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和牛の肥育管理のコツ①(肥育前期)

(1)概要

 和牛は、8~10ヶ月齢までの育成期間の後、肥育に向けての準備を行う「肥育前期」と呼ばれる期間に入る。この期間は、肥育中期から後期(仕上げ期)に大きく影響する大事な期間となる。

(2) 肥育前期の粗飼料の重要性

 肥育前期は消化器官や内臓組織が発達中なので、粗飼料を十分給与する必要がある。粗飼料を十分に給与することは、第1胃の容量を大きくし、肥育中期での濃厚飼料摂取量を高めることにつながり、さらには、枝肉重量や脂肪交雑に大きな影響を与える。肥育前期の段階までに飼料摂取の能力を最大値にする必要があり、このことは第1胃のみでなくその他の臓器や消化器官の発達にも影響する。

 肥育前期の粗飼料は、第1胃内での絨毛の発達にも影響している。この時期に第1胃内の絨毛を十分に成長させておくことにより、第1胃内の表面積が大きくなり、第1胃内で微生物によって分解された栄養であるVFA(揮発性脂肪酸)を十分に無駄なく吸収することができる。

 粗飼料給与量を十分に行えば、子牛導入後30日程度で肋張り(体幅)が大きくなってくる。最近の事例から、肥育前期に十分な粗飼料を摂取すると、固め食いする牛が少ないことも判明している。粗飼料摂取が十分であれば、第1胃で形成されるルーメンマットが安定的であるため、急速な第1胃内でのpHの低下(酸性化)が起こりにくくなるためである。これにより第1胃の恒常性が保たれるので、第1胃内の微生物叢も安定した状態で推移する。この状態は牛へのストレスが少ない。

 逆に、粗飼料不足になると第1胃内のルーメンマットの形成が薄くなり、濃厚飼料のような比重の重いものは第1胃内で急速に分解されて、pHが低下してしまう。第1胃内のpHが5.5以下になると、牛は飼料摂取を行わなくなり、pHが6.0程度に戻ると食べることができる。そのために第1胃内pHの回復に時間がかかれば、空腹となり、回復後に大量に飼料摂取するようになる。これを固め食い(スラグフィーディング)と呼ぶ。

 肥育前期から固め食いが癖になると、肥育中期に濃厚飼料が増えても固め食いをし、第1胃内のpHが急速に下がってしまい、第1胃内の微生物がダメージを受ける。これが肥育成績に悪影響を与える要因になってしまう。このため、肥育前期に十分な粗飼料給与することで固め食いをしない牛にすることが重要となる。 

 肥育牛の場合は、粗飼料給与の割合を少なくして濃厚飼料を多給することで牛を肥らせることを行うので、第1胃内pHが低下しやすい。第1胃内pHが低下すると第1胃内での微生物がダメージを受けて死滅し、多くの内毒素が発生し、第1胃や腸、肝臓にダメージを与える。その結果、胃腸出血やルーメンパラケラトージスなどの第1胃壁の傷害、肝膿瘍や鋸屑肝などの肝臓障害、骨軟症などが見られる。と畜時の衛生検査により、これらの内臓は一部または全部廃棄となる。肥育前期における粗飼料の給与不足は、最終的な枝肉になった段階での枝肉重量、歩留などに大きな影響を与えることになる。

 哺育期からの粗飼料給与が不足している牛は異常行動をしていることが多いことも知られている。この写真は、舌のローリング(遊び)をしている牛である。

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        写真. 舌遊びする牛

この牛は、哺乳期にほとんどミルクのみで飼育されており、育成期に粗飼料の摂取量が高まらない(食べない)まま肥育素牛として導入された個体である。この舌のローリングは、品種特性がありジャージ種や黒毛和種では多く見られ、ホルスタイン種では少ない傾向がある。

(3)肥育前期の粗飼料給与の留意点

 肥育前期の管理を十分に行えば、肥育中期から後期(仕上げ期)は順調に推移することができる。肥育前期の飼養管理の良し悪しが枝肉成績に大きな影響を与える。肥育牛の体組織は、内臓などが早めに発育ピークが来て、骨格、筋肉、脂肪という順序になっている。肥育前期では骨格や内臓の発育最盛期を過ぎているが、第1胃の成長はまだ続いており、消化管として未完成の状態にある。第1胃の容量(大きさ)と絨毛と腸と肝臓などの臓器の発育は続いているので、粗飼料を十分に摂取させる必要がある。

