アリスの不思議の世界5
「まあまあそう言わずに」
帽子屋は、構わずにポットを持って言います。
でも、そのポットのふたは空いていて、しかも中にはねむりねずみが入っているのです。
おまけにカップもないのにどうすればいいんでしょう。
アリスは途方にくれてしまいました。
「すみませんがカップがないんですけど」
アリスが再び言ってみると、
「そんなことは知らんね」
と帽子屋は冷たく言います。
「でもカップがなければ、おかわりをもらえないじゃない。おまけにお茶はポットに入ってないし」
アリスが文句を言うと、帽子屋は、
ポットを逆さにしてねむりねずみを強引に落としました。
テーブルの上に落ちたねむりねずみは、
「うう~」
と言いながらテーブルの上をころころ転がりながらうめきました。
可愛そうに、痛かったんだわ、とアリスは思いました。
帽子屋は、得意気に、
「これでいいかな?」
と空のティーポットをアリスの方に見せました。
アリスはどう反応していいか分かりませんでしたので、
「せっかくだから、お話しでも聞かせてくださいな」
と話をそらしました。
前に聞いたときは良くわからない話を聞かされた気もしましたが、この注がれないお茶の話をしているよりはましだわ、と思ったのです。
「そういうことなら、三月兎、話して」
帽子屋がティーポットを置いて言うと、ねむりねずみは素早くティーポットに潜り込みました。
「見てわかんないの?今取り込み中」
三月兎は、崩れたカップをまた慎重に乗せ直している所でした。
アリスは、よく壊れないものね、と思いながら見ていました。
「それじゃあねむりねずみ、話して」
帽子屋は言いましたが、ポットの中からはすうすうと寝息しか聞こえませんでした。
「あなたが話せばいいんじゃないの?」
アリスは帽子屋に言いました。
「そうだそうだ」
三月兎がカップと取り組みながら同意しました。
「じゃあ、僭越ながら話そうじゃないか」
帽子屋は、咳払いをしていいました。
「確か、君が前に来たときは、話を遮ってばかりだったな」
横目でアリスを見ます。
アリスは、帽子屋の性格はどこか歪んでると分かっていましたが、見られると無性にドキドキしてしてしまいました。
「もう子供じゃないから大丈夫だわ」
アリスは精一杯お姉さんぶって答えました。
「それならよろしい。では、麗しのアリスが帽子屋に愛の告白をする話をしよう」
平然と言う帽子屋の言葉にアリスは耳を疑いました。
「え?何の話ですって?」
「だから、アリスが……」
「わーーーー!」
帽子屋が再び繰り返しそうになったので、アリスは大声で叫びました。
「何度も言わなくて結構です。何でそんな話をするの?」
アリスが赤くなって言うと、帽子屋は怪訝そうな顔をしました。
「それは、アリスが話をしてとせがんだからだ」
「それはそうだけど、嘘は駄目よ。私は帽子屋さんにその……してませんからね」
アリスは、愛の告白という言葉は恥ずかしくて言えませんでした。
アリスの言葉に、帽子屋は不可解そうに首をかしげた。
「お話なんだから、嘘でも本当でも構わないだろう」
「それは……」
そう言われて、アリスは言葉につまってしまいました。
だからと言って、してもいない愛の告白の話なんて聞きたくありません。
よりによって自分の告白のお話しなのですから。
「いいわ、じゃあ私がお話しします」
アリスは仕方なく言いました。
そこへ、しびれを切らしたのか、白兎がずんずんやってきました。
「一体いつまでここにいるつもりだい?」
アリスは少しの間白兎のことは忘れてしまっていました。
「今私のお話しをしようかと思っていたところよ」
アリスが説明しようとすると、兎は後ろ足をトンっと強く踏んでから言いました。
「そのお話とやらはもうやめにして、早くお城へ行こう」
そして、白兎は帽子屋の方を見て言いました。
「アリスと私は至急お城へ向かいたい。案内したまえ」
兎がそう言うと、帽子屋は兎を怖い顔で睨み付けました。
「なるほど、君がアリスと私の仲を裂くというわけだな」
帽子屋の言葉に、表情ひとつ変えずに兎は言いました。
「アリス、この男を何とかしてくれ」
そう言われても、私こそ何とかしてほしいわ、とアリスは思いました。
「帽子屋さん、私は約束通りしばらくここにいたんですから、お城への道を教えていただけませんか?」
アリスはとりあえず、丁寧にお願いしてみることにしました。
「私はまだ君とお茶会を楽しみたいのだが」
帽子屋は物足りないような顔をして言います。
そんなセリフも、このテーブルが本当のお茶会のようにお茶とお菓子があれば説得力があるのにな、とアリスは思いました。
「私は充分楽しみました。早くお城へ行きたいのよ。案内してちょうだい。女王様が待っているのよ」
「すぐ支度するからまってくれ」
アリスが女王様と言った途端、帽子屋は凄いスピードで席を立つと、アリスと白兎の所までやってきました。
こんなことなら、最初から女王様がお呼びだと言うんだったわ、とアリスは思いました。
「行ってらっしゃい」
と三月兎がろくに3人を見もせずに手を振りました。
ねむりねずみは寝息をたててぐっすり眠っていました。