Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第13話 「接吻」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。
ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。
サムエル・リチャード:原澤会長専属の運転手。
シャロン・キャリー:ロンドン・ユナイテッドFC総務部 総務課 チーフ。
ダニエル・チャン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 社員。
トニー・ロイド:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 課長。
ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称:ニッキー。
パオロ・リヴィエール:ロンドン・ユナイテッド FC 人事部 人事課チーフ。
☆ジャケット:北条 舞
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
第13話「接吻」
「あ、あのう・・すみません、こんな早朝に・・。」
舞はヘアバンドにスリップ姿のまま、女座りで俯き加減のままスマホを握り締めていた。
「構わんよ。それより、何かあったのかね?」
彼女は"はっ!"として、前を向くと強い口調で呼び掛けた。
「原澤会長!あの、その、奈々・・橋爪チーフが大変なことに。」
「そうか・・、状況を教えてくれ。」
彼が電話口で大きなため息をついたのが分かった。それはまるで、起こってしまった悲劇を予見していたかの様に彼女は感じて目を瞬たせた。
「はい・・さっき、家に帰って来たんですけど、そしたら奈々から電話があって『助けて!』と。電話の奥では、男性の怒鳴り声とドアチェーンを壊そうとしているのが分かりました。警察に連絡することを伝えたら、彼女『辞めて欲しい』と言ってきて、それでしばらくしてから彼女の悲鳴とスマホが壊れるような音がして・・私、私、どうしていいか分からなくて・・。」
舞は涙を流し頭を何度も振りながら、どうにか状況を原澤会長に伝えた。
「よく連絡してくれたね、それとよく頑張ったな。後は任せてくれ、悪いようにはしない。彼女は自宅なのかな?」
「はい・・多分、そうかと・・。あの・・。」
舞は『一緒に行って貰えますか?』と言い掛けて黙って項垂れてしまった。
「どうした?」
「一緒に・・一緒に行って貰えますか?」
「無理だ!」そう言われたら、どうしよう・・。スマホを持つ舞の手は、自然と力を込めてしまう。
「勿論だ、直ぐに行くとしよう。迎えに行くから、君は家で待っていてくれ。いいね?」
「外でなく、家でですか?」
「ああ、外は寒いだろう。心配しなくていい、全て解決するさ。大人しく、待っていなさい。」
「はい・・はい!ありがとうございます。」
全身から力が抜けるのが分かった。
「住所を教えて貰えるかな?」
「あ、はい。」
舞が原澤会長に住所を伝えると、
「よし!心配するな、直ぐに行くから。きっと、大丈夫だよ。」
彼は優しくそう言ってくれると、通話が切れた。舞は深くため息をついた。
「良かった〜!原澤会長がいらして下さる♬しかも、私を迎えに・・迎えに!?」
心から安堵した瞬間、髪を掻き上げようとした彼女はヘアバンドをしている自分に、スリップ姿の自分に、そして、ほぼ徹夜明けのスッピンであることに気付いて愕然とした!
「や、や、やばーーーい!?」
思わず四つん這いで"あわあわ!"しながら洗面所へと向かい準備を始めた。だが、案の定、目の下に隈があるわ、化粧のノリが悪いわ、目が充血してるわ、髪はしっとりしてるわでもうとんでもないことになっていた。
「ど、ど、どうしよう、嫌われないかなぁ〜(泣)」
半泣きの彼女が洗面所の鏡を観て、取り敢えずの化粧を終えてチェックしていた時、スマホが鳴った。原澤会長からだった。
「待たせたね、どうかな?」
「スミマセン!今、行きます!!」
スマホを握り締め玄関に行き靴を履き始めて気付いた、自分がスリップ一枚のままでいることに・・。
「私ったら、露出狂かってーの!」
一人でボケて、一人突っ込みをしながら慌ててクローゼットに行った彼女は、派手にファッションショーを始めた。鏡の前、服を取り出しては、目前にかざしてみての繰り返しで、周りは泥棒にでも入られた様な惨劇になっている。
「違うなぁ〜!」
「いや、こうじゃないでしょう!」
「・・違う!」
「・・ダメだ!」
「んーー、ダメ!」
そして、数分経って気付いた。
「やばっ!奈々・・急がなきゃ!!んーー!もう、いいや、これで!!」
白いニットのセーターにスキニーのジーパンを履いた彼女は、コートとバックを抱えて部屋を飛び出した。"ガ・・チャン"玄関の扉が閉まる。
・・カッ!カッ!カツン!"ガチャ"扉が開いて、舞が駆け込んで来た。
「スマホ!スマホ!?」
「あった!」
・・ガ・・チャン""玄関の扉が再び閉まる。
・・カッ!カツン!"ガチャ"扉が再び開いて、舞がまた駆け込んで来た。
「やーーん!鍵、鍵、カギーーーー(泣)!?」
・・"ガ・・チャン"玄関の扉がまたまた、閉まった。どうやら、今度は無事に済んだみたいだ(笑)ロビー、玄関ホールと通った彼女は、目の前のハイヤーを見つけた。
(この車・・!?)
