54日目 さよならST

長いこと入院生活を共にしていた骨盤の創外固定が取り除かれて、一夜。5時半に目が覚める。おそるおそる身体を起こす。骨盤の左右のでっぱったところにはぶ厚いガーゼが貼られている。ガーゼには血が染みているが、痛みはない。目を覚ました私に気付き、担当看護師くんが、ちょっと早いけどと検温しに来る。36.4℃。抜釘による熱はなさそうだ。

朝食をいただき、トイレ、洗顔。スピーチカニューレデビューしたばかりのおとなりベッドの女の子と、「おはようございます」と挨拶を交わす。とてもかわいい声。声が出るようになってよかったね。

おむかいのベッドには新患さんが入った。地元のおばさまでなまりが強い。お見舞いの娘さんとの会話になると、もっとなまりが強くでる。カーテンの向こうから聞こえるおしゃべりはなんだか迫力がある。

整形外科の朝の回診で、昨晩ピンを外した患部をチェックした。分厚いガーゼではなく、もっと薄い保護材に貼りかえる。せっかく貼りかえたところ申訳ないが、そのあとすぐに創洗浄のため看護師さんは保護材を外し、傷まわりの血を泡でやさしく洗ってくれた。

リハビリまで時間があったので、自主リハビリをする。二本足で立ち、かかとあげ。ひざの曲げ伸ばし。ちょっとふらっとする。血が出ていったからだろうか。安静にしていよう。

言語聴覚療法リハビリでは絵合わせ。これは好き。「ハノイの塔」7段に何回目かの挑戦をしたら、9分。目標は7分以下だったのに、残念。悔しい。STさんがちょっとあらたまった面持で切り出す。

「ますこさん、言語リハを続けてきましたが、特に異常ありません。ますこさんは望むなら、終わりにできますし、続けたければ続けることもできます。どうしますか。」「気分転換になるのであれば、続けても大丈夫です」

答えに悩む。STさんとのおしゃべりの時間、パズルの時間は正直、毎日の楽しみだった。続けていたい気持ちはある。でもその一方、私に必要なリハビリだろうかと、考えないこともなかった。もっと必要な人に時間を譲った方がいいのでは、と。今、私が自分でできる事は格段に増えているし、時間の使い方も工夫できるようになった。だから思い切って、STさんにその気持ちを伝えることにした。

リハビリの終了は、担当の方とのお別れを意味する。STさんは同世代の女性でパンやめぐりの話や身の上話をしたりして、仲良くさせてもらったので、別れは寂しかった。しかし向こうはお仕事。お互いよい時間の使い方ができますように。さようなら、ありがとう。

理学療法リハビリは、いつもの担当PTさんがお休みだったのでICU時代のPTさんが今日は面倒をみてくれた。体重計をつかって正しく荷重を制限して歩けているかの確認。仰向けにねっころがって筋トレ。足を立て仰向けになった時の、足の曲げる角度によって、力をいれた時に使う筋肉の場所がかわるという。身体の仕組みを熟知しているPTさん、すごいなぁ。

ベッドに戻り読書をする。グリム童話の続き。残酷なお話しが多いこと多いこと。男が悪魔になることが少ないような気がする。少女や美しい女は悲しい思いをしながらも救われる。おばあさんやお母さんは大抵悪者や魔女。例外もあるけれど。悪者は酷いおわりかたをする。

童話には裏がある。ちょっと考えてみよう。


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