元旦SP小説「SurugaDIE BLOOD」
※この物語はフィクションであり、実在の人物、劇場、会社、スタジオ等とはまったく関係ございません。
ギィッ...ギイッ...ギギギッ...。
濁った汗を滴らせながら、鋭利とは言えない石で壁に線を刻もうとする男は、歯を震わせつつも全身を石に込め、壁に向かってなにか遠い未来を見つめているようだった。
ギッ...
「あと...23日だ...。」
線の数は猟奇的な数で、そして病的に整理されていた。それはこの絶望的な環境で時間を知る唯一の手段、いわばカレンダー。
あと23日後に行われるもの、
それは
「Jimbochoファーストステージ」である!
地獄の一丁目、奈落の底、賽の河原、墓地。
駿河台下スタジオに収監された囚人たちに残された唯一の「蜘蛛の糸」であった!
それは血で血を洗う極限空間であり、死も恐れず勝ち進めば、「劇場メンバー」という基本的人権を獲得する。それはこのお笑い戦闘地区 神保町にとって唯一無二の秩序なのである!
「ファーストステージを勝ち進めば、俺は劇場メンバーになるッ!劇場メンバーになって、公式Instagramの集合写真に載って載って載りまくるんだ!」
叫ぶこの男は、そのJimbochoスクールカースト最下層に属する芸人のひとりだ。
神保町漫才劇場公式Instagramに連日写真を掲載されること、1mmでも日の目を浴びること、それが駿河台下スタジオ受刑者の悲願である。
「こうしちゃいられない…ラスタイケブクロで3ステだ!」
男は立ち上がり、膝についた土埃を払うと踵を返した。
そこには屈強な男が立っていた。
瞳の輝きは、土埃のそれだった。
「ネクストで死ぬんだよお前は。」
「お前は…NEXT…?」
第1関門ファーストステージを乗り越えし者、それは「NEXT」と呼ばれていた。
「ファーストステージで生き残っても、お前はネクストステージで死ぬんだよッ!」
ファーストステージを終えても、始まるのはJimbochoネクストステージというまたしても命のやり取り。ファーストステージを生き残ったものたちによる、ライブ時間3時間デスマッチ。
希望に満ち溢れる男は、足元に放たれた唾を避けると、
「俺は絶対に神保町漫才劇場メンバーになる。俺の笑いを認めてもらう。賞レースで勝つ。そして、売れるんだッッ!!!!」
「あれを見ろ。」
気合いの入ったタンカがいなされ少し拍子抜けの表情が示された景色で一瞬にして曇った。
「なんだよッ あれッ!!」
全身を包帯で巻かれ、合間見える視線は漆黒のそれで、包帯には鮮血が染みていて、なによりも、右腕が、なかった。
「サバイバルバトルに、行ったんじゃ…」
Jimbochoネクストステージのその先、
Jimbochoサバイバルバトルに進出した芸人が、満身創痍の状態で横たわっていた。
「あとひとつ…順位…あとひとつ順位があれば…ゲキジョメンバ…ダタノニ…」
泡沫のように言葉が目の前の惨状から放たれている、それがしめす現実に男は失禁しそうになりながら、
「彼は、どうしたんだよ!!」
ネクストに強く問いかける。自分の未来が、「あれ」だと思わないようにして。
「サバイバルバトルで、劇場メンバーの勝負ネタで右腕と両目、神経を持ってかれた。サバイバルバトルまで死に物狂いで突き進んでも、負けたらこのザマよ!」
豪快な笑い声には、どこか自嘲のようなものも含まれていた。
「俺は、違う!俺は違う違う違うッッ!!」
「ここの連中は、どうせ狩られる立場なんだよ。」
沈黙。
まざまざと見せつけられたリアルに、男は沈黙せざるをえなかった。
その時、
扉が重い音を鳴らして開いた。
駿河台下スタジオに何日ぶりの光と風が刺した。
駿河台下スタジオの住人たちが、扉の先に現れた人物を見つめる。
その光が、希望の光ならばどんなに良かったことか。
「お前はーーーーーーー」
「どうもッ!ラグビー芸人の神夜(しんや)です!ここが駿河台下スタジオやな~ッ!おっほッ~!駿河台下の弱小共がうじゃうじゃおるで!」
漆黒のラグビーユニフォームをまとった大男が数百はいる駿河台下スタジオの囚人たちを物珍しそうに眺めている。その巨躯は、劇場メンバーのスケール!