ふと、懐かしさが頭を過った。と、後部ドアの前に運転手のサムエル・リチャードが立っているのに気付いた。
「お待ちしてました、北条チーフ、どうぞ。」
彼は、後部ドアを明けてくれた。
「おはようございます、リチャードさん。」
「私の名前をご存知でしたか?」
「はい、勿論です。その節は、大変お世話になりました。」
彼は、満面の笑みを浮かべると深く会釈をしてくれた後、ドアを閉め運転席に向かった。舞は後部座席に乗り込む前、原澤会長を確認したのだが、彼はハンズフリー・イヤフォンマイクで誰かと話しているようだった。スーツ姿の彼を見て、自分のラフなスタイルが恥ずかしくなり、距離をとって彼女は座った。
「そうか・・残念だ。・・ああ・・分かった、急いでくれよ。」
リチャードが、運転席に入ってくるや否や原澤会長が声を掛けた。
「サムエル、すまないが出してくれ。」
「承知致しました。」
リチャードは、直ぐにハイヤーを発進させた。
「大丈夫かね?」
原澤会長が、舞を心配して声を掛けて来たのだが、彼女は化粧を気にして真面に見れないでいる。
「はい・・あっ!会長、スミマセンお休みのところ。」
「大丈夫だよ。そうだ!この後、日本に行ってくるよ。」
「あ、知覧ですか、ニッキー達と?」
「ああ。」
今日、初めて二人は視線を交わした。原澤会長は、右の後部座席に深く腰掛け腕を組んで舞を見ている。舞は、原澤会長の左隣となる後部座席に浅く腰掛け、彼の方に身体を向けていたのだが、彼は前を向くと厳しい顔をして話始めた。
「今から言う事を、気を引き締めて聞いてくれ、いいね?」
「・・はい。」
「以前から、契約課を内偵させていた。」
「内偵?契約課を・・ですか?」
「そうだ。その結果、使途不明金の存在を確認してね、追跡調査を行なっていた。」
舞は、いきなりの原澤会長による告白に声が出ないでいた。心臓が慌てて鳴っているのが分かる。
「ロイド課長が、2015年4月から約4年間、収入印紙を着服して換金し、私的に流用したことを突き止めた。彼は『選手やスポンサーとの契約書作成のために必要』と、収入印紙を買わせ、その収入印紙を金券ショップで換金し、高級クラブでの飲食代や旅行代などに充てていたようだ。」
「まさか・・そんな!?あ!では、その収入印紙購入、売却等を行なっていたのが・・。」
原澤会長がため息をついた。
「そう・・橋爪チーフだ。」
舞は、衝撃的な事実を聞かされ、そのまま卒倒しそうになっていた。
「だが、内偵を続けていく内に奇妙な事に気付いた。」
「奇妙な事、ですか?」
「彼女、橋爪チーフの生活レベル、スタイルが変わらないことだ。」
「はい、一緒に居て全く感じませんでしたから・・。」
舞も原澤会長から聞いたことを復唱してみて違和感を感じた。ロイド課長と共謀していたなら、奈々の生活レベルも変化するはずだ。なのに、それが無かったと言うのであれば、それが意味することとは?
「近頃の橋爪君について、気になることがなかったかね?」
「気になること、ですか?」
舞は、疲労した頭で必死に考えてみた。
「・・そう言えば、最近一緒に居てやたらスマホに着信がある、と不思議に思っていましたけど。」
「・・そうか。」
「借金の返済とかでしょうか?」
「彼女がそのようなことをするとでも?」
「いいえ・・奈々は、お金にルーズでは無かったですから。」
原澤会長は、俯向き加減で聞いていたが、外の方を向くと衝撃的な言葉を放った。
「彼女は、どうやらロイド課長に脅迫されていたようなんだよ。」
「脅迫されていた!?奈々がですか?」
「北条チーフ、彼女を傍で支えてあげてくれ。」
「も、勿論です!でも、何で奈々が脅迫されていたのでしょうか?」
舞が原澤会長に縋り付くようにして身を近付け、質問をした。
「会長、着きましたけども・・。」
「ん、ありがとう。サムエル、悪いが少し待って居てくれるかね?」
「承知致しました。」
原澤会長が、ドアを開けて降りたのを見ると舞も慌ててシートベルトを外して降車した。
「リチャードさん、ありがとうございました。」
「いえいえ、お気を付けて下さい。北条チーフ、今後は、私を『サムエル』とお呼び下さい。」
「あ、はい、ありがとうございます、サムエルさん。」
彼女は、リチャードに会釈をし奈々の居るマンションを見上げた。14階建マンションの12階角部屋が彼女の部屋だ。ふと視線を玄関ホールに向けると、既に原澤会長が入り口に向かっていた。彼女はそれを見て降雪し滑り易くなった歩道を、足元に気を付けつつ慌てて後を追った。原澤会長が玄関ホールの自動扉に差し掛かる。あそこは、セキュリティーのため、カードキーか或いは住民からの開錠が必要のはずだった。すると、玄関ホールから若い男性が現れて内側から自動扉を開けた。
「お疲れ様です。」
「御苦労さん、案内してくれるかね?」
「はい、こちらです。」
「北条チーフ。」
「あ、はい。」
舞は慌てて原澤会長の元に駆け寄ろうとした時だった。
「きゃっ!?」
靴の裏側に雪が付いていたのだろうか、彼女は玄関ホールのPタイル上で見事に宙を舞った・・はずだった。
「あ・・。」
彼女が、ふと目を開けた時、目の前に原澤会長の顔が見えた。
「慌てん坊さんだな、大丈夫かね(笑)」
舞は原澤会長の腕に、抱き止められていた。男性に抱き締められることさえ久し振りなのに、愛する人の逞しい腕の中で顔を間近で見つめることが出来ることは、幸せだった。しかも、彼は自分だけを見つめてくれている、こんなチャンスはない!彼女は受け入れる気十分であった、奈々の事を忘れて・・と、彼は視線を外し舞のセーターの乱れを直した。思わず彼女の視線も直してくれた下へ行く。
「え?」
「チャックが開いてるぞ。」
「・・!!?」
舞は、声にならない悲鳴を発すると彼に背を向けてセーターを巻くってみた。スキニージーンズのチャックが・・見事な程、全開だった。そりゃー、見事にさ!
