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アリスの秘密の世界7
二人はとりあえずその場に座ることにしました。
アリスは青々とした草地に座ると、顔を上げて辺りを見回しました。
薄暗い森は陰気な雰囲気です。
アリスは離れた場所に帽子屋を置いて来てしまったことが気がかりになりました。
「大丈夫かしら?帽子屋さん」
兎に問いかけると、
「大丈夫だろう。帽子屋はただ寝てるだけだ。起きた瞬間に耳を塞げば助かる」
と、兎は即座に返答してきました。
(あの帽子屋さんに、すぐに耳を塞ぐなんてできるかしら?)
アリスは少し疑問に思いましたが、アリスの耳を咄嗟に塞いでくれた帽子屋の姿を思い出して、案外機転が利く人なのかもしれないわ、と思い直しました。
「そうなのね。それじゃあ、帽子屋さんが起きるまで待ちましょうか。それとも、バラをどこか遠くへ離しましょうか」
アリスが、思いついた事を言うと、
「帽子屋が起きるまで待つなんて時間のムダだ。それにバラはどうやってどこかへやる?」
とすぐさま反論されました。
「うーん」
それくらい、自分で考えなさいよ、とアリスは思いましたが、兎はあまり帽子屋の救出に積極的ではないので、仕方なく方法を考え始めました。
「兎さんが耳を塞ぎながらバラを蹴って遠くにやるとか」
アリスが言うと、兎は首を横に振りながら言いました。
「バラは噛みついてくる」
「あら、じゃあ兎さんが噛みつかれている間に私が帽子屋さんを起こして連れていくわ」
アリスが自らの思い付きに興奮して言うと兎は、
「君はっ、この私に囮になれというのか?」
兎は目をむいて凄い勢いで噛みついてきました。
「あの、思い付きよ、ただの思い付き。もちろんやらなくてもいいわよ」
アリスが慌てて答えました。
「当たり前だ」
兎は憮然とした表情で腕を組みました。
「それより、バラに重い石を乗せてつぶしてしまおうか?」
兎は、いいことを思い付いたとばかりにニンマリして言いました。
「あらだめよ、バラが断末魔の叫びをあげたりしたら後味悪いもの。バラをどこかへ移せればいいのだけど」
「君は早く帽子屋を助けたいんだろう?方法を選んでいる場合かい?」
兎は、また足をトントンさせています。
「今考えているから少し待ってちょうだい」
アリスは手のひらを兎に向けて制止のポーズを取りました。
アリスと兎の間に沈黙の時間が流れます。
アリスはトントントントン鳴らす兎の足音に耐えて考えました。
周りに何か使えるものがないかと見回すと、繁みに大きな葉っぱがついているのが見えます。
「あ、あの葉っぱ、使えるわ」
アリスは立ち上がるとひときわ大きな葉っぱを選んで抜こうとしました。
ところが、なかなか葉っぱは抜けません。
「兎さん、手伝って」
アリスの行動を見守っていた兎は、
「分かった」
といいながらしぶしぶ立ち上がってアリスの腰に手を回しました。
「いい?せーので引っ張ってね」
アリスが念を押すと、
「せーのでね」
と面倒そうな返答が返ってきました。
「いくわよ、せーのっ」
アリスの掛け声に、兎も必死で力を込めて引っ張ってくれます。
パキン
音がして、大きな葉っぱは抜けました。
アリスが満足げにその葉っぱを持っていると、
「で、それをどうする?」
と兎が問いかけてきました。
「これをね、兎さんが耳を塞ぎながら口にくわえてバラを乗せて遠くへやるの」
アリスのどうだ、とばかりの顔に、兎は厳しい顔で
「却下」
と言いました。
「どうして?」
アリスは不思議そうに尋ねました。
とてもいい作戦だと思ったのです。
「第一に、そんなに大きい葉っぱは私の口の力では持ち上げられない。第二に、そもそも口にくわえたくない。第三に万が一それでバラを向こうにやろうとしても、あの大きさじゃ動かすのは無理だろうね」
「そうかしら?」
アリスは兎の言葉を聞いて落胆しました。
「じゃあ私がその役目をしてもいいわ。ただし、そうしたら、兎さんが帽子屋さんを起こすのよ。もし駄目だった時は担がないといけないけどやってくれる?」
アリスの問いかけに、また兎の顔が険しくなってきました。
「君が葉っぱであのバラを移動させてから戻ってくるといい」
兎は動く気ゼロです。
「それに、君の大きな腕は長いから、耳を塞ぎながら肘で葉っぱの茎を挟んで行けるんじゃないか?」
兎に言われて、アリスは自分の手を見つめました。
「そうね、出来るかもしれないわ……でも、兎さんは手伝ってくれないの?」
「君は私の2倍は背丈も体重もあるだろう……少なくとも今は。健闘を祈る」
やる気がまるでない兎に健闘を祈られたアリスは、仕方なく一人で全てを作業することにしました。
「じゃあ、私が叫んだらすぐに来てね?」
