アリスの秘密の世界8
アリスはお城へ向かおうと意気込みましたが、向かおうとして、場所が分からないことに気づきました。
そもそも、帽子屋についていく途中で、先程の危険なバラを見つけて足止めをくったのでした。
「お城の方角ならばこっちだ」
帽子屋がまた先頭に立って歩こうとしました。
「本当にそっちなのか?」
兎はあからさまに疑いのまなざしを向けています。
アリスも本当に帽子屋についていっていいか不安になっていました。
「大丈夫だ。私を信じて」
帽子屋がアリスのことをジッと見つめました。
アリスは、帽子屋に見つめられると、その端正な顔と漆黒の瞳に不覚にもドキドキしてしまいました。
「・・・・・・分かったわ」
「お城の近くに森はないと言っただろう。君は私の言うことを信じないのか?」
アリスの言葉を受けて、白兎が強い口調でアリスに詰め寄りました。
「だって、帽子屋さん止めるの、すごくエネルギーがいるわよ?それより、一度言葉に従って気が済むまで進ませましょうよ。万が一正しい道ってこともある訳だし」
アリスが兎の耳に顔を寄せて囁くと、
「・・・・・・また時間が過ぎていく・・・・・・いつになったら城にたどり着けるんだ」
兎は頭を抱えました。
「大丈夫よ、なんとかなるわ」
アリスが落ち込んだ兎を励まそうと声をかけましたが、キッときつく睨み返されてしまいました。
「一体どこの誰のせいでこんなに時間がかかっているんですかね」
兎の嫌味はいつものことだったので、アリスはさしてダメージを受けずに答えました。
「それはごめんなさい。でも、どちらにしても、もうここは森の中なんだし、今は帽子屋さんに頼るしかないんじゃないかしら。兎さんだって、どちらへ進めばいいか確証はないんでしょう?」
アリスに痛いところをつかれたのか、兎はその言葉を聞くと黙ってしまいました。
「じゃあ、進みましょうか。帽子屋さん、先導してくれる?」
兎が黙ったので、アリスは先で早く進みたそうに待っている帽子屋に声をかけました。
「分かった。じゃあ進むからついておいで」
帽子屋はアリスの言葉を聞くと前に向き直り進み始めました。
三人は森の中をぐんぐん進んで行きました。
森の奥にはさらに怪しい棘だらけの蔓や、原色に近い派手な色の巨大な花などがありましたが、なるべく怪しい植物には近づかずに進みました。
そうして、奥へ奥へと進みましたが、不思議と道は舗装されていて、ずっと先まで続いているのでした。
早足で進んでいく帽子屋を、白兎とアリスは急いで追いかけていきました。
すると、不意に帽子屋がピタッと立ち止まりました。
「どうしたの?帽子屋さん」
アリスは、もしかして道に迷ったのかな、と思って尋ねてみました。
「ここだ」
帽子屋は、なんの変哲もない森の中の一本の木の前に立ち止まると、後ろに回りました。
「その木がどうかしたのか」
兎がさして興味なさそうに帽子屋の後に続きながら尋ねます。
アリスも慌てて帽子屋と兎の後を追いました。
木の反対側に立つと、帽子屋は無言で木の中央を指さしました。
見ると、木の真ん中がポッカリと切り抜かれたように、空洞になっていました。
しかも、その穴の向こうには広々とした芝生と、木1本ない、太陽に照らされた大地が見えていたのです。
アリスと白兎はあっけにとられて、木の真ん中に出現した穴と、その先の景色を見つめました。
「帽子屋さんの言うこと、本当だったんだわ」
穴の向こう側には、お城も確かに見えています。
「ばかな、こんな森があるはずは・・・・・・」
白兎はそうつぶやくと、帽子屋を押しのけて、その穴に飛び込みました。
「あ、待って、兎さん」
アリスも慌てて白兎を追いかけました。
帽子屋は落ち着いた様子でアリスの後ろを歩いてきます。
穴を抜けると、びっくりすることが起こりました。
後ろにあったはずの森があとかたもなく消えてしまったのです。
通り抜けた瞬間に、今出て来た穴もなくなっていました。
アリスが呆然と見つめていると、そこにいきなり帽子屋がパッと現れました。
何もない所へいきなり出現したかのように見えました。
そこで、アリスは、帽子屋に問いただしました。
「これは一体どういうこと?魔法なの?」
「さあねえ。考えたことないからわからないね」
帽子屋は淡々と答えました。
「考えたことないの?こんなに不思議なのに?どうなってるのかしら。確かにヘンテコな世界だけど、今の穴は凄く凄く不思議だったわ」
