問題はそこなのだ
夜中になると、いつも家の前の公園から、二、三人の子どもたちの遊ぶ甲高い声が聞こえてくる。最初は子どもだなんて思わずに、女子中学生がたむろして、騒いでいるのかと思っていた。
ところがそれはどうも違うようだ。
「あははは-、きゃっきゃっ」
中学生にしては声が若いし、思春期特有の臭みがない。時折「オレ」などという男の子の言葉遣いも混じっている。ということは声の持ち主は、おそらくは幼稚園児か小学校低学年の声だ。
そんな幼児が、そんな夜中に、いったい何をやっているのだ。いったい親は何をしているのだ。
しかし待てよ、問題はそこにあるのではない。ここに引っ越してきて十数年経つけれど、
「あははは-、きゃっきゃっ」
その声は引っ越してきた当初から今までずっと聞こえていて、なぜか同じ子どもの声なのだ。
果たしておよそ十数年前の幼児が、十数年後も幼児であることが、ありうるのか。いや、そんなことは絶対にない。ということは、
「その子どもたちはこの世の人なのか・・」
という疑問が出てくる。問題はそこなのだ。 (2009年6月28日)