(し、死んでしまいたい・・。)
彼に背を向けると耳朶まで朱に染めてチャックを閉めた。
"パン!パン!"
舞は、叩く音を聞いて振り返り原澤会長を見ると、彼女が転んだ際に落としたコートを拾い上げ埃等を叩いてくれているではないか!?
「ス、スミマセン!」
彼女はそういうと、慌てて彼からコートを奪おうとしたのだが、見事に空かされてしまったことで、今度は自分から彼の腕に飛び込んでしまった。
「あっ!?」
再び彼に抱き止められてしまった。
「ホントに君と居ると、退屈しなさそうだな(笑)。」
舞は思わず、潤んだ瞳で彼の顔を見上げる。
(本当に・・本当に、そう思ってくれてますか?)
彼女は、目で訴えていたのだが原澤会長は、背後に控えている男性に声を掛けた。
「パオロ、案内してくれ。」
「承知致しました。」
舞は、思わず"はっ!"とした。そうだ!奈々を助けなければ・・、原澤会長の懐から離れた彼女は、彼に問い正した。
「スミマセン、原澤会長。一体、どういうことに・・、あのう、奈々をマークしていた、そういうことなのでしょうか?」
彼女がロイド課長に脅されていた?ということを聞きたいのに上手く質問出来なくて、彼女は困惑した。彼は、彼女が離れると抱き止めた腕を広げたまま軽くため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。すると、今度はそれを見た彼女が口元に手を当てて"オロオロ"と動揺し始めた。
(な、なんか冷たい態度をしちゃったかなぁ?どうしよう・・。)
「会長、どうぞ。」
「ああ、済まない。北条チーフ、行くとしようか?」
「あ、はい。」
舞は、原澤会長に促されるままにパオロが開けて待つエレベーターに乗り込んでから声を掛けた。
「ありがとうございます、代わりましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。驚きました、流石ですね。」
「何がでしょうか?」
「スマートに気遣いをされるところが、ですよ。」
「いえ・・、そんな。」
パオロ・リヴィエール。人事課チーフであり、レジ人事部長の部下である。イタリアのピレモンテ州トリノ生まれのイタリア人で、ブラック天然パーマにブラウンアイで四角い顔がトレードマークのイケメンである。同じチーフということで、舞としても面識はあるが、よくは知らない人だった。原澤会長が押しボタンから一番離れた奥に乗り、舞がその隣に入った。パオロが12階のボタンを押してエレベーターが動き始めた時、原澤会長が口を開いた。
「先程、キミが話した『橋爪チーフをマークしていたのか?』ということだが、答えは"YES"だ。だが、それは契約課自体をマークしていたことによる局所的見解にすぎんよ。」
「では、エージェント課も、ですか?」
舞は、原澤会長の方に身体を向けて、本質的な疑問を聞いてみた。まさか、自分も不安にさせてしまっているのでは?そう思った所が、実に彼女らしい見解と言えるだろう。パオロもバックミラー越しに原澤会長を見ている。
「エージェント課の懸念事項か・・そうだな、確かにあるよ。」
「あるんですか?それは、一体・・?」
「ユリ課長だ。だが、彼女の場合、内偵の必要がないんだよ。」
「何故でしょうか?」
「分からないかね?」
「えっ?はい。」
「今に分かることになるだろう。」
"チン!"エレベーターが鐘の音を鳴らして、到着した。
「会長、お待たせしました。」
「ありがとう。」
(もう!聞きたい時に限って着いちゃうんだもん!やんなっちゃう・・。)「ありがとうございます。」
「いいえ。」
舞は目的の12階に着くとルヴィエールにお礼を述べてから、ホールへと出たのだが、其処にはまた、もう一人別の男性が居た。しかし、今度は彼女も知っている人物だった。
「お待ちしてました、原澤会長。どうぞ、こちらです。」
契約課社員、ダニエル・チャン、韓国系イギリス人で、韓国人の父と韓国人とタイ人の母親から生まれ殆どをアメリカで過ごす。その為か韓国語が話せないという、ちょっと可哀想な男だ。少しウェーブしたショートヘアをオールバックにし、爽やかなイメージなのだが鋭い眼光は、対峙した人を緊張させるには十分である。彼のことを奈々は「1つ教えると2、3と変える力がある。」
そう言っていた。リサと同世代だと思うが、彼は入社して1年も経っていないはずだ。だがここに居る、そうか!彼が内偵者だったのか・・、舞は理解した。
「北条チーフ、お疲れ様です。」
「お疲れ様、ダニエル。奈々は大丈夫?」
舞は、彼を試してみた。そして、見事ダニエルの眉が動いたのを舞は見逃さなかった。
「今、奈々さんを保護してますから、大丈夫ですよ。」
「保護?保護って何?」
「えっ?あ、それは・・。」
「おい!近所の目があるんだ、ヤメろ!」
「スミマセン、失礼しました・・。」
(だって、大事な所を教えてくれないんだもん!)
