Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第17話 「衝突」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アリエン・ロッベン:元オランダ代表にしてFCバイエルン・ミュンヘンのスタープレイヤー。左脚から放たれるコントロールカーブ、"スクープターン"という必殺のフェイントを屈指した高速ドリブルを得意とするストライカー。
アンディー・デラニー:ロンドン大学サッカー部監督。
イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 元課長。
エイミー・グラシア:グリフグループ本社ビル1階カフェ"ホライズン"ウェイトレス。
エーリッヒ・ラルフマン:ロンドン・ユナイテッドFC監督。
カイル・オンフェリエ:ロンドン大学生チーム🆚市民チームの親善試合を観戦していた舞が出逢った謎の少年。
ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
ジェイドン・サンチョ:ロンドンのストリートで才能を育んだ若きドリブラー。ボルシア・ドルトムント所属。RWG登録。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手に内定。
セロンド・ムサカ:ソマリア国籍の難民選手。RSB希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロを夢見る。ドイツ11部リーグ所属 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03所属。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバー。ごみ収集作業員。ロンドン市民サッカーサークルCB登録。
トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。
バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
パク・ホシ:金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマーク。車両修理工場勤務。ロンドン市民サッカーサークルCMF登録。
ハンク・バルクホルン:ジャズバー”Zosch(ゾッシュ)”の店長。原澤会長の傭兵時代の部下、当時の階級は軍曹。
フェルナンド・ロッセリーニ:謎の少年に寄り添う老紳士。
ベラス・カンデラ:ペルー国籍の有望選手。CMF希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロ選手を夢見る。
マニヤ・ティーメ:難民収容所所長。ドイツ11部リーグ所属 ドイツサッカー連盟初 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03発起人。
マーティン・クラーク:ロンドン大学法学部教授。一年生主任教授。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアのごみ収集作業員。ロンドン市民サッカーサークルLSB登録。
ロイ・ブラッドマン:グリフグループ本社ビル1階カフェ"ホライズン"店長。
☆ジャケット:ボルシア・ドルトムント所属 ジェイドン・サンチョ
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
第17話「衝突」
「ん・・ん〜うん!さて、お昼にしようかなぁ〜♬」
ロンドン ユナイテッドFC総務部エージェント課チーフの北条 舞は、正午を15分過ぎたところで仕事がひと段落つき思いっ切り伸びをした。午前中、トミー・リスリー総務部 総務部長と打ち合わせを済ませ、エージェント活動が順調に稼働していることを報告した。
「ユリ課長が居なくなってから、エージェント課は本来の力を発揮しているのかな(笑)。」
彼から揶揄されたが、彼女は曖昧な笑顔で誤魔化すことにした。余計なことは、言わない方が得策であろう。彼女はバッグから、今朝、奈々の為に作ったサンドイッチが入った包みを取り出すと、席を立ち1階にあるカフェ"ホライズン"へと向かった。多くの社員と一緒にエレベーターで降りて店に来ると、かなりの社員が並んでいるのを見て思わずため息が漏れる。仕方なく彼女はコーヒーを買う為にそのまま列へ並び、やっと自分の番になってメニューを見た。
「お仕事御疲れ様です、舞さん。」
店員の背後から店長のロイ・ブラッドマンが声を掛けて来てくれた。
「ありがとう、ロイ。ミディアムのカプチーノを御願い出来ますか?」
「畏まりました。では、此方の番号札をお持ち下さい。出来ましたら、彼方でお呼び致します。」
ロイに言われるまま、舞はカウンターの端で呼ばれるのをスマホを弄りながら待った。
「舞さん、お待たせしました。」
受け取りカウンターの側で待っている舞の前に、ロイがミディアムのカプチーノを持って来てくれた。
「ありがとう。でも、番号が良かったわ、恥ずかしいもの・・。」
「それは、失礼致しました。」
舞がロイからカプチーノの入ったカップを、受け取ろうと手を出した時だった、ロイが顔を近付けて来た。
「宜しければ、南側の遊歩道付近でどうぞ。」
「えっ?」
ロイは、そう言うと軽くウインクをして注文客の方へと消えて行った。舞は、小首を傾げながらも言われた通りグリフタワービルの南側遊歩道付近を歩いた。2月だと言うのに穏やかな陽気に恵まれ、彼女の足も思わず軽やかに踊ってしまいそうだ。と、中間に差し掛かった時、舞は芝生にシートを敷いて仰向けに横になり、顔の上にスーツのジャケットを掛けて寝ているベスト姿の男性に目が止まった。
(あれ?もしかして・・?)