「劇場メンバーがなんの用だ!!ここはお前らが来るような場所じゃねぇ!」
駿河台下スタジオの囚人が、あろうことにか劇場メンバーに楯突く!
「なんや?人工芝かと思ったら芸人かいな。」
「うるせぇ!!劇場メンバーがなんだ!やぁってやるよッ!」
男がナイフを持って神夜に向かっていく!下克上だ!
「おぉ、モノボケか?来いや!!!!!来ぉぉいッッッ!!」
神夜に、ナイフの切っ先が向かうその瞬間、その瞬間にッッッ!!
「ぎゃっ」
ナイフを持った男の体が、爆ぜた!血しぶきが駿河台下スタジオに染めていく!その原因はこのラガーマンの力にほかならないのは言うまでもない!
「おっと、これはモノマネ"命知らずな雑魚の体を風圧だけで爆散させる鈴木先生"や。見れて光栄やったのう!!」
カランカランッ
持っていたナイフが弱々しく床に落ちた。一連のやり取りは、駿河台下スタジオの囚人たちを絶望に叩き込むにはあまりにも衝撃が強すぎた。
「あぁぁ~」
失禁する芸人たちのリアクションは、正常だ。この場で正気を保っていられる人間は、よっぽどの馬鹿、または、「ポテンシャル」の持ち主だろう。
絶望の前に立っているのは、殺人ラガーマンと、
「悪かったでぇ!そんなつもりは無かったんや!ただ人を探してたんやが…見たようじゃ、クソザコナメクジしかおらんようやなぁ!!…ん?」
「俺は…売れるんだ.....…」
壁を掘っていたあの男が、この血なまぐさい戦闘領域で、立っている!?立っているのだ!
「...…」
神夜は少し沈黙して。
「ッッッッッ!!ワッハッハ!!まだボールを持っていた奴がいるとは!なんやお前は!」
丸太のような指を刺して、男を笑った。
「ハラだ…。」
「なんてぇ?そんな声量じゃ漫才劇場じゃ客席から射殺されるでぇ!」
オーバーリアクション。耳に手をやるオーバーリアクションとすっぼけた表情でハラを見つめた。
「ハラちゃ~ん、だッッッッッ!!!!!」
「!」
駿河台下スタジオの者とは思えぬその眼差しに、神夜は一瞬だけ目を丸くしたのち、続けて爆笑した。
「アホみたいな芸名やのう。どうせハラもお前の苗字かなんかやろ?自分の名前だけの芸名は、俺のように真に実力のある芸人がつけるもんや!!ワッハッハ!!ぬっ!?」
ドン…
神夜の腹に、ハラちゃ~んの拳が命中した。もちろん、その程度の拳で神夜にダメージを与えることは絶対にないのだが!
「反則やぁああああッッ!!!お前みたいなクソザコが、俺の体に触れるなどッッ!」
この大男の堪忍袋を破壊するには十分な行為だった。
「どけ…俺は元ジャニーズjrだ。」
「その反則、死をもって強制退場やッッ!!」
劇場メンバーと駿河台下スタジオ囚人の不釣り合いな戦闘が今、勃発した!!
板付き2名、このバトルのネタ尺は1秒か!それとも!!?
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「SPARKLE…のメンバー、集まりし…時、駿河台に、光刺し、大いなる闇を晴らす…?」
元明治大学の廃墟の図書館で、書物を開く眼鏡の男。
「なんのことやら…そんなことより、衣装を探さないと…。」
伝説のはじまりの、少しだけ前。
メガネの男が、支度を始めた。
SurugaDIE BLOOD.
to be continued...…?
※この物語はフィクションであり、現実とはなにも関係ありません。