★ロストメモリー(5分で読める短編小説)
※この作品は少し刺激があるので心に負荷をかけたくない方は、そっと閉じましょう。
ーーーーーー
『私は幸せ者だわ。ラッキーな人生、そうでしょ────』
『うん!』
後ろを見過ぎたら、つまずいちゃう。歩く道を見据えて前を向いて生きましょ────
飛行機雲が青空に白を描いて、清々しい。そんな中、会場では30人ほどパーティ服を着て集まっている。
今日は30歳になった私の誕生日パーティー。もうすぐ結婚も控えていて友人にも家族にも恵まれて幸せ。
お父さんなんか『2段しかないけどシャンパンタワーをしよう』なんて言って、普段買わないお酒を開ける。
お母さんは『ちょっとやだ、恥ずかしいわよ』と言いながら嬉しそう。他の親戚も友人も食事を楽しんでくれている。
けど妹の香音(かのん)さんだけは何とも言えない顔で私を見てくるのだ。それが奇妙で、彼女のことを距離感が掴めず『さん』づけで呼んでいた。
友人が有名人ばかりだから嫉妬なのかと思っている。明るい彼女の性格は好きだけど、時々奇妙な感じになる、線を引かれてるのかな……悲しい。
「香織さん、お誕生日おめでとう」
「香織ちゃんおめでとー」
そう近づく友人たちに持っていたシャンパンで乾杯する。
「ありがとう! みんなのおかげよ」
「そんな事ないわよ、香織ちゃんはみんなのスターよ? インスタで次あげる服どんなの」
三年前インスタで成功した私は、一躍人気者の仲間入りを果たした。そこから繋がりも出来てこの友人たちがいる。
「ヒミツ! 楽しみにしてて。ファッションショーするから!」
繋がりからモデルや世界的なアーティストまで友人になれた。苦労もしたけど今は仕事も恋も両立して充実してる。私は人に恵まれているわ。
「こんにちは」
「こんにちは~って、先生。どうされたんですか」
「その後の経過は……良さそうですね?」
彼は私が一度、交通事故した時に助けて頂いた先生だ。
「普通ですよ、歩けますし腕の怪我も分からないくらいに」
「それは良かった、何かあれば診察に来てくださいね」
「次、病院に行くのは妊娠の時だから、先生はお呼びじゃないよ~なんてね。ありがと先生」
先生と軽く挨拶を交わして別れ、また友人の輪に戻る。
結婚したらオリジナルブランドを立ち上げる予定、夢は大きく行かなくちゃ。人生一度きりなんだから。
絶好調の私だけど、こういう時に水を差す人がいて……
「お姉ちゃん、あのさ、この間のはやり過ぎじゃない? 海外の撮影……そこ観光地でしょ? 許可とか……」
「香音さん……大丈夫、許可は取ってるわ」
ほら、来た。いつも楽しい気分の時に来るのよね彼女。
「そう。けど、この間炎上して……」
「そんなの嫉妬して言ってる、どうせ性格ブサイクな人間でしょ。そんなのに構ってたら何も出来ないじゃない」
「それはそうだけど……その煽りはよくないよ……私は心配で」
心配してくれるのは有り難いけど……ここは落ち着いて説明しなきゃね。
「ネガティブすぎるのもどうかと思うわ、香音さん。行動力と結果が全てよ」
「正論だけど攻撃的だよそれ、もっと思いやりもって……」
彼女といると疲れるわ。どうして成功してるのに否定するのよ。不思議で仕方ない。
「お姉ちゃん……変わっちゃったんだね」
その話は苦手だ。私には25歳から前の記憶が無い。
交通事故で入院した際、過去の記憶が飛んじゃったみたい。最初は思い出そうと思ったけど辞めたわ。
失った過去は取り戻せないわ。それより今が大切だって気づいたから……思い出は今から作ればいいの。
ずっと過去を探すより未来を歩みたい。それに家族も友人も優しいから、過去もきっと良い人生だったんじゃないかな。
病院で目覚めて横にいた心配そうな目をした家族、優しい友人に囲まれて嬉しかった。何故か今では、妹と元いた友人とは微妙に疎遠になっているけど。
性格が合わないというか……向こうが離れていくのよね。私は普通に話してるだけなのに。
仕事はインスタで手作り雑貨を販売してる。ファッションは流れでするようになった。
事故前も趣味で雑貨作っていたみたいで、地味な色だったから色を一新してヒット。副業が充実すると退職してフリーランスになり、有名人とお友達になってからは更に人気に。
元々のファンは少し減ったけど気にしない。去るもの拒まずよ。
記憶を忘れているのが惜しいところだけど、この私が小さい頃から目立たないわけがない。
お母さんとお父さんだって、あんまり覚えてないけど優しい。完璧な人生に、これ以上何を求めるのかしら?