アリスが何もない今まで扉があったはずの空間を見つめていると、今まで黙っていた兎が口を開きました。
「見た通りだ。この国ではありうる。私はその可能性を見落としていたようだ」
兎が冷静に言うので、アリスはここではあまり大騒ぎすることじゃないのかな、と考えました。
アリスにとっては、大騒ぎに値することでしたが。
「本当に不思議な国なのねえ」
アリスがため息をついていうと、兎は、
「そうだ。ここは不思議があふれている場所だ」
と答えました。
「アリスも早く帰りたいんだろう?早くお城へ向かおう」
兎がそう促すので、アリスは素早く頷くと、お城に向かって歩き出しました。
「私もついていこう」
帽子屋はアリスの隣に並びました。
帽子屋が隣に来ると、アリスは少し緊張してしまいました。
三人で黙ってお城へ向かっていると、不意に前方にピンク色の尻尾が現れました。
「あら」
アリスがその尻尾を見て立ち止まると、尻尾はゆらゆらと揺れました。
「チェシャ猫さんね!」
アリスは嬉しくなって手を合わせて叫びました。
「また現れたな猫め」
兎はそれまで張り切って前に進んでいたのに、急にアリスの後ろまで後退しました。
そして、アリスのスカートを掴んでこわごわチェシャ猫を覗きこみました。
それを見て、横にいた帽子屋はあからさまにムッとしました。
「猫が恐いなんて、臆病なんだな」
帽子屋が馬鹿にしたように言うので、アリスはつい口を出してしまいました。
「あら、誰にだって怖いもの位あるわ。それをわざわざ言うなんて意地悪よ」
帽子屋は、アリスに反論されてしゅんとしてしまいました。
「……君がそう言うのなら反省するよ」
落ち込んだ顔の帽子屋に、アリスは言い過ぎてしまったかしら、と思いました。
「そんなに落ち込まないで。私も言い過ぎたわ」
アリスがそう声をかけると、帽子屋は顔を輝かせてアリスに抱きつきました。
「アリス、許してくれるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
前には帽子屋、後ろには兎がいて、アリスは身動きが取れなくなってしまいました。
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「モテモテだね」
いつの間にか出現していたチェシャ猫はニヤニヤ笑いを浮かべて言いました。
「笑い事じゃないのよ」
アリスはムッとして言いました。
「笑ってないさ」
チェシャ猫は相変わらずニヤニヤしながら言いました。
「これが普段の顔だからね」
「あら、そうなの」
アリスはそういいながらも何とか兎と帽子屋から逃れようとしていました。
「帽子屋さん、苦しいわよ。どいてちょうだい、兎さん、チェシャ猫さん、いい猫さんだから怖がらなくていいのよ」
アリスがそう言うと、帽子屋は絶望に満ちた顔で、「アリスは私にそんな残酷な事を言うのか?」と言うし、兎は、「私が何を怖がっているって?言いがかりは止めてもらいたい」と怒るしですっかり途方にくれてしまいました。
「どうしたらいいのかしら?」
アリスが困惑した顔でシェシャ猫を見ると、チェシャ猫は、
「聞かないふりをしたらいいんじゃないか?相手にしないのが一番だよ」
と、尻尾をゆっくり一振りして答えました。
「関わらないって言ってもねえ……」
アリスは、いまは互いを睨んでいる兎と帽子屋をみつめました。
「お城じゃ女王様がカンカンに怒っていたなあ」
チェシャ猫が思い出したように話すと、兎と帽子屋は、すぐにアリスから離れました。
「先へいくぞ、アリス」
白兎が猛スピードで進みました。
帽子屋も、
「早くお城へ行って用事を済ませて、その後は二人で過ごそう」
とアリスにささやくと、先に歩きだしました。
「ありがとう、チェシャ猫さん」
二人の変わり身の早さにあっけにとられながらもアリスは心から感謝しました。
兎さんも、猫さんよりも女王様の方が怖かったのね、とアリスは思いました。
「どういたしまして。前に来たときも君は気丈にふるまっていたね。陰ながら応援しているんだよ」
「そうなの?ありがたいわ。また会えたらいいな」
アリスはチェシャ猫の温かい言葉に嬉しくなって言いました。
「アリスに何か伝えたい時にまた現れるよ」
チェシャ猫はウィンクすると、サッと溶けるように消えてしまいました。
