Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第15話 「麒麟」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
北条 恒雄:外務省欧州局局長。舞の実父。
橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。
イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 課長。
エーリッヒ・ラルフマン:ロンドン・ユナイテッドFC監督。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。
田嶋 幸三:日本サッカー協会会長及びアジアサッカー連盟理事。
ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課 チーフ。舞の同期であり頼れる親友。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
ロイ・ブラッドマン:グリフグループ本社ビル1階カフェ"ホライズン"店長。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー、極真空手元無差別級チャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
デニス・ディアーク:元FCバイエルンミュンヘンユース所属、元ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』メンバー。
ナイト・フロイト:ロンドン・ユナイテッドFC選手。元キャプテン。OMF登録。
ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ。
☆ジャケット:グリフグループ本社ビル1階カフェ"ホライズン"にて坂上 龍樹。
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第15話「麒麟」
ロンドン・ユナイテッドFCの契約課課長が懲戒処分、キャプテンのナイト・フロイト他5選手、代理人4名が契約解除となり、更に賠償問題へと発展した事件は、チームを動揺させるだけの大問題と言えた訳だがそんな中、エーリッヒ・ラルフマン監督は登録選手18名を実に巧く使い切り、イングランド3部EFLリーグ1(全44節)を後半23節から連戦連勝とし、チームも6位→4位へと昇り詰めさせた。チームの最多アシストを記録していたナイト・フロイトが解雇されたことで最悪の事態を予見していたのだが、結果は替わってトップ下に入ったレオナルド・エルバがフロイトを凌駕するパスコンダクターぶりを発揮することとなり、予見を見事に裏切る形となった。一方で懸念していたフロントは、エーリッヒ・ラルフマン監督により一新されたことが、広報部より発表された。
1️⃣アシスタントコーチ:ハンネル・ヴォルフ
ガイ・ロドリゲス
2️⃣ビデオ分析官 :ビル・ハインツ
3️⃣フィットネスコーチ:キャスター・ベイン
4️⃣GKコーチ :ジャン・パルモール
5️⃣フットボールディレクター
:北条 舞
遂に、北条 舞の名前が正式にフロントより発表された!エーリッヒ・ラルフマン監督の就任会見にて、彼女の名前は既に公表されていただけに、この発表は大いに盛り上がった。
広報部 ライアン・ストルツ 広報課チーフからのコメントがあり、
「当チームの北条が受け持つ役割は
『テクニカル・ディレクター』
となります。チームのスポーツ面をマネジメントをする専門職。そのものズバリ!クラブの方針に合わせて、チームが具体的にどのようにプレイするのか?どのようなチーム作りをするのか?方向を決定し、監督と共に選手個人の成長やケア、チームの戦術・戦略をマネジメントする。彼女はコーチ陣のトップであり、ヘッド・コーチと同等かあるいは更に上位ポジションである、と言えますね。」
と、チーム運営会社から絶大なる信頼を得ていることが報告され、1女性社員がコーチ陣のトップとなったことは、異例中の異例と言えるだろう。果たして吉と出るか凶と出るか今後に注目したい。と『エンペラー・オブ・サッカー 記者:ジェリド・マーカス』氏が述べている。そして、
6️⃣相談役:マービン・ドレイク
7️⃣CEO :原澤 徹
以上が、ロンドン・ユナイテッドFCのメインフロントとなった訳だが、舞も当初は有能なコーチ陣を!と奮闘していたがラルフマン監督の説明を受けて、自分の事以外は受諾した形となる。
「残念ながら舞さん、貴女は統べる人だ。その貴女を在野に埋もらせる、そんな愚かなことは私には出来ませんね。」
ラルフマン監督は、平然と舞をテクニカル・ディレクターに推して来たのだ。
「私にはそんな実力は、ありません。」
だが、最終的な判断はトップダウンによるものだったようだ。上からの命令ならば彼女としても逆らえないが、しかし、一体誰が自分を推して来たのだろうか?首を傾げる舞であった。