香音さんは杞憂しすぎ。来てない未来を嘆くより、良い未来だと思っておいた方が得よ。
結果がダメでもその時落ち込めばいい、今から負の感情になって損よ。未来は分からないんだから。
私は今、有り余る幸せをお裾分けするために要望に答えて、ブランドを立ち上げる。悪い事してないわ。
「まあ、その話はやめましょ。ワインでもどう? はいこれ」
閃いたわ。香音さんに酒をあげてネガティブを吹っ飛ばす作戦よ! きっと上手くいくわ、私は今までそうして生きてきた。
────お姉ちゃんは変わった。
目の前で楽しそうにワインを注ぐ姉にそう思う。
事故して目覚めて絶望していた。元々ネガティブ思考だから落ち込んでいて。私が励ましてた。
そんな時、とあるお医者様がやってきて『ロスト・メモリー』を投薬しませんかと、持ちかけた。
それが始まり──
新薬ロストメモリーは記憶の消去が出来る。フラッシュバックに苦しむ人に感情と記憶を切り離すために開発された薬だ。
みんな忘れたい過去、忘れたい感情、忘れたい感覚がある。
感情と感覚の繋がりは厄介で、消したい記憶の部分を消しても、思い出して苦しんだ過去があればその記憶も消さなければならない。
記憶が無いから思い出さないけど、感覚だけ蘇るからだ。
そこで、大部分を消し幼少期や小学生まで戻ることになる。私は恐れた。
優しく面倒見の良い姉。優しすぎて空回りするのもご愛嬌。そんなだから損もしちゃうし、けどあんまり気にしていないお姉ちゃん。
「私みたいに苦しんでる人の少しでも光に、希望の星になれたらなって。大袈裟かな? 誰かの役に立ちたいの……あ、これも私なんか言ってもいいかな」
そう言って自分の個性と向き合って発信していき、緩やかに生活する様子をインスタにあげていた姉。
「なれるよ希望の星! やってみなきゃ何も始まらないでしょ。お姉ちゃんなら出来る!」
事故後もいつも通り励ましていた私は姉が深刻にずっと苦しんでいた事を知った。
「ロスト・メモリーの同意書にサインした」
「え、何で。怪しい謳い文句だよ!?」
「香音には分からないわよ! 私の気持ちなんて……」
「……お姉ちゃん」
初めて吐露された言葉だった。
「分かってる……香音が私を心配して言ってくれてるって。世の中、もっと苦しい人がいるのに贅沢言っちゃいけないことも。
けどね、ダメなのよ。なんの意味もない人生だったなんて嫌なの……」
分からなかった、人生に意味を求めてるなんて……私や両親はお姉ちゃんにただ生きてほしい、それだけで幸せなのに。
「人間の欲深さは底知れないわね……」
「ま、待って……」
「大丈夫、記憶を失ったって家族は分かるわよ。いつも通りに接してくれたら……香音も私に優しいからすぐ打ち解ける。だって記憶失ったって『私』なんだから」
──打ち解けなかったよ……お姉ちゃん。
お姉ちゃんが意地悪な男の子から守ってくれた、プールで遊んだ、怪我した私を背負ってくれた夕暮れ。
時に喧嘩もしたけど、家族で笑いあった日も……全部無いんだ。私達の過ごした時間は無かった事になるんだ……。
両親は最初、変わった姉に戸惑っていたけど明るく楽しそうに生きる姉の姿に何も言わなくなった。
元からそうだとするように姉に合わせるようになった。
私も……そうしようかな。そうすれば、私のこの記憶も上書きされるかな。
私も忘れたい。忘れられるのがこんなに辛いなら……ロスト・メモリーしたい。
ああ、けど私は家族がいるからしない。大切な記憶だから忘れたくない。
ああ、お姉ちゃんもこうして苦しんでたのかな。葛藤して決断したのかな。
──もしそうなら。そこでようやく私は姉が差し出したワインを受け取った。
「お姉ちゃん、今まで口酸っぱく言ってごめんね。心配し過ぎてた……お母さんもお父さんも、私達家族はお姉ちゃんに何があっても味方だからね」
さようなら、お姉ちゃん。はじめましてお姉ちゃん。
「……なんだ、そうだったの! ふふっビックリ。応援よろしくね〜香音ちゃん」
何か分からないけど妹との誤解が解けたようで、私の気分は上がった。
ほら、全部上手くいく。私はラッキーガール。香音ちゃんと二人で会場の人々を見て微笑んだ。
「私は幸せ者だわ。ラッキーな人生よ。そうでしょ────香音ちゃん」
「うん!」
後ろを見過ぎたら、つまずいちゃう。歩く道を見据えて前を向いて生きましょ────
「おや、ロスト・メモリーは今回も成功かな? 鈴木先生」
静かに人知れず会場の外に白い車が停まり、ドアが開く。
「幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第。こんな怪しい謳い文句だけどよく一般人で健康な彼女がサインしたねぇ」
「…………」
話続ける運転手を無視し、先程、鈴木先生と呼ばれた男か乗り込んだ。
「……悩みの深さは人による。おかげで一般人にも適用出来たデータが取れた」
「そうですね〜じゃ、車出しますよ」
『ロスト・メモリー、幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第』
end.
いかがだったでしょうか?
それでは、今日も魔法の書庫へセレーネさんの本棚へ直しましょう。
読んで頂きありがとうございました。
byひより
この記事が参加している募集
よろしければ応援サポートお願いいたします! (無理のない程度でね!) 頂いたサポートは、クリエイター活動費として使用いたします。