鼓動が一気に高まる、ドキドキが止まらない。彼女は生唾を飲み込むとゆっくとそして、起こさない様に近付き彼の左隣にある空いていたスペースにヒールを脱ぎ女座りで座った。
「誰だ?」
掛けてあるスーツの中から、くぐもった声で呼び掛ける声がした。紛れもなく原澤会長の声だった。
「すみません・・起こしてしまって。」
彼は掛けていたジャケットを外し、眩しそうに舞を見た。
「お!君か・・。」
「私もお隣で、休んでも宜しいでしょうか?」
舞は彼の顔を覗き込んで言ったのだが、少し声が震えてしまった。
「勿論だ・・ゆっくりしてくれ。」
彼はそう言うと、再び目を閉じた。舞は持って来たポーチから除菌シートを取り出し手を拭くと、紙袋からサンドイッチを取り出し原澤会長を見つめた。やがて、ゆっくりと彼の口元へ近付けると唇に触れる瞬間、彼は口を開けて一口食べた。
「どうですか・・?」
「・・美味しいよ。」
「本当ですか?」
「ああ。でも・・からしが欲しいかな。」
「辛いのが御好きなんですか?」
「そうだなぁ、サンドイッチには欲しいかな。」
「なるほど・・分かりました。」
舞はそう言うと原澤会長が食べた箇所を一口食べると、また彼の口元にサンドイッチを持っていった。
「俺はいいんだよ、食べなさい。」
「どうぞ。」
「・・じゃあ、最後な。」
原澤会長は、二口目を食べた。
「カプチーノですけど、飲みますか?」
「いや、いいよ。ありがとう。」
「・・そうですか・・あちっ!」
「大丈夫か?」
「あ、はい。へへ。」
原澤会長から声を掛けられ、思わず照れる舞を彼が見つめる。
「北条チーフ。」
「はい?」
「ここに正座をしてくれるか?」
「えっ?・・正座ですか?はい・・。」
舞は原澤会長に言われた場所に正座をした。すると、彼は舞の腿に頭を乗せてきた。
(あっ・・!?)
原澤会長から自然と膝枕を強いられ、彼女は驚くと共に微笑んで彼を見下ろした。
「脚が痺れたら、遠慮なく言ってくれよ。」
「ふふ、はい♬」
舞は、次のサンドイッチを取ると彼の口元に近付けた。一瞬、舞を見たが"パクリ!"と食べた。
「うん!これも美味いな。」
「本当ですか!?良かったぁ〜♬」
舞もパクつく。
「ん!ほうだ(そうだ)、会長。これ、ご覧になられます?」
「ん?」
舞は左手でスマホを取り出して操作すると『dreamstock(ドリームストック)』のアプリから、セロンド ムサカ、ベラス カンデラの動画を映して彼に渡した。原澤会長は、横になりながら動画を見ている。
「ほう・・『dreamstock(ドリームストック)は、こうなっているのか。」
舞は彼が観ている間、今朝、そして今の状況を説明した。だが、話しながら彼女は考えていた・・頭、顔を撫でて良いものかと・・。
「キミは、ベラス カンデラを気に入ったのかね?」
「はい・・どう、思われますか?」
「チェルシーFCのエンゴロ カンテに近いか・・いいプレイをしている。」
「そうですよね!獲りに行きますね。」
「ムサカも良い選手だ。言語は大丈夫なのか?」
「それが、ソマリ語のようで・・これからです。」
原澤会長は、舞にスマホを返した。
「誰と居るか・・だな。」
「影響ですか?」
「うむ。」
「承知しました。」
舞は我慢出来なくなり、震える手で彼の髪を撫で始めた。撫でているだけなのに、何でこんなにも気持ちいいのだろうか?原澤会長は、目を閉じてそれを受け入れてくれた。
「ポツダムにバーノンが行っている、そう言っていたね?」
「はい。」
「何れ、キミも行くことになる?」
「そうですね、難民収容所所長のマニヤ・ティーメにもお会いしてみたいです。」
原澤会長が深く深呼吸をした。
「なあ、ハンクを覚えているか?」
