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浦シマかぐや花咲かⅢ 決戦 アイドル編

決戦 アイドル編 WОRLD B

浦シマかぐや花咲か Ⅰ~Ⅱあらすじ


 昭和20年(1945年)8月。大日本帝国海軍の女性通信兵の浦シマは突然空から落ちてきた海亀ロボットのTENCHIを助ける。極秘の軍事研究員でもあるシマは傷ついたTENCHIを助けが、未来から来たTENCHIにもうすぐここ広島に原子爆弾が投下されるのを知らされる。シマは間一髪原爆投下から逃れTENCHIに連れられ戦後にタイムリープする。TENCHIは何らかの目的を持って時空を彷徨っていたのであった。
 時は経ち昭和47年、シマは反核反戦を訴え日本初の女性総理大臣まで登りつめるが、汚職の嫌疑をかけられ窮地に陥る。再度戦前にタイムリープするが今度は史実より1年早くヒトラーが殺害されドイツがアメリカに勝利し、日本がアメリカに停戦した世界になってしまいう。TENCHIは日本の軍部に破壊され粉々になってしまった。


 その後昭和30年代前半、その世界でもシマは総理大臣になり、唯一の被爆国である日本がイニシアティブを取り、世界は核兵器廃止条約が締結されようとしていた。しかし、戦勝国ドイツはアメリカ本土に駐留軍を置き実効支配していた。世界平和を願うシマは、ドイツ軍の蛮行を諫めるため連合艦隊と伴にニューヨークに向かう。しかし、ドイツ軍部の強硬派によってニューヨーク湾で連合艦隊は壊滅状態になる。シマは急遽、原因を探るため同盟国のドイツに向かう。この時代、ドイツの首相は傀儡で、アルプスの麓の極秘指令所で全てを命令していた。シマは日本国の首相としてそこに案内される。そこではある目的を持ったTENCHIがAIとなって指令を出していたのだ。粉々になったTENCHIはほぼ復元されシマにあることを伝える。シマは総理大臣を辞職し、月に行くために厳しい宇宙飛行士の訓練を受ける。困難の末、月面に到着したシマは高度な知的生命体「月の竹」を発見する。月が母で地球は子だったのである。人類蘇生計画……そこで、戦争で亡くなった人の遺骨を撒くと地球では亡くなった人々が次々と蘇えった。シマはそこで力尽き、月の裏側で倒れてしった。
 秘書の家具屋とTENCHIの尽力で元の世界に戻ったシマは総理になって1年半が経った。金権汚職政治の打破、クリーンで平和な世界の実現を目指す浦シマ。それを快く思わない与野党から浦総理降ろしがいよいよ本格化してきた。シマ自身は自分を入れて衆参5人の小規模グループでしかなく、与党民自党の有力者・花木幹事長に支えてもらっていた。花木とともに政界のフィクサー、政治経済を影で操る長老・金多の元に頼みに行く。実は花木と金多は裏でつながっており、コントロールの利かなくなった浦を首相の座から引き下ろそうとする。

 そんな時、時空を彷徨う海亀ロボットのTENCHIが現れ、ドイツのミュラー首相とロスリスバーガー大統領が暗殺されもう一つの世界が大変なことになっていると伝える。与党議員の裏切りがあり内閣不信任案が可決され、浦総理は衆議院を解散し総選挙を行うことになる。一方金多はヤクザを使って確実にシマを総理大臣から降ろそうとする。選挙戦最終日、シマをかばって家具屋が刺され危篤に陥る。衆議院選挙の結果、花木が首相となり、家具屋の死が告げられる。全てを失ったシマではあるが、明るい日本の来来も見えてきた。後進に全てを託し、もう一つのドイツが戦勝国の世界にタイムリープをする。
 もう一つの世界ではドイツ領のハワイが高度の科学力を持つネオナチス国に占領され、アメリカ、日本が核兵器で襲われる危機に瀕していることを知る。人類蘇生計画を再び、ミュラーと家具屋の遺骨を託しケビン船長は月に出発する。また、シマは情報が敵側に漏れていることを知る。ミサイル基地が完成されるまであとわずか。シマは山元首相の命により連合艦隊司令長官を任命される。圧倒的軍事力の持つネオナチス軍に対抗するため、日本経済界の大物になった鈴木アツシに連合艦隊の補強を頼む。

 その時、月面に行ったケビンの手で蘇えった家具屋が現れる。世界の命運がかかった「天地作戦」が発令される。準備不足のまま旗艦・大和に乗る最期の女性連合艦隊司令長官シマ。副司令官の家具屋は空母武蔵乗船するる。大和艦隊群と武蔵艦隊群どちらが囮か分からない二方作戦である。この世界では金多が大和に艦長として乗船していた。

 ハワイ島周辺でネオナチスとの第三次世界大戦が始まり、両軍死力を尽くした一進一退の攻防が続く。そんな中ついに日本に向けついに核兵器が搭載された大陸間弾道弾が発射される。間一髪、宇宙ステーションにいたケビンが放った迎撃ミサイルにより大陸間弾道弾は撃ち落とされ、ハワイの空は赤く包まれる。 

 囮だった大和艦隊は真珠湾に突っ込み、他方から上陸作戦が始まる。激しい戦闘の末、上陸作戦は成功するが、大和は轟音を上げてシマ、金多とともに沈没する。半年後、ハワイは復興が進められていた。真珠湾沖では連日潜ってシマの亡骸を探す家具屋の姿があった。月が出たハワイの夜空を背にTENCHIが甲羅を浮かべていた。


第1話 DISTANCE

 「やっと……やっと……戻ってこれましたね……」
アツシと涼子は長身のシマに背伸びをして、ありったけの力で抱きしめた。
「天に召されるってこんな感じだったんだな……」
政治家時代のいつもの白いスーツ姿のシマ(46歳)は二人に優しく微笑んだ。
「弘人は……」
白い部屋の周りを見回し、アツシ(35歳)と涼子(39歳)、そして桃田(34歳)しかいないのを確認した。
「家具屋(33歳)はドイツとの太いパイプを持った元外務省政務次官、宇宙飛行士の経歴を買われアメリカ企業にヘッドハンティングされました。巨大複合企業のナサカーグループです。今、アメリカのアトランタにいてます。『また、地に這いつくばって少し自分のやりたいこともしてみたいので、天から舞い降りた女神さんによろしく』と相変わらずキザに言ってましたよ」
「そうか……」
シマは寂しげに呟いた。
「真っ先に会いたかったんでしょうが……役員待遇で重要な仕事を任されているとかで、今手を離せないみたいで。そのうちまた会えますよ」アツシはシマの肩にそっと手を置いた。
「シマさん、再び会えてうれしいです。かなり若返ったんではないですか」
相変わらず元気一杯の桃田は両手でしっかりとシマの手を握りしめた。
そうか……と言ってシマは照れ臭そうに頭をかいた。
「確か今昭和40年(1965年)1月」
「第三次世界大戦から4年、東京オリンピックから2年後です。日本もかなり変わりました、わたしは官房長官から一介の衆議院議員になってしまいました……小さな政策グループを作ってなんとかやってます」
「犬井と雉谷、猿木と一緒にか」
「よ、蘇えったばかりなのに、なぜそれを知っているのですか?」
「まあね……予知能力かな」
全てを知っている隣のアツシと涼子はクスっと微笑んだ。
アツシは思ったーー元の世界でも(WОRLD A)3人と小さな政策グループを作っていたからな……この世界でも巡り合うんだな。
暫くシマがいなくなってからの4年間の出来事を、代わる代わる和やかに話をしたあと、桃田が意を決したように話し出した。
「……シマさん蘇ってすぐに申し訳ないのですが、これが今、わたし達にできる全てです」
通帳と印鑑、パスポート、黒い小箱ををシマに渡す。
……安浦 HERO 志摩、通帳の名前に目を通す。
うん? HERO 志摩……広島か……そしてパスポートを開く1932年8月6日生……これだとわたしは32歳……
「名前を変え、日米ハーフとして生きろという事か。そんなにわたしの存在自体が厄介なのか……」
「残念ですが……そうです、日本は山元元総理が1年前に亡くなり……2年前に一足先に蘇えったケビン・ロスリスバーガーが飛行機テロで亡くなったケリーの代わりに半年前にアメリカ大統領に就任しました。彼はあなたが蘇えったことをまだ知らせていない。アメリカの政治情勢はかなり不安定で。シマさん云いにくい事なのですが、あなたの後ろ盾はもはやないのです。現総理の花木さんは元閣僚のわたしですら腹の中が全く読めません。わたしが国会議員の地位を使って微力ながら出来る限りのことをした全てです……」
「……そうか、山元さんが亡くなられたのか……ケビンにはわたしが蘇えったことを当分教えない方がいいようだな。花木内閣か……」
……やはり、この世界でも花木栄男か、自分の政権に邪魔な桃田グループを排除にかかっているな。
続けてアツシが言う。
「シマさんあなたが蘇えったのを知っているのは、日本では僅かこの4人だけです。偽名を使ってしばらく生きてください……通帳のお金は現在持っているわたしと鈴木さんの全財産です」
シマはアツシの顔をまじまじと見ながら、四角い小箱を開ける。アツシの口髭が生えかかっているのに気を留めた。
「これは……」
「最新の翠色のカラーコンタクトです。科学技術研究所でこしらえたサングラスと併用してください」
アツシは胸ポケットから黒いサングラスをシマに渡す。
「これは、ここの鈴木科学技術研究所が作った優れもので、右耳に付いた小さなボタンを押す回数によってとサングラスの色が赤、緑、青、黄に変わります。何かの時に使うこともあるかと思います」
「……それでは、私はこれから政治関係の所用があるので、今後の事は鈴木さんと涼子さんに頼んでいます」
「すまないな、桃田もこれ以上ここにいると厄介だろうからな……」
シマが呟くと桃田は名残惜しそうにドアを開け出て行った。

「3人になりました。TENCHIもういいぞ……」
ビビビ
アツシの合図とともに電子音を響かせ眩い光とともに海亀型ロボットのTENCHIが現れた。TENCHIは1メートルほど浮上して、3人しかいないのを確認するかのように首を振りあたりを見渡した。
「お久しぶりです、シマさん……」TENCHIはいつものように丸い赤い眼を点滅しながら喋った。「突然で申し訳ないですが、シマさんあなたはこの時代には長くいられない。このままだと今年の8月6日に消されます……」
TENCHIの言う事はいつも突然だ。
「消される?……また、8月6日か、わたし誕生日で人類初の原子爆弾が広島に投下された日……TENCHIお前自身のAI(人工知能)の予想か、それとも未来予知か……」シマは呟きながら尋ねた。
「それは言えません……イレイメノキツ45(フォーティーファイブ)という薬があなたを助けてくれるかもしれない」
「イレイメノキツ45?イレイメノキツ、イレイメノキツ、イレイメノキツ……」
シマは眼を瞑り、手を顎に当て考えを何回も頭の中で繰り返した。
「まてよ!まさか、わたしを助けてくれた薬『ノキツ』の進化型の薬か?」
人類最初の人類蘇生計画の時、わたしは力尽き月で倒れた。元の世界(WОRLD A)に戻って第二次世界大戦中に不死身の軍隊をこしらえるために創られた『ノキツ』という薬で家具屋に助けてもらった。この世界(WОRLD B)では第三次世界大戦が勃発しわたしは戦艦大和と伴に沈んで死んだ。そして月で再開された人類蘇生計画で蘇えった。
「確かなことはわたしも分かりません。とりあえず、蘇えるとき試作品をあなたに試してみましたけど予想以上の効果はあったみたいですね。以前より若くなって、より美しくなっている」
「ふっ、TENCHIもおべんちゃらを言えるようになったんだな」
シマは微笑んでTENCHIの頭をを軽く叩いた。
「シマさんの作った特別強化戦闘服甲号ーーその後、宇宙服や防護服にも汎用された。それと同じく、このイレイメノキツ45という薬はあなただけでなく、世界の多くの人や生き物、植物をも助けてくれるでしょう……これを必ず手に入れてください。まだ戦争を止めない人類は愚かな生き物かもしれないが、こんな素晴らしい発明もする。この美しい地球や全ての生き物を思いやる気持ちもある人も沢山います。まだ、その名前はあまり知られてませんが、これからいくつかの組織はそれを手に入れようと躍起になるでしょう」
「これも『月の竹』からの命令か?かなり言いにくそうだな……」

シマが宇宙飛行士として初めて月に行った時、漆黒の月面で緑色に輝く『月の竹』を発見した。植物なのか……高度な知的生命体。月が母で地球が子。『月の竹』は全ての生命の源なのかもしれない……『月の竹』に散骨すると地球で人々が蘇える。

「若返り薬、増強剤……『竹取物語』の不老不死の薬でもあるまいに……要はその薬を手に入れないとわたしの命もないし、地球や人類にも大きな損失が起こるということだろ。そしてこの薬もまた戦争に利用されるかもしれない。素晴らしくも、やっかいな薬だな。それも極秘の……」
浮遊しているTENCHIを前にシマ、アツシ、涼子の3人は沈黙した。
「それと……」
TENCHIは話を続けた。

 穏やかな冬の陽を浴びて桃色に銀が光沢を帯びて輝く巨大な建物。鈴木科学技術研究所の容姿である。広い門扉には黒くゴシック体でSUZUKI Institute of Science Technologyと誇らしくそしてひと際大きく描かれている。
外観のシルバーピンクは科学技術の世界平和利用を願うシマの想いからアツシが特別に施したものであった。
 暫くすると曇天の雲が緑の芝や林で囲まれた広大な研究所の空を覆ってきた。そして白い粉雪が舞う、その中にコートを着た3人が立っていた。
「さっそく、桃田に秘密裡に頼んでイレイメノキツ45を政府の方からも探してもらいましょう。わたしは伝手を頼って経済界から」アツシはコートの襟を立たせ話を続けた。
「人類を救った英雄がこんなことになって、すみません」
アツシは愛用のハンチング帽を取り改めて深々と礼をした。頂点は禿げ上がっているが、耳元付近は、まだ少し髪の毛は残っていた。4年間の空白ーー書類上の歳もアツシの方が上になったんだとシマは感じた。
「わたしがほとんどの金を科学技術研究所に寄贈したばかりに。TENCHIに言われて一昨日からある事務所に寝泊まりしているのですが、シマさんもそこで暫く生活してもらいます」
「いや、いいんだ……私利私欲のない清廉なところがアツシの魅力だ。若い研究者をこれからどんどん育てていかないとアメリカやドイツに後れを取る。そしてなにより日本の未来のためにもな」
「それと、涼子、次の衆議院選挙頑張れよ」シマは微笑んで涼子の肩を優しく叩いた。
「はい、前回落選したので、次期選挙は死に物狂いで頑張ります」
「さくらの件はわたしとアツシに任せとけ」
コートの襟を立てシマは涼子に言った。
涼子は伏し目がちに「……本来なら、わたしが」
「いいさ、わたしの未来へのチャレンジだ」
「うーーん、より身元を隠すために、まず、シマさん茶髪にしてください」アツシは、シマの顔を見ながら間に入った。
「この時代、流行っているのか……」
涼子もシマの顔をまじまじと見つめ「ええ、蘇った効果か、薬の効果か、かなり若返ってますし。そしてメイク、髪を工夫すれば、元総理だということは絶対にバレないと思います」
「しかし、TENCHIも、シマさんが発明した特別強化戦闘服甲号の改良とイレイメノキツ45という薬をこの夏まで入手するように言ってたけど……」
「TENCHIの言ってた甲号の改良はこの鈴木科学技術研究所で夏までには必ず間に合わせます、あの妙な飾りつけオプションも含めてですが。問題は薬ですね……」
プププとアツシの胸ポケットから振動音がする。アツシはポケットから黒い携帯電話を取り出し会話を始めた。
「そうか……ご苦労、分かった」携帯電話を切りシマに語りかける。
「薬の方は……今調べても該当はないですね」
「その黒い物はなんだ……」
「携帯電話ですよ……あっ、シマさんが眠っている間に急速に普及しましてね」
「そのイレイメノキツ45という薬は、さくらたちと一緒に行動していたら手に入るとTENCHIは言ってましたが……」
「また未来予知か……さくらたちと一緒に……しかも懸命に行動したら手に入るかもしれないと言ってたな」
シマは謎だらけのこの薬に困惑した。
「今までのことを考えると『月の竹』からのなにがしらの助言だと思います」
「ところで、さくらはいまアメリカから日本に帰って来ているのか?」
「ええ、そうなんです。それが……アメリカでやっていたんですが、仲間割れでグループを解散してしまいまして……」困った表情で涼子は応えた。
「仲間割れ?」シマは言葉を失った。

第2話 女の道

 その日の東京は粉雪が舞っていた。ワゴン車を運転しながら寒さで少し曇ったルームミラーに映ったシマを確認しながらアツシは喋る。
「シマさん、茶髪がよく似合っていますよ。まるでシマさんが20代の時のようだ」
「そうか……」シマは照れ臭そうに長い髪をかき上げた。
若く綺麗に……薬の効果か……ノキツという薬は月から帰ったとき使ったが、今回も副作用とかはないのだろうか……アツシは少し憂いの表情を浮かべた。
「……それよりアツシ、家族の方は本当にいいのか」
「家族にはうまく言ってます。妻とわたしの絆は永遠ですから」アツシは胸を張った。
「今日からシマさんと寝食を共にしますよ……この世界でもシマさんには生きて欲しい、シマさんが消されるのだけは絶対阻止したい」
「ありがとう……それより今はさくらを歌の世界で手助けしたいな」
「昭和40年(1965年)この世界では元の世界に比べ数十年進んでいます。そして、世界は今のところ一応平和を享受しています。アイドルは男女ともソロよりグループが主流でして。世界戦略を目指しているグループも多いです。歌、踊りともかなりレベルが高いです。まさか、芸能事務所の社長が行方不明とは思いませんでしたね……」
「さくらもかなり苦労しているんだな」
「元の世界では日本中を熱狂させた歌手ですからね。何か歯車が狂っているだけでしょう……また日本の芸能界でトップに登りつめるでしょう……」
「……そう上手くいくかな」
「おっと、着きましたよ」
アツシは街中の古びた信用金庫で車を止めた。二人は店舗に入ろうと階段を上ろうとすると、シマが歩みを止めた。
粉雪が舞い落ちる中、膝から下両足を無くした白装束の傷痍軍人が首から木製の募金箱を下げ座っていた。
シマは屈み目線を合わせ傷痍軍人の厚いマフラーをかけ直して「これ少ないけど……」と札をそっと入れた。
・・・・・・一見繁栄しているように見えるが、まだ、まだ、戦後なんだな……とかじかむ手でシマは想った。

「出金の予約を入れていた安浦だ。これを、全額降ろしたい」
シマは金融窓口で通帳を見せた。
「これをですか? 少しお待ちください」
金額を見てびっくりしたのか、後方の方に若い女性店員は駆け足で行った。
シマとアツシは長椅子に座り。
「まず芸能事務所の借金を全部返しましょう。登記はわたしが社長という事で昨日手続きを行いました……わたしも念のために偽名を使っています。須々木敦夫という名前です。口髭も生やして昔の面影はなくなったでしょ」
「ああ……別人に見えなくもない、すまないなお前まで巻き込んで」
「いえいえ、これぐらいやらせてください」
「それより、わたしも芸能の事はあまり詳しくなが、シマさんはもっと詳しくないですもんね」
「ああ……しかし、やらなければならない。カラーズ・ジェッツフェラルドか……」
「さくらのいるアイドルグループ名……芸能界のことをもう勉強しているのですか? わたしはあまりにも急だったものでまだまだ勉強不足です」
「安浦さん、どうぞ応接室へ」
さっきの若い女性店員が窓口から声をかけた。
「こんな下町の小さな信用金庫で、これだけのお金を集めるのは大変でした……お確かめください」
支店長らしき男は立って話を始めた。
「私どもには守秘義務があるので心配なさらなくても結構です……政府関係者の方もここならバレないと思って口座を作ったのでしょう」
アツシは札束を鞄の中に入れる。
「……そこまで知っているのなら話は早いな、融資もお願いしたいんだが」
「えっ! 志摩さん」
「これからの、活動資金だ」
「いいでしょう……多分、融資の案件も通ると思います。あなた様は誰か知りませんが、隣におられる方は確か……おっと、勘違いでかすね」支店長はアツシを眺めていた。
……融資って、大丈夫ですか、わたし、全財産を研究所に寄贈して、今、家族の生活費しか残ってないのですよ。
……大丈夫だ、必ず返して見せる。
……芸能界で素人のわたしたちが無謀ですよ。
二人は小声で呟いた。

「それでは、今後ともよろしく」
「それと、独り言として聞いてほしいのです。これから事務所の借金返済に行かれると思うのですが、金鶴興業は最期にした方がいいですよ」
「ありがとう、なぜ、そこまで……」
「わたしこれでも、カラーズ・ジェッツフェラルドのファンでして」
支店長の言葉にシマは少し微笑んだ。

黄色と黒の虎の剥製が置かれたその部屋は一種異様な雰囲気を醸し出していた。
緊張しますね。ここヤクザの事務所ですよ……前の社長こんなところまで借りているとは、よっぽど金策に困っていたのですね。
……芸能事務所は先行投資に金がかかるからな、売れないとサッパリだ。
緊張しいるアツシにサングラスをしたシマは冷静に応えた。二人は応接のソファに座っていた。
「お待ちどうさま」
恰幅のいい大柄な男が低い声を上げて入って来た。部下だろうか細みで長身の男と共に椅子に座った。山賀彦蔵(42歳)は大きく股を広げて椅子にふんぞり返える、海野和彦(34歳)も横に座った。
二人から発せられる圧倒的なオーラ。二人とも顔や拳は傷だらけで、山賀はライトブラウンのサングラスごしにシマとアツシをじっと睨んだ。アツシは緊張の面持ちであった。

アツシは帯封の付いた札束を前のテーブルの上に積み上げた。
細身の男は手際よく札束を数え大柄な男に耳打ちをする。
「足りねえな」
「ええっ! そんな、きっちり計算して来ました!」アツシは驚き声を上げた。
大柄な男はポケットから四つ折りにした紙を出し、二人に差し出した。
「借用書……うん、この利息は……バカなっ」
アツシは眼鏡を動かし借用書を見ながらシマに手渡した。シマはサングラスを取りそれに見入った。
「一週間で金利10%か、かなりの高金利だな」
シマは山賀を睨み返した。
「こんなの払う必要ないですよ」アツシは借用書を突き返した。
「てめーーっ 舐めてんのか!」
天井まで響き渡る怒声とともに海野はアツシのシャツを掴みグッと引き上げた。
シマはすかさず立ち上がり、拳を振りにかかる。
「女とは思えないいい動きだが……喧嘩のプロにはやめたほうがいいぜ、大怪我をする」山賀はいつの間にかシマの背後に回り腕を取っていた。「ぐっ」シマは山賀の腕の握る力に圧倒されていた。
海野は鋭い視線で二人の様子を見ていた。シマ山賀の腕を振り払い。
「無駄か、アツシ、出直そう」
シマはアツシに一旦帰るように促した。
「あんた……女だてらにいい度胸しているな。まあ座んな」
山賀は不敵な笑みを浮かべた。
「海野、明日よりおまえがこの会社の面倒を見ろ」
「エッ……わたしが」
「借金の返済は少し伸ばしてやるよ。その代わりうちの海野をあんたの事務所に入らせてもらう」
山賀はサングラスごしに舐めるように2人を見つめた、シマも山賀を睨み返し一歩も引かない、シマは微笑みすら浮かべている。長い沈黙の後。
「今日のところはこれまでのようだな」シマとアツシは立ち上がり応接室から出て行った。
「海野さん、明日の朝7時に事務所に来てくれるか」ドアを開ける前シマは低い声で言い放った。突然の言葉にさすがの2人も少し日和った。
「あの二人だだもんじゃねえ。匂うな……匂うんだよ、金の匂いが。久々の金づるだ。大きな稼ぎになりそうだな」
「実はやっらの芸能事務所の前社長の棚橋、うちの関連会社のあるところで働いている。借用書なんていくらでも書ける」
「親分……」もう型にはめたのか……海野は山賀の底知れない恐ろしさを感じた。
「これからのヤクザはここの時代だ」
山賀は自分の頭を指さした。
「生かさず殺さず搾り取れ。お前、カラーズなんちゃらというグループの事、良く知ってたな」
「ええ、少しだけですが……」
「少し……ふっ、そうかな」山賀は不敵にほくそ笑んだ。

第3話 サンサーラ

 【WОLRD B 昭和40年(1965年)の世界】

WОLRD A(現実世界)より20年から30年程進んでいる。

グラミー賞(日本のレコード大賞の影響を受け大賞、最優秀新人賞設定)

大賞 クラウディア(米国)  二連覇

最優秀新人賞 ベア・エモーション(日本)

去年は主要各賞をガールズグループが席巻
(男ももう少し頑張ってくれないかな  ケビン・ロスリスバーガー大統領談)

NFL

日本の租借地だったロサンゼルスが米国に返還される。第三次世界大戦終結によりネオナチス軍に占領されていたハワイも米国に返還。

租借地ロサンゼルスを本拠地にしていた大阪タコヤキズはホームをハワイに移しハワイ大阪ハンバーガー&タコヤキズに名称が変更される。2勝13敗最下位でシーズンを終える。

(スーパー・ボウルは遥か遠くになりにけり、どうでっか花木首相。ケビン・ロスリスバーガー大統領談  ぼちぼちでんな 花木首相談・大阪市出身 呼びかけに応える)

スマホはまだなく携帯電話
パソコンは普及してきたが、SNSはまだ、インターネットは電話回線に接続。無線回線も試行中。
音楽はレコード、カセットテープからCDに移行中。

