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インド料理の「何を選ぶか」によってバレる国民性(伊仏英)
魚料理が世界一美味しいと言っても過言ではない「金沢」に住んでいながら、僕はインド料理にハマってしまった。スパイスの独特の香りや風味、それが重なり合って奏でるハーモニー、そして多様な食材。インド料理は、人々の生活や歴史、文化を凝縮したような奥深い魅力を持っている。
そんな魅力を身近に味わえる店として僕が大好きなのが金沢市せせらぎ通りにある「アシルワード」で、店に行けばいつも外国人の観光客の多さに驚く。
いったい彼らはどんなメニューを楽しんでいるのだろう? そんなテーマに興味が湧き、日本人オーナーに話を聞いてみると、まさかの面白い現実がわかった。注文するメニューや料理の組み合わせから、なんと、国籍やその国の食文化の特徴が現れてくるのだ。
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今回は、インド料理を通して食の好みからその人のルーツを探る、ちょっと変わったフードエッセイを書こうと思う。
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そもそも、インド料理の代表メニューは地方によって大きく変わる。北インドのバターチキンやマトンカレー、南インドのドーサやイドリ、そして東インドのフィッシュカレーなど、地域ごとの特徴が色濃く出る。
また、インドからの移民やその子孫たちが世界の多くの地域に暮らしているため、インド料理の人気は世界中に広がっている。国ごとの食文化を背景にしたアレンジも見られる。ベジタリアンやヴィーガンの人が楽しめるメニューも豊富で、グルテンフリーや宗教的な理由で食材の制限がある人の受け皿にもなる。ある意味、どこの国のどんな人でも楽しめる料理と言える。
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イタリア編
国民性が出るメニューについて具体的に考えた人はあまりいないと思うけど、まずはイタリア編から始めたい。僕も含めて多くのイタリア人が頼むメニューは、野菜カレーや豆カレーだ。なぜかというと、地中海ダイエットのような感覚でヘルシーに食べられて、イタリアを代表する野菜たっぷりのミネストローネに非常に近いから。どんな野菜が入っていても大丈夫だし、すっと完食できるのだ。
面白いのはチーズナンではなく、プレーンナンを頼んでいるイタリア人が多いこと。好きなタイミングでナンをちぎってカレーにつけて、パンのように食べられる。もう一つ挙げるとしたら(店によってメニューの有無はあるけれど)チキンのスープカレーだろう。イタリアにもよくあるチキンベースの出汁で、パスタでよくある組み合わせ。これらが揃えばイタリア人は安心できるし、期待ハズレにはならないはず。
インド料理店にいながらもイタリア料理に近い楽しみ方を見出すことで、イタリアの恋しい味とインドの新発見の味を両方楽しめる。
アシルワードオーナーの千葉さんと話せば話すほど、インド料理に隠れている面白い話がたくさん出てきて、いつも聞きながら「なるほど!」となる。イタリア人として、「わかるわかる」の気持ちにもなっている。一方で、ヨーロッパの中でインド料理が1番人気の国はイギリスらしい。彼らはインド人のようにインド料理に詳しいそうで、その中でイギリス料理へのこだわりもある。
イギリス編
アシルワードでイギリス人がよく頼むのはチキンティッカマサラとガーリックナンだ。話を聞いて面白いと思ったのは、メニューすら見ずに注文するイギリス人が多いということ!なぜ、チキンティッカマサラがイギリス人に人気なのか。
それは、チキンティッカマサラはイギリスのインド系シェフが生み出した料理と言われているからだ。チキンティッカを注文した客からのリクエストで、トマトスープにスパイスとクリームを加えて作ったものが起源とされている。
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アシルワードを訪ねたイギリス人のお客さんによると、イギリスではインド系の移民・国民が多く、カレーが大人気になったそう。この流れで、インド料理そのものを「Our national food 」と彼ら自身が認識しているようだ。
そして、イギリスでは、鶏肉が一般的に好まれる食材らしい。2001年、当時イギリスの外務大臣だったロビン・クックはチキンティッカマサラを「イギリスの国民料理」と呼んだ。なんとインドカレーがイギリス料理に入っているという話を聞いて、そんな話もそれに近い話もイタリアではないから、僕はちょっと羨ましい気持ちになった。
アシルワードのレシピでは、チキンティッカ(もも肉の骨なしタンドーリチキン)をトマトベースのクリーミーなソースと合わせ、そこに素揚げした香味野菜(玉ねぎ、ピーマン)を加えて煮込む。最後にチリパウダーでお客さんの好みの辛さに仕上げる。チキンは柔らかくて香りが良く、それだけで食べても食欲が倍増する美味しさだ。
フランス編
イタリアとイギリスの次はフランスの番。
アシルワードのチキンサイクルマ(Chicken Shahi Kruma)は、イギリス人も多く頼んでいるようだけど、最も多く頼まれている国はフランスだそう。「Shahi」はヒンディー語で「王室の」「豪華な」「高貴な」という意味で、ムガル帝国時代の宮廷料理としての背景を持つとされている。
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「Shahi」=「シャヒ」と片仮名表記されることが多いけど、アシルワードではオープン時から、インド人シェフたちの発音に基づいて「サイ」にしてきた、とオーナーの千葉さん。
さらに話を聞けば、クルマよりも一般的なカレーとして似た名前の「Korma(コルマ)」があって、クリームやヨーグルトといった乳製品、それにナッツのペーストなどを使って濃厚な仕上がりにするのが北インドの一般的なコルマの特徴。それが南インドでは、ココナッツを用いたレシピに変わる場合があって、呼称も「Kruma(クルマ)」に変わることがあるようだ。といっても、ココナッツを使う=「クルマ」というわけでもなく、地域や店ごとでまちまちで規則性などは見られないというから、そこもまた面白い。
アシルワードのレシピでは、ミルクやクリームのほかにココナッツ、カシューナッツのペーストが使われていて、具材として「チキンマライティッカ」が煮込まれる。チキンマライティッカはチキンティッカの味違いで、よりまろやかでクリーミーな味わいが特徴だ。
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チキンサイクルマには乳製品がたっぷり使われていてクリーミーだと聞いた瞬間、確かにフランスを思い出した。チーズを使う料理も多く、クリーミーな味が大好きなフランス人が好みそうな味わいだ。そんなカレーに合わせてよく頼まれているのがチーズナンだそうで、イタリア人はプレーンナン、フランス人はチーズナンという違いは、歴史と食文化のこだわりから生まれているのだと改めて感じた。
味覚の多様性こそが、食の面白さで、もちろん今回のエッセイもあくまでも一つの例え話。生まれ育った環境に始まり、個人の経験や嗜好によって食の好みが固まっていくとすれば、それはまさに「自分」という一人の人間を形作るパズルのピースのようなものだ。
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そして、そんな食に関して僕がいつも大切にしているのは、様々な国の料理を味わい、その国の文化に触れること。こうしてインド料理を通して世界の食文化の多様性に触れ、自分自身の食の好みを見つめ直すきっかけにできれば、それはすごく有意義なことだと思う。
世界中で人気のインド料理は、文化や歴史、人々の心を映し出す鏡のようなものなのかもしれない。
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インド料理を通した自分自身の探求の旅、皆さんもいかがだろうか。
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