「ハンクさん・・ですか?確か・・会長と御食事したジャズバー”Zosch(ゾッシュ)”の店長さんだったような・・?」
「そうだ、奴から情報が入ったよ。」
「情報?」
「FCバイエルン・ミュンヘンのアリエン ロッベンが引退するかもしれないそうだ。」
「ロッベン選手ですか?確か・・契約は今年で満了だったはずですが・・?」
アリエン・ロッベン・・バイエルンで10シーズンを過ごしたロッベンは、今年、契約が満了になる。彼はオランダ代表として96試合に出場し、37得点をマーク。2010年W杯南アフリカ大会では主力としてチームを準優勝に導き、4年後の2014年大会でもオランダは3位に入った。
また、ジョゼ・モウリーニョ氏がチェルシーを率いていた2005年と2006年には、イングランド・プレミアリーグで連覇を果たしており、スペイン1部リーグのレアル・マドリードでもリーグ優勝を経験した。
それでも、彼の活躍が最も思い出されるのはバイエルン時代になるだろう。バイエルンで8度のリーグ優勝と5回のドイツカップ制覇に貢献したロッベンは、2013年に欧州チャンピオンズリーグも制しており、同クラブで309試合に出場し144得点を挙げている。
「チーム関係者と来店した際、移籍ではなくて引退の会話をしていたらしい。真偽は定かではないが、キミの言う『優勝請負人』としての彼を期待しても良いのかもしれないな。」
「・・ですが、ロッベンは高額過ぎるかもしれませんが?」
「そうだな・・だが、そこで諦めるようなキミではないと思うが、どうかな?」
舞は彼の髪を撫でながら考えていた。ロッベンは怪我が多く、そして有名な選手だ。主力ではなくともサブとしての活躍を容認してくれるのか?指導者としての役割を理解してくれるのか?結果において、影響度が大きい選手であるが故に言葉が出なかった。それに対し原澤会長も最早、舞という人物を理解している。彼女が黙る時、それは何かしらの考えを重ねている時なのだ、と。だが、沈黙の中、原澤会長の髪を撫でながら"ボーッ"と考えている彼女を見て、彼は微笑むと呟いた。
「キミに惚れているよ。」
「え?・・今・・今、何て?」
勘違いでなかったのなら、今、原澤会長は『キミに惚れている』と、そう言ってくれたような・・。舞は、もう一度聴きたくて彼に聞き返した。
「二度は言わんよ。さてと、午後の仕事をするとしようかな。膝枕、気持ち良かったよ、ありがとう。」
「あ、あのう、会長・・もう一度・・。」
原澤会長はスーツのジャケットを拾って着ると、引いていたシートを畳もうと屈んで舞を見た。すると、中央に正座して口をへの字にした彼女が上目遣いで、彼を睨んでいる。
「退かないと畳めないんだが?」
「もう一度、言って下さい!お願いしますから・・そうすれば、退きます。」
二人の視線が交差する。と、舞のスマホが鳴ったため仕方なく彼女は出た。
「はい、もしもし?」
「舞さんですか?すみません、突然・・龍樹です。」
「龍樹くん?どうしたの?」
「今、大丈夫ですか?」
「今は・・あ!?」
「どうしました?」
「ううん、別に・・どうぞ。」
舞が龍樹と電話で話している隙に、彼は居なくなっていた。シートの上に彼女だけが立ちつくしていた。
(もう!子供みたい・・。)
「先程、学部主任教授に話したのですが『会って話がしたい!』と言われました。急で申し訳ないのですが、これからロンドン大学に来れますか?」
「今から?」
「はい・・駄目ですかね?」
「うーん・・明日は練習に顔を出すんだもんね?今日中に済ませた方が良いか・・。」
「えっ?では・・?」
「分かったわ、今から向かうわね。」
「本当ですか?すみません、では、正門前でお待ちしてます。」
龍樹との通話を終えた舞は、ため息をつくとレジャーシートを畳み始めた。
(今度、会ったら覚えてらっしゃい!倍返しだ!)
