと)を指摘しました

いきなり上半身にプレッシャーをかけるためには、一気に相手に近づく必要があります。そのためには、自分の身体がある程度自由である必要があります。

さて、どんなとき、ある程度自由に動けるようになるでしょうか?テンポよく、ニーカットやトレアナパスをコンビネーションで仕掛けていると、あるタイミングで相手のグリップやガードが緩くなります。つまり、自分の身体がある程度自由になります。そのときがロングステップ・パスのチャンスです。

なお、ロングステップ・パスは、足や腰を制していないため、足を越えたあと、相手の足が絡み付いてくることが難点です。いわゆるスクランブルになりやすい。それを見越して、一気に足を越えた後、レッグドラッグポジションを狙ったり、逆サイドに移ったりする必要があります。この辺も詳しく説明されています。

ブラジリアン柔術は、常に状況が変化する対戦競技です。クローズド・スキルとしてテクニックの手順を覚え、オープン・スキルとして、状況に合わせ身につけたテクニックを使う技術、ならびにそれな合わせて体の動きを調整する技術が求められます。戦略としてのオープン・スキルを意識するとスパーリングがさらに面白くなるでしょう。

キーナン・コーネリアスは、こういう話をたくさんしています。大変興味深い。ワームガードを考案したことで有名なキーナンですが、技術を明快に言語化する能力に長けています。だからこそ、ワームガードのような独創的なテクニックを生み出したのかもしれません。

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