アリスは兎に念押ししました。
「分かった。じゃあここで待っているから何かあったら呼んでくれ」
兎はくつろいだ様子で座っています。
アリスは、兎が助けに来てくれるという言葉を信じることにして帽子屋のいる方角へ向かうことにしました。
「じゃあ、行ってくるわね、兎さん」
アリスが声をかけると、兎は無言で手をひらひら振りました。
アリスは耳を塞ぐと、曲げた腕に大きな葉っぱの茎を挟んでこわごわと歩き出しました。
(あの大きいバラを、この葉っぱに乗せられるかしら)
歩いているアリスの頭には悪いことが浮かんできます。
アリスは首をぶんぶんと横に振ると、
「きっと大丈夫よ」
と自分に言い聞かせて進みました。
少し歩くと、帽子屋はアリスが最後に見たままの姿で横たわっていました。
近くでまだ花は歌い続けています。
赤い鮮やかな花弁がひっきりなしに動いているのが見えます。
アリスはソロソロと、バラの近くに進みました。
バラは禍々しく大きな花びらを揺らして歌っています。
アリスには音は聞こえませんでしたが、その目にははっきりと見えました。
あれを帽子屋の耳が届かない所まで持っていかなければならないのです。
おまけに噛んでくると聞いて、アリスは怖くなってきました。
「だからと言ってやめることはできないわ。やるのよ、アリス」
アリスは耳を塞いで助けてくれた帽子屋を何としても助けようと、決意を固めました。
意を決して歩き出すと、バラのすぐ側まで来て歩みを止めました。
近くまで来ると、歌が聞こえてこないように、念入りに耳を塞ぎました。
塞ぎながら、腕の間に挟んだ葉っぱをしゃがみ込みながらそうっと下に下ろします。
そうしてバラの方に葉っぱを少しずつ寄せると、静かにバラを葉っぱにのせようと試みました。
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すると、その瞬間、バラが花の真ん中にある大きな口を開いて噛みついて来ようとしました。
アリスは驚いて、思わず葉っぱを落として立ち上がりました。
「うわっ、意外と迫力があるのね」
アリスはパクパク口を開けて威嚇するバラを見下ろして若干青ざめながら言いました。
「どうしたらいいかしら……」
困ってきょろきょろ辺りを見回してみましたがどうにもなりません。
「よし、もう一度やるしかないわね」
仕方なく、アリスは再び落ちた葉っぱを拾うと、腕に挟んで下にしゃがみました。
バラは相変わらずパクパクと激しく口を開け閉めしています。
このバラは棘があるのかしら、とアリスはチラッと思いました。
棘のことを気にしながら、アリスはもう一度そうっと葉っぱをバラの下に入れようとしました。
ゆっくり、なるべく身体を離してバラを入れようとすると、バラは少しづつ葉っぱの上に乗ってどんどんアリスの顔の近くに寄って来ます。
アリスはびくびくしながらバラのバクバクする凶暴な口を見ていました。
ここでバラにジャンプでもされたら一巻の終わりです。
アリスは、バラが自力で身体を動かせませんように、と祈っていました。
しばらくしてようやくバラ全体を葉っぱの上に乗せると、ゆっくりと立ち上がって、帽子屋と向こうで待機している兎とは逆の方向へ運びました。
バラは怒り狂ったように、ガジガジして、アリスの方を睨みつけるように威嚇しているように見えましたが、どうやらジャンプしたり、動いたりはできないようでした。
あまりの迫力に、直視出来ずに、アリスは手元を見て進み続けました。
しばらく歩いて、後ろをチラッと振り返ると、帽子屋はかなり小さくなって見えました。
「もう大丈夫かしら?」
アリスはそう言うと、腕の間に挟んでいた葉っぱの茎を静かに下に落としました。
すると、葉っぱに乗っていたバラもストンと地面に落ちました。
「あなたが歌っていると私たち、とても困ったことになってしまうのよ。ここで歌っていてちょうだい」
アリスが耳を塞いだままバラにそう告げると、バラは怨めしげにパクパクしてから、また歌い始めました。
アリスは急いでその場を離れると、帽子屋の元に駆け寄りました。
怖々片耳だけ手を外してみると、バラの歌声は届いてこないようでした。
アリスは眠らず、何ともないようだったので、もう片方の耳も外しました。
「帽子屋さん!」
両手が自由になったアリスは、死んだように眠っている帽子屋を揺すりました。
「う~ん」
帽子屋が反応するのを見て、アリスはホッとしました。
「良かった、生きてる」
アリスは帽子屋の頭を膝に乗せると、頬っぺたを軽く叩きました。
「起きて、帽子屋さん」
すると帽子屋の瞼がピクピクと動いて、薄く目が開きました。
アリスは深く安堵してもう一度呼びかけました。
「良かった、心配したのよ」