先へと進んでいた原澤会長が、ダニエルに注意した。彼女は小走りに彼の元へと近付いたのだが、そんな二人をダニエルが背後から話し掛ける。
「リビングに居られますよ。」
(居られる?敬語?どういうこと?)
ただでさえ寝不足なのに、頭がサッパリ働かなくて彼女のイライラは募るばかりだ。何度も来ている奈々の部屋なのに、原澤会長やダニエル、パオロと男性達と一緒に居るなんて違和感しか感じなかった。と、俯向き加減で原澤会長の下に来た舞であったが、ふと視線を感じて顔を上げてみると彼が"じっ"と自分を見ていたため、目が合ってしまった。
(えっ、何?)
原澤会長が口を開いた。
「そんな眉間に皺を寄せなくても、いいだろ?」
「えっ?」
舞は思わず額に手を当てて確認してしまった、分かるはずがないのに。慌てる舞を見て"クスッ!"と微笑んだ彼の下に、ダニエルが赴き玄関の戸を開けた。
「失礼しました、どうぞ。」
「ありがとう。」
玄関に原澤会長、舞、パオロ、ダニエルの順番で入る。玄関には、脱いだ靴が並べられていた。男性物で2つ、女性物で1つだ。イングランドでは、室内の靴履きは家主の自由であり日本人の奈々は当然、靴を脱いでいた。だが、舞は、廊下に靴跡があるのを見とめた。誰かが押し入ったのだろうか?
原澤会長は靴を脱ぎ、ちゃんと逆に並べたのを見て舞も同様にして後に続いた。彼の背中を見て連なって歩く彼女の心臓は、まるで警笛の様に鳴っていた。奈々は、無事なのか?保護されているとは如何なる意味なのか、と遂に廊下からリビングへの扉を原澤会長が開けて舞も続けて入った時、その光景を目の当たりにし両手を口に当て絶句した。
(ロ、ロイド課長!?)
リビング中央に、やや厳つい小太りな褐色の巨軀を全裸でタオルにて猿轡され、後ろ手に縛られ椅子に拘束された、奈々の上司、トニー・ロイド契約課 課長の姿があった。そして、室内にはアルコールの不快な臭いがした。舞は彼の縮こまったペニスを目の当たりにし、思わず視線を逸らした。
「お疲れ様です。」
舞は聞き覚えのある声を耳にして視線を向けると、其処にはゲイリー・チャップマン広報部部長がライダースジャケットにレザーパンツ姿で窓際に立っていた。
「御苦労だったな、ゲイリー。」
「すみません、もう少し早く動いていたら・・。まさか、ここまで思慮の浅い男だと思いませんでした。」
「仕方ない、よくやってくれたよ。聴取は?」
「後日、しっかりと行います。」
「そうか。」
チャップマン部長は、リビングにある椅子を持って来るとロイド課長の前に置いた。原澤会長が、軽く手で謝を切る仕草をして腰掛ける。
「北条チーフ。」
「はい。」
原澤会長に呼ばれ、彼女は少し前に出たのだが、彼が目でロイド課長の後ろに廻るように合図してきたため、それに従った。と、その際、リビングのカーテンがそよぐのを彼女は視認した。
「北条チーフ、この男が今まで行ってきた事は、橋爪チーフの女性としての尊厳を著しく汚したものだった。恐らく、キミは強い衝撃を受けることになるだろう。だが、忘れないでくれ、1番辛かったのは、橋爪チーフだということを。」
「はい。」
舞は、彼の言葉が過ぎるのを感じていた。本心では、彼の目を見て聞きたいことだらけだったのに・・。
「ゲイリー、彼女は?」
「シャロンが一緒に寝室で保護してます。」
「シャロン?」
この名前を聞いて思い浮かぶのは、総務課チーフのシャロンだ。思わず舞が呟くとチャップマン部長を見つめた。
「キミは、シャロンを知っているのかね?」
原澤会長が舞に問い掛けた。
「私の想像しているのが、当社の総務課にいるシャロンならば、ですが。」
「ほう!合ってるよ。彼女共、仲が良いのかね?」
「会長、日本人の挨拶好きは、人を惹きつける場合もありますから。彼女との縁が当にそれです。」
「なるほど、そうだったのか。では、行っておいで。2人がキミを待っている。」
「はい・・、あのう、ありがとうございます。」
舞は、リビングの入り口まで歩いていくと振り向き原澤会長に話し掛けた。
「会長、昨晩は温かい毛布とコーヒー、サンドウィッチをありがとうございました。」
「何だ・・起きていたのかね?」
原澤会長が振り向いて応じた。やはり、彼だったのだ!舞は、彼に見守られていたことを知った。
「いえ、守衛に聞きました。本当にありがとうございます。」
「そうか・・それなら良かった。俺はてっきり、キスしたことがバレてたのかと思ったよ(笑)」
「えっ!?キス???」
驚かせたつもりの舞が、思いっ切り逆転された。当に大どんでん返し!ってやつだ。
「あ、あのう・・。」
「行っておいで、奈々さんが待っている。」
