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アリスの秘密の世界9

アリスは、早くお家に帰れないかな、とそわそわし出しました。

そんなアリスと女王様の元へ、白兎が恐々やってきました。

「女王様、クローケーの用意が出来ました」

女王様はそれを聞くと、

「おいで」

とアリスに声をかけて、振り返らずにズンズン歩いていってしまいました。

長いスカートが引きずられていて、アリスは汚れないかな、とふと心配になりました。

それから、急いで女王様の後を追いかけます。

兎もその後を追って来ました。

「アリス、命が惜しかったら、くれぐれも女王様を怒らせるんじゃないぞ」

アリスに追い付くと、兎は、女王様に気づかれない位小さな声で言いました。

「ええ、分かっているわ。出来るだけ機嫌を損ねないように、出来るだけ早くゲームを終わらせるわね」

アリスも小声で兎に答えます。


クローケーをやるはずの青々とした芝生の上では、混沌とした状況が繰り広げられていました。

ボール代わりのハリネズミ達があちこちに逃げて散らばっているのを、必死にトランプの兵隊達が追いかけています。

フラミンゴ達は、柵の中に集められていましたが、桃色の羽を震わせて、恐怖の鳴き声をあげています。

唯一トランプ兵達だけが、ジッと配置についてアーチを作っているのでした。

「これはなんの騒ぎだ、さっさと静かにさせるんだ!女王様、こちらにおかけになってお待ちください」

白兎はそう言って、パラソルと簡易椅子を持ってこさせると、女王様が座るのを見届けました。

それから、トランプ兵達と一緒にハリネズミを追いかけ始めました。

アリスはどうしよう、と思いながらも、イライラしながら椅子に座っている女王様の後ろに立ちました。

「一体全体なんでこんなに時間がかかるんだい。ぐずぐずしている者は首をはねてしまうよ」

女王様がそう叫ぶので、アリスは恐怖にかられ、返事をしていいものかどうか迷いましたが勇気を出して声をかけてみました。

「女王様、おっしゃることは分かりますけど、ハリネズミ達もボールにされたくないんじゃないですか?」

アリスがそういうと、女王様は、アリスの方を振り返ってギロッと睨みました。

「じゃああのハリネズミどもの首をはねてしまおうじゃないか」

女王様が視線で殺せそうな感じでハリネズミ達を見たのでアリスは、慌てて話題を反らしました。

「そ、そういえば女王様、今日は王様はどこにいらっしゃるんですか?姿が見えないようですけど」

アリスが必死に愛想笑いをして女王様に尋ねると、女王様は、アリスに視線を移しました。

「・・・・・・さあ、どこへいるのかねえ。書類を書かないといけないとか言っていたけどさっさとくればいいのにねえ」

「王様もお忙しいんですね。クローケーをしていれば、そのうちいらっしゃるかもしれませんよ。さあ、やりましょう」

アリスはそういうと、チラッと不安そうにクローケー場を見ました。

奮闘の末、なんとか皆、ハリネズミを確保したようでした。


「クローケーを始める」

女王様が声を張り上げると、ハリネズミを追いかけていたトランプ達は、みんな捕まえたハリネズミを抱えて女王様の後ろにやってきて控えました。

兎は、女王様の一歩後ろに立っているアリスの横へやってきました。

アリスは女王様の後ろで球を打つのを静かに見ていることにしました。


「えいっ」

女王様は掛け声を上げて、クローケーの木槌代わりであるフラミンゴを思い切りふり上げてハリネズミに当てようとしました。でも、フラミンゴもハリネズミもぶつかりたくありませんから、ぶつかる直前に、ハリネズミは自分からでコロコロと勢いよく芝生を転がり出すのです。