昭和39年広島ゴールデンカープが日本シリーズ初優勝、、昨年のワールドシリーズ(戦後、日米決戦にフォーマットを変えている)は3勝4敗で常勝ニューヨーク・ヤンキーに惜敗。今年は悲願のワールドシリーズ制覇なるか。
古賀監督は日本帝国海軍元潜水艦艦長。東京タイタンズが第二次世界大戦終戦末期に開発された爆撃機・富岳を旅客機に改造してアメリカ本土に乗り込んだのを踏襲し自ら金鯉型高速潜水艦を操縦しアメリカ本土に乗り込むと言っている。
(世界平和のためのスポーツでの競争はいいことだが、毎回アメリカ本土への乗り込み方はどうにかならないものか。来年からは政府専用機・ウミ亀ジェット機『竜宮城』の使用を希望する。ケビン・ロスリスバーガー大統領談
広島ゴールデンカープのヘッドコーチは米国人のベッツはんなんで大目に見てくれまへんか。花木日本国首相談)

プロレス、相撲等格闘技の人気が上昇。格闘技の聖地・両国国技館は史実よりこの年に20年早く完成。
横綱はアメリカ出身の具蘭土客仁恩(グランドキャニオン)、大関はドイツとロシア人ハーフの露零雷(ローレライ)

 カラーズ・ジェットフェラルドのメンバーが躍動しているその車に2人乗り込んだ。一目で分かる派手な写真が車一面にラッピングされているワゴン車、音色芸能社の前社長とスタッフの意気込みが感じられた。運転席に座るとアツシの胸にしまっている携帯電話が鳴った。しばらく会話をする。
「すみません、時間を取らせて。金はないですが……人脈はまだ残っていまして。事務所が入っているビルの登記も金鶴興行になっているようです。金鶴ーーかねづるーー金づる……なんていう名の会社だ。腹が立ちますね。カラーズの契約関係もやつらが握っています。私たちをしゃぶり尽くす気です」
「金と鶴か……」金多と鶴野を想い出しながら……助手席に座ったシマは窓際に肘をつき車窓から東京に沈みゆく夕陽を見つめた。アツシはゆっくりと車を発進させた。金曜日の夜は街中に人が溢れかえっていた。渋滞に巻き込まれながら二人は話し出した。
「この世界もまだ暴力団と芸能界は昵懇なんだな」
「そうですね……残念ながら、それより、信用金庫の支店長と山賀とかいう組長、シマさんのこと気づいていませんでしたか……」
「元総理大臣、元連合艦隊司令長官という事でか……」
「ええ、第三次世界大戦から3年。この世界では月の裏に遺骨を持って行って第三次世界大戦で亡くなった多くの兵士も蘇えっています……なぜ、亡くなった人が蘇えるのか……その謎を知っている者は世界中でも数人だけです。これを知れば大変なことになりますからね日米停戦という事で第二次世界大戦の戦死者も元の世界よりかなり少なく日本の人口は現在約一億三千万人に達しています。平和で日本が繁栄しているのはいい事なんですが、あなたが蘇ったのを知れば命を狙う者もいる」
「わたしが総理大臣時代やったのは、世界中各国の核兵器廃止条約締結。海軍省、陸軍省を統合させて国防省の創設、国防費の大幅な縮小。第三次世界大戦、最期の連合艦隊司令長官の時は、防いだとはいえ大陸間弾道弾を4発も発射させた。それに激しい戦闘で多くの兵士を失った」
「あなたの命を狙うとすれば、第三次世界大戦の相手ネオナチス国の統一革命軍の生き残り、軍拡派の軍人、軍需産業に関わっている企業、政府内部にもいるでしょう、特に山元元総理が亡くなった今、現在の花木内閣はあなたが蘇えると非常に困るでしょう。わたしは日本いや世界平和のために自分を犠牲までした英雄がこんなことになったのがたまらんのです……」
アツシは途中から感極まって涙声になったが気を取り直し、話を続けた。
「ネオナチス国兵士はほぼ全滅、日米連合軍も参加兵士の約半数の死傷者を出した激戦。第三次世界大戦という言葉は4年もすればタブーですね。短期で終結、日米両国の本土への被害がなかったことをいいことに小規模な戦闘ハワイ戦役と多くの人が呼ぶようになった。死んでいたと思ったら蘇えった兵士も多数いる。また戦いは過去の記憶になって行く……」
「仕方がない事だ……それで世界中が平和になったらいい事じゃないか。東京の街も活き活きとしている。綺麗な音楽も流れている。そして、若者も多い」
街は夕やみに包まれ、車のライトが街並みに流れ溶けむ。シマは車中から寄り添う何組かのカップルを見つめていた。
陸軍、海軍が統合され国防軍になった。第三次世界大戦が終結から3年、平和な世の中になった。軍人は減らされていると聴くが、まだまだ街には軍服を着たカップルもいる。
「シマさんサングラスはこれからずっとつけてくださいね。それと志摩という名前はこれからやめましょう。元総理大臣と最期の連合艦隊司令長官の浦 シマを連想させてしまう。そうだ、シマ、シマウマ……ゼブラとか」
「ゼブラ?」
「そう、総合プロデューサー・ゼブラ、それで行きましょう! 謎のプロデューサーという事で。明日からいよいよ本格始動ですね、心機一転頑張らなければ」
「そうさ、早く事務所に帰って明日の準備をしよう。アツシお前はわたしより年上ということになったからな、これから須々木社長、社長と呼ばしてもらおうか」
「社長ですか? 薬で若返って年齢が入れ替わってしまいましたからね。仕方がないか」

第4話 月月火水木金金

 翌日の土曜日、1月にもかかわらず、その日の東京は東から暖かな陽を迎えていた。
下町の商店街の一角にある音色芸能社。元々中堅規模の芸能会社でビル2階のワンフロアを借り切っており事務所と衝立を隔てて鏡張りのレッスンルームが併設されていた。

「早速調べましたよ。金鶴興行の海彦山彦。実態は山野組の組長、やり手の経済ヤクザ、興行を主な成合としています。山賀彦蔵、42歳。戦艦大和の生き残り、その後海軍でかなりのやり手てで、急成長しています。その参謀の若頭補佐、海野和彦、34歳、経歴がかなり変わっていまして、最高学府帝都大工学部在学中、エモーションというバンドを結成し、その筋ではかなり有名なバンドでしたが、売れ始めた時に他のメンバーと喧嘩別れしていますね。やはり、かなり喧嘩っ早いです。留年を繰り返し大学卒業後工学の知識を買われ山賀に誘われて海軍に、教官もやっていたみたいです。第三次世界大戦に参加しその後退役、その後またまた山賀に誘われて金鶴興行に入っていたみたいです。世間一般に山賀組の海彦、山彦と呼ばれています。山賀は戦艦大和の生き残り、海野は第三次世界大戦で空母信濃にクレインのパイロットで乗っていたそうです」事務室に掛けている丸時計は7時を指していた。シマとアツシはレッスン室にいた。
「3年前第三次世界大戦で沈んだ信濃。家具屋の父、家具屋真司が艦長だった空母(ふね)だったな」
「あの娘、信用銀行の窓口で働いていた女性行員……青柳 恵(あおやなぎ けい)ーーカラーズ・ジェッツフェラルドのリーダーか、それと……」
「そのようですね。活動停止中、しばらくみんなアルバイトか学業に専念していましたからね」
シマとアツシはメンバー表の紙を見ながら、メンバーの顔を確認していた。
事務所隣のガラス張りのレッスンルームでジャージ姿の5人の少女がすでに集まっていた。
「おい、みんな集まってくれ、改めて紹介する。わたしが新しく社長になった須々木だ。みんなも知っての通りカラーズは暫く活動を休止していた、そして今日から新体制でカラーズは出発させる。新スタッフだが。まずは、総合プロデューサーのゼブラさん、ヨーロッパで活躍した方だ」
「ヨーロッパで音楽活動をして、日本は久しぶりだ。みんな、よろしくな」
一歩前に出てサングラス越しに5人のメンバーを見渡す。得体の知れないシマが全身から出すオーラがレッスンルームを包み、5人に緊張感を醸し出す。
「それと、以前から知っているメンバーもいると思うが、改めてマネージメントとこれから楽曲も作ってもらえることになった海野和彦さん、みんなよろしくな」
「ああ、呼び名は海彦でいい、よろしくな」
海野はぶっきら棒に応えた。
海野は恵をじっと睨んでいた。それにしても似ている……
「恵がお気に入りなのか……」ゼブラは耳打ちする。
「いや、以前から知り合いに似ていると思ってな」
「お前は元海軍だったな。K・ブルー本名 青柳 恵。第三次世界大戦の伝説の女性パイロット青柳 恩(めぐみ)の妹だ」
「恩の……」
「おまえの元部下だったようだな」
「あなたは、なぜそれを知っている。何者だ」海野はシマを睨んだ「さあ……」シマは不敵に微笑んだ。
ゼブラ、ただの音楽プロデューサーでないことは確かだな……海野は感じた。

カラーズ・ジェッツフェラルドのメンバー表には次のように書かれていた。

芸名(アイドルネーム) K・ブルー 青柳 恵(あおやなぎ けい) リーダー 
新江戸信用金庫で非常勤勤務  22歳 ダンス振り付け担当 161㎝ 48㎏

芸名 さくら・ラブワールド 前田 さくら(まえだ さくら) 「みんな食堂でアルバイト」 20歳 歌唱担当  160㎝ 47㎏

芸名 みどり   中邑 緑(なかむら みどり)  大学生薬学部大学院生 23歳 作曲・セクシー担当 172㎝ 52㎏

芸名 あかいしずか 赤井 静花(あかい しずか) 大学生文学部 ハンバーガーショップでアルバイト 作詞担当 21歳 作詞・営業担当 155㎝ 45㎏

芸名 イエローオブよみがえる  黄泉 香(よみ かおる) メイドカフェ勤務 20歳 アイドル担当 149㎝ 41㎏

カラーズのメンバーはそれぞれのイメージカラーを持っていて、ジャージの色も青、さくら、緑、赤、黄色になっていた。
「それでは、挨拶代わりに……」サングラスの真ん中をを人差し指で上げシマは呟くように言葉を発した。
「まずは、走るぞ。商店街の端のケーキ屋で折り返しをして、ここに戻って来る」
シマの声が部屋に響いた。
「えっ!」メンバーで一番小柄な香がキャンディボイスでまず声を上げた。
「新江戸川商店街の端? 片道は……約3キロぐらいか……」緑は小声で呟く。

「わたしも走る!わたしに負けたらスクワット100回だ」
「そら、いくぞ! 海彦お前も走るぞ。社長以外全員だ」
そう言い終わるか終わらないうちにシマはレッスン室から飛び出した。

あの女(あま)何考えているんだ。ジャージに着替えて来いと言われたが、俺は高校まで陸上部で五千mの県代表だと知っているのか!
……ピッチを上げてシマに追いつこうとするが
なに!速い
海野が追いつこうとすると離される。

「カラーズのみんな今日は朝早くから練習か」
早朝店前の掃き掃除をしているケーキ屋店主がいた。
「ひえーーっ速いな、今日は一段と気合が入っている」次々と折り返しすぐに駆け去っていくカラーズのメンバー見てしばし手を止めた。

こいつは化け物か
……シマさん、若返ってから以前より一段と身体能力が増している。

「海彦、恵、さくら、みどり、香、静香の順か。みんなスクアット100回だな」
ストップウォッチで確認しながらシマはアツシに言った。

第5話 海彦山彦


 ……なんで俺がスクワット100回だ
「かなり、やられているようだな」いつの間にか部屋に来ていた山賀が額から大汗を流している海野の肩を叩く。
「活かさず、殺さず搾り取れですか……これからきっちり型に嵌めてみせますよ」肩で息をする海野。途切れ途切れに山賀の方を獣のように睨みながら言う。
「お前、まだ諦めきれてないだろう……」「何のことですか?」「爪を見れば分かる」海野の丸く整った爪を山賀は見澄ます。俺がまだ毎日ギターを弾いているのを組長は知っているのか……
「5分間休憩して、次はダンスレッスンに入るぞ」
シマはパンパンと手を叩きながら5人に声をかけた。
「ひえーーっ」
「わたし達を殺す気っ!」
運動が苦手な香と静花が素っ頓狂な声を上げた。
……元海軍で宇宙飛行士だから、シマさんの体力は並外れている。

「しばらく、こいつらに付きっ切りになってもらう」山賀はいつもの低い声で海野に囁く。
「なんでですか?俺は他にもやる事をいろいろ抱えている」
「今抱えている興行と他の歌手のマネージメントは俺の部下にやらせる。お前はこれまで十分よくやったよ……芸能興行を担当しているお前にもう一段経験を積んでもらおうと思ってな、将来への投資だ。そして、須々木という社長とゼブラという女、只者ではない、特にあの女、昨日あれから俺に連絡があってな、お前の顔と指を見て音楽プロデューサーに指名してきやがった」
「それと、上からの断れない命(めい)もあってな……」
山賀は屈んでいる海野に煙草を渡そうとする。
「いいえ、今日から禁煙をしようと思いまして」出した煙草をそっと山賀に返して話を続けた。
「大きな商いになりそうということですか……それとも別の特殊事情?」タオルで顔の汗を拭いながら山賀は質問した。
「何か裏で大きな力が動いてるかもな。型に嵌めせられるのは我々かもしれん……」
「明日潰そうとすれば潰れるような、こんなちっぽけな芸能事務所が」
ドスの利いた低い声で海野は指を舐めながら言い放った。
「芸能の世界は厳しい。喧嘩に明け暮れいた俺を拾ってくれた組長には感謝しています。いつものように搾り取ってやりますよ」海野は野獣のように眼をぎらつかせる。
「これから、暴力団も厳しい時代に入る、世間の風当たりも強い、警察も黙っていないだろう。太平洋戦争の激戦を経験して一度死んでいる俺はこれからどうなってもいいが、若いお前は、これからは自分の目で見て考ることだな」

その後各自手足を伸ばし入念なストレッチを始めていた。
「それでは、ダンス行きます」
リーダーの恵(けい)は立ち上がり、カセットテープを持ち出し準備に入った。
「もう、ですか」香が真っ先に声を上げた。

レッスン室にアップビートな曲が響く。
鏡を前に6人は練習に入る。
「海彦、お前も入るか……」
「えっ?」
シマは声をかけるやいなや、5人の後ろに入った。

「須々木社長、あの人は何でもやるのですか」
「ああ……そのようだな。やってみせ、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ……率先垂範と言ってもここまでとは……」
反射神経は抜群でも……アツシは少し呆れた。
シマを含めた6人は全身を映す8メートルほどの長方形の鏡を前に踊り出した。
おや?リズム感はまだまだだが、初めてなのにそれなりに付いていっいる。それより、普段クールなシマさんが微笑んでいる……
部屋に作業着を着た2人の男が入ってきた。
「チーース、ここでいいですか」若い男の調子のいい声とともにエアロバイクとランニングマシーンが運び込まれてきた。
「買ったんですか?」大音量がレッスンルームに流れる中、アツシは大声でシマに問いかけた。
「ああ中古だけどな。先行投資だ」シマは踊りなが振り向き応えた。
「ゼブラさんは人を鍛える、肉体からも、そして内面からもな」アツシが海野に諭すように言った。
やれ、やれ、シマさんにとっては第三次世界大戦も芸事も全然変わらないな。昨日も遅くまでカラーズのメンバーの資料を見たり、連絡を取ったり……蘇えって早々相も変わらずすごい勢いだな。
ダンスレッスンが一通り終わって、タオルで汗を拭きながらシマが海野の肩を叩き声をかけた。
「振り付けはさくらに任せればいけそうだ。ボイストレーニングはKブルーこと恵と海彦お前がやってくれ」
「俺が……」海野は突然の命令に戸惑いの表情を見せた。
「喧嘩ばかりするが伝説のロックシンガーだろ」
「あんたにはかなわないな」
いつのまにか、やつらのペースに嵌っているじゃないか……

ビルの二階にある音色芸能社にコツコツと足音を立て一人の男が階段を登って来た。
「山賀さん、さっそく、借金の取り立てかい」アツシが近寄り声をかける。
「ああ、それもそうだが。ところであんたたち何者なんだ……」
「さあな……しかし、暫く金は返せないぞ」
アツシはボイスレッスンの様子を見ながら視線を変えず毅然たる態度をとった。腕を組んだ二人の間に沈黙が続いた。
「まあ、いい……あんたとこも前の社長の作った借金にかなり困っているようだな……利息はとりあえず……いいだろう、残りは音で借金を返してもらおうか……」
高音から低音まで若い声が響き渡る純白のレッスンルーム。
音で返す?……音楽を始めたばかりのアツシには重い言葉であった。


 シマと海野が紫色の暖簾をくぐると、賑やかな声があちこちから聞こえた。
紫紺の暖簾には白地で『みんな食堂』と描かれていた。
「ミーティングがこんなところでいいのか」
「昔からの馴染みだ……、カラーズのメンバーも来ている」
「昔からの馴染み?あんたずっとヨーロッパにいたんじゃねえのか」
「遠い昔だ、ここのお母さんには戦後まもなくから世話になってな」
「あんた、確か32歳なんだろ、中学の時からか?」
海野はミステリアスなシマに疑問が次々と湧いた来た。かまわずシマは海野の背中を押して、テーブルにつかした。
アツシはテーブルに既についている。
奥のテーブルには恵、静花、香、緑の4人がテーブルを囲み、喧々諤々の反省会をしていた。
「熱燗2本とと親子丼3つでしたね」
「アッ!」
配膳をしながらさくらが3人を見上げて驚いた
「夜はここでアルバイトをしてるんだろ」
「ええ、お母さんに云われて」
さくらが足を引きずりかげんなのをシマは見逃さなかった。
「足痛いか?」
「今日の練習かなりハードだったので……でも、アメリカにいた時を思い出しました。その時はもっと厳しいトレーニングでした」
「それより、ゼブラさん以前どっかで会ったことなかったですか?」
「いや……さくらお前とは今日始めてだ」
「そこで、この店、暫く休めるか」
「さっそく、勝負に出るのですか」
「みんなにはすでに言ってある……元気があるのはいいが」
シマは後ろのテーブルを指さす。喧々諤々の反省会をさくら以外の4人で行っていた。
「みんなで夢は掴み取る……半年で勝負(ケリ)をつける。メンバーのみんなも可能な限り休職、休学してもらう。生活はレッスン室で寝泊まりして合宿だ」

第6話 Tomorrow Never Knows

 シマはまあ酒でも飲めと言わんばかりに二人の猪口に注ぐ。
「海彦、音のプロのお前から見てカラーズ・ジェッツフェラルドはどうだ」
「音のプロ? 俺は興行担当だぞ」
シマはニヤリと笑った。
この女、俺のこと全て調査済みだな……そして海野は少し考えた。
「……まあ、そうだな、メンバーは個性的でバランスが取れている。歌も踊りもこれからだが、伸びしろはありそうだ。でも半年でトップを取るのはあまりにも無謀じゃねえか」
「いや……そうとも限らんか」海野は顔を上げた。
「それで、海野、曲作りはお前に任せていいか」シマは矢継ぎ早に言った。
「俺のやったのはロックだ、それもバンドだ。アイドルの歌うポップスは作ったことがない」
「ロックっぽいポップスいいじゃないか。これからは革新的なことをやらないとな。昔の曲のストックもあるはずだ、業界に顔も広いだろ。協力して1週間以内にデモテープ作って作詞担当の静花に渡してくれ。」
「静花は楽曲コンペに可能な限り応募している。まあファンに手書きの葉書を出したりするチーム一の努力家だけどな」
もう、チーム全員の個性や特徴を頭に入れていやがる……ゼブラの統率力は只者ではない……底知れぬこの女は本当に何者だ?……海野は天井を見上げ考えに耽った。
「それとまだある、アツ……いや須々木社長。衣装には金をかける。若手で有望なデザイナーをリストアップしてくれ」
「今、パソコンがどんどん普及してきています。人脈とインターネットを使ってなんとか探しましょう」
「ゼブラさん、あんたかなり強引だな」矢継ぎ早の命令に海野は呆れ顔で応えた。
「それと、借金の関係だが……お前とこの親分、音で返せと言ってたな……海野お前も手伝ってくれ。なんでもイベントがあったらメンバーを出す。音で返せという事だろ。緑は作曲、静香は作詞が出来る。歌やダンスの他にさくらはギター、恵はドラムが出来るようだ。どこでもいいイベントにブッキングしてくれないか、とにかく何でもしょう」
「可能性がある限りか、とにかく早く借金を返すために何でもしましょう……そういえば」アツシは親指で有線のスピーカーを指す。
「今流れている曲か、この演歌」
「緑と静香が内山ひろむの新曲、応募コンペに採用されたと云っていました。内山と言えばかなりの大物演歌歌手です」
「内山ひろむ? 内山は興業の関係で俺も知っている。大手ゴールド・クレイン・レコードの役員もやっている。やつに認められればメジャーデビューまで早そうだな。だが、まてよ。確か今、あいつがマネージャーをやっている」海野は顎に手を当て少し考を巡らせた。
「それなら話が早いな。悪いが早急にアポを取って一緒に行ってくれるか」アツシが応えた。

「お前の動きがおかしいんだよ」
「リーダーこそ歌い出しか遅かったですよ」
金切り声でリーダーの恵(けい)と香(かおる)が腕を掴み立ち上がった。シマとアツシは立ち上がった。周りは驚く。
「やれやれ、ほっといてやってください。カラーズ名物の仲間割れ……すぐに仲直りします」海野は毎度のことのように座ったまま冷静に言った。
「みんな熱いんだな。海彦、そう言えば、さっき、そうとも限らないが……と云ってたが」シマは呟いた。
「これからトップになるためにかい? メンバー全員がカラーズに人生をかけている……拳をぶつけあって本音でぶつかっている……あいつら谷底に落としても絶対這い上がって来る、歌や踊りに妥協はしない……もしかしてと思ってな」海野は指の裏を舐めながらさらに続けた。
「今日、グループ全員に言ってたようだが、しばらくアルバイトを休ませ、学生の連中は休学をさせるのかい……もちろんOKだったよな」海野は足を組みなおし、テーブルに肘をついたて話した。
「登りつめるためには仕方がない、いずれ勝負をかけなければならないのも彼女らは知っているからな、今がその時だと5人とも言ってたよ」
「飢えている奴は、強いぜ」海野はニヤリとほくそ笑んだ。


 初日の厳しいトレーニングの疲労からか毛布にくるまり、暗いレッスン室で5人はぐっすり寝ている。毛布の色まで赤、青、さくら、黄、緑各担当の色である。
時計は深夜2時を指していた。事務室ではほんの少しの灯りを点けシマとアツシが話し込んでいた。
「かなり資金繰りは厳しいです。所属していた芸能人もほとんど音色芸能社から移籍したり辞めたりして、今や残っているのはカラーズだけです。今は収入が全くない状況ですからね。もつと切り詰めなければ、さつそく巷で評判のクラウドファンディングでも開始しましょう。募金を受け付けて返礼品はカラーズのサインやグッズを送るという方法で」
「その件は、社長に任せるよ」
「ところで、研究所と云えばアツシ、広島で我々のいた秘密研究所『狐の巣』の名前の由来を知っているか」
「第三次世界大戦前の戦艦大和で言ってましたね、ナチスドイツの指令所『狼の巣(砦)』にあやかった俗称の他に……」
「そう、大日本帝国海軍少尉で帝都大学教授亀田 野狐(かめだ のきつ)教授の下の文字『狐』から取ったものだ」
「その科学者の名前はわたしも聞いたことある。確か海軍きっての天才科学者、でも確か戦後暫くして亡くなったとか……」
「元の世界で終戦末期、東京で本土決戦対策会議をやったのは知っているだろ」
「ああ、シマさんが開発した特別強化戦闘服甲号とか議論した会議ですね、極秘に日本全国の軍の科学者を集めた太平洋戦争最期の科学技術の本土決戦会議」
「その時、開発途中だったが亀田教授は若返り薬を提案してな、しかし実戦には間に合わなかった。その薬筋肉増強の効果もあるが一時的に人間の体を若返りさせて、年寄りも屈強な兵士として活用する。わたしが発案した特別強化戦闘服甲号と並ぶ議論の中心になった本土決戦用一億総特攻兵器だった。その薬の名前が亀田野狐教授の名前を取って『ノキツ』と呼ばれた」
「若返り薬? そうかその薬を使って本土決戦用の兵士を増員したら大変なことになっていましたね……」
「治験はまだで、一部人体実験をしたという噂も聞くが、どれぐらい効くのか、また、後遺症はないのか分からないまま終戦した。極秘裏のうちに研究内容は処分され闇に葬られた。アメリカに負けた元の世界でもそしてアメリカと停戦となったこの世界でもわたしの調べた限り停戦直後に野狐博士は死んでいる。わたしはその薬のおかげて2度助かった」
「副作用が心配ですが……そういえば宇宙飛行士で鍛えた体に加え身体能力も格段に上がってますもんね……第三次世界大戦でも、その薬を活用して、名前を変えて家具屋が製造したんだったっけ、薬の名前は『シマ』あなたから取ったものです」
「薬の名前が『シマ』?」
「第三次世界大戦の傷痍兵に使ったところ薬があまりに効きすぎて、これも軍事に悪用されないかと2年前に製造を中止しました。その薬の治験もまだでしたし、副作用も心配でした。家具屋のその功績を聴きつけたアメリカの大企業ナスカーグループの医療部門が家具屋を役員待遇でヘッドハンティグしたのです」
「ノキツ……イレイメノキツ、逆から読んだら」
「そうだ『月の命令』だ!」アツシは思わず手を叩いた。
「45は1945年終戦の年ですね。でもこの世界でも実用化されたとか、何の情報もまだ入ってません。ヒントは帝都大学の亀田野狐が元いた研究室ですね。まだやっているかかどうかも含め至急調べてみます。金は切れても人の繋がりは切れてませんよ」
「しかし、花木内閣周辺だけは気をつけろよ、彼はくせもんだ。元の世界でも手酷くやられたからな」
「……元の世界でとんだ目にあったようですね。あなたを暗殺する可能性もあるのですが?」
「やりかねないな、人情味も見せるが……得体が知れない人物だ。それと、さっき食堂から出る時、緑と話し込んでましたね」
「ああ、学業との兼ね合いで少し悩んでいたみたいだが、とりあえず暫く休学してもらうことにした。それと……薬の件で少し教えてもらいたい事もあってな」
「薬の件でシマさんが教えてもらいたい? どこの大学か言わないけど大学院でもかなり優秀みたいですね。彼女、顔、スタイル、頭脳、どことなくあなたに似てますもんね。薬、薬か」
アツシの胸ポケットから携帯電話が鳴る。
「こんな深夜に……涼子さんからだ珍しいな」
ウン、ウンとアツシは聞き入ると突然「なに!桃田が行方不明?どこかに拉致されたかもだと!」大声を発した。
「行方不明?拉致?」
「携帯電話を貸してくれ」
「涼子分かるか、わたしだ。犬井、雉谷、猿木に至急連絡を取ってくれ、あの3人は国防軍出身で軍、警察にも顔が効く、至急頼む。他には誰にも言うな、特に政府関係には……」
まさか漏れているのか?シマさかんが生き返ったことを知っているのか?
アツシは寒い1月の深夜なのに額から汗が噴き出した。

