小坂流加著『生きてさえいれば』を読んだ。世代が違うけど、いい小説ではあった。
7年前くらい前に、38歳で亡くなっていた。
こちらは、なんで、この小説を読む気になったのか、よくわからない。
この本の前に小谷恭平著『死にたい老人』なんて本を読んでいたので、つい同じような表題と思って図書館から借出したのだろう。
若い人の小説、あまり読まない。いまの時代、芥川賞、直木賞なんて有名な賞をもらった小説でさえ、新聞やテレビで知るくらいで、発光している出版社の文芸春秋すらも、その掲載されているときは、あえて買わないようになてしまった。
あまりにも自分の感覚と異なる。
自分が現代の文壇?に合わないのだと思う。
現代作家の名を一人挙げよと質問されても、答えられない。
別にどうでもいいことだ。
時には、そういう小説を読まないととは思う。
東野圭吾とか平野啓一郎なんてのは、何冊か読んだ。
村上春樹となると、私より少し年上、それでも理解できない。
話が長くなって、横にそれる、いつものことだけど。
試験じゃないから、逸れてもいい。
19歳の大学生、彼女が重病、いろいろあって、ハッピーエンドとは言えないまでも、なんとか無事終わる。過程が大事なんだろう。
小説って、こんなものだろう。
著者は、大ヒットした『余命10年』という作品の後、難病で亡くなった。38歳、昔の小説家は、若くして亡くなった。難病であれ、自死であれ、それだけハードだったのかもしれない。
いろいろあるだろう。
本人は納得、やるだけやった、やれたと。
これで図書館の予約本2冊分は確保できた。1日1冊は、なかなかだ。
だいぶ感覚が違う。多種多様なダイバーシティの時代だ。
たまにはこんな小説もいいか、社会と人間をしっておかないと、ますます偏ってしまう、それもいいけど。