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二拠点生活ロケハン記〜九十九里・片貝海岸〜

海の近くにもうひとつの住まいを構えたいと思っている。

私は海を前にすると、脳と心のモードが瞬時に切り替わる。平日の仕事のストレスや、人間関係のわだかまりが浄化される。そして、波と空と風と砂浜から受けるエネルギーで、身体が充電される。そして、日常生活で習慣づいてしまっている左脳のグルグル思考から解き放たれ、リラックスした頭に、ツーン、とインスピレーションが降りてきて、違った視点やアイデアを見出すことができるのだ。

ここ2年ほど、葉山の一色海岸へ通っていたのだが、今回はとある人の勧めがあり、九十九里に行くことにした。ちなみに私はペーパードライバーなので、移動は常に公共交通機関かタクシーを使うことになる。

東京からアクセスしやすい海岸をネットで調べていくと、外房の真ん中あたりに位置する片貝海岸が浮かび上がってきた。「シーサイドライナー」という高速バスがつながっている。

朝7時35分、始発のシーサイドライナーで浜松町を出発。乗客は私含め数人しかおらず、全く密ではない。

高速を延々と走り、房総半島を横切る。

9時ごろ、片貝海岸の10キロほど手前の東金駅に到着。

今日はここからタクシーに乗った。カールのおじさんのような運転手が、この近くのゴルフ場の周辺に別荘エリアがあり、有名な芸能人が何人も居を構えていることを、具体名を挙げながら教えてくれた。

20分ほどで片貝海岸に到着。

砂浜が広い。
また、海岸線はどこまでも続いているかのように地平線まで伸びている。
箱庭のような穏やかさの一色海岸とはまったく違う。

そして、波が荒い。
風も強く、常にゴウゴウと音を立てているのが特徴だ。その波に、サーファーたちが果敢に挑んでいる。

さらに、砂浜には潮干刈りに勤しんでいると思しき家族連れが多い。これも湘南との大きな違いだ。この海は決して保養地なのではなく、生活の糧を得る場として営まれてきたのだと思わされる。

この海で私が感じたエネルギーは、「細かいことにはこだわるな」というものだった。
荒々しいが大らかなエネルギーを感じる。頭でっかちに、小さなことでクヨクヨするような思考はここでは通用しない。身体を使い、自然と対峙する。それ以外、この海で何ができるであろうか。

また、この一帯は完全に「漁師たちの場所」であり、湘南のようなアメリカンカルチャーや、葉山の御用邸のような格式が入り込む場所ではない。ただただ漁村の名残である。原始の生活の場所である。荒々しい男たちの場所である。ここからカルチャーやデザインなどのクリエイションが生まれる可能性は限りなく低いだろう。

昼食はビーチのすぐ近くにある食堂で食べた。
サーファー相手だからか、朝早くから空いている。
この辺りの名物の焼き蛤、イワシの丸焼き、ながらみに舌鼓を打ちながら、ビールを飲む。
この近くの海で獲れたものを食す、まさに地産地消。
海のエネルギーを身体に取り込んでいる感じがして、さらに充実感が高まってくる。

隣の座敷では、サーフィン帰りの一団と、釣り帰りの一団がそれぞれ宴席を設けている。いずれもずんぐりむっくりした屈強な顔立ちの男性が熱く語り、その妻と思しき女性が甲斐甲斐しく水割りをつくる。
漁村の海は、伝統的な男と女のありようを色濃く残しているのかも知れない。

この海では、確かにエネルギーは充実した。
細かい悩みを忘れるには良いだろう。
しかし、ここでリモートワークをしながら、何か新しいことを企画する自分は、まったくイメージができなかった。


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