そんな彼女の元に一報が届いたのは、2月の上旬のことだった。その日彼女は、朝から本社にて事務ワークをしていた。ユリが辞めたことで課長代決を行うこととなり、毎日が半端なく忙しく自分の仕事が出来ない影響からイライラが続いているように周りは見ていたが、彼女には長らく頭を悩ませている問題の方があり、その件が理由だった。それは、あの日交わした原澤会長との熱い口づけのことだ。もう、一月は経つと言うのに、彼はメールの一本も寄越して来ない。舞は、いつの間にかスマホを離さず持ち歩き、何時でも出れるようにしているのに、自宅では奈々から、
「アンタ、いい加減にかければいいじゃない?」
と言われているが、自分のボスにキスの意味を問う・・果たして許されるのか?悩んでしまう。
「アンタらしいけど、そんなんじゃ盗られて終わるよ。」
奈々は、相変わらずハッキリ言うがその通りだと思う。今日こそは連絡しよう!そう決めていた。
「チーフ、お電話ですけど?」
「えっ?あ、廻して貰える?」
リサから声をかけられた舞は、咄嗟に返事をすると受話器を握ったところでリサが転送した。
「Hello, this is Mai Houjou speaking.」
「舞か?久しぶりだな。」
「えっ?お父さん?」
受話器を持ったまま、彼女が固まる。受話器からは懐かしい父親の声が聞こえた。突然の日本語にリサ、ジェイクが舞を見た。
「どうしたの?」
「近くに来たからね、逢いに来てしまったよ。大丈夫かな?」
「えっ?あ、今、何処にいるの?」
「1階のエントランスにある噴水の前だよ。これはステキだね。」
「分かったわ、今から行くからちょっと待ってて。」
舞は通話を終えると席を立ち上がりエレベーターホールへと向かう。
「ゴメン、ちょっと席を外すわね。」
「はーい、ごゆっくりーー。」
リサがPCの画面を観ながら応えた。タイトスーツの走りにくいスカートにヒールでも彼女は、何とか走ってエレベーターに乗り込み、エントランスに辿り着いた。噴水の前には、懐かしい父親が背中を向けて立っていた。
「お父さん・・。」
「ん?おお、舞か!」
舞は、ゆっくりと近付いて声を掛けると父親、北条 恒雄は、満面の笑みを浮かべて振り返った。
「5年ぶりか?また、一段と綺麗になった・・。」
久し振りに見る父親は、少し老けて目えるような気がする。因みに、舞が幼少期より引っ越しを多く繰り返していたのは、この父親、恒雄のせいだった。大学を出ると外務省に入り高級官僚となった恒雄は、ひたすら第一線で活躍し海外を転々とし、今では事務次官にまで昇り詰めていた。その為、移動先は常に海外が多かった訳だが、恒雄はそんな生活からか舞にグローバルな人物になって欲しかったようで、彼女を社交界へと連れて行きデビュタントさせた。華やかな社交界で彼女は色々と学ぶこととなり、そのため早くから国際儀礼第一級(知的で洗練された会話や振る舞いをすること)をマスターした。因みに元彼、間宮 孝彦と初めて出逢ったのもそんな社交界だったのだが・・。
「少し話せるかね?」
「うん、いいけど・・カフェでいい?」
「勿論だよ。」
舞は恒雄を連れてユリと来たカフェに入った。外壁に面する全面ガラス張りの場所に来ると彼女は、恒雄にソファー席を勧めた。
「どうぞ、お父さん。」
「いや、お前が座りなさい。」
「でも・・?」
「ありがとう、大丈夫だよ。」
「うん、それじゃあ・・。」
2人が席に着くとウェイターが注文を聞きに来た。すると、恒雄が振り向き手を上げた。
「おお、ここだ、ここだ。」
舞は、恒雄が見た方に視線を送ると1人の日本人の青年が近寄って来るのが見えた。髪型もセクシーなミディアムヘア×かき上げバングで、背が高く、細いウエストから股下の長い脚が見える。それに目鼻立ちがしっかりしていて、目は鋭いのだが大きく凛々しい印象だ。小顔の逆三角形が素晴らしくフィットしているのを見ると、きっとモテるだろうなぁ、彼女にはそう感じられた。恒雄は立ち上がると彼に呼びかけた。
「場所は、大丈夫だったかね?」
「ええ、何とか。それより、遅くなってスミマセンでした。」
「いや、いいんだ。舞、彼の事を紹介させてくれ、坂上 龍樹くんだ。欧州局局長の坂上君自慢の息子でね、ロンドン大学の法学部に昨年入学した逸材なんだよ。」
舞は驚いて目を丸くした。日本では大学で1〜2年間かけて行う教養課程を、イギリスでは大学入学までに終了している点が異なる。つまり、イギリスでは大学入学する際に、専門分野の選択から始めることになるのだ。そのため、イギリスの中でも著名なロンドン大学に入学するためには、日本の高校卒業程度の学力では足りず、さらなる専門知識の勉強も必要となるのだ。通常、英国大学に入学するために、Foundation Program(大学進学準備プログラム)から進学する分けだが、ロンドン大学では願書の提出時期が早いため、プログラムの利用が出来ない。その為、現地学生と外国人学生の区別なく、高レベルの成績が要求されるため、日本人が18歳で学部入学するにはかなり不利だと言えるのだ。合格するためには、英語力のみならず、教養課程と専門分野の知識を総合的に学んでおく必要がある。イギリスのトップレベルの学生が、ロンドン大学を目指して勉強を始めるのは、15歳で2年後の17歳に願書を提出することになる。日本から現役でロンドン大学を目指す場合は、12歳ぐらいまでに英国教育(英国系インターナショナルなど)を受けておかなければならない筈だ。そんな状況からも彼の頭の良さが窺える。 「北条さん、勘弁して下さい。あのう・・初めまして舞さん、龍樹と言います。お父さんからは、自慢の娘、舞さんのことをよく聞かされてますよ。」
