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【詩】風の中を漕いでいく

ぼくは再び風の中を漕いでいた。
以前何もなかったかのように
ぼくは風の中を進んでいた。

あれはまったく何もなかったのだけれど
ぼくには何もないとわかっていたのだけれど
あたかも、虹や陽炎を見る心地で
ぼくはそれを真剣に見つめていた。
見つめてはそれがひとつの夢だと知っていながら
ぼくはその夢にとらわれていった。

ある日それが極まった時
そう鼻歌でも歌っていた時だったろう。
再びぼくは風の中を漕いでいるのに気がついた。
かといって舟なんてどこにもない。
ただひたすら風の中を漕いでいたのだ。
ひとつの門に向かってぼくは漕いでいたのだ。

十方は無量であり
その存在も定かではないが
ぼくは漕いでいるのだ。
とにかく
極近くにある、遥か彼方に向かって
目には見えない、確かな指標に向かって
ぼくは小さくもあり、大きくもある
ありもしない舟を漕いでいるのだ。


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