第7話 マネー МANEY

 コンサート会場の前にワゴン車が止まる。カラーズ・フェッツジェラルドの5人のメンバーとシマ、アツシ、海野が乗っていた。
地方都市ならではの、田園の中に、民家と役場の建物、その横にコンサート会場がある。
『演歌 内山ひろむ特別公演』の看板が大きく掲げられていた。
「海彦さん久しぶり。よーー、おこしくださいました」
控室で派手な着物を着た内山ひろむが海野と抱き合う。
内山は頭が大きい四頭身にも見えるぐらいの大阪出身のコテコテの演歌歌手である、いつもの営業用の満面の笑みを浮かべる。
「この曲みんなで作ったんでっか」
「この二人、カラーズのこのメンバ、緑と静花が中心に作りました」アツシは内山に2人を紹介する。
「そうか、このかわいいお嬢ちゃんたち二人が、電話があったからてっきり海野はんが作ったと思っていましたわ。あの応募の『恐山(おそれざん)』、すごい、いい歌詞やったな。なんちゅうか心に突き刺すというか、なんちゅうか……恐山と全然関係ない歌詞が続き、それが伏線となってCメロで恐山として結実する……」
どんな歌詞だ……海野は天井を見上げた。

「……ははは、第二弾、第三弾の『おぼれ河』『滑り坂』も用意しています」
静花はアルバイトのハンバーガーショップで鍛えられたスマイルと営業トークで話を進める……

「3か月ほど前、カラーズが解散かというピンチの時、ダメもとでグループ名で内山ひろむの楽曲コンテストに応募しました。そして今回、栄えある大賞に選ばれました……今後、全国発売っていう訳です。賞金は全額事務所に入れてくれましたが」
アツシがシマに経緯(いきさつ)を説明する。

シマとアツシは壁もたれ小声で話し込んでいる。
「桃田は昨日無事発見されました」
「さすがでした。犬井、猿木、雉谷の3人の素早い行動と日本のあらゆるところに張り巡らされている情報力のおかげです」
「涼子からも連絡が入ったよ。顔は腫れ、ろっ骨を骨折、かなり痛めつけられたようだな……全治1か月、しばらく議員活動も無理だろう。私のことは死んでも話さなかったと言っていたらしい……それと例の薬の情報、その組織はやっきになって探しているそうだ。マスコミには階段を踏み外したことにしているがな。このことを知っているのは当事者の桃田の他は、わたしとシマさん涼子の他は猿木、犬井、雉谷の6人のみ」
「今回は薬が目的だったみたいですね。涼子への連絡はしばらく止めときましょう。世界を変えられるかもしれない若返り薬、政府関係、軍国主義団体、ネオナチス、軍事産業どこの組織でしょうかね」
「桃田は一介といっても仮にも衆議院議員だ、殺したらあとあと大変なことになる。それが分かる組織というと……大日本帝国軍所縁の世界を変えるかもしれない極秘薬イレイノキツ45の存在を知っている組織」
「日本の組織でしょうか、政府いや総理が絡んだ……」
「そうかもな……かなり厄介な事になって来たな」
「それと、帝都大学の亀田野狐教授の研究室、教授が亡くなってから閉鎖したみたいです」
「振り出しか……」

「あんたさんらも、アイドルやっておますんか」甲高い声が部屋に響いた。
「アイドルも厳しい世界やから、なかなか売れませんで、私も若い頃、アイドル歌手やってえらいことになったんですわ。そのなれのはてがこれこの通りか月ほど前のくたびれた演歌歌手……」
「先生ともあろう押しも押されもしない大御所様が」
セクシー担当の緑が手もみをしながら胸を強調する仕草をする。
「先生も昔アイドルやってたんですか?……(想像つかない)」なおも緑は内山の和服の胸元に白く透明な手をそっと入れる。

「カッコよかったんやで、ロングヘアで唐獅子のように首降って、シャウトしてたんやで」
まんざらでもない内山は首を回してながら当時の様子を説明するが、固めた七三の髪型からは想像がつかない……周りは無言であった。
「しかし売れなかった……この業界はとてつもなく厳しい、今はその竹馬に乗って歌っている。乗ったまま長時間歌うギネス記録の保持者や」

すかさず、緑とシマは竹馬の、右側に備え付けられたマイクを、細いドライバーを手にいじってる。
「おいおい、君達」
「マイクの角度はこれくらい、これでより一層丈夫になって歌いやすくなったと思います」大学院生の緑は内山に説明する。
「君たち手先器用なんやね」
「先生は竹馬に乗ってもインカム使わないんですか」緑は内山に尋ねる。
「そんなもん使うかいな、唄はマイクと生が一番、演歌は心や、あんたさんらも本当のプロを目残すんやったら絶対生やで」内山は言い切った。
「お前ら!まだやっていたのか」マネージャーが応える。
「あっ、棚橋社長!」恵が声を上げた。
冷蔵庫のような胸板。巨漢の男が立っていた。
恵の言葉を無視して「先生、リハーサルの時間です」と言って、棚橋はドアを開け出て行く。
「おおーーっ、今行く」内山は呼応する。
「音色芸能社の前の社長ですか、ずいぶん愛想ないですね」アツシは海野に聞いた。
「『お人よしの甲ちゃん』と呼ばれたが、まあ、ああも裏切られると性格も変わるよな。戦友や知人の借金の肩代わりをしたり、カラーズの立ち上げでまた借金。そら逃げるわな。あるお方の斡旋で内山のマネージャーをやっている。棚橋は裏切られることはあっても裏切ることはないからな」

アッ、今回の目的を思い出したように海野は内山に駆け寄った。
「内山さん、ちょっと、これ観てくれないか」ぶっきらぼうに、まず海野が声をかけた。
「少しの時間でいいんです」持ち前の甘いキャンディボイスで香が追い打ちをかける。
海野はすばやくノート型パソコンを内山の前に出す。
「海彦、困るよ。先生は忙しんだから、また、今度」
遅いので、戻って来た棚橋マネージャーか間に入る。
「少しだけでいいんです」
このチャンスを逃がしたら拙い……
「あんたら、売れてないアイドルグループだろ、観るまでもねえよ……」
「なにを、お前、元社長だろ!」棚橋の捨て台詞に海野は切れた。
シマはとっさ海野の背後に回り腕を取った。海野は背中でシマのふくよかな胸も感じた。
「少し深呼吸をしろ……」シマは海野の耳元で甘く呟いた。
深く息を吸い、気を取り直し海野はパソコンのスイッチを押した。
「うっ!これは……」内山は唸った。
しまった……昨日見たエロ画像が残っている。
「海彦、お前毎日こんなものを観ているのか……」後ろで観ていたシマは呆れた。
「あははは、今度はまともです」
時間がないのに……
今度は画面にカラーズ・ジェッツフェラルドのステージの模様が映像で出る。

内山は手拍子をし足を小刻みに鳴らす。
リズム感がある、歌詞もいい……が、

「……悪いが、このままだとグループは破綻するな。地道にやった方が幸せや……」
破綻……シマ、アツシ、海野の3人はそれぞれ唸った。
「愛想なくってすまんな。それでは、元気でな」
内山が控室から出る。
「あんたらも、もう出て行ってくれる」
マネージャーの声が控室に響いた。
「海彦さんよ、こいつらにはとんでもない弱点がある」棚橋の重い言葉が海野を貫いた。
シマは「緑、ちょつといいか?」と言って、ポケットから細かく書かれた1枚の用紙を渡す、それを見せて耳打ちをし始めた。

第8話 ファイト

 キュイーーン
タイトな黒いレーザーパンツをはいたさくらの鳴らすエレキギターの早弾き音色が両国国技館の屋根を突き刺す。黒いサングラスはスポットライトの光沢を放つ。
ドン、ドッ、ドッ
ギターの軽快なリズムに続いてスポットライトを浴びたのは碧いカチューシャを付けた恵だ。二本のスネアで軽快にドラムを叩き出す。
「まるでロックコンサートだな。プロレスの興行でエレキとドラムを使うとは思わなかった」
会場2階の一番奥では、山賀が腕を組み呟き海野に問いかけた。
「男臭い格闘技に、美少女たち。これからの興行は新感覚です」
海野は胸を張った。2人は自分の興業があるとき、会場の奥で全体を見渡すことを常にしていた。
長年の経験から、観客の興奮度、興行全体の良し悪しや次への課題等いつも語り合っていた。
「やつら、早く借金の返済そうと必死なのか」
「それもありますが、半年程でアイドル界のトップを目指すと言ってます」
「組長もやつらを助けるのですか」
「……いや、活かさず殺さず搾り取れだ」
「わたしにはそうは見えません」
「鬼の山彦がそんな温いことをすると想うか?」
「いえ……、いままでのやり方があの二人に通用しないというか……何か狂わされてやつらのペースに嵌っているような気がします。須々木っていう社長とゼブラっていう女プロデューサーが我々のことかなり調べてますよ」
海野は山賀に耳打ちした、その時、数メートル離れたシマとアツシを見ると親指を立て微笑んでいた。
シマは山賀と海野とは違い壁にもたれかからず腕を組み背筋を伸ばして立って興行の様子を見ていた。
「掌で踊らされているのは我々かもな…… それより見ろよ、ギターの観客の煽り方、すごいぞ、いっぺんにプロレスファンを虜にしている」山賀は思わず目を見開いた。それに呼応するかのように海野も。
「わたしは、それよりあのドラムのリズムと間の取り方です。若いのにかなりのセンスですよ」
シマは元の世界ではまだ両国国技館が出来ていなかった。首相在任時、蔵前国技館が大相撲の舞台で女性が総理大臣杯を土俵で渡す渡さないでも揉めた苦い経験があった。結局は土俵に上がらず土俵下で大きなトロフィーを優勝力士に渡した。この世界の日本では格闘技が隆盛で史実より20年程早く両国国技館が出来ていた。シマはプロレスの興行を見るのは初めてだった。大相撲とは違う近代的な演出、興行スタイルに見入った。
「悪役の2人は、ベテランだから10分ぐらいしか試合が持たない、それ以上だとバテてしょっぱい試合となってしまう。登場までで観客を焦らすだけ焦らして、興奮させる。そして、リングに上がって……」
しょっぱい試合ープロレス用語でつまらない試合、情けない試合のこと。
相撲とは違いこの時代のプロレスはファンからよりエンターテイメント性が求められていた。
「今回の件も金の関係だ。今日タイトルマッチで来る予定の外人レスラーが急遽キャンセルさ。アメリカにいる方がかなり儲かるそうだ。もうプロレスの日米対決は観客からも飽きられてきたからな。法外なギャラの要求は断った」山賀はきっぱり言った。
「アメリカは興業の本場だから……ドイツ駐留軍がアメリカ本土から撤収して4年、広大な国土、豊富な資源、進んだ科学技術、そしてなによりも洗練された文化。戦争が終わったら日本のスポーツ、エンターテイメントなんかとても太刀打ちできない」
太平洋戦争後、海野は学生時代ロック、フォークの本場イギリス、アメリカを回った。特にアメリカは驚嘆の連続であった。こんな国と戦ったのかと……
「やり手の興行師がいる。音の世界もかなりやり手という噂だ。エンターテイメントで世界戦略もやりかねない」山賀はサングラスをかけながらそう呟いた。


帝都タッグ選手権試合

バーニング猪野地、藤山辰雄 対 ヒポポタマス丙号 デス・オブ・エンジェル弐号
「きゃーーっ」若い女の叫び声とともに通路から2人の悪役レスラーが登場してきた。女の叫び声はどっかで聞いたことあるような……
ヒポポタマス丙号はカバのマスクに黒の僧侶のギミック。カバのマスクは口が開いていて、カバらしく2本の大きな前歯がある。開けた口が黒いメッシュとなり顔の位置となる。
手には木魚とそれを叩く撥を持っている。デス・オブ・エンジェル2号は死神のギミックだ。
白いお面を被っている、ずんぐりむっくりの体系のヒポポマス甲号とは違い、骨と皮だけの肉体、大きな鎌を手に持って登場する。「きゃーーっ」2人の登場に血相を変えたロリータファションの黄泉 香(よみ かおる)が怯えて逃げ惑う。若い女の叫び声は香だったのだ。

「あっ突然、興奮した一般のファンがリングに上がろうとしています」男性アナウンサーが叫ぶ
リングのロープを掴んだところ、その男はゴキっと鈍い音ともに木魚で叩かれた。ピューッと勢いよく額から血が飛び出した。エビぞりのような体制、スローモーションのようにリングから下のマットに落ちていく。
「キャ~~ッ」花束嬢役でリングに上がっていた和服姿の静花も叫び声をあげた。


「アツシご苦労だったな」
シマはアツシの肩をポンと叩く。ヒポポタマス丙号に木魚で叩かれたのはアツシだったのである。

レスラーの2人は控室の畳の上で大の字に倒れた。頭の上にはチャンピオンベルトが2つ無造作に置かれていた。
静花が傷口を消毒液で拭きアツシの禿げ上がった額に絆創膏を貼る。
「痛、た、た、た、こんなこと聞いてませんよ……」
綺麗な和服のまま手当てをするその光景は滑稽であった。
「あんた悪かったな……でもあんた海軍だろ」カバのマスクのヒポポタマス丙号寝たまま首を振り声を発した。
「なんで?」
「動きで分かった。それくらいの傷じゃびくともせんだろ」
まあ、戦時中のことを想ったらこれぐらいでお客さんが喜んでくれるのならとアツシは思った。

「お前ら全員いい仕事だった」山賀は懐から袋を渡す、シマは札束を読み中身を確認する。
「俺に返さなくっていいのか」シマに尋ねる。
「いや全部もらっとく、これから暫くは、メンバー全員、音で飯を食ってもらうからな……」
「いよいよ、これから本当のプロになるのか」
「ああ……それと、一刻も早く借金を返さないとな」
恵とさくらの演奏、香の迫真の演技……社長とプロデューサーの熱意……これはモノになるかも……山賀は確信に変わっていった。

「それより、曲は出来たのか」シマは山賀の隣にいる海野に声をかける。
「ふふ……これ、この通り」懐からカセットテープを二枚出す。
「あんたの言う通り、これからはデジタル化の時代だ。昔の伝手(つて)で若いミュージシャンにかなり手伝ってもらったよ」「脅してか……」「いいや褒めてだ……」海野とシマは昔からの戦友のようにほくそ笑んで呟いた。

 あのやんちゃな海野を手玉に取っている……この女は何者?山賀は想った。
「それ、新発売のウォーキングマンか」
海野からそれを渡され、操作方法の説明を受ける。海野は最高学府帝都大学の工学部出身、機械の操作は得意である。カセットテープを入れヘッドフォンを頭にかけシマは聞いてみる。
暫く聴き入って「恵も聞くか」とシマはウォーキングマンを渡した。
「なかなか、ノリのいいいい曲ですね」恵はリズムを取り小刻みに体を動かし、手を叩きながらリズムを取る。
「さっそく、静花たちに詩を書いてもらう」
チーム名カラーズ・ジェッツフェラルドの由来はチームの頭脳である静花と緑がジェッツフェラルドの小説が好きということからきている。高学歴の2人が何故アイドルをしているのか、若いうちになんでもチャレンジしたいという好奇心もあるが、あのステージの高揚感、終わったあとの達成感がたまらないらしい。
「いえ、とりあえず全員に書いてもらいましょうか、ゼブラさんあなたもね」
「わたしが?」ウィンクして返す恵にシマはきょとんと自分を指さした。
「ヨーロッパで活躍した音楽プロデューサーさんでしょ。
カラーズはこれから全員でチャレンジするとみんなで決めたんです。何でもやってみないと分からないでしょ」

「グループのキャッチコピーは『歌と踊りの限界はカラーズが決める』で決定すか」「ああ、そうだ」アツシはシマに問いかける。

「ずいぶん挑発的なコピーですね」アツシはシマに問いかける。
「元の世界では『政界の鬼退治』ってのもやった。煽ってやろうぜ」
シマはアツシに耳打ちして微笑んだ。
「半年後にトップを取るのが目標だ」シマは山賀に宣言する。
「ハハ……普通なら何をバカなというところだが、あんたらを見ているとまんざらでもなさそうだな。それと半年後までにやらなけばならない何か目的がありそうだ」

「あんたちありがとうよ、おかげで助かったよ。海野さんお客さんの盛り上がりは?」
「最近では一番だったかな……色物と見られがちの怪奇レスラーのお前たちが絶対王者からのベルト移動のビッグサプライズもあったし」カバのマスクをしたヒポポタマス甲号は寝たまま声を出す。
むくっとデス・オブ・エンジェル弐号は起き上がり、シューズの右足をはずす。
「キャッ」さくらと恵は同時に悲鳴を上げた。
「お姉ちゃんたち、驚かして悪かったな。弐号は太平洋戦争で右足を失っちまってな、義足なんだよ。ありがとうよ今日の演出、あんたたちのおかげでベルトを取れたようなもんだ」
丙号は饒舌だ。死神の仮面をしたデス・オブ・エンジェル弐号は喋るのが苦手のようだ。
「丙号と弐号ということはヒポポタマスには甲号と乙号、デス・オブ・エンジェルには壱号がいるんだよな」アツシは素朴な疑問を持った。
「あんたたちプロレスのこと何にも知らないんだな。ヒポポタマス乙号とデス・オブ・エンジェル壱号は3年前のハワイ戦役で亡くなったんだよ。ヒポポタマス甲号はあんたたちがよく知っている音色芸能社の元社長、棚橋さ、また金で騙されて失踪したって風のうわさで聞いたけどな」
ヒポポマス丙号はカバのマスクの黒のメッシュ部分を外し顔を出した。カバが大きく口を開けた状態でくたびれた中年男の顔は滑稽であった。頭が禿げあがった冴えない中年といった感じだ。デス・オブ・エンジェル弐号も白いマスクを取るが、あまり死神のマスクと変わらない、頬がこけ大きな眼をギョロつかせた。ヒポポマス丙号ーー本名 高田 丙吾(たかだ へいご43歳)デス・オブ・エンジェル弐号ーー山崎 弐郎(やまさき じろう42歳)
「あんたらも海軍なんだろ、動きを見れば分かる。その綺麗なサングラスのお姉ちゃんもそうだろう。海軍と陸軍は昔から仲悪いからな。ワシら陸軍は海軍のやつらを見るとすぐピンと来るんだ。それより、甲ちゃん今頃どうしているかな……ヒポポタマス甲号、甲児のことだよ。あんたとこの元社長だろ、棚橋甲児」丙吾ひとりで喋っている。
「今、内山ひろむのマネージャーをやっている」海野は2人に向かって言った。
「お、お人、よ、よ、良しの甲ちゃんだからな」弐郎は皺枯れ声で初めて口を開いた。

 平吾はむくっと起き上がり、黒いバックから大きな薬の入った瓶を取り出す。
丙吾はいつもやっているかのように弐郎に白い錠剤を渡す。水も飲まずにぐっと弐郎は呑み込んだ。
「あんたたちも飲むか」
「いや、結構だ」丙吾の問いかけにシマは応える。
「これは海軍の極秘の薬で野狐博士の強壮剤だ。若返るぜ。弐郎が野狐博士が自殺する前に大量に貰って来たんだよ」一人で喋る丙吾に弐郎はゆっくり頷いた。
……野狐博士! 自殺……シマは眼を見開いた。
「……この薬、元軍人の間には密かに人気あるんだぜ。この間のハワイ戦役の後もこれによく似た『シマ』って薬も出回っていたみたいだけど、これには敵わない。ついこの間も一粒欲しいといって2つの集団が別々に着て持って行ったな」

「2つの集団?……別々に持って行った?」シマは驚き平吾に問う。

「ひとつはガタイのいい日本人グループでね。『地蔵』とか何か云ってなかったっけ、もうひとつの外人さんのグループの方は象さんとかいう変な名前だったな」胡座座りになった平吾は顎に手を当て、思い出しながら応えた。
「地蔵?象さん?」シマの呟きに。

「地蔵の方はJZ(ジ・ズー)かもな」山賀がポツリと言った。
「……JZ?」
「……聞いたことがある、闇の世界でな。最近頭角を現してきた非合法の秘密結社。JはJapanつまり日本のこと。Zは……太平洋戦争時のどさくさに紛れ不正に蓄財されていた軍の隠し資金それがZ資金、そのZ資金を使って闇の活動を行う闇の組織。アルファベットの最期の文字、日本政府の最期の切り札、最期の秘密機関という意味もあるそうだ。軍部の不満分子が活動員、花木内閣が絡んでいるという噂も」シマの問いに山賀が小声で答えた。
……野狐博士の開発した薬?……桃田を襲ったのもこの組織か……
……そのようですね
……その薬を使って何か企んでいそうだな
……屈強な兵士を多く養成して、また軍事利用とか、小競合いの戦争はまだ世界中各地で起こっている……戦闘にはかなり使えますね
……愚かな人類か……人類の最大の敵は自然災害や病原菌でもなく人類だな。 
……もう一方の外国人グループの象さんも気になるな……シマはアツシとの密談のあと、シマは天を見上げ溜息をついた。
太平洋戦争中、ナチスドイツの指令所『狼の巣』、その後ドイツの新指令所兼研究所が『兎の巣』、広島の秘密研究所が『狐の巣』、今度は象か……
「この薬のおかげで我々5人とも太平洋戦争のレイテ島で助かったんだ。食べるものは何もなくてな。もっとも死んだカバの下敷きになって助かったのもいたがな……それは俺のことか、ハハハ」
「カバはアフリカしかいてないはず、ましてはフィリッピンにはカバはいてない」
象の次はカバか?シマは元科学者らしく冷静に応える。
「動物園から逃げたカバだよ。戦争は動物をも殺す」
「カバの供養からカバの覆面か……」
怪奇派レスラーの正体も戦争が絡んでいるのだなとシマは想った。
「わ、わしは死んだ人肉を食べる兵士を見てか、か、から、肉が食えなくなった、た。そ、そ、そ、それからずっとこの細さだ、だ、だよ。せ、せ、せ戦場で死にかかったとき何度も死神が出てな、そ、そ、それでこのマスクだ」弐郎は必死な形相で力の限り喋った。
アツシはデス・オブ・エンジェル弐号の義足と大きな鎌を見入る。SIST(鈴木科学技術研究所)と刻印が入っているのを確認した。
「それ、鈴木なんていったっけ……科学なんちゃら研究所で造られたっていう優れものだよ。従軍したやつは社会復帰のため無償で提供してくれるらしい。義足でプロレス出来るんだからな。その大きな鎌も本物そっくりだろ、これもなんちゃら研究所で造ってくれたんだ。プラスチックで出来ているんだぜ。本当に斬れそうに見えるけど、全く斬れない、誰も傷つけない優れもんだぜ、本当に何でも切れそうに見えるけど。おっとネタ晴らししちゃ商売あがったりだな」
丙吾はさらに続ける。
「もう少し頑張らないとな、ヒポポマス乙号とデス・オブ・エンジェル壱号が蘇えるかもしれない……不思議なことに、巷ではまたちょこちょこ蘇っているらしい、あいつらも蘇えるさ」
丙吾の話に弐郎は深く頷いた。
「……蘇えるといいな……いや、きっと蘇えるさ」
アツシは知っていた、しばらく蘇らないことを。2人の希望の灯を消すことは出来なかった。
日米独の国家予算と奇跡的に多額の寄付が集まって表の月面開発計画、秘密裏の人類蘇生計画が再開した。しかし、半年前にいったん中断されてたのを知っていたがそう答えるしかなかった。