帽子屋はそのまま無表情にパチパチまばたきをしてから、急にアリスの頬に手を伸ばして触れました。
「帽子屋さん?」
アリスはドキドキしながら尋ねました。
「君は本当に綺麗だな、アリス」
帽子屋は、そう言うと、ジッとアリスを見つめてきました。
アリスは視線のやり場がなくなって、横を向いて言いました。
「そんなことより、もっと言うことがあるでしょう?」
アリスが顔を赤くして言うと帽子屋は、頭を片手で抑えながら起き上がりました。
「君の瞳は素敵な色だな」
「違います。そう言うことじゃなくて」
アリスはそう言いながら、帽子屋にまともな答えを期待するのは無理なんだわ、と思いました。
「帽子屋さんは、今までここで寝ていたのよ」
アリスは取りあえず状況を説明しようと試みました。
「私の家はここではないが」
「それはその通りですけど、家の話じゃなくてね」
「眠るのはいつものことだ。三月兎とねむりねずみと良く眠りごっこをしていた」
「そうなの。それは楽しそうね。それでね、帽子屋さんが私にくれたバラを覚えてる?」
「バラは白いと恐ろしいぞ。白バラは赤バラに塗らなければ」
「お城では白バラは赤バラに塗り直すのよね。……もういいわ。白兎さんのところへ行きましょう」
アリスはこれ以上らちのあかないやり取りはしたくありませんでしたので、帽子屋の手を取ると、白兎が待機している方角へ歩いていきました。
「なぜあの兎の所へ行く?このまま二人で逃げよう」
帽子屋はとんでもない提案をしてきました。
「一体何から逃げるの?私は早く女王様に会って、クローケーに付き合って家に帰りたいの。いいえ、今すぐ目が覚めてもいいわ」
そう言ってから、アリスは帽子屋に助けてもらったことを思い出しました。
きちんとお礼を言わなきゃ、と思ったアリスは、立ち止まりました。
「帽子屋さん、あの、お礼を言おうと思っていたの。耳を塞いでくれたこと。あれで、私は眠らなくてすんだのよ。助かったの。
だから……ありがとう」
アリスが照れながら言うと、帽子屋はアリスの顔をジーッと見つめて来ました。
「・・・・・・・」
「・・・・・・えーっと帽子屋さん?どうしたの?」
帽子屋はアリスが繋いでいた手をギューっと握りしめました。
「不思議だ」
「何が?あの、手が痛いんですけど」
アリスは少し小声になって抗議すると、帽子屋は意に介さずに続けました。
「アリス。君みたいな女性は初めてだ。愛らしい君を抱きしめていいかな?」
そういいながらも、帽子屋は既にアリスを抱きしめています。
「ちょっと、帽子屋さん。もう抱きしめてるじゃない。それに苦しい・・・ってば」
アリスは突然抱きしめられて軽くパニックになっていました。
おまけに帽子屋は手加減せずにギューっと抱きしめてくるのです。
アリスは苦しいのと恥ずかしいので、どうしていいかわからなくなってしまいました。
「・・・・・・君達は一体何をしている?」
その時、後ろから呆れたような声がかけられました。
その瞬間、帽子屋の腕の手が緩んだので、アリスはパッと腕を振りほどくと、声のした方を振り返りました。
「兎さん、来てくれたの?」
そこには白兎が腕組みをして立っていました。
「やることもないし、君がどうしているか見物でもしようと思って」
兎は、アリスと帽子屋をじろじろ見ました。
「ずいぶん楽しそうじゃないか」
兎がイヤミっぽく言うので、アリスは慌てて弁解しました。
「違うのよ。さっき耳を塞いでくれたこと、お礼言ってただけで」
「ふーん」
まるで信じていないかのような兎の返事が返ってきました。
「帽子屋さん、あまりさっきまでのこと記憶にないみたいで」
兎に信じられてないと思ったアリスは、なぜだか必死に弁解をしていました。
「別にそんなに必死になって説明しなくてもいい。・・・・・・帽子屋、お前はアリスにあげた花の歌を聞いて
眠ってしまっだったんだ。それでアリスがバラの花を遠くへやってお前を目覚めさせた訳だ。理解
できたか?」
兎がまとめて説明すると、帽子屋はふるふると震えました。
「アリスが、私の為に・・・・・・」
その様子を見て、身の危険を感じたアリスは兎の後ろに隠れました。
兎の後ろから様子を伺うようにして帽子屋を見るアリスに、帽子屋はショックを受けたような顔をしました。
「アリス、どうして兎なんかの後ろに隠れるんだい?」
「だ、だって・・・」
アリスはこれまでの帽子屋の行動から、またなにかされそうだ、と思ったのです。
二人が微妙な空気になっているのも構わずに、
「まあ、ともあれ、これで三人揃った訳だ。じゃあアリス、お城に進んでもいいね?」
白兎が早口でアリスに確認して来ました。
「そうね。お城へ向かいましょう」
アリスは頷きました。
「・・・・・・ところで、お城はどっちだったかしら?」