「本当ですか?恥ずかしいこと言われてるのでは?と戦々恐々の思いがしますが・・娘の舞です。こちらこそ、宜しくお願いします。」
龍樹というその青年が頭を掻いて照れているのが舞には可愛く思えた。
「龍樹くん、君も頼みなさい。舞、宜しく頼むよ。」
「はい。龍樹さん、メニューをどうぞ。」
「あ、すみません・・じゃあ、マキアートをお願いします。」
「マキアートですね、お父さんは?アメリカーノでいいの?」
「ああ、それでいいよ。」
舞はウェイターを呼ぶと、自分のマキアートを含めて注文した。注文をメモしたウェイターが丁寧に会釈をしカウンター内へと消えて行った。
「珍しいな・・接客がまるで日本に居るみたいだよ。」
「それはそうよ。だって、原澤会長の肝入りだもの。」
「ほう!そうなのかね?しかし、会長自らとは・・彼の方も忙しいだろうに?」
「お父さん、会長を知ってるの?」
舞が席を座り直して聞いてみた。
「勿論だ。経済誌『Advanced』の世界で著名な実業家で掲載されている方だ、知らないはずがないだろう?」
「舞さん、僕も知ってますよ。」
そうだった・・僅か10年で資産を天文学的な数字に載せた方なのだから、父親、龍樹が知らないはずがない。舞は、改めて自分がキスをしてしまった方が、どんなに凄い人なのかを考えて顔を伏せてしまった。
「舞は、原澤会長とは、会ったことがあるのかね?」
「まあ・・でも、お父さん・・私が会長を評することなんて出来ないわ。」
「何故かね?」
「立場が違い過ぎるというか・・。」
「そうか・・それも、そうだな。」
娘が顔を伏せ"モジモジ"しながら応えるのを聞いていた恒雄は"ニヤリ"と笑みを浮かべて口を開いた。
「それならば、お逢いして直に話てみるしかないね。」
「えっ?どういう・・!?」
恒雄の問い掛けを疑問に思った彼女が顔を上げた時だった。目線の先、ガラス越しに見えるエントランスを原澤会長がコートを着て歩いているのが見えた。それを目視した彼女の心臓が、一瞬で跳ね上がる。そのため、ウェイターがコーヒーを持って来たことにも彼女は、気付けなかった。恒雄と龍樹が話掛けて来るのだが、彼女は曖昧な返事しか出来ない。
「どうした、舞?」
恒雄が呼び掛けた時だった。
「遅くなってスミマセン、北条さん。」
舞の肩が"ビクッ!"と跳ねたのを龍樹は、見逃さなかった。
「いやいや、お待たせしたのは此方ですよ。ロンドンには、いつお戻りに?」
「先程です。空港から直に来ました。」
「そうでしたか。あ、会長、これがエージェント課に勤務している娘の舞です。」
「えっ?」
舞がどういうことか解らず、恒雄の顔を見つめた。自分のことを原澤会長に話している事に驚いたのだ。
「忙しいところを悪いね、大丈夫なのかい?」
「え?あ、はい・・大丈夫です。」
娘が畏っている姿を恒雄は"ニコニコ"と微笑んで観ている。大事な娘を会長に紹介出来たことが嬉しく、そして自分の立場を自慢出来ることが誇らしく思えたのだ。舞がどういう思いで居るかを知らずに・・。原澤会長が、口を開いた。
「北条さん、場所を変えますので暫くお待ち下さい。」
原澤会長は、カウンターに居る店長、ロイ・ブラッドマンの所に行くと2、3言葉を交わした後に戻って来た。舞が心配そうに彼を見ている。
「どうぞ、こちらへ。移動しましょう。」
舞がコーヒーを運ぶのに躊躇しているのを見た彼が話し掛ける。
「大丈夫だ、彼等が持って来てくれる。」
「あ、はい、すみません。」
「では、どうぞ。」
「失礼します。」
ブラッドマン店長が先頭を歩き、原澤会長、恒雄、龍樹、舞と続いた。カウンターの横を抜けた先には"SECRET"と表示されている扉が見えた。ブラッドマン店長が胸ポケットから扉のカードキーを取り出すとカードを通して開錠し、扉を開けてくれた。
「お待たせしました、どうぞ。」
4人は、案内されるまま中に入った。舞は初めて見るカフェの秘密部屋に目を白黒させ、辺りを見渡した。中は白で統一されていて窓が無い殺風景な部屋だった。中央には、対面による10人掛けの長テーブルがあり、正面には壁埋め込みの大型テレビがあった。
「皆様のお飲み物を新しく煎れ直しますが、会長は何を飲まれますか?」
金髪をオールバックにした紳士然としたブラッドマン店長が原澤会長の側に来て話し掛けた。
「そうだなぁ・・北条チーフは、何を頼んだのかね?」
「私ですか・・あのう、マキアートですけど・・。」
「そうか、同じでいい。」
「畏まりました。」
そう言うと、ブラッドマン店長は扉を閉めて出て行った。舞は躊躇なく自分と同じ物を頼んだ原澤会長を"ボー"っと見つめていたのだが、それを龍樹に見られていることに気が付かなかった。
「どうぞ、座って下さい。北条チーフ、キミは私の隣に来てくれ。」
「あ、はい、すみません。」