「あんたらの娘かなり稼いでいるんだろ、もうそろそろ引退しろよ」海野はぶっきら棒に言う。
「う、う、う、海彦さん、ま、ま、だまだ娘たちには頼らんよ、な、な、なあ」
「そうさ、これも、甲児には悪い事をしたな。甲児は戦後、プロレスの傍ら芸能事務所を開、き娘たちを小学校から手塩にかけて音楽で鍛えてくれたのに、大手事務所に引き抜かれて可哀そうに」
「こ、こ、甲児は昔から人がいいからな、な、な」
「偶然か4人の娘か一人ずつ同じグループに入ってな、もう一人も、上のお姉さんがこの間のハワイ戦役で亡くなったって。生き残った我々2人がそいつらの父親代わりだ」
戦後の傷跡だな、しかし、彼らの娘のグループ? 演歌かムード歌謡か……どんなグループだろうかとアツシは思った。
「・・・・・・」恵は丙吾と弐郎のくたびれた顔を澄んだ瞳で見ていた。
「恵、二人を知っているのか」
「いや……初めてです」愛想なくポツリと応えた。
「あ、あ、あ、そ、そ、そのお姉ちゃんたちも負けたら、だ、だ、だめだぞ、芸能界も戦場だ、だ、だ。こ、こ、この帝都タッグのチャンピオンベルト次回の防衛戦まで持ってくれよ、よ、よ」絞るようなしわがれ声、大きな眼をギョロつかせ弐郎は云う。
「つまり、次回も頼むよって言う事だ」
柔和な表情の丙吾が恵とさくら二人の肩を叩いた。
「海彦さんよ、あんた今回、間の取り方と表現力を学ばしたのか」シマは海野に問いかけた。「まあ、そんなものかな……」それと業界の厳しさと不条理だな……と言いたかったが海野は止めた。
「それより、今日は緑(みどり)がいないな?」海野はシマに聞く。
「ある物を創ってもらうために今日は研究室に行ってもらっている」

「研究室?ある物?」海野は少し戸惑った。

第9話 RIVER

 4月に入っても東北の山脈(やまなみ)には白い雪が被っていた。どこまでも続くような直線を1台の派手なラッピングを施されたワゴン車が東北の道を走っていた。
「相変わらず自動車の運転は上手いな……」足を組み助手席に乗っている海野は運転をしているアツシに問いかける。
「戦後、日本の車を造って20年」
「自分が、日本の自動車を造ったかのような言い分だな……」
「まあ……」といって言葉を濁し、アツシはハンドルを握り直しハンチング帽をかぶり直した。
「東北の方もこんな高速道路が出来たのか。かなり復興しているな」
「どこの国か知りませんが、あなたの第二の故郷ヨーロッパ大陸なみですか。第二次大戦以降、復興事業は止まっていません。第三次世界大戦で日本本土の攻撃を防いだ方々のおかげです」アツシはシマに微笑んで横目で目配せした。

「今日はここだ」海野は道路地図を片手に煉瓦色の建物を指さした。
「さすがだな、小さなライブハウス(こや)やデパートの催場ばかりだが、コンサートツアーをよく短期間で企画できたな」
「ダテに組の興行を任せてもらっていないという訳か」
「組の事は言うな、とっとと準備にかかるぞ」シマとアツシの言葉に海野はぶっきら棒に応えた。
「みんな、降りるぞ」海野はドスの利いた低い声で号令した。

 それまでぐっすり寝ていたカラーズのメンバーはツアー慣れして来たためか到着5分前に全員目を覚ましていた。
「ハイッ」と元気な声が車内にこだました。
「恵(けい)、喉の調子はどうだ」シマは後方席の恵に問いかけた。
「ええ大丈夫です」少し怪訝な表情を浮かべた。
「3日連続のライブだからな、今晩終われば明日、東京に帰れる」
そう言うとシマは炊飯器を片手に車を降りる。海野は大きな米袋を抱える。事務所の台所を借り、シマは手際よく米を研ぐ。コンサート前の少し早い夕食、お握りを作るためだ。
アツシは電話回線を借りパソコンとプリンターにもケーブルを接続しセッティングをする。コンサートは夜7時からなのでいつもの慣れたルーティーンだ。
「猛練習、レコーディング、ニューシングルの発売そしてアルバムの制作。この1カ月大変でしたね。もうすぐFAXでウィークリーランキングが転送されます」
ウィーーンと鈍い音を立てプリンターからA4サイズの用紙がどんどん出てきた。真っ先にアツシが1枚目のペーパーに見入る。
「うーーん。シングルの『蒼き月のかぐや』が31位、アルバム『音色は見えないけど……』が42位か・・・…」
「いい曲なのに思ったより伸びてませんね」
アツシは心配顔でシマに問いかけた。
「勝負はこれからだ、徐々に伸びていくさ」
シマは後から出てくるペーパーを拾い出し、パラバラと捲っている。
「シマさん何を見てるんですか?」
「曲の感想だ」
「わたしにも見せてください」
「うむ、アルバムはいい曲が多いです……特に『イレイメノキツ45』の疾走感がたまらない……」
「シマさんが作詞した曲ですね、褒められてますよ。なになに、カラオケで歌ってみたが、言葉数がかなり多い、たぶん日本で一番難しい曲だと思う。画期的な曲だ。チャレンジしがいのある歌だ……」
制作担当の緑と静花も興味津々に見入った。
シマは手詰まりのイレイメノキツ45の情報が欲しくてわざとこのタイトルにしたが、殊の外好評で驚いた。

事務室の隅に移ったアツシはシマに耳元で呟く。
「あっ、そうそうイレイメノキツの論文が出されたって情報が今入りました。匿名で検証をして欲しいと。今、提出者の身元をあらゆる機関を使って探してますが、それがやっかいなことに2つほぼ同時期に同じ名前の論文が出されたみたいで」
「……2つ? それも匿名で、大きな何かが2つの組織が動いていそうだな……」
シマは切れ長の眼でアツシを見た。

 舞台袖では少女5人が肩を合わせ、円陣を組んでいた。
「いくぞ!」恵が声をかける。
「WE ARE COLORS JETS!」一斉に勇ましい声がライブハウスの狭い控室に上がる。アツシとシマは横で観ていた。
「まとまってきましたね」
「さあどうかな……チームに一番大切なのは団結力だが」
5人はステージに駆けて行く。

シマはライブハウスでのいつもの定位置、観客席の一番後ろでサングラスを頭に上げ腕を組んでみていた。そこに海野が訪れ。
「なかなかのもんだな。若いっていいもんだ。毎ステージごと成長していきやがる」
「芸能界の厳しさを一番知っている海彦さんから言われると嬉しいな」
「ゼブラさんあなたの思う売れるアイドルの条件は何だと思う」
「まだまだ、芸能界は分からないことも多いが……」シマは一呼吸おいて。
「……弛まぬ努力と才能、さらに運とタイミングだな。特に運とタイミングの要素が大きい」
「それと……体(コンディション)も重要かもしれないな」
「コンデイション? K・ブルー、恵のハスキーボイスがか……」
「そう、さくらの透明感のある歌声と恵のハスキーボイスがカラーズの最大の売りだが……」
シマは心配そうにステージ上の恵を見た。
「かなり悪いようだな」
「ソロパートを減らしユニゾンで歌って、みんなでカバーするか。それか恵のソロパートを誰かに変えるか」
「喉が限界か……こんなスケジュールごときで……歌手にとっては致命的だな」
内山の予言はこのことだったのか……海野は想った。

ステージ後5人は落書きが四方にある薄汚れた控室でぶっ倒れていた。ハア、ハアと特に恵は酸素吸入器を口に当て苦しそうにしている。
緑がいち早く起き上がり倒れてる恵の方に寄って、一粒の碧い飴を渡す。
「リーダー、これを舐めてください。効くはずです」緑はやっと起き上がった恵の口にそっと入れてやる。
「これは……」
「急遽頼んだのです、ゼブラさんに言われて大学の研究室で開発してもらった喉飴です。これを舐めれば暫くは大丈夫ですが……いずれ手術をしないと完全には治らないとは思います」
プロレスの試合の時、緑がいなかったのはこのためだったのか……海野は想った
「緑、ゼブラさんは薬学まで詳しいのか?」海野は緑に問いかける。
「ええ、とても。何でも太平洋戦争後暫くしてから工学の他、薬学も少し学んでいたとか。海野さんだけには言いますが、今回の喉飴の製法は研究室のみんなもびっくりしてました。なんかとても画期的な喉飴で、ゼブラさん未来からこの薬の製造方法を持って来た感じがするんです。まさかね、そんなことが現実にある訳ないか」緑は自分の頭を軽く叩き舌をペロッと出した。

……彼女(やつ)はいったい何者だ
そこへ、さくらが倒れ込んできた「いてえな!」「香、お前が歌の出足がワンテンポ遅いんだよ」
「静花あんたこそ」
「こら、お前ら!」海野が間に入ると、バシッと勝気な静花の平手が海野の顔に入って来た。「てめ~よくもやったな」海野はたまらず香の首を掴む。

やれやれガールズグループ名物の内輪もめ、それに喧嘩っ早い海野も加わるとは……現実は厳しい……アツシは呆れて事が鎮静化するまで眺めるしかなかった。
シマはしゃがみ込んでいる恵の肩を叩く。
いつも一番お姉さんの緑が仲介役になってくれるが……そろそろ、もう一段上に行ってもらおうか。
「恵(けい)、これからリーダーのお前が指揮を取れ、マネージメント役のわたし達3人もお前の言う事を全面的に聞こう」
軌道に乗って来た、もう自主性に任した方がいいとシマは判断した。
「は、はい……」と恵は曖昧に返事をした。

「もう内輪の喧嘩はいいか」海野の肩を掴む男がいた。
「お、親分……いや山彦さんなんでここに」
「太い金づるだちょつと様子を見に来た……そして、お前に少し伝えたいことがあってな」

「ハ、ハイ」海野は喧嘩を止め姿勢を正した。
「須々木社長はやはり只者ではなかった。口髭をはやしたりして姿を変えているが、豊日自動車の創業者で元国防大臣の鈴木アツシだ」
「あ、あの世界的企業の! やはり、とんだ金づるですね」
「しかし、残念ながら、やつは今金はない。全私財を投入して世界でもトップクラスの研究所をこしらえたからな」
「さすが、親分、経済にも詳しいですね」
「これからのヤクザはここだ」山賀は自分の頭を指さす。
「金はないかもしれないが、莫大な人脈と人望がある」
「それとあのゼブラという女、気になる……」
「日本人みたいだがハーフの音楽プロデューサーということで、最近来日したみたいですが」
「いや、違うな。動きで分かる……丙吾が言っていたな、帝国海軍軍人の動きだと……俺もそう思う」山賀は煙草を吹かし噛みしめるように言った。
「組長も第二次大戦時、海軍の戦艦に乗っていたんでしたっけ」
「ああ、大和にな……死ぬ覚悟を決めて出航したが、なぜか沖縄に着いた。ありったけの弾を毎日大砲でぶっ放していたら停戦さ」

「前から言おうとしたがちょうどいい機会だ、お前に重要な話がある」
「えっ、突然何ですか」
「今日から組を破門にする」
「えっ・・・・・・どうして」
「自分で考えることだな、ここだけの話だ……まあ、俺はこれからもちょくちょく来るがな。小指はいらんぞ。東京に帰っても、これからはあいつら事務所でずっと一緒に寝泊まりしろ、トップを取るとなると全国規模の興行に付いて行かなければならないだろ、組の名前を使うのは構わんしお前が全部面倒見てやれ」
「なんで、そこまで」
「大きな金づるだ、手放したくないだけさ……活かさず殺さず絞搾り取る。組のモットーだからな」

「でも、失敗したら。やつらは今、金にかなり困っている」

「あの上質の女達と鈴木社長だ。女好きのお前が何とでもするだろう」山賀は悪の笑みを浮かべた。

第10話 かさじぞう

「社長……あとで話したいことが」
珍しく緑がアツシに声をかける。アツシは一瞬、シマの正体がバレたのではと思ったが違うようでホッとした。緑はどこかシマに似ている……頭の切れや鋭い感性……アツシは身内からシマの正体を気づくのは緑か海野かと常に思っていた。
 元の時代でシマが政治家になる前に大学で教えていた時に薬学も学んでいたと聞いたことがあった。政治家になってからも人の生命を助ける薬品関係はかなり興味があったようだ。昭和47年(1972年)からこの時代に来た……シマさんは元の時代に戻ってノツキという薬で復活、薬学関係はかなりの知識を持っていた。家具屋の死とともに衆議院選挙に敗れ総理の座を降り、第三次世界大戦の勃発とともにこの時代に戻って来た。一旦死んだが、蘇り、それから今は昭和40年(1965年)この時代の方が元の時代に比べて数十年進んでいるように見えるが、全てではない。わたしの専門外だが薬品関係はどうなんだろうか? イレイメノキツのような画期的な薬が開発されそうになる一方、元の時代に比べて劣っている薬もあるのではないかと……例えば喉飴。

ライブハウスの外では暗闇の中、蛍のような白い粉雪が舞う。街のところどころでは白い雪が積もっていた。
香がしっかり握手しているのは丸坊主に眼鏡をかけた風貌が冴えない小柄な男であった。首から一眼レフカメラをかけたその男はカラーズのステージ衣装の軍服をモチーフにしたコスプレをしている。香は舞い落ちる粉雪を払いその男に優しく船方帽(ギャリソンキャップ)を被せ、微笑んだ。
「香の押し(ファン)か……ツアー中、ずっと付いてくるな。結構歳はいっているみたいだが」その様子をじっと眺めていたシマは香に問いかけた。
「さすがシマさん、ファンの方もよく見てますね。名前は笠原 黎明(かさはら れいめい 45歳)さんって言います。今私がステージ衣装に使った船方帽をプレゼントしたんです。もちろんわたしのサインをつけて。メイドカフェ時代からの常連さんなんです。なんでも帝築大学の教授とかで。緑さんと一緒に大学の研究していたみたいです」
「緑と一緒に研究ね……なんで身近な緑じゃなくて香の押しなんだ」
「美人でセクシーは全然好みではないみたい。わたしみたいなかわいい娘が好きみたいですよ」
勝ち誇ったように、香は悪魔の微笑みで誇らしげにスカートの裾を広げてポーズを決める。
……クールでキッパリと断りそうな雰囲気の緑とは違い、香は男に思わせぶりな態度を取れるしな。男を転がすのも得意そうだし……
「東北まで付いてくるとは、家が金持ちなのか」シマは香に尋ねる。
「いえ、そうでもないみたい、今は全財産をカラーズに使っていると言ってたわ。なんでも海外から大きなお金が入って研究室から研究センターになるって、金回りもいいみたいですよ」
「カラーズが生きがいか……研究?」
「何か特別な研究をしているみたいで、ある程度、時間の都合もつくみたいです」
研究?研究っ!さくらと音楽活動をしていたらその薬に出会える……シマは思った……もしかして……ちょっと話をしてみるか……。
「わたしはカラーズ・ジェッツフェラルドの総合プロデューサーをしているゼブラというものです」シマは自身の名刺を笠原に渡した。
「ゼ、ゼブラさん!あ、あのカラーズの音楽プロデューサーさんですか? とても、とても光栄です」興奮気味に笠原は応えた。
そして、シマはライブハウスに併設されている小さなバルに笠原を誘った。
笠原はライブハウスで火照った体を冷やすように生ビールを煽るように飲んだ。
「薬? ヒクッ、わたし、特にあのイレイメノキツ45という曲が大好きで、今わたしが開発している薬の名も偶然ノキツというんですよ、戦前から開発中の薬で、この薬の開発者は既に亡くなっていますが、現在わたしがこの薬の開発を引き継いでやってます」

当たった!……シマは内心思った。
「最初の開発者は亀田 野狐(かめだ のきつ)博士……」
「驚いた!なぜそんなことを知っているんですか」
「この曲にインスパイアされてイレイメノキツ45改名しました。わたしの名前、黎明(れいめい)を逆さにしたっていうのもありますが」
これがTENCHIの言っていた活動していたら手に入るってことか!シマは心の中で唸った。
「それは、若返りの新薬ですね」シマは優しく問いかける。
「ええ!また、また、そうなんですよ。生命を蘇らせたり若返らしたりする薬なんです。なんでそのことを知っているのですか?一時(いっとき)同じような薬『シマ』が出回ってて私の方の開発が中止になりかけたんですが、何故かその『シマ』という薬も回収されて、今、研究しているのは私の研究センターと提供しているアメリカのゾウ・サー研究所だけだと思います」
ゾウ・サー研究所?確かアメリカの大手製薬会社の、あのナサカーグループの……分かって来たぞ……ヒポポタマス丙号に聞きに来た、もう一つの外人グループ、象さんは……ゾウ・-サー研究所だ。2つの出どころ不明のイレイメノキツに関する論文、ひとつは笠原と関係しているゾウ・サー研究所が出したものか。もうひとつはJZ(ジスー)の富士山麓研究所から出されたものだな。日米の巨大資本、その薬を手に入れた者が世界の覇権を握るかもしれない。

そして笠原はJZ(ジスー)と富士山麓研究所も開発していることをまだ知らない……
「このあと、東京に帰るんでしょ」
「いや茨城です。帝都大学を追い出られて、今では帝筑大学に所属しています。もちろん時間のある限り、追っかけするつもりですよ。あ、そうもいかないか……筑波に研究センターが出来て、急に多額の外国資本も入って来たんです。今まで見向きもされなかった研究が、不思議です」
笠原はそう言うと、また一気に生ビールを飲み干した。

「うっ、ヒック。酔いが回って来たぞ。あなたはとても誠実で見込みがありそうだ。どこか私の大好きな浦シマ元総理に似てらっしゃる。彼女はもう死んでいる、勘違いかな……」笠原はシマの翠の瞳を見つめ。すぐ横に座っているシマの全身を舐めるようにして言った。シマはドキッとした。

「あなただけには言いますが、実はアメリカのゾウ・サー研究所を私はあまり信用していないんです。本当のイレイメノツキはある人物と私と2人で創るつもりです」

「ある人物?2人で?」外は粉雪からは本格的な雪に変わった。「あなたによく似た人です」笠原は地蔵のようにニコッと笑った。その背後のバルから見える道端には小さな笠をかぶったお地蔵の頭にも雪が積もり出した。笠原とゾウ・サーで笠地蔵か、あっジが抜けてるか……もう一方の『JZ(ジズー)』も地蔵だ。いずれにしても今回の件は笠原がキーになりそうだな……

「あっ、もう来ちゃいましたよ、嫌なのが。わざわざ東北の地にお迎えが」
すぐに白い雪が積もる中、赤々と灯りが灯った2人のいるバルに黒いサングラスをかけた黒づくめの男達が来て、笠原を拉致でもするかのように黒塗りの頑丈そうな高級外車に押し込んだ。出発する前、その中の一人、恰幅のいい白人の男は緑に何やら耳打ちする。緑は深刻な表情でそれを聞き入っていた。
外国人グループ?緑が何故?

第11話 冬物語

 シマは左手の人差し指が傷ついていた、何度も針で刺した跡。グループの舞台衣装を縫っていた。横ではアツシが蒸気を発しながらアイロンをかける、流れ作業だ。シルバーピンクの宇宙飛行士を思わせるスーツ、緑のミリタリールック、そして王道アイドルの背中にマントが付いた真っ赤なミニスカートの衣装。各5着、全部で15着のメンテナンスは毎日深夜までかかっていた。メンバーの意見も入れ、シマとアツシが考えた衣装。値段は高額になっいたが外注で一流の衣装デザイナーを使っていた。ステージ衣装はあと2種類、青色と黄色を増やす予定になっていた。カラーズの名のとおり、さくら、緑、赤、青、黄の5色への強いこだわりである。また高画質の一眼レフカメラ、デジタルカメラがすでに出回ったこの世界ではカラーズのコンサート会場には持ち込み可能でファンには大好評であった。ファンを大切にする音色芸能社の姿勢は狭い業界では少なからず噂になっていた。
 海野は切ない音をアコースティクで奏で、手垢で汚れたノートを広げ譜面に起こしている。シマは「切ないメロディー、いい曲だな……」と呟いた。「あなたのことを想って創っている曲です」3人はしばし沈黙した。
「……冗談ですよ。ギターを弾いていると心が落ち着くんです」間を置いて珍しく照れ臭そうに海野は言った。
「暴れん坊の海彦らしくないな」シマは言った……たわいもない話も交えてコンサート後のスタッフの大部屋ではいつもこんな感じである。

 活かさず、殺さず、搾り取れか……この事務所の貧乏生活に馴染んでいる自分がいた。一緒に寝泊まりしていると、静謐な日常。この歳になると努力が必ずしも報われないことを知っていた……ただ、努力を続けていると必ず成長はするし、裏切らないとも感じていた。寝る間を惜しんで裁縫をするシマ、アイロンがけをするアツシを毎日見て、こんなに苦労、努力をしているのに早く借金を返せないものかと海野は思うようになって来た。


「社長。すいません、ちょっといいですか」襖をあけて緑のジャージ姿の緑が入って来た。「緑、どうした」と言ってアツシは畳から出る。

ただならない様子だ、シマは裁縫作業をしながら会話する二人を横目で見ていた。
「なに!研究に専念したいだと」アツシは声を上げた。
「家元から離れて学業に専念するということで大学近辺のアパートに住んでいたんです……普段テレビとか見ない母親なんですが偶然、カラーズが出ていたテレビ番組を見てしまって、そして、大学を休学して活動したこともバレてバレてカンカンなんです」
「歌や踊りが大好きなんだろ……アイドルで輝きたいんじゃなかったのか、本当に諦めるのか」アツシは緑の両肩を掴み強い口調で言った。
「ゼブラさん海彦さんもちょっと来てください」アツシは二人を伺った。
「さっき香の押し(ファン)の笠原とやらに会ったばかりだ。事情は大体わかった……帝築大学でずっと研究なのか?」

「笠原さんと?……」それでは話が早いと緑は一気に語り出した。
「いえ……暫くだけです。それと香(かおる)押し(ファン)の笠原さんにももう少しで画期的な薬が出来そうだということで手伝ってくれと懇願されて。なんでもアメリカの薬品会社から多額の研究費とアメリカ、ドイツから数十名のスタッフが来るみたいです。開発は緊急を要するという事で……」
「ところで、その笠原とやらはセクシー担当の緑には関心が全くないようだな」シマは腕組みをして言った。
「黎明さん研究者としては天才的なんですけど、とにかく変わっていまして、かわいい娘(こ)だけが好きみたいです。普段は、研究以外では寝食を惜しんでメイドカフェに入りびたったりで、今はカラーズのお追っかけをしています。なんか閃いたら研究室に籠って何日も徹夜です。それと最近になって研究が認められたのか、アメリカの製薬会社の大口スポンサーも付いたみたいで、研究費が大幅に増えたとか。笠原さんにこの研究がクリア出来たらとりあえず大学院も卒業させてやると言われて……」緑はバツが悪そうに頭を掻く。
「わたしの死んだ父の一番弟子だったみたいです。尊敬するところもあるのですか……まあ師匠である父の娘に手を出したら、死んだ父に申し訳ないと思っているかもしれませんね」
「死んだ父?」
「父は研究に没頭して家にあまり帰らない人で、わたしが幼い時に亡くなったのであまり覚えてませんが、帝都大学の教授で名前を亀田 野狐(かめだ のきつ)といいます」
亀田野狐! シマは心の中で叫んだ。
「戦後まもなくして死んだんですが、帝国海軍でも少尉だっと母は言ってます。最期は狂人と呼ばれて自殺したみたいです。父の研究資料は私が中学校の時から読み漁って今でも頭の中に入っているんですよ」
「緑、お前、中邑(なかむら)っていう姓だろ」
「父が死んで暫くしてから母方の姓になったんですよ。元々は亀田 緑といいます」
「研究の薬は若返り薬だな……」
「なんでそんなことを知っているんですか? 今晩にも筑波に帰って手伝ってくれと。名前は亀田野狐のノキツと笠原黎明のメイレイを逆さまにしてイレイメノキツにしょうかと言ってました。あっ!今、気づいたんですがシマさんが作った曲、イレイメノキツ45と同じ名前ですね」
「そうだ……さっき笠原博士と会った時もそう言っていた……」

そうか、私によく似た人……緑の事だな。ある人物と2人で本当のイレイメノキツを創ると言っていたな……ある人物とは緑のことだつたのか!