驚いた舞が原澤会長に問い質そうとしたところで、チャップマン部長に遮られ、彼女は仕方なく俯いたままリビングを後にした、1度振り向いたのを見てチャップマン部長がほくそ笑む。
「おい!ゲイリー、折角の会話が台無しだ!」
「徹さん、今の目的は目の前のコイツです。彼女とは日本から帰って来てからにして下さい。」
「無粋なヤツだ。まぁ、とは言え仕方ないか・・よし!始めるとしよう。」
原澤会長は、ロイド課長に向き直った。
舞は、奈々が居るであろう寝室の前で、動けないでいた。扉をノックしようとしても手が扉の前で止まってしまう。辛かったであろう彼女のことを思うと、親友として気付いてあげれなかった後悔が彼女を苛んでいた。だが、彼女は深く深呼吸をするとドアを軽くノックして開けた。
「失礼・・します・・」
「あら、舞?」
奈々が寝ているであろうベッドの横に居た、シャロンと目が合った。部屋は、カーテンが閉められ隙間から木漏れ日が光る。ベッドの中央がこんもりと膨らんでいることから、奈々が横になっていることが分かる。
「ゴメン・・寝てる?」
「ええ。」
舞は、ゆっくりとベッドに近付くと、寝ている奈々を覗き込んだ。
「シャロン、ありがとう。」
シャロンは、舞を見て微笑むと唇に人差し指を当てた。舞がそれを見て唇を"キュッ!"と締めて首を窄めた。シャロンが舞を手招きし隣にある椅子を勧め、彼女もそれに応えて右横に着て座ると顔を近付けた。
「舞は、奈々がロイド課長にレイプされてたこと、知らなかったのね?」
「うん・・何も。知ってたら、そのままにしないわ。」
彼女は自分が気付いてあげれなかったことを、悔やんでいた。何故、もっと深く彼女をケアしてあげれなかったのか、後悔で鳩尾の辺りが痛んだ。
「それはそうよね。奈々の話だとね、2年前くらいにロイド課長の不正に気付いたそうよ。それで証拠を突き止めようとして一緒に行ったカフェで、薬を盛られたらしいの。気付いたら、モーテルでレイプされていたそうよ。その時に写真や動画を撮られて揺すられることに。」
知らなかった・・奈々がそんな悲惨な目に遭っていたなんて。レイプされたことだけでなく、恥ずかしい写真等を撮られて揺すられていたとは・・。舞は少し吐き気を覚えたのだが、シャロンは、更に衝撃的なことを彼女に打ち明けてくれた。
「ロイドはね、奈々を他の男達にも抱かせてたのよ。」
「えっ!?」
舞はあまりの衝撃に大声を出してしまい、慌てて口をつぐんだ。「ばか。」とシャロンに呟かれて「ゴメン!」と呟く。信じられない話ばかりで混乱してきた、ただでさえ寝不足で廻らない頭も相まっているのだ。レイプした女を揺すり更に他の男と共有するなんて、最早、人とは思えない!
「契約課でエージェント課の締結金額より下げた件があったでしょ?あれ、選手の代理人に奈々を提供してたのよ。」
「奈々を辱めて不正に加担させるだけでなく、コールガールみたいなことをさせていた?そういうことなの?」
「そうなるわね。」
「酷い・・酷過ぎるよ。」
「ちょっと!うるさくて眠てられないじゃない・・。」
「奈々!?あ・・ゴメン。」
興奮して大きくなってしまった舞の声に奈々が目覚めてしまった。背を向けたまま、奈々が呟く。
「ゴメンね・・舞。」
「ゴメンって、何で奈々が謝るのよ・・謝らなきゃいけないのは、私の方だよ。ゴメンね、奈々。辛かったよね?気付いてあげれなくて、ホント、ゴメンね・・。」
舞が両手で顔を覆うと、嗚咽を堪えて泣き始めた。悔しかった・・もっと早くに何とかならなかったのか!今はただ、もう後悔しかなかった。
「奈々、アンタもっとアタシ達を頼りなさいな。カッコ良くなくていいから。もっと、素のアンタを見せなさいよ。」
シャロンが椅子に深く腰掛けて、脚と腕を組んで言い放つ。
「そうする・・でも、舞に頼って大丈夫なの?」
「はっ?な、何だとーー!?」
舞が泣き顔のまま、右手の拳を振り上げて"ブン!ブン!"と回した。3人から笑い声が漏れた。
「あーあ、笑ったら、シャワー浴びたくなったわ。」
奈々が背を向けたまま身体を起こした。白いスリップ姿のままの彼女は、振り向きもせずに脱衣所へ向かおうとした。布団をまくった際であろうか、アンモニア臭が"ツン!"と舞の鼻腔に飛び込んだ。違和感を感じた舞が恐る恐る立ち上がり奈々の全身を見つめた。ベッドキャビネットにある暖色系の灯りに浮かんだ彼女の身体には、脚や首、肩にかけてアザらしき物が見られ、肩に噛み跡と首にキスマークが確認出来た。
「奈々・・。」
「舞、あまり今の私を見ないでくれる?惨め過ぎるもの・・。」
「そ、そんな・・。」
その後の言葉が続かなかった。
大丈夫?
