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ヒペリカム
この記事は、
KOKAGEさんのコメントに背中を押された私が、
親愛なるやせつさんとKOKAGEさんに続き、
勝手に筆を走らせたリレー短編小説です。
小説はもちろん初挑戦。
何がセオリーで、何が正解で不正解なのか、
分かっていません。
(だからふたりに失礼があるかもしれない…)
それでも良ければ、
やせつさん→KOKAGEさんの順で読んでから、
どうぞ読み進めてみてください。
もう、夜が明けました。
4年前のあの日は、
久しぶりに朝から雨が降っていた。
一日の献立をキッチンで考えていると、
新聞を畳みながら夫は突然こう言った。
「もうおしまいにしよう」
分からなかった。
31年間連れ添った夫の言葉が、宙に浮く。
夫は、親の勧めでしぶしぶ会った唯一のお見合い相手だった。あれよあれよと話が進み、結婚と共に家庭に入り、すぐに子どもが生まれ、家事に、子育てに、全て私がこなしてきた。
夫に何か家のことをお願いしたことは一度もない。大学時代の友人はよく夫婦で旅行を楽しんでいて、それを羨ましいとも思ったが、夫はそんなタイプではなかった。
夫はいつも同じソファで新聞を読んでいただけ。
それでも私が文句を言わなかったのは、
娘のことを心底可愛がってくれたから。
産まれた時には周囲の目も恥じぬほど、おんおんと泣いて喜んでいた。娘が大きくなっても、夫の娘贔屓は変わらなかった。
それほど娘を愛してくれるならと、日々何も手伝わない夫の不満をこれまで全て飲み込んできた。
放心状態の私を横目に、夫は記入済みの離婚届をテーブルに置き、出て行った。
しばらく経っていただろう。娘が起き、離婚届を見てから父がいないことに気付くと、
「なんで引き留めないの!!!」
と大きな声を出し、そのまま外へ飛び出して行った。
「やだ、もうこんな時間」
あの子の好きだった野菜たっぷりのスープ。
最後の味見をして、よしっと火を止める。
残念だけど、またこの日が巡ってきた。
子どもの年齢は覚えていても、もうだいぶ前から自分の年齢はどこか曖昧でいる。
もうじきあの子が、久しぶりに帰ってくる。
娘はその後すぐに一人暮らしを始めた。
ご飯はちゃんと食べているのか、洗濯や掃除はきちんとできているのか、悪い男に捕まったりしていないか、日々不安は絶えなかったが、あの日を境に、娘はどんどん遠く離れて行ってしまった。
そんな娘が突然電話をくれた。
滅多に鳴らないスマートフォンの音にわっと驚き、慌てて出ると、
「…お母さん、元気?
ずっと連絡せずにごめんね。
お母さん、もうすぐ誕生日だよね。
会いに行っていい?」
チャイムの音が鳴る。
家族なんだから、わざわざ鳴らさなくてもいいのに。娘の訪問を知らせる音に胸が弾むのが、自分でも分かる。
「お誕生日、おめでとう」
わざわざお花を用意してくれる子になってたなんて。鮮やかな黄色と、オレンジと、アクセントが効いたピンクの花束。
「あらっ、ありがとう 素敵じゃないの
早く上がんなさい
お母さん、あのスープ作ったのよ」
押し入れの奥に仕舞い込んでいた花瓶を引っ張り出し、受け取った花束をすぐに差しかえた。
あの日からすっかり色を失くした部屋に、バランスのとれた3色の花たちが眩しく映える。
久しぶりに作ったスープの香りと花たちのほのかな香りが、2人を優しく包みこんだ。
「今度はお母さんが行っていい?」
「えーやだよー」
「えーいいじゃなーい」
- - -
娘が暮らししている部屋に向かう途中、小さな花屋の前を通りかかった。あの子のことだから、きっと簡素な部屋に違いない。
店内にはエプロンをした背の高い青年が、ピンクのマーガレットを見つめている。
「2、3本でもいいかしら」
「えっ、あっ、すみません!いらっしゃいませ
もちろん構いませんよ
ご自宅用ですか?」
「ちょっと、娘のところにね…
あ、これにしようかな
娘にはずっときらめいていてほしいものね」
季節外れのヒペリカムを指差す。
「いいですね
お嬢さん、きっと喜ばれると思いますよ」
「あの子が花言葉に気付くといいんだけどね」
- - -
彼女の娘と花屋の青年は、
不思議と同時に呟いた。
「悲しみは、続かない」
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