 また、肥育前期は筋肉の発育の時期(赤身になる部位)であり、胸最長筋(ロース芯)が太く、バラが厚く、ももの張りのある肉牛に仕上げるためにも、タンパク質やカロリー、ミネラルなどを含めた栄養摂取量を十分に行う必要がある。しかし、栄養成分の高い濃厚飼料ばかり給与すると腹腔内脂肪や筋間脂肪が過剰に付着することになるので、粗飼料と濃厚飼料のバランスを取った給与が重要である。

 肥育前期では牛自体も食欲が旺盛となる時期で飼料の食い込みが高くなる。そのため、牛は濃厚飼料を短時間で食べてしまうので、飼槽に十分な粗飼料を給与しておき、空腹時に粗飼料をいつでも食べられるような管理が必要である。特に、夕方の給与から翌日の朝まで、粗飼料が不足しないようにしなければならない。朝に飼料が無くなっていて飼槽を舐めていれば、不足している。飼槽が小さい場合などは草架などを取り付けて不足しないような工夫が必要となる。

 給与する粗飼料は、カビなどが無いもので十分な繊維分があるものである。具体的には、粗飼料分析でADFやNDF含量が高いものとなるが、粗飼料を直接触って手のひらでチクチクした感触があるものが良い。基本は牛が食べることが前提となる。

 粗飼料と濃厚飼料をバランスよく食べているかどうかは、糞性状が“硬い”か“軟らかい”によって判断できる。購入した乾草や自給飼料を給与した時に、牛の糞性状が軟らかく変化した場合、消化が速くなったと考えられる。消化を遅くするために濃厚飼料を減量することや、稲わらのような硬い繊維質なものを足すこと、切断していれば切断長を長くするといった工夫が必要である。糞性状が硬くなった場合は、繊維が硬いので濃厚飼料を増やし、切断長を短くしたりすることで消化が早くなる工夫をする。

 牛にストレスを与えないことは肥育期間を通して重要である。ストレスは、騒音、暑熱、寒さ、湿度などの環境要因や、牛舎構造(飼槽の大きさや幅、マセン棒の位置、牛房の面積、牛床管理など)の他、管理者の牛の取り扱い(大きな声や電気鞭など)が考えられ、可能な限り少なくすることが必要である。

 特に、導入後や牛の編成を変えた場合、移動によるストレスにより牛が虚弱(風邪や下痢など)となっていないか、新たな群飼による負けている個体はいないか、などを早期発見する必要がある。頻繁な観察と、迅速な対処が必要である。

(4)肥育素牛の過肥と飼い直しの重要性

 肥育前期は、自家産子牛(一貫経営で、繁殖を行った子牛を自ら肥育する場合)と、導入子牛(繁殖農家から子牛を購入し、肥育農家が肥育する場合)とでは、飼養管理が異なる。下の写真は、一貫経営で肥育成績の良い生産者が育成中の、肋張りの良く無駄な脂肪のない肥育素牛の状態である

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    写真. 肋張りの良く無駄な脂肪のない肥育素牛


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    写真.肋張りの良い牛(左)と肋張りの悪い牛(右)

 近年の子牛市場では、体重が大きいほど価格が高くなる傾向のため、育成期に濃厚飼料を多給するケースが多い。そのため、販売される肥育素牛の多くが過肥になっており、肥育前期において過肥を是正する必要がある。すなわち、過肥牛には余分な脂肪が付着しているためにこれを取り除く必要がある。

 子牛の段階で余分な脂肪が腹腔内や筋間に付着するのは生後月齢では7~10ヶ月齢時期になるので、繁殖農家で育成されている時期に重なる。そのために子牛導入には素牛の見極めが重要となる。一貫経営でも、無駄な脂肪が付着している過肥な自家産子牛(肥育素牛)の場合、飼い直しが必要である。市場で販売しないで戻ってきた子牛(買い戻した牛)を肥育する場合も同様である。    