何を原澤会長に『倍返し』するのかは分からないが、どうやらお怒りらしい。舞は原澤会長のレジャーシートを持ってグリフタワーに入りエントランスからエレベーターホールへと向かった。すると丁度、カフェ"ホライズン"に通り掛かった時だった。
「舞さん。」
ふと、自分を呼び止める声に彼女が立ち止まった。
「はい?」
そこに居たのは、何度か見たことがあるカフェ"ホライズン"のウェイトレス エイミー・グラシアだった。金髪をポニーテールにした制服姿の彼女が近付いてきた。
「レジャーシート、頂きますね。」
「あ・・これ、其方からお借りした物なの?」
「はい。」
「じゃあ・・お願いね。」
「ありがとうございます。」
エイミーが舞からレジャーシートを受け取り立ち去ろうとしたところで舞が声を掛けた。
「えーと・・。」
「エイミーです。」
「ゴメン!エイミー、会長はよく借りるの?」
「お天気の良い日は、ですかね。会長、お忙しいですから、滅多には・・。」
「なるほど・・そうよね。うん、ありがとう。」
エイミーは、会釈をすると小走りで店へと帰って行った。
(あ、そうだ!)
舞は、何を思い立ったのかエントランスホールの隅に移動してスマホの連絡先をタップすると、ラルフマン監督の電話番号をセレクトした。
「はい、もしもし?」
「ラルフマン監督ですか?エージェントの北条ですが。」
「お!どうされましたか?」
「今、お時間大丈夫ですか?」
「ええ、いいですよ?」
「ありがとうございます。ご報告がありまして・・。」
舞はラルフマン監督と通話後、自席へと戻る間にトミー部長、リサ、ジェイクに行き先を報告するとバッグを肩に掛け会社を後にした。電車を乗り継いで目的地であるロンドン大学の正門にたどり着くと、其処で龍樹が待っていた。アジア人であるが身長187cmあり、小顔でルックスの良い彼を案の定、女子学生達が通り過ぎる度に見つめている。
「お待たせ、龍樹君。」
「舞さん!すみません、お忙しいところ。」
龍樹は、素晴らしい笑顔で振り向くと読んでいた本を閉じて応じた。舞が近付いて本を覗き込んだ。
「なになに、恋愛小説でも読んでたりして〜♬」
「違いますよ、法律書です。」
「あ、そっか!だよね(照)。」
「Barrister(バリスタ)の判例で気になるのがあったんで。」
「Barrister(バリスタ)?コーヒーの?」
「確かにイタリア語のバリスタ(barista)は、バールのカウンターに立ち、客からの注文を受けてエスプレッソを始めとするコーヒーを淹れる職業、及びその職業についている人物を言いますが、イギリスにはBarrister(バリスタ)とSolicitor(ソリスタまたはソリシタ)と呼ばれる、二種類の弁護士(法律専門職)がいるんです。『バリスタ』が法廷弁護士、『ソリスタ』が事務弁護士です。現在は業務の二分化については解消されていますが、本来、バリスタは主に法廷に立って弁護活動を行う法律専門職であり、ソリスタは行政機関への提出文書の作成、各種契約書の作成、不動産登記手続等も幅広く行う法律専門職とされてきました。依頼人との関係でいえば、依頼者と接触するのはソリスタであり、ソリスタが面談を行い相談内容を整理し解決に必要な道標を示します。そして訴訟に移行する場合には、ソリスタを通してバリスタを選んでいました。ソリスタは具体的には、契約書を作ったり、役所に出向いたり、関係者と協議して調整を図ったり、必要な専門家と連携をとったりと、日常のあらゆる場面で相談者に寄り添い、幅広く活躍するんですよ。」
思わず舞は目を瞬たせた。流石は、英国で弁護士を目指すだけのことはある、正直、知らなかった。
「日本と違うのかしら?」
「日本で法律を扱う士業と呼ばれる職は、弁護士、司法書士、行政書士、税理士、社会保険労務士など様々ですよね?裁判といえば弁護士、と連想されるのが多いと思いますがその他の士業に関して法律とは日頃馴染みのない人々にとって、自分の今抱える問題を解決してくれる専門家が誰なのか分からないと言えます。ですから、どの士業に任せればよいかということ自体、依頼人が判断するのは困難でしょうね。」
「な、なるほど・・よく分からないけど、日本の方が複雑なのかしら?」