原澤会長は、扉側の一番前の椅子を引き左隣の椅子を引くと、舞いに勧めた。そして、原澤会長の前に恒雄、右隣に龍樹が着いたが、龍樹も恒雄を見習い座らずに控えた。
「ん?どうぞ、座って下さい。」
「失礼します。」
皆が腰掛けたところに、ブラッドマン店長が入って来た。舞は振り返って彼を見たが、どうやらノックが聴こえなかったことから、この部屋が防音室になっていることを彼女は悟った。
「店長、紹介しよう。総務部エージェント課チーフの北条さんだ。今後、彼女にはこの部屋を使わせてあげてくれ。」
「承知致しました。北条チーフ、カフェ:ホライズン店長のロイ・ブラッドマンです。何かありましたら、此方までご連絡下さいませ。」
「あ、はい!ありがとうございます。」
ブラッドマン店長は、そう言うと舞に名刺を差し出して来たため、彼女も慌てて立ち上がると名刺を交換した。
「頂戴致します。会長、全て"同じ(会計)"で宜しいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ。」
「畏まりました。では、何か御用が御座いましたら其方の内線電話でお呼び下さいませ。北条チーフ、今後は私を"ロイ"とお呼び下さい。失礼致します。」
ブラッドマン店長は、そう言うとウインクして出て行った。
「ありがとうございます。」
舞が丁寧にお辞儀をしたのだが、原澤会長が自分に特別な配慮をしてくれたことに、彼女は目を瞬かせた。
「原澤会長、ご配慮を痛み入ります。」
「ここならばマスメディア、パパラッチ等の心配もありませんから、ご安心下さい。」
舞は原澤会長の気配りに、今更ながら驚かされる。確かに事務次官の父、娘、欧州局長の息子が会えばマスコミも飛び付いてくるだろう。親子の再会でも気をつけなければいけないと、改めて気を引き締めた。
「ところで、君かね"日本サッカー界の麒麟児"と呼ばれている若者は?」
「いえ、そんな・・とんでもないです。まだまだ、僕は若輩者ですから・・。」
舞は、原澤会長が龍樹を"日本サッカー界の麒麟児"と呼び、讃えたことに驚き2人の顔を見比べていたが、彼が自分の方に向きを変えたことで目が合ってしまい思わず目を伏せて逸らした。
「すまなかったね、連絡しようと毎日の様に考えていたのだが時間が合わなかった、許して欲しい。」
恒雄が目を丸くして原澤会長、舞を見つめる。舞は、慌てて応えた。
「そ、そんな・・私は・・。」
その後の言葉が出てこない。拗ねて甘えたい気持ちが溢れた彼女は、再び項垂れると唇を噛み締め耐えた。
「実はな、ニッキー、アイアンと知覧に行った後、日本サッカー協会に顔を出したんだ。」
「日本サッカー協会に、ですか?」
「ああ。」
「そうですか・・挨拶か何かですか?」
「そう、その通りだよ。それで田嶋会長に会ってきたんだが、その席で彼から助言を戴いたんだ。」
「助言・・ですか?」
「"ロンドンに日本サッカー界を背負って立つ逸材が居る"と言われたよ。」
「まさか・・?」
舞が龍樹を見る。
「そう、彼のことだ。田嶋会長からは、彼が夢を追っていることを聞かされてね、日本サッカー協会としてもそれを応援する形で手を引いたと言われたよ。」
「夢・・ですか?」
舞が再び龍樹を見ると恒雄が口を開いた。
「彼は弁護士を目指しているんだ。だからその為にサッカーは趣味程度が良いと、その程度の付き合いをして行こうと思っていたそうなんだ。」
「サッカーをする以外の時間を勉強に充てれば?と提案しようと思い、坂上局長に相談したところ龍樹君はロンドンでキミのお父さんと暮らしていることを告げられた。そこで、思い切ってご尊父に相談差し上げたのがつい先日のことと言う訳だ。」
原澤会長は一通り喋るとコーヒーカップを口にした。
「すみません、色々と我儘を聞いて頂きまして。」
龍樹が恐縮して畏った。
「いや、一度の人生だ。思い通りに生きるべきだろう。そして、君にはその2つを成し遂げる才能があるんだ、頑張って欲しい。」
原澤会長が背もたれに寄り掛かり、腕、脚を組んで応えた。
「会長、ニッキーも学業をしながら練習していますから、同じ夢を見る仲間を得ることは心強いでしょうね。」
「舞、チームに居るのかね?その・・学生をしながらプロ選手になった人が?」
「次期、キャプテン候補のニック・マクダウェル、通称ニッキーという選手なんだけど、通信で高校に通ってるわ。彼も勉強が好きで、それを会長が応援して下さってるの。」
「龍樹君に比べるには、ニッキーは酷かもしれないが才能の有る者同士、夢を諦めて欲しくないなぁ〜。きっと、話が合うだろう。」
原澤会長と舞に促された龍樹は、少し考えているようだったが恒雄を見てから2人を見て口を開いた。
「今日は、お世話になるつもりでお伺いしましたから、ですので言わせて下さい。色々とご迷惑を掛けると思いますが、宜しくお願いします。」
「原澤会長、私からもお願いします。」
恒雄も原澤会長に頭を下げた。
「いや、北条事務次官、頭を上げて下さい。分かりました。では、今後の事は北条チーフに聞いて下さい。龍樹君、チームをそして・・日本を頼むぞ。」
舞、恒雄、龍樹の3人が原澤会長を見る。舞は彼の顔を見て如何に期待しているかを理解した。日本を背負って立つ逸材・・果たして、どの様な才能の持ち主なのか?