「消えちゃったわ。あっという間ね……あら、帽子屋さんと兎さんは随分先にいるわ」
アリスとチェシャ猫が話している間にも、兎と帽子屋は凄いスピードで進んでいたようでした。
「待ってー!」
アリスは二人を追いかけて駆け足で進みます。
兎と帽子屋に追いつくと、三人になった一行は再びお城へ向かって歩きました。
「あら、お城のお庭が見えてきたわよ」」
しばらく歩くと、お城のお庭が見えてきました。
あちらこちらに赤いバラが沢山咲いています。
バラの花が咲き誇っているアーチの門も見えました。
そして、そのお庭では、トランプ兵達が忙しそうに動き回っていました。
「どうしたのかしら?もしかしてまた間違えて白いバラを植えてしまったのかしら?」
アリスが疑問に思って言うと、兎が言葉を返しました。
「・・・・・・違うね。多分、女王様がしびれをきらしたんだろう」
どういうことかしら?とアリスが思っていると、トランプ兵が兎を見つけて近寄ってきました。
「良かった。お戻りになられたんですね。早く女王様の元へお急ぎください」
「分かった。案内しろ」
兎は偉そうにいいました。
兎さんってここでは偉いのかしら?とアリスは思いました。
そういえば、前にお邪魔するはめになったお家も大きかったな、とアリスは思い出しました。
「こちらです!」
トランプ兵はアリス達がついてきているか振り返って確認しつつ進んでいきます。
アリスは帽子屋と兎と小走りで追いかけながら、随分歩いたわよね、と思っていました。
歩きつかれてくたくたになっていました。
ようやく案内されたのは、懐かしのクローケー場でした。
そこでは、空気がピリピリと張り詰めていました。
女王様が大声で叫んでいるのが聞こえました。
「アリスはまだなの?アリスを連れておいで!」
「はい、女王様」
アリスは女王様の前に慌てて進みました。
周りのトランプ兵達がホッとした表情を浮かべています。
女王様はアリスを見るときつい顔で話しました。
「一体いつまで私を待たせれば気がすむんだい。いくら待ったと思ってるの?」
「す、すみません、あの、いろいろありまして・・・・・・」
ありすは女王様の強い眼差しと威圧的な雰囲気にたじたじになりました。
「白兎、さっさと連れてこいと言ったじゃないの!」
女王様が叫ぶと、白兎は青ざめながら答えました。
「はい、それはもう。なかなか来たがらないアリスをせっついてようやく連れてまいりました」
ひどい!、とアリスは兎を睨みました。
兎は知らん顔で頭を下げています。
「私とのクローケーがしたくないっていうのかい?」
女王様の額が怒りでピクピクしているのが見えました。
アリスはまずい、と思って、なだめるように優しげな口調を心がけで話しました。
「いえ、とんでもございません。女王様に会うなら身だしなみを整えようと思って、気をつけて来たんです。
クローケー、楽しみにしていました。ぜひやりましょう」
アリスがそういうと、幾分女王様の顔が和らぎました。
「そう、ではやろう。支度をして」
女王の一言で、トランプ兵達と白兎は慌しく動き出しました。
アリスは、そういえば帽子屋さんはどうしたのかしら、と思い出しました。
周りをきょろきょろすると、バラの生垣に隠れている帽子屋を発見しました。
アリスは呆れましたが、この女王様相手じゃ仕方ないかな、と思い直しました。
「どうしたんだい?アリス」
女王様はアリスがきょろきょろしているのを見咎めて尋ねました。
「あ、いえ、素敵なお庭だと思って感心していたんです」
アリスは、もう小さな子供ではなかったので、お世辞を言ってごまかしました。
「まあ、嬉しいことを言ってくれるじゃないの」
女王様の機嫌もよくなったようでした。
そこでアリスは気になっていたことを聞いてみました。
「女王様は、なぜ私を呼んだのですか?この間来た時はあまりいい別れ方じゃなかったと思うんですけど」
アリスがおそるおそる尋ねると、女王様はアリスをジロッと見ました。
「そうだねえ。確かにお前とはいい別れ方だったとは言えないね。でも、私はクローケーがしたかったし、呼んだゲストは首をはねてしまってもういなくなってしまったからねえ。だからお前を思い出して呼んだんだよ」
呼ばれたくなかったわ、とアリスは思いました。
他のゲストはみんな首をはねられたなんて冗談じゃありません。
早くお家に帰りたい、とアリスは思いました。