コロコロ転がったハリネズミは、トランプ兵の作る門をめがけて一直線に走って行き、それをくぐりました。

その姿を見て、アリスは同情しました。

きっと、そうして入らないと、女王様の怒りをかうのでしょう。


クローケーの試合の途中に、アリスはふと帽子屋のことを思い出すと、こっそり辺りを見回しました。

けれど、どこにも見つかりません。

「ねえ、帽子屋さんはどこにいるのかしら?」

アリスは隣で、大げさに拍手をしている兎に耳打ちしました。

「帽子屋?さっきハリネズミを追いかけている時に、フラミンゴの柵の近くの植え込みに隠れているのは見たが」

アリスがそれを聞いてフラミンゴの柵の方を見ると、確かに、柵の隣の植え込みに、帽子屋の深緑の帽子がチラッと見えました。

「あら、本当だわ。良かった。まだ見つかっていないのね」

「あいつは隠れているだけなら一体何しにきたんだ、全く」

兎は不機嫌な顔でぶつくさ言いました。

あのままじゃ、見つかって大変な目にあうかもしれません。

アリスは、クローケーの試合が終わったら、すぐに帽子屋さんを助けにいこう、心に決めました。


「アリス、何をしているの。次はお前の番だよ」

女王様が暴れるフラミンゴをぞんざいにトランプ兵に押しやってからアリスの方を見て言いました。

「は、はい、女王様」

アリスは急いで、トランプの兵隊が差し出したフラミンゴを受け取ると、女王様が立っていた位置に移動しました。

そして、フラミンゴにそっと囁きました。

「当てたりしないから、怖がらないでね」

そして下にいるハリネズミにも小声で言いました。

「女王様の時みたいに当たる前に走ってね」

そう言ってから、フラミンゴを優しく振り上げると、下に下ろして打つ真似をしました。

すると、ハリネズミは言われた通り凄い勢いで走ります。

張り切り過ぎたハリネズミは、トランプ兵たちがさりげなく妨害するのも構わずに、トランプ兵が作るアーチをくぐってしまいました。


「おみごと」

一人のトランプ兵がそう言って拍手しようとすると、周りのトランプ兵達が上から乗って身動きが取れないように

しました。

「なんだい、お前も入れたのかい」

女王様の機嫌が急激に悪化しました。

白兎が横目でアリスを睨みます。

そんな風に見られても、私のせいじゃないわよ、とアリスは心の中で思いました。

「まぐれですわ。女王様。私はゲームが得意じゃないんです」

アリスが焦って言うと、女王様は不機嫌な顔のままで言いました。

「暑い」

声を聞き付けたトランプ兵達が、すぐにどこからか扇子を持ってきました。

10人以上が一斉に女王様を扇ぎます。

その風はアリスの金色の髪もふわりふわりと揺らしていきました。

アリスはボーっとその光景を見ていました。

そして何だかおかしいわ、と思いました。

だんだんトランプ兵達の身長が縮んでいくのです。

いえ、そうではなくて、アリスがだんだん大きくなっていたのでした。


「ああ、もう」

アリスは前に来た時はしょっちゅう大きくなったり小さくなったりで、困っていたので、出来るだけ今回は何も食べたり飲んだりしないように気をつけていたのです。

でもまさか、扇子でこんな風に大きくなるなんて思いませんでした。

「ストップストップ」

アリスは言いましたが、急激に大きくなっていきます。

トランプの兵隊達は、一体何がストップなのか分からず、唖然としたまま身長が伸びていくアリスを見ながら扇子を扇ぎ続けています。

「みんな扇ぐのをやめて!」

アリスは大声で叫びました。

でも既にアリスは10メートル位は伸びてしまっていたのです。

トランプ兵達はあわてて扇子を投げ捨てました。


「なんてこと!いますぐ元に戻りなさい!」

ハートの女王様が、アリスに指を向けて喚きました。

「そうしたいんですけど、どうしたらいいのか分からないわ」

アリスは途方にくれました。

むやみに動いても、何かや誰かをつぶしてしまうかもしれないので、アリスはそのまま黙って動かないでいることにしました。

アリスが、ジッとしたままでいると、背中がむずむずとしました。

見ると、背中側から帽子屋が、よじのぼってきているじゃありませんか。

「何しているの?」

驚いたアリスはハートの女王に見つからないかと女王様の方に視線を移しました。

ハートの女王が他のトランプになんとかするよう怒鳴り散らしているのを見て、アリスは幾分安心して帽子屋に囁きました。

「早く戻った方がいいわ」

帽子屋はそれには答えずにどんどん上に登ってきます。

アリスの手や肩を掴みながら登ってくるので、アリスはくすぐったくて仕方ありませんでした。

「くすぐったい、ちょっと、帽子屋さん・・・・・・」

アリスは抗議しましたが、その間にも、帽子屋は登り続けて、アリスの肩までくると、片側の肩に座って耳元で言いました。

「何か食べれば元にもどるんじゃないか?」

「あ、そうね。でも下で言えばいいのに。登ってこなくても」