「会長、ラルフマン監督には、私からお話しても宜しいでしょうか?」
「勿論だ、宜しく頼むよ。」
「承知しました。」
と、舞が龍樹へと身体を向ける。その瞳は先程まで原澤会長に拗ねていた彼女のものではなく、北条チーフそのものであった。
「何故、田嶋会長は貴方をご存知なのかしら?良かったら、教えて貰えますか?」
龍樹も、自分に身体を向けて話し始めた舞に合わせて姿勢を正した。
「分かりました。僕がサッカーを始めたのは、5歳の頃です。当時、ポルトガルのポルトに居たのですが、父は転勤族だったために友人が居ない僕を心配して、誕生日にサッカーボールを買ってくれたんです。それで日々路地裏でボールを蹴っていたら地元の子達が声を掛けてくれて『一緒にやらないか?』って、嬉しかったなぁ〜。でも、全く敵わなくて毎日泣いてましたよ。時にはボールを返してもらえない時もありましたから。」
「行く先々で、そうしてたの?」
「基本、同じですかね。試合は、いつも飛び入りで出てました。頼まれれば参加する、みたいな。」
「慣れるものなの?そういうのって?」
「どうですかねぇ〜?でも、僕は慣れましたよ。」
「ふ〜ん・・龍樹君、コミュニケーション能力が高いんだ。で、田嶋会長は何故?」
「それが、自分、極真空手やってまして・・。」
「極真空手!?」
舞は、驚いて原澤会長に視線を送った。
「あのう・・極真が何か?」
「あ、ううん。その実はね、うちのチームに極真空手の猛者が居るのよ、それで話が合うといいなぁ〜、と思って。」
「そうなんですか、気になりますね?」
「ごめんなさい、それで?」
舞は話を遮ってしまったことを謝罪し、再び呼び掛けた。
「世界ジュニア選手権大会で優勝したんですけど・・。」
「世界チャンピオン!?凄いじゃない!」
「はあ・・でも、何というか、困難も無くチャンピオンになってしまって・・。それで、勉強に神経を集中してたんですが、やはり、身体を動かしたくなって知人を通じてサッカーの試合に出たんです。その試合というのがU-20日本代表との練習試合だったんですが・・。」
「あ!?」
舞は思わず口に手を当てて声を出してしまった。丁度、2年前になるだろうか?U-20日本代表がイングランド合宿において現地の学生と練習試合をしたところ、0対8で完敗したと記事を見たことがあった。
「貴方、あの試合に出ていたの?でも・・学生って?」
「ですので、助っ人としてですけど・・。」
「けど?」
龍樹が、言葉を濁したので舞が思わず気になって問い返してしまった。
「大活躍したんだよな?龍樹君。」
恒雄が自慢げに身を乗り出して話し掛けてきた。
「イングランド学生選抜の中に日本人が居て、しかも17歳の高校生に6ゴール2アシストされたんだから、日本サッカー協会が調べるのも無理はないだろ?な、舞?」
「えっ?6ゴール2アシスト??」
想像もしなかった結果に、彼女は絶句してしまった。無名の選手で、ここまで凄い日本人FWなんて聴いたことがなかった。まして、知人の息子となると父親が興奮するのも無理からぬ話だと思う。
「出来過ぎた試合ですよ、同じことを期待されても困ります。」
龍樹は、顔を伏せて照れている。
「それにしたって、凄過ぎるわ!田嶋会長が唸るのも無理はないわね。あ、それで、声が掛かったのね?」
「ですが、あくまで僕は弁護士を目指してまして・・サッカー選手メインは、ちょっと・・。」
「うーん・・。」
才能が溢れるということは、こういうことなだろうか?紛れもなく日本サッカー界の逸材を見つけたのに・・。
「なあ、龍樹君。キミは経験したことがあるかね、挫折というものを?」
「挫折ですか?いえ・・、思い浮かびません。」
「だろうな。」
突然、原澤会長が口を開いたので、舞は身体を向けて彼を見た。腕を組み、背もたれに寄り掛かり脚を組んで話す彼を見るとあまり機嫌が良いようには見えない。舞は、目を伏せて彼の言葉を待った。すると突然、室内に原澤会長のスマホが、着信を知らせるメロディを鳴り響かせた。彼は「失礼!」と言うと電話に出た。
「着いたか?カウンターにブラッドマンという店長が居る、彼に案内してもらえ・・そうだ・・ああ、待っている。」
原澤会長は、そう言うと離席し角にある内線電話をプッシュした。
「原澤だ。ロイを頼む・・忙しいところ、すまないがアイアンという男が来たら案内してやってくれ・・ん、ありがとう。」
彼はそう言うと通話を終えて戻って来た。
「アイアンですか?彼がこちらに?」
「ああ、話があるそうだ、龍樹君。」
舞がアイアンの名前を耳にして、思わず原澤会長に問い掛けた。
(秘密裏にしているこの場所に彼を?あ、お父さんと元ギャングの彼が会うことも懸念された・・。)
舞の想像は、ズバリ的中していたがそれだけではない。やはり、龍樹のチーム入団の件もマスコミリークを避けるためであった。
「はい。」
「君は、アイアン・エルゲラという男の名前を聞いたことがあるかね?」
「アイアン・エルゲラですか?」
龍樹は暫く考えこんでいたが、顔を上げると話し始めた。
「僕の1つ下で極真空手世界チャンピオンだったような・・。」
「そうかね。」
舞は思わず口を押さえた。
(まさか、原澤会長・・アイアンの性格から事前に楔を打つ為に呼んだのかしら?)