何があったの?
酷いことするよね!
許せない!
・・etc.全てが空虚だ。言葉は、時に残酷な事実を曝け出す。黙っていることがかえって悪いことに思えた彼女はやはり話掛けようかとした時、シャロンが肩を引いた。振り返った舞の目に、軽く首を横に振るシャロンの顔が写った。脱衣所に入った奈々が扉を閉めたのを見た舞が心配そうにしているのを見て、シャロンが安心させた。
「カミソリ等の刃物類は、片しておいたから大丈夫よ。」
「え?そうなんだ・・。」
見事に心中を読まれた舞は、一瞬言葉に出してしまったか心配になった。すると、シャロンは奈々が寝ていたベッドの布団カバー、シーツ、枕カバーを外し始めたため、舞も手伝った。酔ったロイド課長に襲われ抵抗したのだろう、傷だらけになりながらも彼女は抗ったのだと思う。しかし、それが逆に彼の興奮を煽る形となり、捕まりレイプされた彼女は更に酷いことをされたのだろう。シャロンが舞に消臭スプレーを渡すと、彼女は枕等のベッド類に満遍なく掛けた。そして、シャロンが汚れたシーツ、カバー類を袋に詰める、そう、捨てるために。寝室を全て整えると、舞が何度もあくびをし始めた。完璧に緊張が切れて疲労感が出てきたのだろう。
「舞?ここに座って。」
シャロンが促すと、目を"ショボショボ"させた舞が"ふらふら"しながら何とか座り、あっという間に寝始めた。
「あらあら(笑)。ホントはベッドで寝かせてあげたいけど、ごめんね。」
シャロンが座って寝始めた舞の肩に毛布を掛けてあげると、脱衣所の扉を開けてバスルームを伺った。中からは、奈々のすすり泣く声が聴こえる。
「奈々。」
シャワー音の中、少ししてから奈々の返事があった。
「なに?」
シャロンが扉越しに語り掛ける。
「アタシもね、アンタと同じなのよ。」
「えっ?」
「以前、軍に居た事があってね、アタシはスナイパーだったの。対テロリスト作戦で潜入部隊を後続から支援する役割で、安心し切っていたわ。だって、スコープに入った敵だけを引き鉄で片付けるだけだったもの。」
"キュ、キュ!"突然のシャロンによる告白に、奈々がシャワーを止めた。
「でもね、作戦がバレていたの、内部リーク。金の為、味方を裏切った奴が居たのよ。アッという間だったわ。仲間のスナイパー達がナイフで切り刻まれ断末魔を上げてアタシは気付いた。でも、幾ら探しても見えないのよ。怖くて、怖くて、気が狂いそうだった。そして、私も襲われたわ。肩先に熱い物を感じたの、敵のナイフだったわ。そしたらさ、奴等、アタシが女だと分かると動けないアタシを拉致して捕虜にしたのよ!」
シャロンの声は震え、次第に大きくなっていく。
「来る日も来る日も、沢山の男達の慰み物にされ、言うことを聞かされ世話をさせられたわ。何度、死のうと思ったか分からない。もう、今がいつなのかも分からなくなり、流産を繰り返した私の身体はボロボロ、それでも奴等は求めて来た!信じられない毎日だった、あの日まで・・。」
"ガチャ!"バスルームの扉が開き片目を真っ青にはらした奈々が出てきた。
「あの日?」
「アタシが囚われている情報を察知した、軍の秘密作戦で助けられたわ。」
シャロンが大きく深呼吸をする。
「敵を殲滅させ、アタシを助けだしてくれたのが、当時、傭兵だった原澤会長よ。」
原澤会長が元SPであったことは知っていた。だが、その前が傭兵だったとは・・。シャロンの話から推測するとかなりの手練れに聞こえる。
「鎖で繋がれた私の目前で、"バッタ!バッタ!"とグルカナイフで喉笛を裂かれて男達が倒れていくの。私の上で涎を垂らして昨日まで腰を振っていた男達が死んでいくのよ、不思議な心境だったわ。全員を倒した彼が私を見つけて近付いてきた。逆光に浮かぶ血飛沫を浴びた顔、ステキだったわ。」
