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my name is    :超えられない壁

タチバナさんは、自分が視える人だという事に今、気がついたそうだ。なんとなく俺は悪い事をしてしまった気がした。
幽霊が視えるという事がどういう事なのか、幽霊の俺にはよくわからない。もしも俺が生きていて、俺が視える人だったら気味が悪くて、視たくないと思うだろう。ただ、タチバナさんの瞳は眩しいぐらい輝いている。彼女は「まぁいいか」ぐらいにしか思っていないのかもしれない。

「そうなんです。私、初めてです。幽霊ってもっと怖いと思っていました。案外普通なんですね。生きている人と同じですよ」

なんだろう。この気持ちは。
死んでから3年経つが、タチバナさんと話していると、俺は自分が生きているのではないかと錯覚してしまう。

「俺の見た目は普通ですか?首に跡とか残ってないですか?」

折角なので、気になっていた事を聞いてみた。俺は鏡に映らないので、自分の姿を3年間見ていないのだった。察するに、俺は人間の姿を保っているようだった。

「キレイですよ。とてもではないのですが、死んでいる人には見えません。もしかして、新手のナンパではないでしょうね?」

俺は久しぶりに笑った。タチバナさんは冗談で言っている感じではなく、真顔で言っているのが面白かった。絶対に彼女は『天然』だ。しかも、好かれるタイプの。

「そんなに笑わないで下さいよ。近所迷惑ですよ」

タチバナさんは、ちょっと拗ねるような言い方で言ってきた。フォーマルな服装だが、死んだ俺よりも、幾つか若いと思う。大学生かもしれない。学生にしても、社会人にしても、彼女はモテているだろうな。俺はそう思った。
ただ、俺はふと気がついた。もし誰か生きている人間が、この光景を見たら、タチバナさんは独り言を言っているように見えるのだろうか?それはそれで、彼女にとってみたら不都合な事だ。

「すみません。幽霊の癖に調子に乗りました。タチバナさんにご迷惑をかけるつもりはありません。俺はここから動けません。どうか気にせずにお部屋にお帰り下さい。他の人に見られたら、ちょっと恥ずかしいですよ」

最後の言葉は内緒話をするように、コソコソと話した。しかし、タチバナさんは、俺の言っている事を聞いていないようだった。俺の方ではなく、俺の後ろを見ていた。
本当は、俺は彼女ともっと話がしたかった。彼女の雰囲気がそうさせていたし、死んでも誰かと話ができる事というのは、楽しい事だ。
もっと欲を言えば、あいつが元気なのかという事を、タチバナさんに確認して欲しかった。だが、それは厚かましい事だ。無関係のタチバナさんに甘えるのはよくない。俺は自分の責任で死んだわけだ。生きている人間に迷惑をかけてはいけないと思った。

「子供がいます。ほら」

彼女が指さした方を俺は見た。
だが誰もいなかった。俺にも、生きている人間は見える。しかし、そこには誰もいないのだ。あぁそうか。タチバナさんは俺を、からかっているんだな。

「やめて下さいよ。幽霊をからかわないで下さい。幽霊なんてそんな頻繁に出てきませんよ」

現に俺は生きていた頃も、死んでからも、幽霊なんて視た事がない。

「視えるよ」
「そう」
「うん。そうだよ。ここにいるよ」
「君には視えないの!?あぁわかったよ」

タチバナさんが独り言を言っている。俺は確信した。この姿を生きている誰かに見られたら、彼女は警察に通報されるだろう。これではモテるどころか、『不思議ちゃん』の最強バージョンだ。それでは彼女があまりにも不憫だ。

「あなたの名前って、トシヤさんですか?」

久しぶり聞いた。タチバナさんが俺の名前を口にした。
そうだ。『トシヤ』は、母親がつけた俺の名前だ。だがその人生を俺は自分の手で、3年前に終わらせてしまった。
タチバナさんは、俺をからかっているのではない。そこにいる子供は本当にいるのだろう。俺の勘は冴えている。おそらく彼の名前も『トシヤ』だろう。そう。『1回目の俺』だ。俺は確信した。



つづく


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中島亮
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!

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