「失礼します、お連れしました。」
ブラッドマン店長が扉を開けて入って来ると、後ろから"のっそり!"とロンドン・ユナイテッドFCのジャージを身に纏ったアイアンが現れた。
「来たか。ブラッドマン、空いてる椅子をここに。」
「畏まりました。」
原澤会長から指示を受けたブラッドマンが、空いている椅子を彼が指した正面スペースに持って来て置いた。
「どうぞ、お待たせ致しました。」
「お、すまないねぇ。」
アイアンは、そう礼を述べると原澤会長、恒雄の斜向かいに腰掛けた。アイアンの迫力に恒雄が軽く身を後ろに逸らした。
「アイアン、何を飲む?」
「えっ?いいですか?それじゃあ、ホットティーを。アッサムはあるかい?」
「勿論でございます。アッサムのホットティーで宜しいでしょうか?」
「それでいいよ。」
「畏まりました。」
案内を終えたブラッドマン店長が入り口の扉を開けて会釈すると部屋を後にした。
「徹さん、まるで日本みたいな接客だね?」
「ああ、悪くなかろう?」
「ええ、いい気分ですよ、ワッハッハ!よう!舞、久しぶりだな?」
「アイアン、声が大き過ぎるわ。」
「そうかい?」
アイアンは、舞に突っ込まれると"ニヤリ"と笑みを浮かべた。
「さて、お二人に紹介しましょうか、チームのGK、アイアン・エルゲラです。」
「始めまして、アイアンです。宜しくお願いします。」
アイアンは、原澤会長から紹介されると立ち上がり、2人に会釈をした。舞があまりの変わり様に驚いていると、原澤会長が小声で耳打ちして来た。
「鹿児島の光明禅寺で説法、作法を伺ってね、アイアンもニッキーも感銘を受けていたよ。」
舞は何時もの様に首を傾げ、彼を受け入れて聞いたのだが、それにしても思わず唸ってしまう。そこまで彼等の今後を見据えていたことに感嘆したのだ。すると、恒雄が立ち上がり話し始めた。
「舞の父親、北条 恒雄です。そして、こちらが、チームでお世話になります、坂上 龍樹君です。」
「龍樹です、宜しくお願いします。」
龍樹も立ち上がり会釈をしたが、アイアンは大きな声で呟いた。
「えっ?舞のオヤジさん?そうかい!こちらこそ宜しくお願いしますよ。」
アイアンは再度会釈をしたが、龍樹の方はスルーされるとそのまま立ち尽くし、恒雄が座るのを待った。原澤会長、舞もしっかりと見ていたが、ここで原澤会長がテーブルに両肘を付き話し始めた。
「北条さん、このバカは『私に勝ったら、お嬢さんを抱かせろ!』そう言いましたからね、酷いヤツですよ。」
「か、会長・・!?」
「えっ!?あ、いや、それは・・徹さん、勘弁して下さいよーーー!」
舞は原澤会長の思わぬ発言に目を見開いて驚き、アイアンはまるでコメディアンの様に原澤会長に擦り寄った。
「ど、どういう事ですか!娘を?」
「あ、いえ、お父さん、何もなかったのよ!うん、何も。」
「しかし、舞、会長は『お前を賭けた』と?」
「あ、いえ、それは・・。」
舞が答えに窮し、アイアンは顔を伏せて恥じているのを龍樹が見ている様子を原澤会長は見ていた。
「龍樹君、君はアイアンのことを知っていると言ったな?」
突然、原澤会長が話題を変えた事で、皆が龍樹に注目した。
「はい、存じてます。桁違いの強さでジュニアではなく、無差別で最年少優勝したのを覚えてますから。」
「ほう!何だアイアン、お前、そんなに強かったのか?」
原澤会長がアイアンに視線を向けて話し掛けると、アイアンは顔をしかめて応えた。
「よく言いますよ!誰が俺を投げ飛ばして一撃で落としました?なぁ、舞?」
恒雄と龍樹が、絶句して原澤会長を見ている。
(今、この怪物は何と言った?)