3人は沈黙した。
「決意はは堅そうだな」シマが口火を切った。
「これから夜行バスで一旦東京に戻ります。メンバーのみんなには、これから私が伝えます。本当に暫くの間です。本当に、本当に御免なさい」普段クールな緑は両手を合わせ何度も何度も頭を下げた。

 シマ、アツシ、海野とリーダーの恵(けい)の4人が旅館の大きなちゃぶ台を囲んで話し込んでいた。時計はすでに深夜1時を回っていた。
「暫くの間か、これかという時に、緑が抜けた後をみんなでカバーするか……」まずアツシが言った。恵は他の3人を見渡しながら。
「かなり痛いですね、みんなのクッション役になっていたのに」
「グループで一番大切なものを失ったかもしれんぞ」海野はサングラスを外して続けた。
「結束、団結力の要か。精神的支柱を失ったのは計り知れんな」
「踊りのフォーメーション。歌のパートとか今から変更となるとかなり厳しいですね。そして、明後日はテレビの生中継を無理やり入れてます。それも全国ネットで勝負をかけてるんです、本当に困ったな」アツシは頭を抱え込んだ。
「ひとつ面白い手がある……緑の代役ができる人物が1人いる……高音パートが出来て、踊れて、高身長とセクシー担当。緑の衣装(コスチューム)がそのまま着用出来て、ミニスカートがよく似合う人物」海野は切れ長の眼を輝かせ恵に目配せした。
「リーダーの言う事は全て聞くと言ってましたね、ゼブラさん!」
「そんなこと言ってたっけな……」微笑む恵に、気づいたシマはしらばっくれて天を仰いだ。
「それと海彦さん、ゼブラさんの仕事を引き受けてくれませんか?」恵はすかさず言った。
「全体を見ろと」
「女好きの海彦さんにはピッタリの役だと」
「女好きは余計だ!」海野は恵のおでこを突いた。

第12話 ライジング・サン

 さくらと恵の憂える瞳がテレビカメラごしにアップになる。マイクを手に2人は背中を合わせてサビを歌っている。歌のクライマックスシーンだ。
スタジオ45ーー日東テレビ、いや日本のテレビ局最大のスタジオは体育館並みの広さを誇っていた。
本番を間近に迫った多くのスタッフは働き蟻のようにせわしく動き回っている。
「鈴木さんの頼みとあれば喜んで。あっ、すいません、ここでは須々木社長でしたね」
「外木場部長(37歳)が日東テレビの芸能担当で助かった。まだそんなに売れていないグループをごり押しで迷惑かけなかったか」
「いえ、純粋に人気急上昇グループという事です。ちょうどトップを走るベア・エモーションに刺激になるかと思いまして」
「リハーサルを見ただけなのですが、素晴らしいグループですね。あれだけ激しく踊っても生歌(なまうた)で音程がぶれていない、心に突き刺すような歌と踊り。アイドルをすでに超越していますよ」
「はは、外木場部長、お世辞はいいですよ」
「お世辞ではないです……特にあの緑色の髪をして、同じ緑のサングラスをかけた娘(こ)は誰なんですか?」
「娘(こ)?ええ、新しく入ったグリーン・ゼブラですよ。しばらく正規メンバーの緑(みどり)の代役ですけどね」
「代役ですか? ずっと一緒にグループにいたような感じですね。全然違和感がない。踊りも歌も素晴らしいですよ……特に哀愁と情熱を感じる」

「さすがですね。日本のテレビ局を代表する敏腕プロデューサー、見るところが違う」

「しかし、彼女、以前どっかで会ったような」
まさか、グリーンゼブラがシマさんと感ずいたか……アツシは背中に汗が滲むのを感じた。
「いや、わたしが知っている人は、もっと歳がいっている。そしてまだハワイの海底で静かに眠っているはずだ」
外木場部長は眼を細めた。
「そうですね……」アツシはほっとして微笑んだ。
「それでは」と言ってアツシは外木場から離れて、TENCHIの元に行った。
甲羅に日東自動車のロゴと新型車がペインティングされたTENCHIは鈴木技術研究所が開発された喋る最新鋭のロボットAIという触れ込みでここにいた。もちろん、何時もの様に浮揚することは許されず、地面を四本のヒレを動かして海亀の様に移動している。
「今日、全ての役者がそろうという事だったな」アツシは顔を引き締めた。
「ええ、そうです……、シマさんがよく知っている人も来る予定です。これから起こることは世界進出を狙うベア・エモーションのメンバーは知っています。果たしてカラーズがどんな評価を下されるのか?」
「カラーズはシマさんがメンバーとして入ったばかりだぞ」
「たぶん日本代表決定戦……時間は待ってくれませんからね……ライブはいつも真剣勝負、ここでダメならそれまでという事です。元々の潜在能力はベア・エモーションもカラーズも同じぐらいです。それはベア・エモーションが一番よく知っているはず。何故なら……」
TENCHIは冷徹に解析しているのか赤い眼を点滅させながら応えた。
「機械のお前が一番苦手な、感情、歌の味、哀愁、切なさ、情熱、人間味というところが勝負となるかもな」
「わたしも只今それを勉強しています……だんだんその感情とやらが付いて来たような気がします」
「それは、良かったな」アツシはTENCHIの頭を撫でた。

「内山さんと棚橋!」シマは振り向いた。
「ベア・エモーション、うちの会社の所属でしてな。会社の役員として応援に来らしてもらいまたんや」
シマと海野は細部の打ち合わせをしていた。そこに内山ひろむ達の登場は驚いた。
「昨日、クラウド・ファンディングへの多額の投資あなただ。もしかしてあなたでは」シマは内山に問いただした。
「わしは浪速商人でっせ、儲かるとこしかカネは出しません」
「売れるまでかなりの数のコンサートをしないといけない。売れっ子になってもな……味のあるハスキーボイス、あのリーダーの恵(けい)といった娘はいずれあの歌唱方法だと喉を潰すと思った。それとさくらという娘(こ)の透明感のある歌声も長時間の歌唱は無理だと思った」
「恵はいずれ喉の手術はしないといけないでしょうが……本人の努力と節制、どっかの大学で開発された喉飴が効きましてね」シマは頷き応えた。
「若さと科学の力か……時代も変わるか」
「それとひとつ報告が、棚橋、マネージャーをクビにしてな」
「ヒポポタマス甲号としてプロレスに復帰でおま」
大きな冷蔵庫のような体躯の棚橋の後ろに隠れていたヒポポタマス丙号の橋本丙吾とデス・オブ・エンジェル弐号の武藤弐郎が顔を出す。
「お前ら、娘が心配で付いてきたのか!」海野は叫んだ。
お前らの娘? ベア・エモーションがそのグループだったのか……シマは恵(けい)がプロレスの控室で丙吾と弐郎の二人を見つめていたのを思い出した。
「海彦さん……今日はプロレスの興行が休みで内山さんに呼ばれてこっちへ。娘たちの真剣勝負もたまには見ないとね」
丙吾はニヤリと笑って親指を立てた。

「ご苦労……緊急事態の割には上出来だ」カラーズの二度目の本番前リハーサルが終わり海野はゆっくり手を叩いた。
「いつも辛口の海彦Pらしくないお言葉」シマは海野に皮肉交じりに言った。
「本番まであと1時間です」スタッフの声が響く。
「ゼブラさんお母さんとまでは言わないですが、歳の離れたお姉さんのようで頼もしいです」
「こいつ!」シマは香の言葉に軽く頭を叩いた。
体育館を上回る最大スタジオも大勢のスタッフや関係者が入って来た。シマはメンバーから一人離れてステージ横に腰かけていた。フレームのボタンを二度押してサングラスの色を緑から黒に代え、眩いスポットライトを横から見つめた。

第13話 スローモーション


 「司令長官お久しぶりです……」
「!」突然の背後からの地を這うような声にシマは驚嘆した。
振り向くと金多 楼(70歳)が杖を突いて立っていた。
白髪の老人で分厚い眼鏡をかけていたがシマはその圧倒的なオーラからすぐに金多と分かった。
「お前本当に金多か……お前はわたしと一緒に戦艦大和と伴にに沈んだはず」
「声が大きいですよ」金多は右手を座っているシマの肩にやり耳元で呟いた。
「次はベア・エモーションのリハーサルです!」
ステージ上からスタッフが叫んだ。
「ここでは、なんですので。隅に行きましょう」
金多は杖で方向を刺した。シマは背広姿の金多の左腕が付け根から無くなっているのを気に留めた。

「司令長官、どういう方法を使ったか知らないが以前よりかなり若くなっている。美しさは相変わらず変わりませんけどね。もっともテレビに映っても日本中の誰も分かりませんでしょうが。日本国元総理大臣にして最期の連合艦隊司令長官 浦シマだということを……」
「金多中将、何故わたしの事が分かったんだ」
「70歳になり、わたしの眼もかなり悪くなりました。右目はほとんど見えませんけどね。感というやつでしょうか、あなたの匂いと雰囲気は隠せません」
「そうか……」匂いと雰囲気ねぇ……シマは溜息をついた。「司令長官は止めてくれ、ここではシマで構わんよ。みんながいている前ではゼブラと呼んでくれ」
「ふふ、シマで、シマウマで、ゼブラですか、考えましたな。思えば……わたしもあの時、シマさんと共に大和ごと沈もうと思いましたが、艦橋に戻る途中ネオナチス軍の爆撃を受け吹っ飛ばされました。悪運が強いのか気が付いたら広島の海軍病院のベットの上、左腕と右目はくれてやりましたが……」

「まあ、あなたが元総理の時にした軍縮。陸軍省と海軍省の統合で国防省創設。多くの軍人が街に溢れましたが、わたしがほぼすべて引き受けましたよ」
「相変わらずのフィクサーだ、さかずだな。今、日本は太平洋戦争後、高度成長で繁栄している、楼さん受け皿になってくれて本当にありがとう」
シマの言葉に金多は頷きそして語り出した「スポーツ、芸能、エンターテイメントの世界はいい。戦争と違い命のやり取りをしなくてもいいですからね。命はかけがいのない宝です。長官も知っている鶴野と恩(めぐみ)はもう二度と帰ってこない。こんな老いぼれが助かったのにな……」
「生き続けているよ、誰かさんの心の中に、確実にな」シマは2人の事を思い出し気落ちしている楼の胸をそっと抑えた。
「ベア・エモーションは金鶴興業の親会社ゴールド・クレイン・エンターテイメント所属でしてな。なんでもアメリカのお偉いさんがぜひとも来て欲しいと言われ、花木総理からの要請もあってな」

金鶴興行……やはり金多と鶴野の頭文字をとったものか。ゴールド・クレイン・エンターテイメント……ここ最近ベアエモーションの大活躍もあって業界最王手のメジャーレーベルに押し上げている。この短期間にさすがだな。
しかし、花木の要請?……シマはキナ臭い予感がした。
「今、日本でトップを走っているというベア・エモーションの話を聞かせてくれ」シマが金多に問いかけた。

その時、ちょうどステージではベア・エモーションのリハーサルが始まった。
「摩耶(まや)、楓(かえで)、村雨(むらさめ)、弥生(やよい)、響(ひびき)の5人の……ごほん、今風の表現でガールズグループと言うんですか、歌う娘たちです」
「摩耶、楓、村雨、弥生、響……確か全部日本帝国海軍の軍艦の名前」
「シ、いやゼブラさん。さすがよくお分かりで、私が名付け親です。その恩(めぐみ)の妹がベア・エモーションのリーダー響(ひびき)。響はあなた方、カラーズのリーダー恵(けい)の双子の妹……」

「恵の双子の妹?……楼(たかぞの)さんが2人を影ながら応援していたんだな」だんだん、全貌が分かって来た……シマはベア・エモーションのリハーサルを見ながら呟いた。さすが日本のミュージックシーンのトップを走るグループ、シマはその洗練された歌と踊りに圧倒された。
「恩恵の響(おんけいのひびき)。特攻で死んだ青柳は鶴野の親友であった。青柳は音楽をこよなく愛し、青柳の妻は双子の恵と響を産んだ後、青柳を追うように暫くして亡くなった。平和の恩恵に響けという訳です……」

金多はさらに話を続ける。

「第三次世界大戦、。広島、長崎の悲劇、もう二度と核兵器の使用はさせないと誓いシマさんが尽力した核兵器廃止条約を世界中の国が締結し後に、4発の核ミサイルの発射は無念でした。しかし、多くの勇士の犠牲のおかげで日本、アメリカ本土への核攻撃は防いだ。日米合同軍、ネオナチス軍の激戦、多くの兵士が亡くなった。その後、蘇えった兵士もいるし、家具屋の創った薬『シマ』のおかげて助かった兵士もいる。世の中勝手なものですよ。最近では第三次世界大戦と呼ばなくなって来た、現に今年の教科書ではただの局地的な紛争だったと書かれている」
「ペア・エモーションとカラーズ、戦争を知らない彼女たちが平和な未来を開いてくれるかもしれない……それで、いいじゃないか」
「それと、カラーズももうそろそろメジャーデビューしてもいい頃でしょう。足元は嘘をつきませんぜ。一見手入が施され綺麗だがその鍛えられたシューズを見れば分かります。さすがシマさんいや、ゼブラさんだ、こうも短期間でグループを仕上げるとは見事です」
「会長探しましたよ」山賀が駆け寄って溜息をついて金多の肩を叩いた。豪胆な山賀が慌てふためくのはよっぽどのことだ。
「おう、すまんな」金多は杖を突いてゆっくりと立ち上がった。
「山彦さんも何でここに」シマは尋ねた。
「会長は山元さん亡き後、復活するやいなや軍関係を掌握し日本のフィクサーの座を掴みました。軍幹部、退役者にかなりの人望があるんでな。突然、消えたとなると俺もただでは済まない」

「山賀、勝手な行動をして悪かったな。シマさん、ここからテレビの生放映見させてもらいますよ」
「本番15分前です。観客入れます」スタッフの声が巨大スタジオに響く。100人程の観客が続々と入って来る。
「それではまた、楼さん」
ポンと金多の肩を叩いてシマはカラーズのメンバーのいる場所に歩いて行った。
……楼さん?、会長を楼さんと呼べる女ゼブラ、あいつは何者なのだーー山賀はシマの後ろ姿をじっと見ていた。
そこへ多くの報道陣を引き連れた大人数の集団が入って来た。
「それにしても、すごい人数だな……」金多は杖を立て椅子に座った。
「覇(はたがしら)ナサカー。アメリカ最大のグループ企業、ナサカーグループの総帥ゴーディシュ・ナサカーの後継者ですよ。父がアメリカ人、母が日本人のハーフです。プライベートジェットで今羽田に到着してこのスタジオに直行です。さすがエンターテイメントの本場やることなすことスケールがでかい。今日は日本の音楽シーンの見学です」山賀は楼の後ろで淡々と説明した。
覇(はたがしら)ナサカー(30歳) ジ・ランド(55歳)
「ゾウ・サー博士はまた研究センターへ直行か」覇は長身のジ・ランドに問う。
「至急確かめてみたいことがあると言って、空港から筑波の研究センターに直接、Mr.家具屋と伴に行きました。自身のゾウ・サー研究所と今月に入ってからも日米を何回も往復しています」
「大発見になるといいがな」不敵に覇は微笑んだ。

覇は身長は170㎝そこそこだがギリシャ彫刻を想わす彫りの深い顔をしていた。一方、ジ・ランドは190㎝ほどの長身で北欧系の白人の顔立ち、軍人を想わすようながっしりした体躯と茶色の口髭が特徴である。
「あなたの父親のゴーディシュ・ナサカー会長からも多額の資金が流れています。それと、あらゆる手段を使って情報を得てます」
「軍部やマフィアも使ってか?」
「ええ……日本政府も秘密機関と富士の研究所を使って躍起になって開発を急いでいます」
「その薬が世界の覇権を握るかもしれないか……」
ジ・ランドはスタジオを見渡しアツシとカラーズのメンバーが集まっているところを見つけた。
「おお、アツシ。お前、鈴木アツシだろ。お前も、早く引退したんだってな。モノ作りから芸能へとんだ転身だな」
アツシはジ・ランドに向けて口元に人差し指を示した。
「小さく声にしてくれ……ちょっと事情があってな、名前を変えている今は須々木敦夫だ。しがない芸能事務所の社長をやっている」
「わたしも変わらないが、自動車と軍事産業は卒業させてもらったよ」
「お前もナサカー自動車を世界一の自動車メーカーにして、今度は何をやっているんだ」
「エンターテイメント部門の世界戦略さ。覇はナサカーグループのエンターテイメント、医療・製薬、宇宙開発部門も任されている。今回の訪日はその全てについてだがな、特に平和な世の中になってこれからはエンターテイメントと医療・製薬だ」
「社長、お取組中悪いが、少し来てくれないか……」シマが間に入った。
彼女は! もしかして……ハッとジ・ランドが眼を見開いた。

……アツシから第三次世界大戦が終わってから日豊自動車がアメリカに進出した時、ナサカー社のジ・ランド社長に助けてもらったと言っていたな。その代わり日本の同盟国のドイツを含むヨーロッパにナサカー自動車の生産拠点を作る話を持ち込まれ経営者として抜け目のないジ・ランド社長に感心していたっけ。
……ジ・ランド、今調べました。彼は、今やアメリカのやり手の興行師です。自動車産業、特にマーケティングで培った膨大な人脈をもとにエンターテイメントでもすぐに頭角を現した。マフィアとのつながり黒い噂もチラホラ。

ジ・ランド……これで繋がった。笠原黎明、ジ・ランド、ゾウ・サー、笠地蔵だな。

シマとアツシは歩き話をしながら再び金多と山賀の所に向かった。
「日米の芸能戦争ですよ、ナサカーの息子の野郎、日本の市場も取ろうとしてやがる」
金多は椅子に座ったまま憤っていた。
「クラウディアっていうグループは知っているか」山賀はシマに尋ねた。
「去年、グラミー賞を取った世界的なグループだったな。3か月後ワールドツアーの最期を日本で札幌、福岡、大阪、名古屋、東京を2週間かけて巨大コンサートを行う予定だ」

「なに!ナサカーの息子に加えジ・ランドも来ている。あいつらは絶対許さん」
「会長はハワイ戦役で亡くなった日本兵の名前をすべて覚えている。第三次世界大戦と呼ぶ者は少なくなった……ハワイ戦役……両軍総力を尽くしての激戦だった……短期で終結させた日米合同作戦は全て上手く行ったわけではない」山賀はシマにゆっくりと話をし始めた。
「何故、そんな話をわたしに語りかける」
「不思議だな、何故だろうな……第二次世界大戦末期、金多艦長率いる戦艦大和は沖縄に到着、そして上陸し全員死を覚悟して必死に米軍と戦った。そして停戦、命からがら本土に帰った。軍を退役したわたしは小さな興行会社つくった。戦後からの復興、それなりに稼がせてもらったよ。予備役だったわたしは第三次世界大戦に召集され。須々木社長とよく似た鈴木国防大臣が乗る戦艦天城に後方部隊として乗り込んだ。第三次世界大戦は短期間で終結したが、戦争のあとはいつも悲惨だ。瀕死の金多さんをはじめ多くの兵を助けた。まあ、頭だけ胴体だけの死体も海に浮かんでいたがな。虎の子の原子力空母エンタープライズを失ったアメリカ軍もよく戦った。そのとき覇(はたがしら)ナサカーの親父、ゴーディシュ・ナサカーと片腕のジ・ランド率いる応援艦隊もミッドウェイとハワイの間にいた。海に投げ出された兵を助けるにしても、真珠湾のネオナチス軍を攻撃するにしても猫の手も借りたい状況だったのに、激戦の真珠湾を目の前に謎のUターン、アメリカ本土に帰った。帰ったら宿敵ネオナチスを倒したというフレコミの彼らは英雄さ。ネオナチスのテロ攻撃の激しかったヨーロッパに比べアメリカ本土はほぼ無傷、戦後、ヨーロッパの復興もあってナスカーグループは急成長した。経済で全世界を征服しかねない勢いだ。本当に戦った兵士は浮かばれないわな、Uターンしなければもっと多くの兵士が助かったはずだ」
……元の世界(WОRLD A)では凄惨を極めた沖縄戦。この世界(WОRLD B)では日米の激戦だったが日米の停戦により多くの民間人や兵士が助かった。しかし、第三次世界大戦が起こり日米軍、ネオナチス軍双方で数万の兵士が犠牲になった。日米本土への攻撃は防いだこともあり両国の経済成長は続いた。最近では第三次世界大戦の呼称はタブーとなりハワイ戦役と呼ばれるようになった。今度は経済戦争、人類の戦いは終わらないか……
「人命より金か……おい、楼さん、どこへ?」シマは叫んだ。
楼は杖を突きながら覇とジ・ランドに血相を変えつつかかっていく。
慌てて山賀と海野は止めに入った。
「離せ山賀!」「会長、ここはこらえてください」山賀は金多を後ろから羽交い絞めにした。「離せ、離せ」
揉み合ううちに金多は転んだ。シマはカラン、カランと跳んだ杖を拾った。
「わたしにいい考えがあります……ここは、私の顔に免じてこらえてください」揉み合ううちに落としたサングラスを拾い、山賀は耳元で何度も呟いた。すると金多は落ち着きを取り戻し納得した様子で座り直した。
花木首相は裏から手を回してテレビ局に金多を来さす、金多の性格からしてアメリカ側の因縁のナサカーと揉めるのを分かっているはず? 花木ならやりかねないが……何故……
……ジ・ランド大佐、当時沖縄上陸作戦の実質責任者。民間人を極力巻き込まないいい男だった。わたしは大和の艦長で死力を尽くした戦い途中で日米が停戦条約を締結を知った。
ジ・ランドは信頼に足る男だった。その後、軍隊を退役してビジネスの方に転向した。
そして、第三次世界大戦。ネオナチス対日米両軍の総力戦だ。戦ったもの同士わたしとジ・ランドの友情は永遠だと思った。再び大和に乗って出撃するとき電話でジ・ランドに言った。多くの兵士が犠牲になるが出来るだけ救助してやって欲しいと、ところが日米軍の勝利が決まると何故か反転しアメリカ本土にのこのこ帰っていった。その戦艦(ふね)に同乗していた冷徹で名高いゴーディシュ・ナサカーからの命令だったと訊く。
 シマは杖を渡しに金多に近づく。
「わたしは、大和と浦連合艦隊司令長官とともに死のうと思い、退艦命令を出したあと再び艦橋へ行くところをネオナチスの砲撃で被爆、気づいたときには広島の病院だった。奇跡的に真珠湾に浮かんでいたそうだ。左腕と右目はくれてやったけどな、左目ももう見えぬくくなっている。その後、山元さんも浦さんも幹部連中みんな死んだ。残ったわたしは海軍のドンと呼ばれ花木首相とは旧知の仲、日本を影で操れる存在になった。多くの金、権力が手に入ったが虚しいものだった。第三次世界大戦が終わり兵隊はいらなくなった。全ての兵隊があぶれないようになんとか職に就けるようにしたのが生きがい、そして故郷、広島の広島ゴールデンカープのオーナーになれたのが心の慰めじゃった。
去年(昭和39年)10月、宿敵ゴーディシュ・ナサカーがオーナーのニューヨーク・ヤンキーとのワールドシリーズの激戦は久々に血がたぎった。また負けた……しかし、今度は絶対負けられん」
会長は死んだ英霊たちに申し訳ないと思っているのか。
「アメリカ相手だとまだ燃えるのか」シマの問いに。
「ああ、太平洋戦争の決着戦。わたしがオーナーとなった広島ゴールデンカープが今年も優勝してワールドシリーズ制覇してヤンキーどもの鼻を明かしてみます。その前に……」
まさか3か月後のクラウディアの日本公演でグラミー賞、大賞のクラウディアと新人賞のベア・エモーションをぶつける気では……シマは想った。
シマは外したサングラスの両端にに黒い帯状の眼鏡留めをつけ「それでは」と言って再びサングラスをかけダンスで落ちないように眼鏡留めを緑色の長髪で隠した。
「激しい歌と踊りがありそうだ。用意は万端ですな。お手並み拝見といきましょうか」

第14話 迷い道

 本番前、巨大なスタジオに緊張が走る。ステージ裏で恵はベア・エモーションの方に歩み寄った。突然のカラーズリーダーの訪問にメンバー達は戸惑うが、響は立ち上がって香と手を握った。「響、久しぶり」「お姉さん、よくここまで辿り着けましたね。あのまま街の信用金庫でずっといると思ってた」

恵は響の顔を指でなぞる「双子の妹なのに、全然似てなくなったな……」響は恵の指を解き腕を掴む「ほっといてください。あなたには芸能界の本当の厳しさがまだ分かってない」「育ててくれた恩(めぐみ)姉さんや、お母さんがどう思うか……」恵は視線を落とした。「2人ともきっとわかってくれるばず」

「本番行きます!」スタッフの声が響いた。「もう、時間だな。それじゃ……」恵はこめかみに二の指を当てた。

「姉さんたちには、絶対負けませんよ!」響は顔を紅潮させて言い切った。


 ベア・エモーションも同じくカラーズと同じく5人のメンバーであるが、すでに舞台慣れしているのか落ち着いた雰囲気を醸し出している。白と緑の衣装はアイドルの持つ清潔感を醸し出していた……王道、まさしくど真ん中のガールズグループである。
観客は完成された歌声と踊りに魅了された。
これが、去年、エミー賞新人賞の実力、特にリーダーでエースの響は踊り歌とも突出していた。
 2曲ずつ歌う生放送、続いてカーラーズ・ジェッツフェラルドの出番だ。5人はマイクを握ってさくらを先頭にV字型のポジションに付きいつものように首を下げポーズを取った。
暗いステージが一気に明るくなるとイントロが流れ始めると氷上で華麗に舞うフィギュアスケーターのように5人はその場でスピンをし始めた。そのあと、恵の前衛的なソロダンスが始まった。
 オーディエンスは地鳴りのような声を上げるとハスキーボイスの恵から歌い始める。
そして、透明感のあるさくらの歌唱パートに変わる……観る者の心を鷲掴みにするような切なくも温かい声だ。
「なかなかやるじゃないか……」山賀は腕を組み、珍しく足でリズムを取りながらカラーズのステージを見つめた。その横で耳を澄ませ、杖を立て座ったまま鋭い眼光を発する男がいた。金多 楼(かねた たかぞの)その人である。

「ほほう……なかなかやるじゃないか」その時、同時に覇(はたがしら)も山賀と同じセリフを呟いた。
「グラミー賞最優秀新人賞、ベア・エモーション。歌も踊りもなかなかですがクラウディアの敵ではありませんね」
「敵……お前の目は節穴か、後に歌った5人組の方が我々の敵(あいて)だな」

「大変なことになってきましたね」若いスタッフが呟いた。
番組のフィナーレ、2つのグループが立つステージに観客が押し寄せている。興奮した観客が真新しいカラーズの方に集中しているように見える。

警備員が入り、観客に退場を促す。

「ちっ!」響は鬼面のような顔で1人肩を震わす。

「響、今日のところは負けだな……」山賀は気落ちしている響に声をかける。
「山彦さんまでなんなの、わたしたちの方がヒットチャート遥かに上なのに」
「1か月後には立場が逆転しているかもな……」
山賀の重い言葉に響は黙った。


「舐めていたら……なかなかやるじゃないか出る芽は早い目に摘むか」そう言って、覇はカラーズとクラウディアのメンバーだけになったステージに駆け寄った。
「あなたがさくらさんですか、ルナがよろしくって言ってましたよ」覇はさくらに握手を求める。
なんだ、この圧倒的なオーラは……
「さくらさん、ルナさんを知っているのですか」香(かおる)が訊く。
「ええ、サンフランシスコでやっていた時に……一緒に」
でも、ルナには勝てなかった……
「ルナも、もうすぐスタジオに到着しますが……」覇は手を握ったままさくらに伝えた。

