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延命十句観音経霊験記1
1,
ぼくは二つのお経を唱えることが出来る。一つが“般若心経”で、もう一つが“延命十句観音経”というお経だ。
ぼくがこれらのお経を覚えたのは、昭和61年だった。
20代後半のこの年に、ぼくは精神的に病んでいたことがある。あることに悩みを持ってしまい、それから抜けられなくなった。それが極まって、鬱に近い状態にまで陥ってしまったのだ。
朝から心が晴れず、ちょっとしたことで沈みがちになり、すぐに自分の殻に閉じこもってしまう。自然、人と接触することも避けるようになった。
一日のうちで心が晴れるのは、風呂に入っている時だけ。風呂から上がって、寝るまでの間はその状態が続いているのだが、朝になるとまた心が暗くなった。
こういう状態が3ヶ月近くも続いた。
2,
その間、何もせずに手をこまねいていたわけではなかった。「何とかしなければ」と思い、そのためにいろいろな本を読み、その解決法を模索したのだ。それは思想書であったり、自己啓発書であったりした。
しかし、そういう本で心の状態は改善しなかった。
3,
こういう場合、人に相談すれば少しは気が楽になるのだろうが、人と接触するのが嫌になっていたから、相談する気にもならない。
たまに、ぼくのそんな状態を見かねて、「どうしたんか?困ったことがあるんなら相談に乗るぞ」と言ってくれる人もいたのだか、自分の心の状態を上手く説明できない。そのことがまた、心を暗くしていった。