(い、一撃でのびた?嘘だろ!?)
「極真空手で勝負したら、結果は見えていた。それより、龍樹君・・いや、これからは「龍樹」と呼ぶぞ。君には才能がある訳だが同時に君を脅かす輩に会ったことが無いように思える。チームに入る事は修行と心得たらスムーズに入り込めるかもしれんぞ、いいな?」
「はい、ありがとうございます。」
「それでいい、アイアン。」
「はい。」
「龍樹は、お前より1つ年上だ。仲良くしてくれ。」
「分かりました。龍樹、宜しく頼むよ。」
「バカ野郎!『龍樹さん』だ!ん?お、『龍(りゅう)さん』、それが良くないか?」
「いや・・それは・・。」
龍樹が嫌そうな顔をして顔の前で手を振った。だが、原澤会長は舞の方を向いて熱く語り始めた。
「北条チーフ、どう思う?あの広州恒大淘宝足球倶楽部に所属している元ブラジル代表のフッキが『HULK(ハルク)』と呼ばれて、ユニフォームもそうしている。マンチェスター・シティのアグエロも『KUN(クン)』として有名だ、龍樹も『DRAGON(ドラゴン)』として公式にデビューしたら、ファンからも親しみを持って愛されると思うが、如何かね?」
「本人が宜しければ、ですが会長・・ここは敢えて『RYU』としたら如何でしょうか?龍樹君も極真空手の有段者ですし、ストリートファイターの『RYU』を掛けてみたら?」
「Phenomena(すげぇーー)!舞、それ、めちゃくちゃイカすぜ!?」
原澤会長の突然の提案から舞の案が飛び出した。後に、アジア人歴代最強の男『RYU』・ロンドン・ユナイテッドFC永遠の7️⃣番!と呼ばれるこの男は、こうして誕生したのである!?が、これは、まだ先の話だ。
「何か、皆さんで盛り上がってますが、僕はお断りさせてもらいます。」
「おい、リュウさん!折角盛り上がって来たもんを消しちゃー、いけねーよ!なあ、舞?俺にも何かないか?お、そう言えば・・ニッキーだってそうだぜ!?アイツのユニフォームも、そうするんだろ?」
「あ、それ良いかも♬」
「おいおい、そりゃねーよ!舞、俺にも頼むぜ、なぁ?舞さま♡」
アイアンが、舞に片目を閉じて手を合わせて来た。210センチの元ギャングのリーダーとは思えない仕草に、舞は吹き出して応えた。
「貴方は『IRON(鉄)』で良いじゃない?鉄壁を誇るゴールキーパーになるんでしょ?どう?」
「Phenomena!マジか!?そうしてくれよ!気に入ったぜ!!」
"バシッ!"とアイアンがテーブルを叩いたため、舞、恒雄が思わず"ビクッ!"と身体を硬らせた。
「おい、アイアン、北条チーフが怖がっているからやめておけ。北条チーフ?」
「あ、はい?」
「他の選手達も、希望する選手がいるかもしれないな?広報のライアンにアドバイスしては、どうかね?」
「承知致しました。」
原澤会長はアイアンを嗜めると、舞に選手の愛称をライアンに検討するよう示唆した。一方、全く無視されている龍樹は、半ば呆れたように仕方なく頭を掻いた。
「さて、アイアン。遅くなったが、お前の用件を聞くとしようか?」
原澤会長は、アイアンを見て問い掛けてきた。紅茶を口にしていたアイアンが、慌ててカップを下ろすと話し始めた。
「お、そうでした!実はですね、あ・・?」
「何だ、どうした?」
「あ、いや、その・・自分の元チーム関連の話ですが、ここで話ても良いんですかね?」
「なるほど・・まあ、良かろう。で、グングニルの仲間についてか?」
舞はアイアンの元ギャング団 グングニルの頃の話と言われて、姿勢を正すと共に恒雄を見た。
「ええ。ヤツは"元"なんですが、自分の一つ下でして"デニス・ディアーク"と言います。身長が190cmは超えていて恵まれた体軀のDF(ディフェンダー)だったんですよ。確か・・FCバイエルンミュンヘンのユース出身だったはずですが、確か2年前だったか練習後に奴がマークしたレギュラーのFWを口論の末、ぶん殴っちまったみたいで、謹慎となってバイエルンを辞めたそうなんですわ。」
舞は複雑な気持ちで、聞いていた。かなりの問題選手のようだが、会長は如何するのだろう?と彼の顔を伺ってみた時、寂しそうな表情をしているのに気付いた。今まで見たことのない表情に、彼女の心が揺らぐ。
「それから、ヤツはウチのチームに入った訳ですが・・まあ、言うこと聞かない、直ぐに仲間と揉めるんですよ。ですが、俺を従わせた会長なら、ヤツを御することが可能なのでは?そう思いまして・・如何でしょう?きっと、ヤツもサッカーをやりたいと思うんですよね、交渉してみて貰えますか?」