「行政書士の業務は『官公署に提出する書類の作成と提出することについての代理』『権利義務又は事実証明に関する書類の作成とその代理』とされています。前者の典型は許認可の申請です。これは要件となる根拠法令に基づく審査基準を充たす事実が存在することを行政庁に書面で示して場合によっては折衝等の形で行政庁を説明説得し依頼者が望むような『行政処分』という法効果を導く一連の取り組みをすることになります。後者は定款や契約書、協議書といった権利・義務の発生、存続、変更、消滅に係る書類を作成することや実地調査に基づく図面や議事録といった事実証明に関する書類を作成することですかね。
これらの業務の実際は、依頼人の話をじっくり聞いてその要望・意向に沿った法制度や行政サービスのメニューを提示し各種の法手続の構成についての検討を経て必要となる助言をおこない、依頼人と共にその目的達成や問題解決に向けて取り組むことになります。それと・・依頼人本人に代わって役所の担当者と交渉や折衝を行うこともありますが、それは根拠法令の解釈とその要件を充足する事実の提示といった行政庁の法判断作用への働きかけです。行政書士は『街の法律家』と言われますが、このように市民と接する立ち位置を見るとき、行政書士にはソリスタと同じような役割を期待することができるんでしょうね。」
驚いた・・こんなインテリストをサッカー選手にしようとしているのか?何か場違いな感じが否めない。
「貴方、六法全書も読破してたりして(笑)。」
「・・。」
「してるの?」
「読破と言うか、結構前ですけど。」
舞は思わず苦笑いをしてしまった。結構、笑顔が引きつってしまったかもしれない。これは龍樹と話す時は、気を付けないと思いっ切り恥をかきそうだ。
「た、立ち話もなんだし、そろそろ行こうか。」
「すみません、変な話をしてしまって。」
「ううん、私が龍樹君の話に付いて行くだけの知識と教養が無いだけだから、気にしないで。」
「いや、そう言われたら余計に気にしますよ(笑)。」
正直、恥ずかしかったのだ。彼は真剣に勉学を励んでいる学生なのだ。それを歳下の学生と軽んじた自分がいけない、彼女は非礼を詫びた。
「ごめんなさい、今後も色々と教えて貰えると助かるわ。」
「いえ、とんでもないです。では、行きましょうか?」
舞は龍樹に誘われ校舎へと進んだ。途中、彼から色々と説明を受け学生時代を思い出すこともあったが、それを打ち消す程にその校風はかなり異なるようだった。それもそのはず、19カレッジから構成され、校舎はロンドン中にあるというのだ。今も大英博物館裏手にあるエリアに総合レセプションがあると言われたが、慣れるのには時間が掛かりそうだ。しかも、彼女はある点に気付いて目を瞬かせた。
「あれ?龍樹君、パブが構内にあるようだけど?」
「そうなんですよ、大学構内は一般市民に対してオープンにしていて、構内のパブでは市民によるサッカー観戦が盛んなんです。日本では想像出来ないですよね?しかも、学生寮にも週末限定のパブがあり、学生によるバンド演奏も催されてますからね。」
龍樹は右に左にと忙しなく頭を動かし目を瞬かせて質問してくる彼女と話せることで、心がリラックスして行くのを感じていた。だが、そんな愛らしい舞を見ていた彼は、気になっていたことが遂、口から出てしまった。
「舞さん?」
一方、舞は多くの市民がブルームズベリー劇場で定期的に行われている演劇を、多くの市民が鑑賞にやってきているのに目が釘付けになっていた。
「なあに?」
「原澤会長を・・御好きなんですか?」
「うん、まあ・・えっ!?」
「お!坂上君?」
舞は思いもしなかった龍樹からの質問に油断して無意識に答えてしまい慌てて彼を見たのだが、その時、背後から丸いレンズの眼鏡を掛けた細面の英国紳士に声を掛けられた。
「マーティン教授。」
「丁度良かった、good timing!ん?もしかすると、其方の御婦人が?」
「はい、お話致しましたロンドン・ユナイテッドFCの方です。」
龍樹は、英国紳士であるマーティン・クラーク教授の元に歩み寄ると舞を紹介した。彼女は龍樹からの質問に動揺を隠せなかったが、一瞬で唇を引き締めると素早く髪を整え、彼に歩み寄り握手を求めた。
「はじめまして、ロンドン・ユナイテッドFCエージェントの北条です。」
「貴女が、Miss.北条ですか!?お会いしたかった!」
「えっ!?あ、あのう・・。」