 育成期に付着した余分な脂肪は、肥育を行う過程ではプラスよりもマイナスの影響を与えることになる。そのために子牛を導入後は粗飼料主体の飼料給与を行う必要がある。その理由としては、過肥な牛(濃厚飼料の給与量が多く、粗飼料給与が少ない飼養管理で育成された牛)は、十分な消化器官の発育がされていないことが多いためである。消化器官の発育は生後12ヶ月齢までとされており、消化器官(内臓器官も含む)が十分に発達していないと、その後の肥育期間での飼料摂取量が多くならない。一般的に肥育用の濃厚飼料摂取量の10%程度が枝肉重量になるとされていることから、十分な枝肉重量を得るためには、肥育期間に飼料摂取量を高めることができる牛が必要となる。下図のように、近年の枝肉重量は改良の影響もあり増加してきているものの、肥育前期での管理が重要である。

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 図.枝肉重量の年度別の推移
  (家畜改良センター枝肉成績とりまとめ概要平成30年度より)

 肥育前期の飼養管理は、前述のような背景から導入時から1~3ヶ月程度の期間は、粗飼料主体給与による「飼い直し」が必要となる。飼い直しは、粗飼料を飽食にして十分な腹作りをして飼料摂取が十分できるようにすることと、過剰に蓄積した脂肪を取り除くことが目的となってくる。

 この時期の粗飼料は、繊維質に富み、嗜好性が良く、水分含量の少ない乾草や、低水分のサイレージが適している。水分の多いサイレージなどを給与する場合には、稲わらや硬い乾草などを併用した給与が必要となる。粗飼料で繊維質に富むものを給与するのは、付着している過剰な脂肪を取り除くことと十分な腹作りのためである。

 牛は飼槽から乾草を口に入れて必ず咀嚼してから飲み込む。これは飲み込める長さの1㎝まで口内で咀嚼してからでないと嚥下しない。繊維分が多い粗飼料を摂取すると、咀嚼回数が多くなり、第1胃内での繊維の分解が遅くなるため、反芻回数も同様に増えることになり、唾液の分泌量が増加する。唾液が増えることで生理的には成長ホルモン(GH, Growth hormone)の分泌量が増加する。成長ホルモンは、代謝の促進効果があり、特に窒素の排出を抑制して組織タンパク質を増加させる。一方、脂質代謝においては脂肪組織に作用して脂肪分解と動員を促進させる効果がある。すなわち、唾液を十分に分泌させることで牛の組織タンパク質を増加させることになり。その結果として筋肉量を増すことができる。また余分に蓄積している脂肪を減らすことになる。

 逆に、濃厚飼料の給与が粗飼料よりも多いと成長ホルモンが減少してインスリン(Insulin)が増加する。インスリンは、肝臓や筋肉への糖の取り込みや中性脂肪の合成促進をする働きがあり、インスリンが増加すると脂肪代謝が亢進して蓄積することになる。すなわち、肥育牛ではインシュリンが増加することが重要であるが、肥育前期では余分な脂肪を取り除くことや消化器官や内臓の発育を促すためには成長ホルモンの分泌量を増やすことが重要となってくる。このことから肥育前期での繊維分の多い粗飼料(硬めの繊維分)を十分に摂取させるような給与が必要である。

 この前期における飼養管理の影響は、枝肉成績に及ぼす。特に育成期からの過剰に蓄積した脂肪が及ぼす影響が最も大きい。特に筋間の余分な脂肪は、ロース芯(胸最長筋)の変形を起こす要因である。ロース芯の変形は、枝肉でも最も高く販売する部位なので販売価格に影響を与える。(写真参照)

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            写真. ロース芯の変形した枝肉

 また脂肪の多い枝肉は、筋間だけでなくバラ先や皮下脂肪も厚くなる傾向がある。そのため、枝肉を部位ごとにパーツした時に無駄な脂肪を取り除くと正肉歩留が低くなってしまう。正肉歩留は、販売できる肉がどの程度取れるかに直結するので枝肉購買者の“目利き”の重要なポイントになっている。肥育前期での余分な脂肪は、そのまま蓄積しているだけでなくインスリンの作用により脂肪に脂肪が蓄積する悪循環をもたらし、枝肉の歩留だけでなく正肉歩留も低下させてしまう。

(5)肥育前期の事例集

 現在準備中
 (具体的な飼料の給与量や種類、枝肉成績など)

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