「ルナも!」さくらは覇を見返した。
「彼女は世界的なトップスターです。世界中の10代20代の女の子の憧れの的ですよ」
香は胸を両手を引き寄せ興奮して喋り続ける「うーーん、今や世界のカリスマ、ファッションリーダーです!」

「TENCHI、金多会長はどっちらかの神輿を担がなければならないようになって来たようだな」

腕組みをしたアツシはTENCHIと一緒に全体の様子を見ていた。
「公明正大なアツシさんのことだ……今日の2つのグループを観てどうですか?」
「うーーん、歌の素人のワシにはどちらも素晴らしくてよく分からん。それでTENCHIの見立てはどうだ」
「今回のステージはカラーズ・ジェッツフェラルドです……金はないあなたですが、人脈のあるあなたや金多さんたちが全力で担いだら来るべき日米決戦もあながち……いい勝負ができるかもしれません。まだまだ未熟なカラーズですが礼美な神輿は担ぎ手で決まる場合もあります」
「比喩表現も使えるようになったじゃないか、それは、計算上か……」
「いえ、機械(メカ)の感というやつかもしれません」
「機械(メカ)の感ねーー感情に続き、お前さんも人間に近づいているんじゃないか」


「Mr.家具屋、ゾウ・サー博士を帝築大学の研究センターに送って来てたのか。久しぶりの東京はどうだ」覇は2人を迎える。
家具屋は長い金色の髪を後ろで括っていた。その横には金髪の美少女・ルナが寄り添っていた。
「わたしがいた時に比べてかなり発展していますね。東京ーーさすが世界一の大都市といわれることはある」
「家具屋?」シマはスタジオの遠くから見ていた。

「ルナ!」
さくらは二人に向かって足早に歩いていく。
二人は対峙していくつかの言葉を交わしていた。突然、さくらはルナの頬を叩いた。
ルナは跪き頬を押さえた。
「宣戦布告ということね」
「暴力はいけませんね。お嬢さん」
覇はさくらの腕を掴んだ。バシャ、バシャとフラシュがたかれる。
報道陣がカメラで撮りながら2人を囲む。
シマとアツシも駆け寄り。
シマはなおも暴れるさくらの両腕を押さえた。
シマは一瞬息をのんだルナの綺麗な金髪、美しい容姿ではない……寒冷地の湖のような澄んだ碧眼に。
……ワザと?……なぜ、挑発する……シマは2人の様子を見て思った。
「もう時間だ。家具屋、ルナ、次に行く」
まるで何事もなかったかのように覇は冷たく言った。
家具屋はそっとルナ肩を叩く。

アッ!弘人いる!……
「弘人! 弘人!」叫ぶシマに慌ててアツシはシマの口元をふさぐ。
「ゼブラさん、いやシマさんダメですよ。正体がバレてしまいます。家具屋はシマさんが若返ってからの姿をまだ知らないのです」アツシは耳元で呟いた。
シマとアツシに気がつかないのか家具屋は振り向きもせず去っていった。

第15話 合わせた手のひらの間

「ルナ、お前にしては珍しく感情的になっていたな」
アイボリーホワイトの豪華な内装のリムジンには、覇とルナ、対面には家具屋とジ・ランドそして筑波から急遽到着したゾウ・サー博士が座っていた。ゾウ・サー博士(53歳)この黒縁眼鏡をかけた小太りの男、ナスカーグループ医療部門ゾウ製薬の会長。経営は後継者に引き継ぎ自らアメリカのボストンにゾウ・サー研究所を拵え現在は研究に専念している。
「覇(はたがしら)CEO、それは錯覚です」
「ルナ、このメンバーの時はお兄さんで構わんぞ。情報が完全に漏れないのは信頼に足るこの5人だけだ、しかもこの専用車かプライベートジェットの中ぐらいだな」
「ジ・ランドお前のシナリオ通りだな、やつらを完全に叩き潰せそうか」

覇(はたがしら)は手のひらを合わせた。
「……ええ、どちらが相手でもクラウディアの敵ではないと思いますが……日本の裏のフィクサー金多をスタジオに誘うように言ってくれた花木首相もとんだ男ですね。日本の芸能産業を潰しかねないのに」

「花木栄男、腹の中が全く見えない男だ。例の薬の情報も首相専属の秘密機関『JZ』が動いているという噂だ。政治はどこの国も魑魅魍魎、謀略の世界。我々はさらにやつらの上を行く、こちらも『JZ(ジズー)』には我々と友好関係と見せかけてニセの情報も流してやろう。こちらも大物役員を送り込むといって手配するが、ゾウ・サー博士、潜り込めるか」

「ええ、覇さんあなたの命令とあらば。1人の科学者として『JZ(ジズー)』に実質支配下にある富士山麓研究所の進捗状況や開発状況も確かめてみたいので是非ともお願いします」
いつからか『JZ』と呼ばれる日本の国益にかかわる事を司る非公式の諜報機関。JAPAN・日本の頭文字Jとアルファベットの最期の文字のZは最後の切り札と太平洋戦争時の軍部が隠した秘密資金Z資金という意味である。ジ・ランドは『JZ』をも貶めようとする若い覇(はたがしら)に底知れぬ恐ろしさを感じた。
「今晩わたしとルナは、このあとその花木首相との晩さん会に出席する。その時、花木に話をしてみよう」
「ゾウ・サー博士、こちらの例の薬の進捗状況は」
「世界の覇権を握りかねない画期的な薬ですからね。詳しい事は秘中の秘、完成するまで覇(はたがしら)様でも教えることが出来ません、あらゆる可能性を求めて、いろんな角度から並行して開発を進めています。極めて秘密裏にね。富士山麓研究所と熾烈な競争ですね」
「親父からの命令か」
「それもありますが、この薬は人間だけでなく動物、植物にも転用できる無限の可能性を秘めてます。軍事、食糧問題、地球の諸問題を解決してくれるかもしれない夢の薬なのです。正直なところ、富士山麓研究所が一歩進んでいるかもしれません。不老不死の薬になるかもしれないこの薬は、不死……富士山麓研究所で急ピッチで開発しています。私が花木首相のルートを使って『JZ(ジズー)』通じて富士山麓研究所に潜り込めるとなると我々の開発スピードも格段に上がると思います。この薬の情報を掴むためにやつらは現職の国会議員を拉致したとかいう噂が。現在、帝筑大学のドクター笠原と私、それにアメリカのゾウ・サー研究所の研究員が加わって懸命に開発中です。我々が多額の投資をした帝筑大学の開発センターには屈強なボディガードも入れて完璧な警備体制です。わたしも明日からそのセンターで完成するので寝泊まりするつもりです」
「ゴーディシュ・ナスカーのためにも一刻も早くお願いします」ジ・ランドはゾウ・サーに向かって頭を下げた「ええ……分かってます」
「親父はかなり悪いようだな、その薬を使えばもしかして……ということか」覇の問いに、ジ・ランドは頷いた。
「あっ、そう、そう。ルナさんにプレゼントが」
重苦しい雰囲気になってきた。話を変えようとゾウ・サーは碧い飴の入った瓶を渡す。
「これは」
「あなたの瞳と同じ色の喉飴です。これを舐めればこれまで以上のいい声が出ますよ。あなたの声は今7オクターブ、8オクターブまで出るかも」

ゾウ・サーはニコリと笑った。ゾウ・サーは覇とルナの家庭教師もやってくれた。多忙なゴーディシュ・ナサカーに変わる二人の父親的な存在であった。ルナは透明な明け口に入れ、暫く舐める。

「オー、クールでホット。これならいくつでも欲しいわ」

「これもドクター笠原が創った優れものです。ウム、誰かに製法を伝授されたとか言っていたな」ゾウ・サーは腕組みをする「彼はかなり変わっているが稀に見る天才だ。これは試作品ですが量産化して販売すれば世界的な大ヒット商品になること間違いないでしょう。あっ、それと笠原のあの綺麗な助手」ゾウ・サーは家具屋に話を振る「緑とか言ってましたね」「わたしか調べたところ、彼女は日本の天才科学者野狐博士の娘。太平洋戦争時代、かってアメリカ軍が最もマークしていた天才科学者」「野狐博士、ノキツ……イレイメノキツ!」家具屋は思わず叫んだ「そう、彼女が今回のイレイメノキツ開発のキーパーソンになるかも」家具屋は研究室で初めて見た彼女は誰かに似ていると思った……そう、シマさんに「あなた親切にするから。彼女、あなたに気がありそうでしたよ」ソウ・サーは悪戯っぽくルナを横目で見ながら云った「真面目そうな弘人も、案外女ったらしね」ルナが不服そうに呟く「えっ……」家具屋は戸惑った。

「ハハハ、恋愛いいじゃないか。戦争が終わった今、平和な時代。ナスカーグループはアメリカの石油、軍事産業、自動車、医療関係を手に入れたが、これからは娯楽エンターテイメント時代だ。芸能、スポーツ、映画、テレビにゲーム」覇が割って入った。そして続けた。

「ゴーディシュ・ナサカーは現在ベッドの上にいる、もうそんなに長くないだろう。イレイメノキツとかいう薬を手に入れば少しは生きながらえるといったところか……。一代で築き上げた金の亡者。ジ・ランド、第三次世界大戦時のハワイ沖でのUターンも父の命令だったのだろ」覇の突き刺さる言葉に周りは沈黙した。
「ところで、家具屋執行役。本業のドイツ企業との提携はうまくいっているか」
「もちろんですよ、ドイツの宇宙、自動車、医療産業はまだまだ抜けています。学ぶところも多い」

「家具屋、急に悪いが、お前もゾウ・サー博士と日本にいて研究に協力くれないか。お前の創った『シマ』という薬の発展型だからな……お前は腕っぷしもある、これから危険が伴うゾウ・サー博士を守ってやってくれ」

「『シマ』という薬を知っているのですね……すべてがお分かりのようだ」

「今のお前の仕事はレールに乗った。後継に任そう。家具屋、次のステップだ」

この男の底が見えん……家具屋は覇の瞳を見つめ悟ったように「分かりました。私も筑波の研究所に入ります」と言った。
「シマと言えば、そう、裏の情報だが元日本国総理大臣で最期の連合艦隊長官・浦シマが蘇ったという情報が流れている……家具屋、お前も傍にいたのだろ」ジ・ランドが言った。
「大勢いた側近のうちの一人でしかありませんが、……それはガセネタです。彼女は戦艦大和と一緒に真珠湾に沈んでいるはず」
「お前がそう言うのだったら確かだろう」覇はニヤリと笑った。
「蘇ったら面倒なことになるからな」
「ええ、ネオナチスの残党、アメリカの軍需産業、この日本では軍国主義の連中は彼女が邪魔でしょう」
覇と家具屋の会話の途中にジ・ランドの携帯電話が鳴った。
「うむ、日程は8月6日、武道館と東京ドーム、国立競技場が抑えられたという事だな。それと例の件ああ……分かった。送ってくれ」
パソコンの画面を開く。
「これからは、無線でパソコンに情報が送って来るのか」物珍し気に覇はジ・ランドの持っているノートパソコンを覗いた。
「ええ、実験段階ですが最新のシステムです。その、ひとつ気になることがありまして、カラーズ・ジェッツフェラルドのメンバーで安浦 HERO 志摩、昭和7年8月6日生32歳か……ある人物に似ているような気がして」
サングラスを外したシマの画像を3人に見せる。
「カラーズの5人のメンバーのうち1人が例の薬の研究員で緑と言います。先ほど会ってきました。しばらく研究専念するという事です。彼女は期間限定の代役です。元ドイツの音楽プロデューサーで、アイドルといえるかは疑問ですが、かなりのやり手です」ゾウ・サーは言った。
「ある人物とは……」
「大きな声では言えませんが、その浦シマです」
「若いな、そして年齢が全然違うし、我々西洋人から見るとアジア人は皆同じに見えるからな、それに眼の色が全然違う、しかもハーフだ。念には念を入れる気持ちも分かるが、なあ、家具屋」

「………ええ、全然違います。話にもならない」ジ・ランドは家具屋の表情をじっと伺った。
「浦シマ……日米の懸け橋になった英雄。連合艦隊の多大な損傷と引き換えにアメリカのドイツ駐留部隊を早期に撤退せ、第三次世界大戦を早期に集結させた英雄。アメリカでは今だに人気が高い。人種差別の激しいアメリカで日本人とのハーフということで、迫害されたわたしもかなり救われた。わたしの憧れの女(ひと)」ルナが話に入った。
「安浦 HERO 志摩、広島か……8月6日、人類初の原子爆弾が広島に投下された日に日米決戦とは皮肉だなだに。そうだ日本にいるついでにルナを助けてやってくれないか」「助ける?」「とぼけんでもいい。私は知っている、世界のトップを走るクラウディアを支える謎の作詞作曲家兼音楽プロデューサーUKHがお前という事を。お前が出るまでもないかもしれないが、その決戦のステージにギタリストとして上がってもらう。準備しておいてくれ」「やったー!これで完璧ね」ルナは一人の少女になって喜びを爆発させた。「しかし……私が出るまでもない」覇の方を向き直訴する。「クラウディアは絶対負けない。が、ひとつだけ不安がある。その謎の女プロデューサー・ゼブラだ。俺には分かるプロデューサー力に加え、あの歌と踊り、そして女神のようにほとばしるオーラ。奴は只者ではない」家具屋は沈黙した。窓からは煌びやかな東京のイルミネーションが流れる。覇はほくそ笑んだ。

「晩さん会が終わったら、ロンドンに直行か……」

第16話 オドループ

 昭和40年(1965年)4月アルバムの発売を控え録音作業は佳境に入っていた。レコーディグスタジオにいた。ミキサー室を挟んでガラスの向こうにはさくらと香、静花が入ってマイクの前に立っていた。ユニゾンの声を録音するためである。
「来た来た週刊アイドル」一冊の本を持ってアツシは勇んで入って来た。
海野はアツシを来たのを気にも留めず3人に指示を出していた。シマはいつものように腕組みをして立ってその様子を見ていた。

アツシは急くようにパラバラと捲り、次々と喋りながら読む。
「人気投票1位は、なにグリーン・ゼブラ!」
「日本人離れした抜群のスタイル、サングラスをしてミステリアスなところがたまらない」
「期間限定のメンバーなのにキレキレの踊りがすごい」
「予想外の出来事だな……」シマは戸惑った。
「目立ちたくなかったのに、こんなことになるとは。かなり若返っているのと緑色の髪、緑のサングラスで正体はバレないと思いますけどね。念のためにもう少し歌と踊りを押さえてくださいね」アツシはシマの耳元で呟いた。押さえろ……そんな無茶な……シマは想った。
カラーズ・ジェッツフェラルドの特集号だな。フルカラーで見開きには5種類のステージ衣装を着た5人がポーズを決めている。
シルバーピンクの宇宙飛行士をあしらったスーツ、緑のミリタリールックそして王道アイドルの背中にマントが付いた赤いミニスカート。これまでの3種類に加え、青色の派手なもんぺ姿、黄色のリクルートスーツの2種類が加わった。
すべてシマと社長が考えた衣装である。太平洋戦争時、船方(ギャリソン)帽を被って海軍の軍服を着ていた……戦終戦時、幼児のさくらを背負ってモンペ姿で皇居に行った……総理大臣時に来ていたスーツ……人類蘇生計画のた月に行った宇宙服……そして今回の歌手・王道アイドルのミニスカート……シマは感慨にふけった。
グラビア的にも戦略が当たりましたねとアツシは微笑んだ。さくら、青、緑、黄、赤色、カラーズというグループ名にぴったりの各種コスチュームであった。喉を傷めてる恵はマスクをしてミキサー室で座っていた
「緑がいたときに撮ったグラビアですね、緑、笠原さんと元気に研究しているのかな」横目で雑誌を見ながら呟いた。
「なに、なに、スクープ! 日本武道館で上半期ランキング1位の日本のグループと去年のグラミー賞グループ・クラウディアとの対バンが決定、日米決戦、負けた方が解散の噂」今度はアツシが叫んだ。
「新アルバムとシングルの売り上げによってはベア・エモーションを逆転するな」海野は冷静に言った。
「ええ……」恵は浮かぬ顔だった。
「負けた方が解散、飛ばし記事だよな」アツシは恵に気を使った。

アツシはリーダーの恵がカラーズに一番思い入れがあるのを知っていた。ガールズグループの宿命、いずれ脱退や卒業、解散が来るのは分かっていたが……恵は永遠に続くものだと信じていた。

「いや、リークだな。嵌められたかも知れないな、さくらと楼の性格をよく知るジ・ランドの世界策略に」シマが冷静に呼応した。海野はガラスの向こうの3人に合図した。
「3人とも、OKだ」
さくら、香、静花の3人が録音室から出てきて海野とハイタッチをする。
「さあノッて来たぞ! 恵とゼブラさんのお二人も録音室に入ってください」海野は気にも留めず言い放つ。
「あっ! 今日発売の週間アイドルだ」出てきた3人はパラパラとページを捲る。「わたしたちカラーズの特集記事よ!」静花と香は飛び跳ねるように喜んだ。
さくらは反対に、浮かれない表情になった。

 大江戸商店街は、しとしとと雨粒が落ちていた。東京は先日梅雨入りしたばかり、音色芸能社の事務所には幹部が集まっていた。
「昭和40年上半期のランキングは逆転でカラーズ1位になったことは嬉しいが……」
アツシは溜息をついた。
「大変なことになりましたね、クラウディアの東京の最終公演、カラーズと対バンすることに……負けた方が解散」サングラスを外した山賀は言う、そして続けた。
「刺激的過ぎるな。あのナサカーていう気障な野郎。勝負しやがった。場所は武道館。今年出来た東京ドームと国立競技場はパブリックビューイング。明日から最終日までの日本国内のCD、レコードの全売り上げ、テレビ、ラジオ、雑誌のリクエスト、パブリックビューイングを含む観衆の投票で決まる」
「楼(たかぞの)さん、山彦さん、あのベア・エモーションと共演したテレビ局で生放送をした日、ゴールド・クレイン・エンターテイメントとメジャー契約したな。メンバーの懸命な努力とクラウドファンティングで借金も完済した。資金も潤沢になりメディアの露出も大量に増え、人気も急上昇だ。本当に感謝する。しかし負けた方が解散の条件は飲めんな……」シマは言った。レッスン室にテーブルを置き会談している。シマとアツシ、海野を挟んで対面には山賀と金多が座っていた。カラーズは人気が急上昇したため、シマを除くメンバーは個別の取材や写真撮影が入っていた。
「カラーズの契約権利は確かに我々が持っています。熟慮の上、相手側の要求を飲むことに決めました」山野は冷静に応えた。そして金多が付け加えた。
「カラーズなら負けっこありませんぜ。本土空襲、太平洋戦争の停戦から20年、やってやりましょう。本当の日米決戦……面白くなってきました。シ、いやゼブラさん大和魂をあのヤンキーたちに見せてやりましょうや」
金多と山賀の戦艦大和コンビにさすがのシマも圧倒された。
「巨大円形ステージで8曲ずつ交互に歌います。武道館の中央に設置しているセンターステージを使うのもОKです、クラウディア側は本場アメリカの最新の映像技術、音響設備を空輸して来ます。迎える我々は音響、映像技術とも日本のトップクラスのエンジニアを押さえています。目にもの見せてやりましょうよ」山賀は対決が既に既成事実のように説明する。
「日本代表なら手塩にかけたベア・エモーションの方がよかっただろう」
 シマは上半期、カラーズが上回ったとはいえ僅差だというのは知っていた。つまり楼が一声をかければ順位の操作が可能な数字だと思った。
「芸能の事はあまりよく分かりませんが、わたしは人を見る目はいささか自信があります。ベア・エモーションはあなたたちの人間力に負けてしまったのです。改造空母が純粋な空母に負けたのです。顔の整形、豊胸手術、わたしは嫌いでね……親がなんて悲しむか」金多の独特の表現に山賀以外は白んだ。「まあ、今の時代何とも言えないが……」とシマは腕を組んだままとぼけた。
「それに、今のベア・エモーションではクラウディアには勝てません。その理由はいずれ分かると思いますが」山賀は金多を横目で見て頷いた。

 テレビ生中継前、クラウドファンディングで一気に多額の金額が入った。内山の他に山賀も……まさか。それから一気にブレイク、全て仕組まれたことだったのか。生かさず殺さず搾り取れ……山賀は楼も利用している……踊らされている……躍らせれている。何を言ってもかなわんな……決戦か……シマは溜息をついた。
「ところで、楼(たかぞの)さん『JZ(ジズー)』って知っているか」
「ええ、日本軍の再興を目指しているとかいう、花木総理もがからんだ秘密機関ですな。ネオナチスや統一革命軍の残党もからんでいる……ハワイオワフ島戦役で行方不明になった龍矢中将が絡んでいるとも」

「なに、龍矢中将が……生きていたのか?」

龍矢中将……今は亡き元総理で元海軍大臣・山元さんの懐刀、ネオナチスのベーア総統とシュバインシュタイガー大佐と伴に死んだのではなかったのか!元の時代(WORLD A)で東京で行われた本土決戦対策会議。山元さんと龍矢は会議の中心だった。特に切れ者で本土決戦強硬派の龍矢は私の開発した特別強化戦闘服甲号と亀田野狐博士が開発した特殊薬シマに執心だった。シマは背中に何か冷たいものを感じた。

「おお、そうか、龍矢中将はネオナチス・革命統一軍を殲滅したシマさんに積年の恨みがある。蘇えったことが分かると真っ先にあなたを消しにかかりますな」
「そうか?8月にわたしが消される運命とは龍矢とJZが企てるのかもしれない」シマは俯き呟いた。
「旧日本軍、ナチスの隠し財産のZ資金、資金は豊富です。今、軍の再興を考えて特殊な薬を手に入れようとしているという噂が、あなたが総理大臣時代に建てた富士山麓研究所で。その富士山麓で不死の兵士を創るためとか。以前、家具屋副司令官が開発したという回復薬『シマ』を創ったのもこの施設でしたな。第三次世界大戦で傷ついた多くの兵士がこの薬で助かったという。そう、このわたしもですよ、あなたと同じ名前の薬『シマ』で」
楼はワイシャツのボタンを外し、上半身を見せる。70歳に思えない筋肉質の体だ。胸の大きく切り裂かれた十文字の傷跡をシマに見せる。
「左腕を失い、右目もほとんど見えないこのわたしが生きながらえているのもその『シマ』という薬のおかげ、家具屋副司令はこれを軍事利用されることを恐れて開発を中断した。やはり軍事利用する輩もいるんですよ。龍矢もその一人でしょう。この平和な世の中に、バカな連中です」「やはりな……不死の薬で……」シマはそのあと言葉を濁して、思いにふけった……イレイメノキツを軍事利用する気なのか……ま、まさか、最強兵士軍団を作るとか……考えられるな。
「あなたが蘇えったことを『JZ(ジズー)』はまだ知っていないはず……しかし……」
楼は顎に手を当て少し考えた。
「花木首相と龍矢が絡んでいるとなると、かなり厄介な相手ですな……でも龍矢はネオナチスの片棒を担いだ国際指名犯。大丈夫ですよ。この漢(おとこ)・金多 楼(かねた たかぞの)、シマさんを必ず守ってみせます」
「頼もしいな」シマは少し微笑んだ。

第17話 青いスタスィオン

 ワールドツアー最期の地、クラウディアのメンバーが躍動する姿が塗装された専用ジェット機で成田に到着した。ルナを先頭にメンバーがタラップを降りて来る。
事務室に集まって、その様子を放映するワイドショーを食い入るように見るカラーズのメンバーたち。
それをよそに「さあ、出発するぞ」アツシが声をかける。「ハイッ」と云って階段を下りていくメンバーたち。
「ゼブラさんちょっと」恵はシマに声をかけた。事務室は2人だけになった。
「負けた方が……解散、そんなの受けるのですか」
やはりな……恵(けい)がカラーズに一番愛着を持っいるものな。シマはリーダーの恵が負けた方が解散するという事にまだ納得していないのは知っていた。シマを除くあとの3人、さくらはルナへの復讐にも似たライバル心。勝気で上昇志向の静花、天然で楽天的な香はすでに前向きにとらえ気持ちを切り替えていた。
「ああ……そうだ。大人の勝手な都合だがな。でもいつか勝負しなければならない時が来る。人を殺したりしないエンターテイメントでの戦い、これからの『平和への道標』になるかもしれない」
「須々木社長とゼブラさんが来るまで、みんな頑張るんだけど、うまくいかず失敗や挫折の連続でした。そして結果が出なかったのも事実です」
「大人の勝手な都合で……」
「泣くな……リーダーが泣いてどうする」シマは泣きじゃくる恵の両肩を掴む。
「音楽で勝敗を決めるのはわたしも反対だ。しかし、お前たちは志はあっても去年まで惰性でしてきたんじゃないのか。時には期限を決めて、目標を達成すべく全力で頑張る、カラーズには今それも必要かもな」
「ヒクッ、ヒクッ、それは分かっています。須々木社長やゼブラさん、海彦さんが来てからガラッと変わりました。やれば出来るんだと自信もつきましたし。グループも私もここ最近、実力も上がって成長して来たと肌で感じます。そして、なにより団結力が付きました」
「試練は与えられた者しかやって来ない。去年のグラミー賞最優秀新人賞を抑えての日本の代表だ。ベア・エモーションなら必ず受けたと思う。大人の勝手な勝負だが、大人が担いだ神輿でここまで来れたのは確かだ。しかもこんな貴重な経験はないぜ、今回ある意味カラーズがもう一段成長するチャンスだと思うがな」
シマはしゃがんでいる恵を上から見つめた。今まで背中を見せてきたつもりだったが。
「不条理は確かだが……上の方は生と死の境界、もっと不条理な目に会ってきた。言ってもも聞かないだろう。長く粘り強くやって花が咲くこともあるが、期限を決め崖っぷちに追い込まれて輝く時もある」
恵は涙でクシャクシャになった顔を上げ。
「ヒクッ、ゼブラさんはとてつもなく大きい人ですね。わたしがちっぽけな存在に見えてきました」
「わたしは目の前で多くの死んだ人を見てきた……お前だけには言うがわたしはこのままだとこの8月6日に消される運命だ」
「ゼブラさんが決戦の日に消される?」
「泣くだけ泣いたら、上を向け。わたしは月で同じことをした……」
「月で……」シマはニッコリと微笑んだ。
「泣き終わったら前に進もう。わたしは諦めの悪い女だ、これからのやり方次第で必ず勝てる……」シマはキッパリと言い切った。
「恵、ゼブラさーん出発しますよ」階段の下からさくらの声が聞こえた。

