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柔術は心も健康にする:PTSDの治療効果から

ブラジリアン柔術は戦争で受けた心の傷も癒すよという話です。

運動と心の健康

運動が心の健康に役立つことは広く知られています。運動をすると気分が良くなりますし、その効果はおよそ半日経っても持続します(Sibold & Berg, 2011)。治療が必要となるような不安やうつも運動によって軽減されることが知られています (Aylett et al., 2018; Schuch et al., 2016)。

柔術でPTSDを癒せるか?

Willing たちは、運動が心を健康にする効果に着目し、ブラジリアン柔術が戦場で受けたPTSD(心的外傷後ストレス障害)を軽減させるか調べました(Willing et al., 2019)。

PTSDは、苛烈で凄惨なストレス(戦争、犯罪被害、虐待、交通事故、自然災害など)が心のダメージ(心的外傷)となり、心身に支障をきたし、日常生活にも影響を及ぼすストレス障害です。15年以上も戦争が続くアメリカでは兵士たちのPTSDが大きな社会問題となっています。映画「アメリカンスナイパー」などでも主要なテーマとなっていたので、ご存知の方も多いかもしれません。

Willingたちの研究には、PTSDの症状がある23名が参加しました(注1)。彼らは現役および退役した兵士で、ブラジリアン柔術の練習に5ヶ月間、週2回参加しました。1回の練習は70分で普通の柔術クラスとほとんど同じです。

PTSDの症状が劇的に軽減

PTSDの症状はPCL-5という質問紙で測定されました。PCL-5は0–80点の間でPTSDを評価します。30点以上を取るとPTSD の兆候があると判断されます。

下の図にPTSD 症状の変化を示しました。ブラジリアン柔術をはじめる前(開始前)、参加者のPCL-5得点は平均で50点近く、専門的な治療が必要な状態でした。それが練習をはじめて2.5ヶ月でおよそ20点と、劇的に改善し、健康と言って良いレベルにまでなりました

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PCL-5 で10–20点の減少でも、臨床的に意味のある治療効果と言われています。ブラジリアン柔術は30点近く減少させたのですから、それを大きく上回るものでした (注2)。また、PTSD の症状だけでなく、それに付随する、不安やうつの症状も大きく改善したのです。最初の2.5ヶ月で大きな改善があったことも、良いニュースでした。PTSDの治療は時間がかかることがしばしばだからです。

なぜPTSD に柔術が効くのか?

Willingたちは、(1)運動による気分の変化、(2)柔術の問題解決的要素、(3)社会参加が改善をもたらした要因であると推察しています(注3)。運動による気分の変化についてはすでに述べましたから、残りの2つについて書いておきましょう。

柔術にある問題解決的要素 ブラジリアン柔術では、相手を倒すという目的のもと、技を学び、試行錯誤してそれを身につけます。これは勝利という目的を果たすための問題解決とも言えます。このような挑戦をし、成し遂げ、解決するという体験が、日常生活にもポジティブな影響を与えます。柔術の練習において問題を解決できるようになると、自己肯定感が上がり、自信がつき、積極的にチャレンジができるようになります

社会参加 PTSD は他者との接触を回避して、いわゆる引きこもり状態になると悪化することが知られています。ブラジリンアン柔術は1人ではできません。最低2人は必要ですし、実際の練習では大抵10−20人が参加します。練習に参加することで、必然的に引きこもり状態を避けることができます

単純に身体を動かすだけでも、心身ともに良い影響があります。ブラジリアン柔術のように、問題解決的で、社会的なスポーツをやると、さらにポジティブな効果を期待できます

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(注1) すべてのセッションをやり終えたのは9名でした。軍人なので配置換えなどがあったためです。
(注2) 効果量を示すCohenのdも1.49とかなり大きなものでした。
(注3) これらの要因はあくまでも推察でこの研究で実証的に検討されたものではありません。この研究では効果の有無だけが実証的に示され、その要因について組織的な検討はなされていません。

引用文献

・Aylett, E., Small, N. & Bower, P. (2018). Exercise in the treatment of clinical anxiety in general practice – a systematic review and meta-analysis. BMC Health Service Research, 18, 559.
・Schuch, F. B., Vancampfort, D., Richards, J., Rosenbaum, S., Ward, P. B., & Stubbs, B. (2016). Exercise as a treatment for depression: a meta-analysis adjusting for publication bias. Journal of Psychiatric Research, 77, 42-51.
・Sibold, J. S., & Berg, K. M. (2010). Mood enhancement persists for up to 12 hours following aerobic exercise: a pilot study. Perceptual and Motor Skills, 111(2), 333-342.
・Willing, A. E., Girling, S. A., Deichert, R., Wood-Deichert, R., Gonzalez, J., Hernandez, D., ... & Kip, K. E. (2019). Brazilian jiu jitsu training for US service members and veterans with symptoms of PTSD. Military Medicine, 184(11-12), e626-e631.

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