原澤会長は、腕を組み考え込んでいたのだが、恒雄が口を開いた。
「待って貰えますか、原澤会長。龍樹君を預けるチームにその様な輩が居るのは、困るのですが?」
アイアンが目を大きく見開いて恒雄を見たのを舞が気付き慌てて声を掛けた。
「お父さん、チョット・・。」
「いや、会長。組織にもしその様な者が入ってしまったら、其れこそ"蜜柑の腐った"箱と一緒です、必ずチームが駄目になりますよ。そうなってからでは遅いんです、お止めにになった方が良いでしょう!」
龍樹はアイアンの表情を伺っていたが、アイアンは、両手を広げて口をへの字にして戯けた表情をしている。舞はバツの悪い顔をしてアイアンに目で謝っているのが視界に入った。そして、原澤会長は・・大笑いしていた。
「ふ・・ふぁっはっはっは!!アイアン、お前、腐った蜜柑だそうだぞ、きったねーーな♬」
「いやいや、待って下さいよ!舞、熟れたメロンは、美味いよな?な?」
「えーー、アイアン、メロンなの(笑)」
「誰が買うか、こんなでけぇーーの!わっはっは!」
「ちょっと、会長、そりゃあ、ねぇですよー♬」
3人は、顔を見合わせて笑っているのを龍樹と恒雄が目を丸くして見ている。と、笑っていた原澤会長が恒雄を振り向いて見た。
「北条さん、このアイアンはつい最近までロンドン広域を支配していたギャング団のリーダーでした。」
「えっ!?ギャ、ギャングのリーダー・・ですか?」
恒雄と龍樹が絶句している。
「ええ。ですがね、私はひと目見てコイツを気に入りまして、my younger brother(舎弟)にしましたよ。」
「徹さん・・。」
「私はね、アイアンに"人生意気に感ず、功名誰か論ぜん"を感じました。」
舞とアイアンは、心配そうに原澤会長を見ている。
「"唐時代の詩選集第一巻にある魏徴作述懐から引用された語句"ですよね?」
「お?リュウは、知っていたか?嬉しいね。」
「原澤会長にとって、彼、アイアンがそうだと?」
「成功して名を上げるとか、失敗して敗残の身になってしまうとか、そのようなことは全く眼中になどないね、当に論外だ。」
原澤会長のこの発言を聞いた舞は彼に見惚れて、アイアンは顔を伏せ落涙し龍樹、恒雄は声も出せない。原澤会長の男としての覚悟を聞いたからには、水を差すのは無礼極まりないだろう。何故なら、元ギャングのアイアンは原澤会長の大切な"舎弟"なのだから。すると、アイアンが席から跳ねるように突然立ち上がると、原澤会長の横に土下座をしたのだ。舞、龍樹、恒雄が息を飲んだ。
「徹さん!本当に申し訳ございませんでした!俺は・・どうかしてました。デニスの説得は、俺に任せて下さい。全力でヤツを説き伏せますから!そして、俺が徹さんに受けた御恩を責任をもって与えますから。ですから、どうか、どうか!宜しくお願いします!」
"ゴッ!"と、アイアンが床に頭を打ち付ける音がして、舞は思わず席を立ちアイアンの傍に駆け寄ると膝を付いて蹲み込んだ。
「アイアン、怪我しちゃうわ、ね、止めて。」
「いや、止めねぇ!俺は自分か情けねぇんだ!忙しい徹さんに、俺は迷惑を押し付けちまった!」
「バカが・・まだ気付かないのか?」
「えっ?」
アイアンが原澤会長を見上げると、原澤会長は龍樹を見た後、恒雄を見た。龍樹はテーブルに視線を避け、恒雄はため息を吐いたが2人から言葉はない。原澤会長がため息を吐く瞬間、舞の声がした。
「アイアン、原澤会長は先程の"人生意気に感ず、功名誰か論ぜん"でこう言いたかったのよ『アイアン、お前がすることは俺もすることだ』と。」
原澤会長は、驚いて振り向くと舞を見下ろした。その顔は目を見開いていたが、直ぐに穏やかになると彼は口を開いた。
「参ったねぇ"言うに及ばず"だ、アイアン。」
「はい!」
「デニスを口説け!そして、北条チーフ。」
「はい。」
「手伝ってやってくれ、頼む。」
「頼むだなんて・・私にも御命じ下さい。」
「・・?」
ゆっくりと立ち上がった舞が原澤会長の懐へ、にじり寄った。
「私には言って下さらないのですか?"意気に感ず"を・・。」
暫く2人は見つめ合った。舞は悔しかったのだ。未だ彼から熱烈な言葉を浴びていない、だからこそ、アイアンが羨ましかった。女としての悔しさがそこにあった。
第16話に続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"