 眩いスポットライトを浴びて満面の笑みでメンバー全員が手を繋いで四方の観客にお辞儀をする。そして名残惜しそうに手を振るカラーズの5人。
魔法なら解けないでくれ、夢なら覚めないでくれ……
1か月前にメジャーデビューばかりのカラーズが1万人余りの観客を前に歌い踊った3日間であった。
恵、さくら、静花、香そしてゼブラの5人の顔からは大粒の汗がしたたり落ちている。

「凄い歓声ですね……観客と一体になっている」手をぐっと握り締めアツシは感嘆した。
「みんな成長してきたが、特にさくらが急激に伸びてきたな」海野は冷静に分析する。
「さくらが……」
元の世界と同じく、とうとう覚醒してきたか……アツシは想った。
「何故ですかね」
「怒りかな……」アツシの問いに海野はポツリと応えた。
ルナはさくらをわざと怒らせたのでは……それだと何のために。顎を触りながら考え込むアツシを尻目に、珍しく興奮気味に海野はステージに向け指さした。
「みろよ、本物だ……音のスペシャリストのバンドメンバーの顔を見たら分かる。10人余りのストリングスのメンバーもそれぞれの楽器を叩いてカラーズのメンバーに感謝している」
この横浜アリーナでの3日間のステージは、大型ビジョンが施され、センターステージも設置されていた。来るべき武道館のステージと完全に同じ仕様にしていた。音響、照明、演奏とも莫大な予算が投下されていた。
「恵に歌う時間に制限を持たせて、みんなのユニゾン(複数人で歌う)やさくらのソロパートでカバーさせている。何があったんか知らんが、とにかくさくらが覚醒して見る見る向上している。歌えない分、恵のソロダンスも増やした、抜群のキレだ。今まで努力してきたものが自信になって花開いてきたな」アツシは感想を述べる。そして海野が言った。
「やってみないと分からないもんだな……ついでに名前の如くゼブラさんはセンターステージに疾走させながら歌わせたら右に出るものがいない」

「ゼブラさんよー、何故あんたは走りながら歌うのがうまいんだ」海野はステージに向かって吠えるが、観客の大声援で聞き取れない。
慣れとは恐ろしいものだ……連合艦隊司令長官の時、揺れる戦艦大和でインカムを使って指示を出していたからな……アツシだけが知っていた。

「人間って変わった生き物です。予想外の出来事ですね。かなり勉強になります……」
2人の傍にいるTENCHIは赤い目を点滅させながら呟く。

「この亀型ロボット、AI(人工知能)が成長しているのか……人類はまだまだ変われるそして進歩する。音や映像、スポーツの世界から『平和への道』が切り開かれるかもしれないな」アツシは強く拳を握った。

「浦シマ……昭和20年(1945年)本土決戦対策会議以来だな。やはり、奴は蘇っている」……テレビで観た時もしやと思ったが……間違いない。フフッ。右肩の小さな黒子(ほくろ)はごまかせない、露出度の多いアイドルの衣装(コスチューム)が仇になったようだな。横浜アリーナーの最前列で食い入るように見る隻眼のサングラスの男がいた。眉毛は濃く頬はやせこけ、見える右目を大きく見開き怒涛の歓声が今なお響く無人のステージをじっと見つめていた。龍矢 誠(たつや まこと65歳) 大日本帝国海軍元中将その人である。

第18話 決戦は金曜日

 ハッ、ハッ、ハッ
徐々に陽が上がり明るくなっていく中、緑のジャージ姿のシマが走っていた。昨日から眠れなく日本武道館周辺を一心不乱に。カラーズのメンバー、スタッフは金多の計らいで武道館近くのホテルに宿泊していた。
駆けながらシマは建物を見上げる、この世界では、日本武道館が大きくなっていた。
1人で走っていると後ろから同じような走る音が聴こえるカラーズのメンバーだった。
極限の緊張感からか皆もいてもたってもいられないのであろう。

その時、建物の陰に隠れている一人の少女がいた。

「それほど憎いか……」
家具屋は響(ひびき)の口をふさぎナイフを取り上げる。うくぐっと響のわめき声。
元の世界では、あんたのお姉さんに俺は殺された……まあ、シマさんの盾になったんだがな。ベア・エモーションのリーダー響がシマさん暗殺の犯人だったとはな……

家具屋はナイフを見上げ穏やかな朝陽に照らした。この特殊セラミックナイフ、これなら検査を潜り抜けれるな。プロの仕事、JZ(ジズー)の仕業か。
「これは……副連合艦隊司令長官さすがですね」木陰ではもう一人杖をついた老人が立っていた。金多  楼……いや全部で3人、海野とアツシも来ていた。
「少しの間聴いてくれ、狙いはゼブラさんなんだろ……」かまわず家具屋は響の耳元で呟く。海野も響の正面で腕を組み語り始めた。
「俺も、ゼブラ、あの人がいなかったら日本代表はベア・エモーションだったと思う。こんな俺でも十数年間音で飯食ってきたからな」
「彼女はなぜか今日消されることを予言していたよ、それは響お前だったのか?それとも別の……、彼女は死を恐れていない。だだステージに立つのは恐れていたけどな、昨日から足がブルブル震えていた。それで朝からジョギングだ……あの人でも怖いんだよステージに立つ……今日は我慢してやってくれないか。たぶん彼女の最期のステージになるが、絶対消されはしない。あの方は今の日本いや世界に必要な方だ」金多は諭すように響に言う。
金多が手塩にかけた響が犯人だとは信じられなかった。亡くなった鶴野少将と私の名前を取ったゴールドクレインエンターテイメント所属のトップシンガー。響の姉、鶴野が身内のようにかわいかった恩(めぐみ)。二人は日本のためにハワイ戦役で散った。厳重な警備の中、敷地に入れるのは極めて限られている。老獪な龍矢にそそのかされたのか、龍矢もさすがだ……

3人の男を前に響は両膝をついて泣き崩れた。
「わたしの存在が、お前の運命も変えてしまったのか……」
「シ……いやゼブラさん」驚いて楼は振り返った。
海野も少し驚いたが、この女の底知れぬ胆力を知っているだけに努めて冷静さを装った。
「ゼブラさん、それは買いかぶりすぎですよ、あなたはカラーズのひとつのパーツに過ぎない。相乗効果、団結力、巡り合わせ、勢い、うまく言葉ではいい表せないですが、今のところカラーズが少し上回っているだけに過ぎない……そして、響はまだまだ若い、いずれ分かる時が来る……さあ、立て響(ひびき)」
海野は響に促した。
「今日は、みんなで観ようじゃないか。響お前はまだ負けない、勝負はこれからだ」ベア・エモーションの育ての親の金多は眩いばかりの夏の朝陽を浴びながら言った。六角形の形をした日本武道館のてっぺんに鎮座する玉ねぎ型をした黄金の疑宝珠(ぎぼし)が眩いばかりに輝き始めた。
 ……ずいぶん大きいな。シマは武道館を見上げた。元の世界では首相在任 時、8月15日の戦没者追悼式典などに出席していたが、この世界で観るのは初めてであった、外観は変わらないが元の世界より1.5倍程の大きさになっていた。前年のオリンピックの柔道の試合は2万5千人の観衆を収容した。アリーナの部分も広くなっている。巨大な円形の回転ステージとセンターステージも用意されていた。回転ステージは半円ずつクラウディアとカラーズが使うことになっていて1曲ごと180℃回転し交互に歌う。ちょうど真ん中を大型液晶ビジョンで区切りステージには両グールプとも演奏者を含め約50人計100人程度がいることになる前代未聞の巨大なステージである。まだ他にも武道館の外にはステージと通路で繋がった両陣営の仮設控室も用意されていた。この設営だけで何十億円の資金が投入されていた。
上空は報道と警備の数機のヘリコプターが舞い出した。
……かなり、大ごとになったな。シマは手に持ったペットボトルを飲みながら空を見上げた。

 雲一つない青空、蝉が今日も精一杯鳴いている。いつもの蒸し暑い日本の夏だ。
運命の日 昭和40年(1965年)8月6日(金曜日)


今年開業した東京ドーム、去年(昭和39年・1969年)東京オリンピックで使用された国立競技場。この世界では観客席を純白の屋根が覆っていた。海外からもクラウディア目当てに多くのファンも到着していた。
決戦の舞台は日本武道館。
報道陣、警備陣、上空を無数のヘリコプターが飛んでいた。
武道館から頑丈なカバーで覆い隠された白い通路が伸びているその先には特別に作られた豪華な控室があった。
いつもライブハウスの狭い控室に慣れたカラーズの6人は少し戸惑ったが、軽い仮眠の後、各自が入念に手足のストレッチを行っていた。
巨額の費用が掛かった控室はいつもの様子と違っていた。普段はやかましいぐらいのムードメーカーの香と静花も今日は緊張した面持ちで会った。
サングラスを頭にかがげたシマとアツシはいつものように部屋の隅で話をしていた。
「武道館は警察、金多さんの組織の協力も得て、入念なボディチェック、持ち込み検査をしないと武道館には入れないようにしています。本日TENCHIの言うとおりだと、あなたが消される日。狙撃されるか、刺される、その方の方法かもしれないがあらゆるアクシデントに対して万全な体制を取っています。しかし、十分気を付けてください」
「ああ、気を付けるよ」
「心ここにあらずといった感じですね。一昨日のステージは圧巻でした。横浜アリーナを使った3デイズ。武道館と同じセンターステージを使ったステージ。大きな舞台での経験が不足したカラーズにはいい経験になったでしょう」
「自信になったが……リハーサル前なのにやつら震えている……」
「百戦錬磨のシマさんと違って、20歳そこそこの彼女たちなら、緊張しない方がおかしい」
二人は広い控室で他のメンバーを見つめていた。

「今日のセットリストがやっと出来た。かなり悩んだが、8曲はこれでどうだ」海野はニヤリと笑って自信たっぷりにコピー用紙をカラーズのメンバー全員とアツシに渡す。
「1 せなか合わせ 2 100年後の君へ…… 3 音色は見えないけど 4 蒼き月のかぐや 5 confution 6 イレイメノキツ45 7 春花 夏風 秋月 冬鳥 8 夢を諦めない」

「手の内を読まれないようにギリギリまで粘りましたね。組み合わせもとつてもいいです」さくらが真っ先に言った。
「さすが海彦さんですね。一昨日までのコンサートを観て選曲と曲順を決めたんですね。ロック、バラード、フォーク、ダンスミュージック、構成は文句なしだと思います」リーダーの恵(けい)も頷いた。

シマとアツシが話しているところに杖を突いた金多と寄り添うように山賀が来た。

「日本を代表する超一流の演出家、ミュージシャン、舞台演出家が1カ月前からプロジェクトを組んで懸命に取り組んでいます。日本でのCD・レコードの売り上げ、リクエストはほぼ互角、カラーズの実力を勘案すると大健闘ですよ。なにせ相手は世界のクラウディアですから」山賀は今までの状況を説明した。
「豊日自動車の社員や楼(たかぞの)さんの組織もかなり活動してくれたみたいだな」シマは十分分かっていた。
「カラーズの人気の急上昇っていうのもありますが、須々木社長いや鈴木さんと金多会長の根回しがかなり効いてます」山賀はフォローする。

「あなたの命にもかかわっている、今日あなたが消されることは絶対阻止してみせます。あなたには思う存分ステージで輝いてもらいます」金多は言い切った。
「思う存分ねぇ。平和な日米決戦か」シマは自嘲した後、天井を見上げた。

第19話 2人セゾン

 
 この世界の日本武道館は、ステージが設置される北、北東、北西の一、二階スタンドはコンサート時に自動的に後方に収納されるようになっていた。オリンピック後の収益性も考え柔道やレスリングなど格闘技とコンサートが併用しやすい造り、スポーツ及びエンターテイメントの聖地、平和の象徴でもある会場となっていた。
メインの回転ステージからセンターステージまでの通路を緑のジャージのまま全力で走るシマ。50メートルはあろうか。シマは不安を取り払うかのように何回もダッシュした。
 シマは黒のサングラスを頭に上げ肩で息をしてしゃがみ見込んだ、見上げるとリハーサルが終わった家具屋がギターを片手にシマにタオルを渡す。
「相変わらず、全力ですね……」家具屋が横に座る。銀色のシャツ黒のレーザーパンツを履いてる。家具屋はステージ衣装を着ていた。
「元総理大臣で元連合艦隊司令長官だったアイドルさん……」家具屋は前髪をたくし上げながらシマに云う。
「元宇宙飛行士で元外務政務次官のロッカーもいるじゃないか」家具屋の方を見てシマはニヤリと笑った。

「さっきは、ありがとう」

「いえ、あなたの親衛隊が集合したに過ぎません。みんなあなたの事が大好きなんです」

2人は円形のセンターステージに腰かけた。

「何でもできるんだな……」
「あなたこそ……」
「しかし、そのキザったらしいその長髪と金髪は似合わないぞ……」
「あなたたちに負けたら切りますよ、その代わり私が勝ったら、その緑の髪を黒髪に戻してください。あまり似合ってないですよ。シマさんはやっぱり黒髪だ」
「そうかな……」
家具屋は緑のジャージの足元に目を落とした。
「これか? 実を言うと、昨日から震えが止まらないんだ」
「震え? あなたらしくもない」
「1万を超える観客、この一週間で慣れていたはずなのに。元の世界より大きな夢の武道館。畑違いの歌と踊りのパーフォーマンス」
そっと手を握り、シマの顔を見つめる、緑色のサングラスには家具屋の歪んだ顔が浮かんだ。
「今回も、あなたなら絶対やれます」
……いい展開だ、このまま抱き締めれそうだ。
「?」家具屋が振り向く。 そこにシマの肩を叩く人が立っていた。
「お取込み中悪いのですが」
顔の絆創膏が痛々しい、片足を引きずりった桃田が立っていた。
「おまえは桃田!大丈夫か」
桃田の顔を見るとただ事でないことがやっと分かった。
シマは家具屋の顔を見つめ「それじゃ弘人、決戦の後でまた」と言って立ち去った。

……シマさんが消される。それとイレイメノツキ45が助けてくれる。まてよ、消されるとは……シマさんが殺されるのではないのかも……TENCHIがキーになりそうだな……家具屋はシマと桃田の背中を見ながら想った。

第20話 PAIN

 桃田は猿木に肩を借り松葉杖でセンターステージを降りる。シマは軽く飛び降りて、周りから死角になるよう武道館の片隅に異動した。
「やっと手に入れましたよイレイメノツキ45。あなたたちが、探し回っていたのはこれですね」
桃田は透明のビニール袋に入った一粒のカプセル状の錠剤をシマに渡した。
「本日、あなたは消さるという噂はわたしも聞いています。それと、ベア・エモーションの響の件は聞きました。さすがJZ(ジズー)、龍矢ですね。我々の身内のトップシンガーを利用するとは。龍矢とはここにいる猿木達ともハワイ戦役からの因縁浅からぬ関係」桃田は猿木に話を振る。

「ゼブラさん、あなたが浦シマ元連合艦隊司令長官だという事は私も最近桃田さんから知らされました。それより早く龍矢は情報を掴んでいたようだ」

桃田は続ける「あなたが消されるというのがこれで防いだという事になればいいのですが……まだ油断はできません。どういうケースで消されるのか誰にも分かりません、狙撃かもしれないし……もしピンチになったらその薬を飲んだら助かるかもしれない。警視庁それと金多会長の組織も使って手荷物検査を徹底し、爆発物、狙撃の可能性を防いでますが、まだ安心はできません」
「この薬はどこで手に入れた」

その時、ハッ、ハッと息を切らせて、額に包帯を巻いた雉谷と頬に絆創膏をした犬井も駆け寄って来た。
「今、警察と国防軍の合同チームに国際指名手配犯・ネオナチス・統一革命軍元幹部の龍矢の身柄を渡しました」2人は桃田と猿木に敬礼しながら報告した。

「雉谷、犬井、本当にありがとう。ちょうどいい説明してやってくれ」桃田はがっしりと二人の手を握った。

「我々二人が富士山麓研究所に潜入し名前を変え変装していた龍矢を確保しました。その時、この薬を隠し持っていましてね。龍矢はその時自ら自爆をしようとしていて間一髪てせした……大変な大捕り物でした。敵ながらすごい漢(おとこ)です」雉谷はその状況を伝えた。

「お前ら……わたしのために」

……国会議員にして元陸海軍国防の兵(つわもの)。忍び込んでの諜報活動もするとは恐れ入った……

雉谷と犬井は顔を見合わせニヤリと笑い胸からシマいやゼブラのブロマイド写真を出し。「俺らは、あなたの押し(ファン)なんですよ」

「……その代償がこの薬か。これを飲めば生き残るのか……」シマは2人の肩を叩き労をねぎらった。

「シマ、いやゼブラさんに褒めていただいて光栄です。ただ、厄介な事に一足先にこの薬がナサカーグループにも渡ったという情報が。花木首相サイドは完全にしらばっくれてますが……」
花木、龍矢のところか……笠原やゾウ・サーのグループより富士山麓研究所が先に開発したみたいだな。あらゆる手段を使って探し、強引に研究開発していたからな。
「ありがとう、本当にすまなかったな……」シマは3人に向かい改めて深々と礼をした。
「お役に立てて嬉しいです。シ、いやゼブラさん思う存分パーフォーマンスしてください。そして、そして……」桃田は震える手でシマの手を握り締め、涙で最期は言葉にならなくなった。
「戦いに勝って、生き残るさ」桃田のクシャクシャになった顔を見つめ、シマはきっぱりと言い切った。
「観客への手荷物検査は厳重に行っています。この武道館で狙撃可能な場所はすべて監視下に置いています。思う存分パーフォーマンスしてください」猿木は言った。
「スタッフの皆さん、あと2分で撤収お願いします」日本武道館にアナウンスが響き渡った。


シマは錠剤の入ったビニールを武道館の照明に照らす。
「特殊なビニール袋のようだ。熱には大丈夫か」「ええ、少々の事では溶けません、エッ……」桃田が言うも待たず、胸をはだけ、赤いブラジャーを見せた。
「シ、シマさん……」半泣きの桃田も唸った。
薬を胸の谷間にしまった。その様子を家具屋は少し離れてじっとみていた。
「カラーズの衣装(コスチューム)は4回着替えるのでな、ここが一番安全だ」シマは遥か高い六角形が何層にもなった武道館の天井を見上げ、そしてキッパリと言った。「さあ、決戦だ!」

「薬は手に入りそうなのか」時同じくして覇はジ・ランドに尋ねた。

 クラウディア側の控室では、覇とジ・ランドそして家具屋が会談していた。
「ええ、やっと自力で開発出来たみたいです。ゾウ・サー博士自らがプライベートジェットを使って今日にもゴーディシュ・ナスカー氏の病院に薬を届けるという報告が入りました」ジ・ランドが応えた。

 この報告おかしいぞ……俺が掴んだ情報によると花木首相管轄下の富士山麓研究所から薬がナスカーグループに流れた……はっ、まさか裏切り者がいる。裏で操っているのは正面にいるジ・ランドか?家具屋は考えを巡らせた。
「皆知っての通り、親父はヨーロッパからの貧しい移民でな。裸一貫から一代でナサカーグループを築き上げた。金のためなら何でもする。私の母親は日本人、戦前、日本経済界とのパイプを作るために結婚したようなものだ。わたしとルナを産んで強引で独善的な親父に着いていけなくなり自殺した。戦後、アメリカがドイツに負けると金持ちのドイツ人の女とすぐに結婚した。アジア、ヨーロッパを制覇する野望のためにな。第三次世界大戦での私財を投じての参戦もアメリカの愛国心を煽るための単なるパーフォーマンスといわれている。負傷兵なんて助けもしないさ。そして今、病で倒れ今死にかかっている、イレイメノキツ45という薬だけが助かる方法らしいがな……家具屋……そう、かぐや姫。日本の昔話・竹取物語……亡くなった母からも聞いたことがある。最期にかぐや姫が月に帰る時、不老不死の薬を助けた翁に渡したという話だったな……」覇(はたがしら)は不敵な笑みを浮かべ続けた。
「家具屋前から聞きたいことがあった。お前、何回も月に行ったのだろ、竹取物語のように進んだ人類いや知的生命体はいなかったのか?」
「ハハ、それは昔話の世界です。月はまさに暗黒の世界でした」
覇(たかぞの)は『月の竹』の事を知っているのか?家具屋は一瞬思った。
「月はそうだろうな……それより、父のあくなき生への執着心も困ったものだ……もう、死んでもいいのに」
「……恐ろしい事を言わないでください。平和になった世の中で莫大な権力を握った。確かに敵も多いし、誤解を招く行動や言動も多いが、私の見る限りそれだけではないような気がします」
 ゴーディシュ・ナスカーはそんな男ではない、彼に心酔しているジ・ランドも影ながら尽力したものそのためだろう。
「ところで、家具屋お前その恰好、準備は万端なようだな。筑波での研究の傍ら忙しかっただろう」
「ええ、わたしの創った曲もクラウディアのセットリストに何曲か入っているのですが、ステージで弾くのとはまた違いますからね」
「ルナとはかなり連絡を取っていたようだな。クラウディアが来日してからの練習も万全かな」
「知ってるんですか? かなわないな……今回は、絶対負ける訳にはいかないですからね」
「謎の作詞作曲家兼音楽プロデューサーUKHが家具屋お前だという事を知っているのはクラウディアのメンバーと我々だけだ」
「家具屋さんお久しぶりです、いやUKHさんと呼んだ方がいいのかな」3人の男の群れにルナが突然入って来た。
「ルナ、もういい。みんなに練習をしていたのはバレている」家具屋はルナの頭を撫でる。
「あなたのギターが入ればもう誰にも負けない」ルナは翠の眼を輝かせた。
「自信は過信につながる……」家具屋はルナに諭した。
「わたしに宿る不思議な力……UKHのKHは家具屋弘人のイニシャル。Uは亡くなられた浦シマ元首相のことですね。元日本国総理大臣にして最期の連合艦隊司令長官。あなたはずっとカラーズのサングラスをかけた人を見ている。女のわたしには分かります」
「前にも言ったが、彼女はまだ真珠湾で眠っている」
「本当にそうかしら……」ルナは振り返った。
この兄妹……まさか全てを知っているのでは……家具屋は自分を突き刺すように見る二人の冷たい視線のようなものを感じた。そして、つい先日まで私も研究に携わっていたイレイメノキツ45……花木首相の息がかかった富士山麓研究所のルート、ゾウ・サー博士とその研究員のルート、笠原と緑のルート、それぞれが懸命に研究し大詰めを迎えていた。いずれにしても鍵を握るのは笠原 黎明。2つの地蔵、『JZ(ジ・ズー)』とジ・ランド、ゾウ・サー……最期に笠を被せるのは……どちらか。それと……野狐博士の娘、緑の動向も気になる。野狐博士の研究を子供のころから知っている才女。笠原と緑が最後まで何か別の事を研究していたな。何が真実で、何を信じていいのか家具屋は分からないでいた。

第21話 さくら

 怒涛のような歓声が一瞬で静まり返った。スポットライトはコイントスで勝った4人組のガールズグループ、クラウディアを照らしていた。リーダーのルナが先攻を選んだのは圧倒的な自信からか……数秒後それは確信に変わった。武道館の屋根を突き刺すような圧倒的な声量に観客の心が鷲掴みにされた。それだけではない今日特別に入ったギタリスト家具屋のエレキがグループに躍動感と疾走感を与えた。クラウディアのストリングスチームもそれに乗せらされ圧倒的なスケールで奏でる。
クラウディアはルナの母親の名前を取ったグループ。いずれも世界オーディションで選ばれたルナ(アメリカ出身)、テラ(インド出身)、ジャッジ(イギリス出身)、ジャスティス(ブラジル出身)の4人組である。ルナ・ガーディナーが覇(はたがしら)・ナサカーと兄妹であることを知っている者はほんのわずかである。産んだのは覇と同じ日本人の母。ルナを出産してすぐに自殺した。強引なゴーディシュ・ナサカーのやり方に我慢できなかったのか。ルナを育ててくれたのはその後ゴーディシュと再婚したドイツ人のクラウディア・ガーディナー。実の娘のように接してくれた優しい母。その後母は病死し。ルナは育ての母の旧姓ガーディナーを使っている。ルナは長年の夢をかなえるため16歳で歌の世界に入った、さくらと一緒の下済み時代は苦しかった。もちろん世界各地で行われていたオーディションもそのことを伏せて元サンフランシスコ坂47出身者として応募し選ばれた。
 厳しいオーディションを通り抜けた4人は歌、踊りとも完璧である。逆に言うと完璧過ぎる言っていいのかもしれない、欠点が多いカラーズはそこにつけいれる隙があるのではないかと海野は想った。人間味、感情、切なさ、笑い、機械には分からない、数値で測ることが出来ないもの。
回転式の巨大なステージの裏ではそれぞれの担当カラーのイヤフォンを全員付けてしゃがんで眼を瞑ってじっといる、しかし、シマだけは緑色のイヤフォンを外し立ち上がってモニターを見ながら聞き入っていた。
これが世界の歌、世界の踊りか・・・・・・ただのアイドル同士の対バンではない。これは総合芸術、勝負はこれからだ。