アリスは気恥ずかしくなりながら言いました。

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帽子屋はアリスの耳に更に近づきながら話しかけます。

「君が心配でやってきた。これ以上大きくなったら会話できなくなるんじゃないかと思って」

「それはご親切に。もう大きくならないわよ」

アリスが見た限りではトランプ兵達はもう誰も扇子を持っていません。

「大きな君も魅力的だよ」

耳元で言われるので、なんだかアリスは落ち着きません。

「ありがとう。でも、あんまり嬉しくないわね」

一刻も早く元のサイズに戻りたい、アリスは切実な気持ちで下を向いて話し出しました。

「あの、女王様、兵隊さん達、何か食べるものとか飲むものがあればくださいな。それで前は大抵元に戻れたのよ」

アリスがそう告げると、トランプ兵達と兎は慌しく走り出しました。

「食べ物だ、食べ物を探せ!」

「何か飲むものはないか?」

女王様は、早くおしっと叱りながら、パラソルの下の椅子で腕組みをしてアリスをジッと睨んでいました。


そんな女王様とトランプ兵を横目にアリスは帽子屋に再び囁きました。

「早く降りた方がいいわよ。私が元に戻ったら帽子屋さん、見つかっちゃうわ」

「いや、今は君といよう。これ以上大きくならないように私が見張っていなければ」

「だからもう大きくならないのよ」

アリスは大声を出したくなるのを必死にこらえました。

「食べたり飲んだりして必ず小さくなる保証はあるのかい?」

帽子屋に言われてアリスは言葉につまりました。

確かに保証はありません。

「・・・・・・ないわね」

「だろう?私がここにいた方がいい。これ以上大きくなると、下と意思疎通も出来なくなるよ」

帽子屋はゾッとすることを言います。

「分かった。ここにいて」

怖くなったアリスは、帽子屋の言うことを聞くことにしました。


「アリス様、食べ物を持ってまいりました」

しばらくしてトランプ兵が丁寧にアリスに呼びかけました。

「ありがとう」

アリスはてのひらをそうっと出して、そのままゆっくり下に下ろしました。

「ここに置いてくれますか?」

アリスがトランプ兵に言うと、トランプ兵は小さなビスケットをいくつかと、飴を数個アリスの手の上に置きました。

アリスはトランプ兵達を驚かせないようにそうっとてのひらを口元まで持っていくと、帽子屋さんに向かっていいました。

「最初は一つ、ビスケットを食べてみようと思うの、どうかしら?」

「アリスがそう思うなら試してみるといい」

そこでアリスは小さなビスケットを一つ、口に入れて見ました。

「どうかしら?」

「・・・・・・大きくなってるよ」

帽子屋が言うとおりアリスはまた30センチ程大きくなってしまいました。

下のギャラリーや、トランプ兵もざわついています。

女王様は顔を赤くしてわめいています。

「どうしよう・・・・・・」

アリスが泣き声で帽子屋に相談すると、

「飴の方も試してみれば?」

と冷静に返されました。

これで大きくなったらどうしよう、という不安もありましたが、アリスは意を決して飴を一つ口に入れました。

「・・・・・・あ」

アリスはそう言って自分の身体を確認しました。

さっきよりも少しだけ小さくなった気がします。

「小さくなってるじゃないか。良かったね、アリス」

帽子屋がそう言ってくれます。

「うん、良かったわ」

アリスは泣きそうになりましたが、涙の池になってはいけないので我慢しました。

「このまま飴を舐めれば元の大きさに戻れるかしら」

アリスは手の平に乗っている、4個程の飴玉を眺めていいました。

「やってみるしかないなんじゃないか」

帽子屋の言葉に、アリスは頷いて、もう一つの飴を舐めました。

次第に小さくなっていくアリスに、トランプ兵達はホッとしているようでした。

飴を舐め切る頃には、アリスは元の大きさに戻っていました。

帽子屋は、下に降りれる高さまで縮むと、アリスの肩から地面へトンッと降りて、アリスが完全に元に戻るまで後ろで一緒に立っていました。

逃げなくていいのかな、とアリスは心配になりました。

そこへ白兎がかけてきました。

「アリス、君が大きくなって冷汗をかいたよ。もう何も食べないでくれよ」

「言われなくても食べないわよ。今回は食べて大きくなったんじゃないけど。こんなの二度とごめんだもの」

アリスと兎がそんなやりとりをしていると、そこへ女王様がゆっくりと向かって来ました。

さぞかし怒っているだろうな、とアリスは恐怖を抱きながら女王様が近づくのを見守っていました。


「・・・・・・アリス」

女王様はドスの効いた低い声で呼びかけました。

「はい、女王様」

アリスはカの鳴くような返事をしました。

「お前はこの間も巨大になって裁判をめちゃくちゃにしてくれたねえ。今度もわらわのクローケーの試合を台無しにしたね!」

女王様の怒りにアリスはたじたじになりながらも答えました。