シャロンが奈々にバスローブを着せてあげる。
「ありがとう・・。」
「徹さん・・原澤会長ね、アタシに言ったの。
『助けに来たぞ、遅くなってすまなかった。だがまだ、安心するなよ、いいな?』
気を緩めたら意識を失いそうなアタシを、バッチリ!見抜いてたのよね。その後、入院して退院した時には、アタシの子宮は無くなってたわ。卵巣は片方だけ、何とか残ったけどね。」
奈々は、言葉に詰まっていた。何時も、自分だけが最悪なんだ!そう思っていたのに・・シャロンの話は十分に彼女の悩みを根底から覆してしまった。
「何度、死のうと考えたか分からない。でもね、そんな入院していたアタシを見舞いに来てくれた徹さんが言ったの、
『シャロン、そんなキミだからこそ必要なんだよ。俺に助けられたと、自分をレイプした男達を始末してくれたことを感謝に感じているのなら、命を粗末にするな。そして、自分の為に生きるのが辛いなら俺の為に生きろ!』
とね。」
奈々は、ドレッサーの鏡を見て髪をとかしながらシャロンの言葉を聞いていた。自分は、会社に損害を与えたのだ、しかも、痴部を晒した女だ。どの面下げて会社に残れるというのか・・。
「見てご覧なさい?」
奈々の背後に腕を組んで立ち、鏡越しに顎で彼女を促す。それに従い振り返った彼女は、寝室の椅子に仰け反り口を開けて寝こける舞が見えた。今にも落ちそうな姿勢の彼女を見て、思わず奈々から笑いが溢れる。だが、同時に涙も見せた。自分の為にここまで頑張り、心配してくれる友人が居るだろうか?いつだったか、舞が言っていたっけ。
『私、父の転勤で転校が多かったの。だからね、虐めにもあったし通じない言語、日本人であることにホント、苦労したわ。でも、こうして奈々に出逢えたこと、この事を神様に感謝してるの。素敵な親友に出逢わせてくれて、ありがとうございます、ってね。』
私は馬鹿だ!そして、大馬鹿だ!!今になって気付くなんて・・私を必要と言ってくれる、何時も本気で自分のことの様に『大丈夫?』と心配してくれる、そんな素敵な友人を信用してなかったのだ。
(舞・・ありがとう。本当に・・・ありがとう。)
奈々が親友である舞に心から感謝を思っていた時だった。
"ドサッ!"
「きゃっ!・・痛〜い・・。」
寝こけていた舞が、遂に体勢を崩し椅子から転げ落ちた。どうやら落ちた時、床に右肘をぶつけたようだ。摩って痛がっている。
「もう、じ〜〜ん!って痺れたーー!あっ?」
「ねぇ、床・・大丈夫?」
脱衣所から見ている奈々とシャロンに気付いた舞をシャロンが揶揄う。
「えっ?あ、ごめん!大丈夫だと思うけど・・ん?どういうこと??」
シャロンが腹を抱えて笑い転げる、奈々もそれに釣られて笑った。
「奈々・・その目、殴られたの?」
舞が青く腫れた奈々の左目に気付き、言葉を失う。
「少なくとも、その床より大したことないわ。」
「ん?それは、どういう意味だ?って、コラーー!?・・えっ?奈々?」
奈々は、ゆっくり舞の元に近付くと彼女を泣きながら強く抱き締めた。
「舞、ゴメンね・・迷惑掛けて。」
舞も奈々を抱き締めると頭を摩りながら語り掛けた。
「迷惑?そうね・・私に言わなかったことを反省しているのなら、奢ってよ!私、ノッティングヒルにあるレッドベリーに行きたい♬」
「・・分かったわ、約束する。」
「きっとよ!奈々・・。シャロン、貴女もね。」
「当然でしょ!アンタ、儲けたんだからさ♬」
シャロンの無遠慮な一言で、その場の空気が凍りつく。
「私自身は、何も儲けてないわよ・・。」
「あ・・いや、ゴメン!」
「よーし!罰として、シャロンの奢りに変更♬」
「うっそーー!マジで・・。」
3人が見つめ合って笑った時だった。
"ダーーン!!!"