マーティン教授は、いきなり舞の差し出した手を両手で握ると熱く、目をキラキラさせて見つめてきた。龍樹も知らなかったようでビックリしている。
「サッカー業界期待の『女性テクニカル・ディレクター』北条 舞。『エンペラー・オブ・サッカー』で拝見しましたから♬」
なるほど・・そういうことだったのか。彼女は理解した。
「過剰評価で内心怯えているんです。」
「本当ですか?もし、貴女が仰る通りの実力ならば、ラルフマン監督も、龍樹君も大した実力ではない?そういうことになりますよ?」
マーティン教授のこの一言に、舞の眉根が微かに跳ねた。気になる物言いだったし、彼女自信も予測していたことだった。いつか、この様なことを言われるものと覚悟はしていた。
「マーティン教授、私は監督も龍樹君も凡人などと一言も申しておりません。それどころか、ロンドン・ユナイテッドFCに来てくれる覚悟をして下さり、ただ感謝を申し上げるだけです。来て頂いたからには、決して後悔をさせない!その決意ならば、お認め頂きたいと思います。チームの強さはエージェントの凄さではないでしょうから。」
舞は"にこり"と満面の笑みをマーティン教授に見せた。
「では、北条さん、その『決意』とは何ですか?」
「『チームを愛し続ける』それ、1択に尽きます。」
「仕事、だからですか?」
「好きな事をしてお金を頂ける、こんな贅沢な環境、他には有りませんよね?」
舞は再び微笑んでマーティン教授を見た。
「北条さん!!」
「きゃっ!?」
何と、マーティン教授がいきなり舞をハグして来たのである。抱き締められた彼女は、あまりの事に言葉が出ない。龍樹も目を瞬かせて見ていることしか出来ない。
「最高ですよ。そう!そうなんです!!私達サポーターが信頼するのは、そういうフロントの方が居られるチームなんですよ!」
「もしかして・・マーティン教授、ロンドン・ユナイテッドFCのサポーターなんですか?」
「はい!それはもう、熱狂的な。ホーム戦は必ず行ってますよ!!」
「まあ!」
マーティン教授の溢れんばかりの微笑みを見て、舞も嬉しくなった。サポーターが喜んでくれる、これこそが真骨頂なのだから。
「まさか、チームの関係者に逢えるとは思いもしませんでしたし、将来のエースになるかもしれない教え子が身近に居るなんて、夢の様なんです。」
舞は彼の腕の中で抗うことを辞めて考えた。では、何故彼は私達をここに呼んだのであろうか?
「マーティン教授、何故、ロンドン・ユナイテッドFCのサポーターに?」
「何故、ですか?想像出来ますか?」
「難しい質問をされますね、何故でしょうか?」
マーティン教授は、舞から離れると身振り手振りで話し始めた。
「私は幼い頃からロンドンで暮らしています。そうすると、廻りはグーナー(アーセナルサポーター)、チェルシーサポーターばかりだ!だが、僕は彼等の様にはなれなかった。何故だか分かりますか?」
「貴方は、自分が・・自分達サポーターが皆で何かを成し遂げた、そう言えるチームを求めていたのでは?」
マーティン教授は振り返って舞を見つめると、その瞳には薄らと涙が光って見えた。
「やはりそうですか!貴方は、生粋のプレミアリーグファンなのですね?」
「どういう意味でしょう?」
「"アンダードッグ(負け犬)精神"を好むのは、プレミアリーグ・ファンの証ですから(笑)。」
マーティン教授が天を見上げ、唇を噛み締めるのが見て取れた。
「北条チーフ、坂上君の学業におけるフォローは
御任せて下さい、我が校としても楽しみですからね。」
「龍樹君は弁護士を夢見てますが、サッカー選手が障害になるとお思いですか?」
「いえ、彼は成績優秀ですから、正直、不安は有りませんよ。」
「やっぱり、優秀でしたか。」
「ええ、それも首席ですしね。」
「えっ?首席??」
舞は余りの衝撃で龍樹に振り返ったが、彼は軽く頭を撫でて照れを隠してマーティン教授に呼び掛けた。バークベック・カレッジ(ロンドン大学)の法学部は常に高い研究成果を出し、 REAでも5Aの評価を受けるなどして、世界的にも高い評価を得ている。学生は第一線で活躍している教授陣にサポートされ、教授たちの研究から得られる最新の情報を元に、ディベートなどの授業を行っている。学部生は法律の基礎から学び、大学院課程では、専門の研究を行っているのだ。
「ご配慮、痛み入ります。で、教授、御用件があったのでは?」