「さすがゼブラさんですね」さくらが肩を叩く。
「怖くないのですか?」
「怖いさ、逃げ出したいくらいさ。今まで死ぬのは全然怖くなかったのにな……不思議だ。お前たちを解散させたくないという強い思いもあるが……なぜかステージに立つといつも舞い上がり震える」
怒涛の前半戦が終わった。10分間の休憩を挟んで、先攻後攻が入れ替わる。


 アツシの傍にTENCHIがいた。甲羅には青く『豊日自動車』と新型車のフォルムがペインティングされている。
「調子に乗って、絶対浮き上がるんじゃないぞ、お前は鈴木科学研究所で開発した喋れるAIということになっているからな。スポンサーは我が豊日自動車じゃ」
「分かりました。でもこの会場の熱気と高揚感、浮き上がってしまいそうです」
「さて、今までのところどうかな」アツシはTENCHIに尋ねる。TENCHIは赤い眼を点滅させて何やら計算している。
「私の計算では歌手の歌、声量、踊り、観客の歓声、熱狂度わずかながらクラウディアが上回っています」
「人間味とか笑いとか切なさ、団結力も入れてくれ」
「数値化するのが難しい項目もありますが、なるべく」
TENCHIは再び赤い眼を点滅させる。頭から湯気のような煙が出る。
「感情が入っているAI、TENCHIなら出来るかな……」
「それで……」
「今、観客の投票があれば互角かと」
「これまでの売り上げ、リクエストほぼ互角、勝負はこれからか……」アツシは顎に手を当て躍動するステージを見つめながら言った。
「いえ、カラーズはこのあと失速します」TENCHIは長い首を精一杯伸ばした言った。失速する?……何故?アツシは少し飄々としているTENCHIを睨んだ。


「ゼ、ゼブラさん……リーダーが!」さくらが小声で呼ぶ

恵(けい)はしゃがみ込み苦しそうに加湿器を口にあてがっている。
「恵、もう限界か……頑張ったな」
「いえ、まだ……大丈夫です」顔ををしかめながら皺がら声で呟く。
「とりあえず、これを舐めろ」シマは笠原から貰った青いのど飴を恵の口に入れる。
「さくら、どうする」
「みんなでリーダーのソロのパートををカバーしましょうか」さくらが提案する。
シマは恵と眼を合わせる「いや、パート割を変更する時間がない。恵はハスキーボイスだ限界まで歌わそう、限界を超えそうになったらさくらお前が判断して歌え。さくらは恵の事を一番よく知っているだろう。歌詞は全部覚えているしな」

センターステージまでの50mを一気に駆けるシマ。緑のサングラスが飛んだ。そして自分のパートを力の限り歌った、いや、最期は目一杯叫んだ。
シマは跪き……あとは、恵、さくら、みんな任せたぞ。その時、涙と汗で翠のコンタクトが外れた。

さくらがその澄み切った声で武道館を沈黙させた。透明感のある声が武道館のいたる所に響き渡った。
そして、恵は魂の叫びで武道館を震わせた。
「おおっ」観客からどよめきが起きる。
「こ、こんな……恵のハスキーボイスがいい味になっている」
アツシは奇跡が起きたと思った。
カラーズ最後の曲『夢を諦めない』、チームみんなで力の限り歌った。
マイクを降ろしたとき、恵は、クラウディアとの勝負はもうどうでもいいと想った。
全てが終わった。真っ先にさくらが恵(けい)に抱き着いた。
少し遅れてセンターステージからシマが全力で駆けて来た。スポットライトに照らし出された5人は手を握り合い上にあげて観客に挨拶する。割れんばかりの歓声と拍手だ。
シマも緑のサングラスごしに見る一人ひとりの観客の笑顔が眩しかった。
……これが本当のステージ、そしてこの達成感、わたしは生きている……
シマは他の4人のメンバーと深々とお礼をした。
今にもぶっ倒れそうなシマを静花と香が両腕を抱え上げる。
「ハア、ハア、ゼブラさんサングラス、サングラス」静香は落としたサングラスをシマの頭にかけて顔を覗き込む。

……えっ、黒い瞳!……ハーフではないの?

……香、どうでもいいか、ゼブラさんはゼブラさんだし。

「ゼブラさん、軽い脱水症状ですね」
「もう歳だ……アイドルの大変さが分かったよ……」シマは顔を上げスポットライトを見つめながら2人に言った。

「……TENCHI拙いぞ、シマさんの素顔が世界中に曝け出された」アツシは舞台袖でテレビ画面を見て呟いた。

「感情の高ぶり、人間ですから仕方のない事です。例の計画を早くしなければならないようだ……」

TENCHIは赤い眼を点滅させ冷静に言った。

「アツシさん、例の物は持ってきてますか?」「ああ、2着でよかったな」「それと、家具屋さんに……」舞台袖から裏のステージを覗く。遠くに椅子に座り暗闇の中、一人使い古されたアコースティクギターを抱えスタンバってる家具屋がいた。

第22話 シャドーボクサー

1You Live eternally in my heart(あなたは私の心の中で永遠に生き続けてます) 2Keep on fitting(戦い続ける) 3Unconditional love(無償の愛) 4Messenger from moon (月からの使者) 5Rial(本当の)  6Sound of grace(恩恵の響き) 7Battlefeild(戦場)8You Live eternally in my heart(あなたは私の心の中で永遠に生き続けてます)
このセットリストを見た時、海野は言葉を失った。日本にもアメリカにもまだ戦争の傷跡は残っていたし、メッセージソング、月や宇宙への旅行の夢もあった、そして最初と最後にクラウディアのアンセム(代表曲)のラブソング、正直やられたと思った。

 ステージは歓声渦巻く中、ゆっくりと回転し始めた。一人スポットライトを浴びて今度は家具屋のアコースティクギターで始まった。弦の音色が武道館の観客を一瞬のうちに静寂へといざなう。本日2回目の詩(うた)を切なくそして哀愁を込めて独唱するするルナ。
「ちくしょう、やられたな。最期はクラウディアのアンセム(代表曲)You Live eternally in my heart(あなたは私の心の中で永遠に生き続けてます)のアコースティク・バージョンか。ギターは家具屋……さすがだ。ギターが歌っているな」海野は悔しそうに歯ぎしりした。
「わたしもギターが歌っているように聞こえる。You Live eternally in my heart(あなたは私の心の中で永遠に生き続けてます)か……確か副司令長官が作った曲だったな。空母信濃とともに亡くなった父家具屋真司、ドイツの偉大な科学者かぐや姫ことプリンツェシン(ドイツ語で姫)・エマ家具屋、天国に届きそうだな、そして、そして……」楼は椅子に座って杖を前に出して呟いた。
横にはアツシが立っている。
「遠く離れていた誰かさんのハートを突き刺すか……」
アツシはシマの方を見ていた。
シマさんが大和と一緒に沈んでいたときのことを想って作ったのかもしれない……執念、家具屋とTENCHIは毎日潜った。そういえば海中で死んだシマさんをどういう状態で発見したか家具屋は絶対言わなかったからな……これからも永遠に語らないだろう。
シマはサングラスを手に、しゃがんだまま眼を閉じじっと聴きいっていた。
「最初は最大のヒット曲でもあるYou Live eternally in my heartをストレングスを使って壮大さと疾走感を出して歌い踊り。最期は同じ曲で人間味を味わせて締める。観衆のハートを鷲掴みだな」アツシはやられたと思った。
「ルナは亡き母クラウディア・ナサカーを今も想っている。今の心情を切々と歌っている……」TENCHIは呟いた。
「素晴らしいルナのソロと……」アツシの言葉の途中に。
「そして温かい家具屋のギターの音色……」TENCHIがすぐに付け加えた。
「TENCHI、お前もそう思うか?」
「ええ……」アツシはTENCHIに日増しに感情が付いてくるのを感じた。
人間に限りなく近づいてくるのか……
アツシは曲を聴きながら自然に涙こぼれた。敵対する相手なのになぜ自分が涙ぐむのか自分でも分からないでいた。横にはTENCHIがいつものように眼を点滅させながら佇んでいる。
ゆっくりと、最期は残りのメンバー3人がコーラスで登場してきた。

「さあ、黎明さん後ろに乗って!」白衣のまま緑はエメラルドグリーンのヘルメットを被り大型バイクに跨っている。薬の入った黒いバックを首からぶら下げた笠原がバイクに飛び乗り長身の緑の腰にしがみつく。
「武道館まブッ飛ばしますよ!振り落とされないようにしっかりつかまってくださいね!」
ブルンブルンと手でアクセルを吹かし研究所から脱兎のごとく飛び出していった。
緑の想像より大きな尻に笠原はしがみつく。笠原は抜群のプロポーションに今やっと気づいたようだ。カーブに振られながらも笠は胸ポケットから携帯を取り出した。
「家具屋さん。薬、薬……本当の薬が出来ました。あなたの予想通り、ゾウ・サーが『JZ(ジズー)』の手先です。二重スパイ、最期に本性を出しました」笠は胸から携帯をで叫ぶ!
日本武道館では家具屋がイヤフォン越しに笠の叫び声を聴いていた。
「ナニ!」一瞬、家具屋のギターの音が乱れた。

大型ビジョンに涙を浮かべたルナの顔がアップになる。
みんな立ち上がり万雷の拍手で締めくくられた。
4人はスカートをたくし上げ観客に向かってお礼をする。
武道館が静まり返った後、万雷の拍手が起こった。ほとんどの観衆は立ち上がり、涙ぐんでいる者もいる。
「すまなかった……」家具尾はルナに向かって頭を下げる。
「家具屋さんでも、間違うことがあるんですね。いいんですよ……人間ですもの……温かくそして切ない素晴らしい音色でした」


「これは……贔屓目で見ても分からんな……」
「感情を修行中のTENCHIさんはどうだ」
「もっと分かってきましたよ、人間というものが。確かに数式では計算できない生き物だ」
「しいて点数をつけるとどうだ……」
「かなり時間がかかります。10分ぐらい時間をいただけますか」
カラーズとクラウディア、もうどうでもよかった。ステージでは健闘を称えあって互いに抱き合っている。しかし勝負は残酷だ。1時間後にどちらかのグループが解散する。
「やはりカラーズは勝てない。50.2対49.8ポイントで……わずかの差ですがクラウディアの勝利です。集計予測でもクラウディアの僅差の勝利と出ています」
アツシはTENCHIが機械らしく冷酷に事実を言ったように聞こえた。


第23話 CALL

 武道館がまばゆい夕陽に包まれた。屋根の頂点にある金色の玉ねぎ型の疑宝珠(ぎぼし)は今度は夕方の陽で眩く輝いていた。
「お疲れさま、集計にはあと30分程かかるようです」
アツシはしゃがみ込んでいるシマにスポーツドリンクとタオルを渡す。
「長い一日だったな、みんなご苦労様。発表は夜になる」
死力を尽くしたさくら、恵、静花、香は床に倒れ込んでいる。緊張感も解け息も絶え絶えだ。シマは立ち上がりサングラスを頭に上げた。

その時、海野とアツシはパソコンを睨みつけてた。多数のテレビモニターが国立競技場、武道館、東京ドームの投票模様を映し出している。クラウディアなら赤の札、カラーズなら白の札、巨大な投票ボックスに入れる。
「全投票締め切られました」
控室全体にアナウンスが流れた。
「海野、須々木社長、アメリカさんにインチキされないように監視頼むぞ」
金多は後ろから海野とアツシの肩を叩く。
「決定したようです、ステージに再度上がってください」
係員が呼び出す。
胸から薬の入ったビニール袋を取り出す。
「わたしもか」シマは自分を指さす。
「もちろんですよ、緑の代わりとしての最期の仕事です。狙撃は絶対されないよう警備は万全です。安心して行ってください」金多の眼は、戦艦大和艦長、大日本帝国海軍大将の眼になっていた。

タキシードを着たアナウンサーと金ラメのドレスのアシスタントがステージに登場する。
スポットライトは2組のグループを照らし出す。
ステージ裏では両グループのスタッフが二手に分かれ陣取っていた。
覇は腕を組んで余裕たっぷりにジ・ランドを携えていた。
楼は片膝をつき残った一本の腕で拳を握り締めている。
「艦長!……」と云って冷静沈着なはずの山賀もしゃがんで寄り添い金多の右の拳を両手で握った。

「カラーズ‼」「クラウディア!」「ルナ~」「さくらー」……観客は力の限り叫んでいる。
「発表します……」
司会は封筒をハサミで開ける。日本武道館は喧騒から静寂の時を迎えた。


「勝者は、カラーズ・ジェッツフェラルド!」
スポットライトがカラーズの5人に当たる。

シマの耳にはカラーズ・ジェッツフェラルド!カラーズ・ジェッツフェラルド!カラーズ・ジェッツフェラルド!こだまのように聞こえた。「……」
「カラーズ?」「おめでとう!」「えっ‼」武道館は歓声とどよめき、怒号が混在した。

カラーズのメンバーは拳を上げて立ち上がった。満面の笑みで喜びをを爆発させる。いや、その中で1人、シマは立ったまま佇んでいた。
影では肩を落とすクラウディアのメンバーたち。ルナを除き崩れ落ちるクラウディアのメンバー。勝負はいつも残酷だ。
リーダーのルナは泣きじゃくっている4人に手を差し伸べる。
カラーズの皆は飛び跳ねて喜びを爆発させている。それをじっとシマは観ていた。そしてもう一人さくらも。


やった~と控室にも歓声が上がる
「これは、おかしいぞ!」海野は呟いた。

「最終データが送られてきた。やはり……」
アツシと海野は顔を見合わせ頷いた。再度画面を覗き込み、確認したかのようにパソコンの電源ボタンを切った。
「おまえらも喜べ、アメリカさんにやっと勝ったんだ!」
停戦した太平洋戦争のリベンジとばかり金多はアツシと海野としっかり握手する。
「や、やりましたね」
山賀は金多のクシャクシャになった顔を見ながら握り返す。

海野は壁にもたれ腕を組んで立っていた。
カラーズのメンバーが到着し、ムードメーカーの香の「やった~」という大声とともにシャンパーンかけが始まった。張り詰めた緊張が解けたかのように大はしゃぎとなる。

そこへナサカーとルナが入って来る。
「みなさん、おめでとうございます」
一瞬の静寂のあと。
「さくらおめでとう」
ルナとさくらは抱き合う。
2人の様子を見て初めはパチパチと戸惑いながらの拍手が起こるが、しっかりと抱き合うのを見て最期は歓声が上がり拍手が大きくなった。
「あなた達は本当に素晴らしかった……計画通り、わざとね……」さくらはルナの耳元で呟く。
「いえ、それは違うわ。あなた方こそ本当に素晴らしかったもの」

「海野あとは頼んだぞ、おやっさんは酔い潰れてしまった」
金多の肩を担ぎ山賀は言う。
「あっ、山賀さん……」
山賀は全を察したかのように海野に目配せをし「後の始末は覇(はたがしら)さんとよく相談してな……」

「……どうしてだ」
シマは覇(はたがしら)の肩を強く握った。
「どうしても何も我々の負けです。完敗です。約束通りクラウディアは解散します……」
覇は少し考えたそぶりをみせて「ルナは、たぶんこれからソロ歌手になります」
「うまい、やり方だな。他の連中は騙せても我々の目はごまかせないぞ」アツシは普段とは違う眼を見せた。

覇は薄ら笑いを浮かべ、アツシと海野に対峙した。
「さすが数字には詳しいですね。豊日自動車の創設者と未来の興行界を担う逸材さんにはお見通しですか」
「すべてはシナリオどおり、ルナをソロで売り出すためのか?」海野が言う続けてシマも
「日本市場の将来への投資。それとも挫折や屈辱が人を強くする、クラウディアのメンバーにエンターテイメントの厳しさを教えるために、わざと負けたのか」
呼応するようにアツシも続けた。
「強引にルナを引き抜いたことへの埋め合わせか、それとも第三次世界大戦で父親がした事に対する罪滅ぼしか」
「ふふっ、なかなかおもしろい推測だ。想像するのは勝手ですが、その事は皆さんにお任せします。でも負けたのは事実です」
シマは突然、胸のジッパーを開けて、錠剤の入ったビニール袋を取り出してジ・ランドに見せた。
「そしてもうひとつ。これがあなた方が欲しがったイレイメノツキ45」ジ・ランドは軽く頷き。
「あなたも手に入れてましたか。一足早く、ゾウ・サー博士が入手し、アメリカに持って行ってゴーディシュ・ナサカーが服飲しているはず」

「……今日これを飲めば、わたしも助かるのか」シマは呟いた。
「待った!」突然、聞き覚えのある男の大声が部屋に響いた。赤い鎧武者姿の家具屋が部屋に飛んで入って来た。
「おい、家具屋お前、その恰好は……」

第24話 青春アミーゴ

「ウィーツ、ヒクッ、この若いイケメンさん。コスプレしてお祝いですか」
「おい香、下がっていろ」酔いつぶれ家具屋に絡む香を羽交い絞めして海野が引き離す。
後ろに笠原をおぶった緑が叫んだ。
「ハァ、ハァ。ゼブラさん本当のイレイメノツキ45は……これです」
白い小さな円筒形のものをシマに渡す。
「こ、これは……飲み薬ではなく塗り薬なのか?」シマは兜をかぶった家具屋を見つめた。

……薬で助かるとは言ったが……月の竹の助言でも……確かに飲めとはTENCHIも言っていなかった。

……龍矢は最期の手段を使ったのですよ、自分が捕まるのを引き替えに薬を流す。憎っきアメリカ財界の大物、ゴーディシュ・ナスカーとハワイ戦役での宿敵、浦シマを確実に殺すために……

……龍矢は我々を信じ込ませるために自爆までしようとしていた……肉を切らせて骨を断つ……執念か。自分を犠牲にしてまで私を助けようとした桃田達、利より義を重んじる彼らをも利用して……自分が死んでも私とゴーディシュ・ナスカーを殺そうとするとは恐ろしい奴だ。テレビに私の素顔が全世界に放映されたとなると、これから第二、第三の刺客も来るだろう。いずれにしても、広まったらいずれ私もこの時代から消される、消される……消される?

シマは家具屋の鎧武者姿を見てハッとした。

……そう、私とTENCHIがあなたを守るために消すのですよ。

家具屋はウィンクした。


「秘密機関の『JZ』が偽の薬を流したようだ。そうゴーディシュ・ナサカー暗殺のために、父の命を狙ってる者も多い。そしてあなたもね。浦シマ日本国元総理にして元連合艦隊司令長官の命も……」覇は諭ったように言た。
「知っていたのか?」シマが訊く。
「ええ……」覇はシマの瞳を見ながら応えた。
「ま、まさか、ゾウ・サー博士が秘密機関『JZ』の手先だったとは……」ジ・ランドが呟いた。
「父は、ニセ薬を飲んだのか……」
「いえ、間に合いました。今国際電話で連絡が入り、ゾウ・サー博士は空港で確保されたとのことです」家具屋が応えた。
「そうか……」覇は少し安堵した。
「この薬を塗ったところで、あと半年ほど生きながらえるだけかもしれないですが、できれば、あなたは父親と会って話をすべきだ。急な出撃だった……、浦シマ連合艦隊司令長官が発案した太平洋戦争と同じ真珠湾奇襲作戦。敵ネオナチスの裏をかくため全てが前倒しの作戦。極秘の作戦のため全容を知らないわたしとゴーディシュ・ナサカーは私財を投入して東海岸から戦艦(ふね)を出した。あの時のアメリカ軍はドイツ軍のアメリカ本土駐留が解除されたばかりで戦力が整っていなかった。虎の子の原子力空母エンタープライズ1隻と艦隊群。私たちは急いだ。とにかく急だったため燃料が無くなった。補給船も手配していない中、戦艦の船員の命と天秤にかけた……あの時、多くの兵士を救出できたかもしれない、ネオナチス空軍の残党が襲うかもしれない……結果論ですが、あの反転は間違いだったのかゴーディシュさんもずっと悩んでました。彼は孤独で孤高だ、本当に彼の事を理解しているのは誰もいない、わたしさえも」ジ・ランドは自分の思いの丈を話した後、家具屋に目配せをした。そして家具屋も語り出した。

「ゴーディシュさんは世界の富を手に入れた成功者経済的には大成功者かもしれない。家族を犠牲にし、大切なはずの家族の信用も失った。しかし、休止していた宇宙計画に多くの私財を投入された。月であることをすれば地球で人間が蘇える……ゴーディシュさんもこの最高機密をすでに知っていました。わたしはこの間のハワイ戦役で蘇えった父親・真司と一日しか話すことが出来ませんでした。わたしは産まれてこの方、父と話すことはなかった。その数時間が永遠に感じた……あなたのお父様もあなたやルナさんに話したいことがあるはず」話が終わった。家具屋は覇とルナを見澄ます。
「考えておこう……ルナもな……」
「ハイッ、お兄様」

その時、覇の胸ポケットの携帯電話が鳴る。「!」その相手に覇は顔色を変える。覇が顔色を変える人物……シマ、家具屋、ジ・ランドは刮目する。

「ヒクッ、ヒクッ。あれ、笠原さん、なんでここに、傷だらけですよ」
香は笠原に絡む、タクシーを降りたあと転んだのか顔や足が傷だらけであった。

「弘人、お前にまた助けられたんだな」
「いえ、今回はゴーディシュ・ナサカーの私財が無かったら月面に行ってあなたを蘇らせることが出来なかった」
「不思議な縁だな」
「それより、負けてしまいましたね……約束通りこれ」
金髪の髪の毛の束をシマに渡す。
「シマさんはもう黒髪に代えていたのですね」
「……芸能戦争にも勝者はなかったな」
「今回は両方が勝者です」家具屋は優しく微笑んた。

「解散したら、ゼブラさん女子プロレスの方に、わたしがマネージャーならあなた日本はいや世界一のレスラーに必ずなれます」
「女子プロレスラー?」
「ハツ」シマは長い脚で瞬時に回し蹴りをする。右腕ですかさずカバーする。
「モロに見えてますよ」
スカートの中の赤いスパッツが見えた。
「ウッ」すかさず海野の懐にアッパーブローが入る。寸止めた
「そんなことでは、私のマネージャーは務まらないな」
「あなたにはなにをやっても敵わないな……」海野はニヒルに笑った。

長い電話が終わり覇はシマの方に語り掛ける。
「ああ……それと、伝言です。ケビン・ロスリスバーガーアメリカ大統領から直々に半年間御苦労様、緑のサングラスと髪の方によろしくと云ってました……ゼブラさんあなたはいったい何者なんですか」覇(はたがしら)が問う。
……ケビンは全部知っていたのか。

「シマさん、わたしが塗りましょうか?」白い塗り薬を手にしたシマに家具屋が悪戯っぽく聴く。「裸になってか? いや……自分で塗る」シマは頬を赤らめて、控室から出て行った。

……アメリカで少し拙い事になったか……すぐさま家具屋はシマの後を追った。

第25話 夜空ノムコウニ

 特設の巨大な控室から少し離れた広場。日本武道館の天は煌めく星空になっていた。状況を察したのか、その場にジ・ランドはいなかった。
「本場、アメリカラスベガスのイルージョンですよ」
浮揚したTENCHIの甲羅の上に乗った家具屋は兜に二の指を上げキザなポーズをとる。
「? まさか、これから消えるのか……」覇は眼を見開いた。
「覇(はたがしら)さんルナ。これが本当のイレイメノツキ45です、必ず平和のために使ってください」
家具屋は懐から塗り薬の瓶を覇に渡す。
「ああ、分かった。地球平和のために必ずな……竹取物語と同じ結末にはしないさ、なあルナ」
安心した……竹取物語のストーリーは、かぐや姫から受け取った翁は不老不死の薬を富士山に捨てるか……今回はそうはならないようだな。
ルナは「それより家具屋さんどこへ行くの」と優しく問いかける。
家具屋は夜空を見上げた。きれいな下弦の月が出ていた、不意に今までのの喧騒がまるでちっぽけなように感じた。ルナ……月か……『月の竹』さんよ……今度はどこへ連れて行くんだ……家具屋はまるで地球と宇宙とひとつに繋がっているように感じた。
「ルナ……地球のどこかへだ」家具屋は憂いの眼でルナを見つめる。
「待たせたな」みんながその声に振り替える。
シマが兜を手に黒髪を夏風に靡かせる。赤い武者姿で颯爽と歩いて来た。
「ヒューッ、何を着ても似合うな」海野は感嘆した。
シマも浮揚したTENCHIの甲羅の上、家具屋の後ろに乗る。

「もう二度と会えないのですね」察した恵とさくらはシマの手を握った。
「……いや、いつかまた会えるさ」シマは微笑んで二人を見つめながら握り返した。
「家具屋、シマさんを頼むぞ」
シマさんが消されるとはこういう事だったんだな……全てを知ったアツシとさくらは家具屋の肩を強く叩いた。

「お気をつけて……」
アツシ、海野、覇、ルナ、恵、さくら、涼子。

みんな必死に涙をこらえている。
そして7人は右手を頭に当て敬礼をした。
ドキューン
眩いばかりの閃光を発してシマと家具屋を乗せたTENCHIが白い煙とともにまるで浦島太郎が玉手箱を開けたように消えた。

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紀南クリエータークラブ 富田 翔吾
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