「お言葉ですが、私だって好きで大きくなる訳じゃありません。勝手に大きくなってしまって、困っているんです」

「言い訳は聞いてない!」

アリスが言い分を言おうとしましたが、女王様は聞く耳を持たずプンプン怒っていました。

「それに、お前の横にいる男は誰だ?わらわは招いていない」

女王様は帽子屋を指差してすごい剣幕で言いました。

まずい、とアリスは思いました。

「あの、帽子屋さんは、私達をお城まで案内してくれたんです」

アリスはそう説明しましたが、女王様の怒りは解けません。

「わらわのクローケー場に勝手に入ったね!二人とも許さないよ!帽子屋とアリスの首をはねておしまい!」

女王様にそう宣言されて、アリスは頭から冷や水をかけられたようにサーっと冷たくなったように感じました。

「待ってください、あんまりだわ。私、お家に帰りたいの!クローケーならまた相手になりますから」

アリスは必死で女王様に訴えます。

「わらわは今はもうクローケーをしたい気分ではない」

女王様がそう告げるのを聞いて、アリスは横にいた帽子屋の腕にしがみつきました。

「どうしましょう。私達、どうなるの?」

帽子屋は、無言でアリスを抱きしめました。


「おや、クローケーはどうなったのかな?」

その時アリス達の背後から声がしました。

振り返ると、そこには緩やかな赤いマントをまとった王様の姿がありました。

カールした髪と髭は綺麗なブロンドの小太りな王様でした。

女王様はとてもやせていてきつそうな顔立ちなのに比べて、王様はだいぶ柔和な顔をしていました。

「あら、遅かったじゃないの。このアリスがまた巨大になって、クローケーはめちゃめちゃになってしまったんだよ。だからこの二人の首をはねてしまうことにしたからね」

女王様は嬉しそうに王様に報告しています。

アリスは、帽子屋の抱きしめる手に力が込められるのを感じました。

「そうか。でも、これからお前がクローケーの相手を探すのが大変になるんじゃないのかい」

王様がそう言うと、女王様は不機嫌そうな顔で言いました。

「何だって?そもそもあの子が勝手に大きくなったんだよ。クローケーの試合も台無しだし、イライラするったらないよ」

女王様はドンドンと足を踏み鳴らして赤い顔で怒って王様に詰め寄りました。

「確かにそうだろう。お前の怒りも分かる。ただ、次にクローケーをしたくなってももう呼ぶゲストが誰もいないんじゃないかい。お前はみんな首をはねてしまっただろう。今度の試合の為に処刑は見合わせたらどうかな」

王様は女王様に詰め寄られても涼しい顔で言ってのけます。

アリスは王様、がんばれ、と内心思っていました。


女王様は顔を赤くしたままウーッとうなると、アリスの方を見ました。

「ああ、いまいましい!お前は運がいいね。今回は見逃してあげるよ。でも、今度クローケーをしたくなったらまた白

兎を使いによこすからね。風のように飛んでやってくるんだよ」

「はい、女王様」

アリスは少しの間もおかずに返事をしました。

女王様が首をはねる気がなくなったので、心底ホッとしていたのです。

でも、呼ばれてももう二度とこんな怖い世界には来るものですか、と思っていました。


「早く家に帰りなさい」

王様は女王様には分からないようにアリスにウィンクをしました。

アリスは、王様ってなんていい人なのかしら、と思いました。

「せっかく時間も余ったし、庭でも散歩しようじゃないか?」

王様は女王様の腕を取っていいました。

「そう、では行きましょう。アリス、帽子屋、さっさとわらわの庭を出ておいき」

女王様はそういうと、王様と歩いていきます。

王様の言うことには割りと従うのね、とアリスは思いました。

二人が行ってしまうと、兎が素早くアリスの横に来ました。

「良かった。君が処刑されるのではないかと、気が気じゃなかったよ」

兎はその場でピョンピョン足踏みをしながら早口でアリスに言いました。

「そうなの?私が困っていた時に助けてくれなかったじゃないの」

アリスは兎を軽く睨みました。

「そ、それは・・・でもいざとなったら、なんとか処刑にならないように考えていたさ」

兎は、鼻をピクピクさせてあたふたと答えました。

「そうなの?・・・まあいいわ、こうして助かったんだもの」

アリスは表情を緩めました。

そんなアリスを見て、兎も安心したように言いました。

「じゃあ、一刻も早くこの国を出た方がいい。女王様の気がいつ変わるか分からないし、ここは君のいる世界とは根本的に違うから混乱するだろう」

アリスはようやくお家に帰れることが嬉しくて、

「ええ!ぜひ、案内してほしいわ」

と言いました。

その言葉を聞いて、先程からアリスの横で話を聞いていた帽子屋が悲しげな表情を浮かべてアリスの手を取りました。

「アリス、私を置いて行ってしまうのかい?」


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