「おお!そうでした!!実は、相談がありまして・・歩きながらでも宜しいですか?」
舞と龍樹が顔を見合わせると、龍樹が小首を傾げて舞に確認した。彼女がそれを見て口元に笑みを浮かべる。
「承知しました。では、お願いします。」
舞がマーティン教授と並んで歩き始めたので龍樹もその横に並んで歩き始めた。
「ありがとうございます。実は、うちのバークベック・カレッジ(ロンドン大学)修士課程では、サッカーを専門にしたスポーツ・マネジメントとビジネスを学ぶことができるのですが、コースの内容は、イギリスで国民的スポーツであるサッカー産業の構造や戦略的マーケティングを、経営学や国際ビジネスなどの基礎的な経営科目と織り交ぜて専攻するものとなっています。其処で、大学としてもサッカー部をその題材としていて地域交流を盛んに行っているのですが、近頃、ある事がありました。」
「ある事・・ですか?」
「ええ、イベントとして一般市民チームと練習試合をしたのですが、そのチームから点が取れない?という事態になりまして・・是非とも、その見て欲しいのですが、如何でしょうか?」
「今日も対戦されているのですか?」
「丁度・・ほら!声が聞こえますよね?」
マーティン教授が指を示す方角から声が聞こえて来る。
「そんなパス、通る分けがねぇーだろ!」
「当たりが弱ぇなぁ、おい!本気で来いや!」
かなりの罵声が聞こえたため、舞は龍樹と目を見合わせて眉間に皺を寄せた。
「近くの、ごみ焼却場等に勤めている職員のチームなんですが、強いんですよ。」
やがて3人がフェンス際に辿り着きグラウンドに目を走らせた。すると、赤色のビブスを付けた守備側2番の大きなCB(センターバック)選手が大声を上げた。舞は、彼のまるでナスカの地上絵の様な模様に刈り上げている坊主頭を見て、眉間に皺を寄せた。
「行くぞ!オラッ!!」
彼が思いっ切り蹴ったボールは、黄色のビブスを付けたロンドン大学DF(ディフェンダー)選手の頭上を超えて落ちると先へ跳ねないで戻る様な動きをした。
「バックスピンロブ!?」
舞の呟きに呼応した様に、必死に追うロンドン大学DF選手の背後から赤色の7番を付けたFW選手が身体を近付け、腰を相手DFにねじ込む様にして入れて見事にボールをトラップし奪い取ると、そのままドリブルに入った。黄色のビブスを付けたDFが、舞の目前で転倒するのが見え、その先では赤色7番のFW選手が黄色のビブスを付けたGKと対峙していた。GKが両手を上げシュートコースを消す様にして飛び出して来ると、赤色の7番は片方の足で逆足側にタッチし、その逆足の方でのタッチで前に持ち出しGKの横を抜け、そのままボールはネットに突き刺さった。
「ダブルタッチフェイント・・?」
「へぇ、結構、柔らかいタッチのフェイントですね?」
龍樹が舞に確認する様に話し掛けた。
「あれ?あんな選手、前回は居なかったけど・・あっ!?」
マーティン教授の見ている方角に、舞と龍樹も視線を向けると其処にはスコアボードがあった。ボードには0:4の表示が有り、アウェイ側である赤色のビブスの一般市民チームが勝っていることが分かった。
「勝てるわけ無いよ・・。」
隣に居た12歳ぐらいの少年が呟いた。
「ねぇ、どうして勝てないと思うの?」
舞が屈み込み少年に聞いてみると、彼は口を尖らせて抗議をしてきた。
「だってさ、赤色ビブスの7番、ボルシア・ドルトムントのジェイドン・サンチョだよ!彼が居たら勝てないよ!!」
「えっ?あのジェイドン・サンチョ?」
舞は少年に言われて、赤色ビブス7番を付けた選手を目で追った。グラウンドには、確かにボルシア・ドルトムントのジェイドン・サンチョが居た。
「何で・・?」
ジェイドン・サンチョ・・彼が育ったのは、犯罪率が高いことで知られるロンドン南部の町。7歳のときにワトフォードの下部組織に加入し、15歳でマンチェスター・シティへと籍を移したのだが、ペップ・グアルディオラが率いるトップチームの分厚い壁に阻まれたサンチョは、2017年8月にドルトムントへ移籍。バルセロナへ移籍したウスマン・デンベレが背負っていた背番号7が、17歳のイングランド人に渡された。
「難しい決断だったけど、自分の可能性を発揮するための新たな挑戦としては、ふさわしい時だった。」