凄まじい轟音がリビングの方から聴こえた。
「きゃっ!?何?」
舞が思わずバスローブ姿の奈々の腕の中に飛び込み、奈々がそんな舞を抱き締め庇い、シャロンが2人の前に出てガードする姿勢をとる。
「見てくるから貴方達は、ここに居て!いいわね?」
奈々が無言で頷くと、シャロンが寝室から飛び出して行った。
「奈々、ゴメン・・これじゃ、何時もと同じだね。」
舞は、奈々から離れると頭を掻いて照れた。
「いいじゃない、いざとなったら貴女の方が強いもの。」
「どういうこと?」
舞が唇を尖らせ目を白黒させていたが、奈々の手を握って"はっ!"となった。今の大きな音で恐怖心が蘇ったのだろう、震えている。
「大丈夫だよ、奈々。会長が居るもの。」
舞が和かに微笑んで、奈々を落ち着かせた。
寝室を飛び出したシャロンが廊下を通りリビングの入り口で中を伺ってみた。そ〜と、中を覗いた彼女は息を呑むと扉を開けて入った。
「失礼します。」
リビングには、先程まで裸で椅子に拘束されていたロイド課長が床に白眼を剥いて転がっていた。倒れ方から、回し蹴りであろうか彼の頭を脚の甲で絡めとるようにして巻き込みそのまま床に叩き付けたように思える。100kg超の巨軀を一撃で踏み躙るその凄まじさに、彼女は再び息を呑んだ。
「彼女は、大丈夫かね?」
「あ・・はい!大丈夫です。今、シャワーを浴びたのでこれから一緒に病院へ診察に向かいます。」
「そうか。」
原澤会長は応えながらコートに袖を通す。それをチャップマン部長がアシストしようとしたが、片手で制した。
「パオロ、ダニエル、住民対応を頼む。」
「承知しました。会長、失礼します。」
パオロは、チャップマン部長の指示を受けると原澤会長に一礼し、ダニエルを伴い退室していった。
「シャロン。」
「はい。」
「公用車を使って、彼女を病院に連れて行け。それと、北条チーフを家に送り届けろ。」
「承知しました、ですが会長は?」
「私は電車で空港へ向かう。ゲイリー、後を頼んだぞ。」
原澤会長は倒したロイド課長を一瞥もせずにリビングの入り口へ向かう。
「徹さん、本当に直接空港へ?」
チャップマン部長が背後から話し掛けるが、原澤会長は無言でリビングを後にした。ため息をついた彼にシャロンが近付く。
「何があったんです?」
「この馬鹿、橋爪チーフを使って北条チーフをもレイプしようと企てていたそうだ。」
「えっ!?本当ですか?」
「その結果が、これだ。もし、コイツが彼女に手を出していたら・・アリシアの比ではなかったな。」
「まあ!徹さん、本気で舞のことを?」 「そうか・・シャロンは、知らないんだったな。」
「何をですか?」
「いや、止めておこう。徹さんの男の恋路だ、詮索は無粋だろう。」
「あら、ちょっとゲイリー!アタシの大切な恩人の恋路よ、まして相手が舞なら協力しなきゃ!ね、教えて頂戴。」
シャロンは、チャップマン部長の前に歩み寄ると片方の口角、眉根を上げ彼を見上げた。
リビングを出た原澤会長が廊下から玄関へと向かった。寝室の前を通り過ぎた時だった。
「原澤会長!」
舞が寝室から廊下へと、飛び出して来た。それに対して、彼はゆっくりと彼女の方に振り返る。
「シャロンに、君達のことを任せておいた。ゆっくりするといい。」
「会長は、空港に行かれるのですよね?」
「私のことは心配するな、大丈夫だ。」
「ですが・・」
「とにかく、橋爪君を診察してもらいなさい。急いだ方がいい。」
原澤会長はそう言うと玄関に着き、靴を履き始めた。奈々が舞の横を縫うように通り靴べらを手渡した。
「おっ!ありがとう。」
「原澤会長、お世話になりっぱなしの私が、御恩に報いる為には、どうしたら宜しいでしょうか?」
片目を腫らした奈々が、原澤会長に懇願する。彼は身体を起こして言った。
「君は、少し体調不良を理由に有休申請をしろ。当然、トミー部長にはロイドの事がある、君のフォローをするように伝えておくとしよう。」
「ありがとう・・ございます。」
奈々は、項垂れたまま返事をした。
「カウンセラーに診てもらってくれ、今の職場にトラウマがあれば変更を許可しよう。だが、契約課には数字に強い君が必要だと、皆が言っているぞ。」
「勿体ない御言葉です。ですが・・やはり、少し考えさせて下さい。」
「勿論だ。だが、逃げるなよ!そして、周りに惑わされるな。君を支えている人が側に居ること、必要としてくれていることを決して忘れないでくれ。」
「はい・・本当に、申し訳ございませんでした。」
奈々は、そう言うと深々と頭を下げた。原澤会長は、軽く頷くと靴べらを奈々に渡し、背後に控える舞を一瞥してから玄関のノブに手を掛けた。
「原澤会長!」
今度は、舞が奈々を擦り抜け彼の下に来た。それに対し再び彼は振り返った。
「会長、靴紐が・・。」
「そうかね?・・ん?緩んでないが・・!?」
頭を下げて視線を靴紐に移した原澤会長が再び顔を上げた時だった。舞が彼の顔を両手で挟むと優しくキスをした。奈々が思わず"おっ!"と声を漏らし、数秒してから舞が彼から離れる。
「昨晩・・素敵なキスをして頂いたのに、私・・覚えてませんから・・。」
舞は眉間に皺を寄せ拗ねたように唇を尖らせて言った。
「あ、いや、すまない・・あれは、冗談だ(照)。」 今度は、原澤会長が照れて頭を掻いた。
「まあ!そうでしたか・・もう、ズルいです、会長・・。」
「すまなかった。」
今度は、原澤会長の方から唇を尖らせて拗ねた舞を左手で懐に抱き寄せると何度も頭を撫でた。撫でられた舞が顔を上げて彼を見つめると、やがて、2人は何方からともなく唇を重ねた。思わず奈々が居ることを忘れて2人は舌を絡め、吸い、濃厚に互いの唇を求めあった、幸せだった。慕っている男性の逞しい身体に、抱き締められる女の喜びを舞は今、ヒシヒシと感じていた。
第14話に続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"