さきかけ、彼岸花、曼殊沙華、あるいはリコリス
赤い花なら曼殊沙華、その赤さがきわどく、ある意味で毒々しい。死をイメージするとして忌み嫌われる花でもある。
三年前、地域デビューした際、少し離れた田んぼの畔に咲いていたのに感動した。きれいだ、あざやか。球根いただいて帰ろうか、なんと不届きなこと思った。ホームセンターで見つけて、植えた。昨年は、なかなか咲かず、9月半ばも過ぎて咲いた。そしてすぐ枯れた。今年は、8月末に第1号。
今年三月に母を見送った。
自分も、いつか死ぬ。どんな死に方か知らない、当然。早いか遅いか、いづれにしても死ぬ。それまでに人生を愉しむこと、それが今の目標。
エッセンシャルな公務員、39年。いまとなっては、生活を維持するためだけの職業、しかし、収入なくして、落ち着いた生活はできない。そして、多くのことを学び、経験した。
退職後、大学職員やアルバイトも経験した。自治会長もやった。それなりに面白おかしい、愉しい、あるいは気分の悪くなることも多々あった。
悠々自適で日々を愉しむ。
そんな日常を、このリコリス、 曼殊沙華は教えてくれる。花に、そんな気はないが、私は、それを感じる。多くの花を植えたい。いま夾竹桃、私の散歩コースに植えられている花、赤や白の花を咲かしている。もっとたくさんの花がいずれ咲き乱れる。これも愉しみ。
死が、この身に訪れるまで、日々を愉しもう。
旅行へ行きたい。毎日同じ風景でなく、いろいろな風景、情景を観たい。不要不急の外出をするなとのお達し。オリンピックやパラリンピック、遠い外国から来る。
コロナの終息を願う。