と話したが、サンチョはドイツで大きなステップアップに成功する。イギリス連邦加盟国の一つであるトリニダード・トバゴをルーツに持つサンチョは、身長180cm、体重76kgと決して大柄ではないが、アジリティに優れていて、爆発的なスピードではなく、細かいタッチとフェイントを駆使したドリブルの印象が強い。フェイントで相手の重心を動かし、その逆をとって抜く。それに対して、相手は複数で対応せざるを得なくなる。すると今度は味方がフリーになる。そうなればサンチョは、味方へパスを送ることもできるのだ。 相手に囲まれていても、最適なプレーを判断できるのは、スペースを見る目が備わっているからだろう。周囲にスペースがあれば、細かいタッチでドリブルを始め、味方の近くにスペースがあれば、そこにパスを送る。ともすれば独善的なプレーにも映りがちなドリブラーだが、サンチョはそのような印象を与えない。相手を抜き去ってゴールを決めるのではなく、相手を引き付けて、もしくはマークを剥がして、フリーの味方にボールを送ることにプライオリティを感じる。相手としてみればこれほどやり難い相手はいないだろう。そんな危険極まり無い天才的ドリブラーが、何故かロンドン大学のグラウンドで猛威を奮っているのだ。グラウンドでは、先程ロングパスを放った赤色2番のCBが両手の拳を突き上げて雄叫びを上げている。ゴールを決めたサンチョの元に、金髪を結い上げ後ろで束ねたアジア系赤色14番の選手が肩を抱き寄せ喜んでいた。ピッチ上の黄色ビブスを着用した学生達数人が項垂れている。
「学生チームに入れ、と言うことですか?」
「そんな横柄なことではないんだ。学生達が未来のプロ選手と共にプレイ出来ることで自信になればと、そう感じてね、頼めるかい?」
「監督も、選手達も了承してるんですね?」
「勿論だよ。」
龍樹は、リュックを背負ったまま伸びをすると舞の方に振り向いた。
「行って来ます。」
「ワクワクしてる?でも、怪我はダメよ!いいわね?」
「分かってますよ(笑)。では、行って来ますね。」
龍樹は、舞と一言二言交わすとマーティン教授と共に学生チームの監督の元に向かって行った。
「お姉ちゃん、あのアジア人は選手なの?」
隣で祖父らしい男性と観戦していた男の子が、舞に声を掛けて来た。
「これから、かな。覚えておくといいわ、ロンドン・ユナイテッドFCの"リュウ"という選手よ。」
「僕、知ってるよ!ねぇ、EFLリーグ1 (3部リーグ)のチームだよね!凄いや!!」
「しかし、サンチョはブンデスリーガですよ、残念ながら桁違いでは?」
男の子と一緒に観戦している老人が残念そうに話すと、男の子も眉間に皺を寄せて残念そうに話した。
「あー、そうか。お姉ちゃん、やっぱり無理だよ!勝てる訳ないよ。」
「さあ、どうかしら(笑)?ま、観てみて!楽しくなるかもよ♬」
老人の口調に違和感を感じたが、彼女は考えないように努めた。視線を移すとピッチ外に居たロンドン大学サッカー部監督のアンディー・デラニーの元に来たマーティン教授と龍樹が言葉を交わしているのが見える。すると、デラニーコーチが何度か頷くとベンチに居るマネージャーから予備のビブス黄色17番を貰い受けると、それを龍樹に手渡した。彼はそれを受け取って着るとアップをし始めた。ピッチ上では、赤色2番の選手の元に、モヒカンヘアの5番、金髪を結い上げ後ろで束ねたアジア系赤色14番の選手が集まり、アップをしている龍樹を見て話している。そこに、ジェイドン・サンチョも加わり戦術を確認しているかのように見えた。そして、輪の中心に立つのは特徴的な模様に刈られた頭が1つ上に見える赤色2番の選手だ、恐らく彼がキャプテンなのであろうか・・と、舞の視線は両手を合わせて心配そうに観戦している女性を捉えた。目を瞑り、祈る様にして観ている。気になった舞が近付こうとした時、彼女のスマホに着信が入った。
「もしもし・・はい・・あ、着かれましたか?今、グラウンドに・・はい・・はい、分かりました・・はい、お待ちしてます。」
舞は通話を切ると再びピッチに目を移し軽く息を吐いた。
「さあ、頑張ってよー、"リュウ"!」
舞の呟きと共に、"リュウ"こと龍樹がアップを終えて交代の位置に立った。果たして、龍樹は活躍出来るのか?舞は手を握り締めると期待に胸を熱くしていた。
第18話へ続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"