Tristan und Isolde 徒然② 昼の動機
「トリスタンとイゾルデ」第2幕の開始部分は印象的です。
「れーーーーーそーーらしーーーーー」
と始まります。
このテーマの名前は俗に「昼の動機」(Tages-Motive)と呼ばれています。長い音で始まり5度(4度6度の場合もある)下降し順次進行で上昇するフォームです。「この幕のテーマはこれですよ!」と宣言してるかのようです。
長大な愛のシーンである第2場で、トリスタンとイゾルデは俗世の象徴である「昼」について長く対話をします。その際にこのテーマが、これでもか、これでもか、というくらい繰り返し聞こえてきます。
切迫する場面では短縮された形をとったりもしますが、そういうのを含めて、どのくらい出てくるかちょっと数えてみましょう。
「らーーみーふぁそー」
「しーーふぁーそらー」
「そーーどーれみー」
「れーふぁそら みーらしど ふぁーらしど そーどれみ」
「そーれみふぁーどれみーしどれー」(←短縮形)
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はい、でました。約140回です!(城谷調べ)
こんだけ聞こえてきたら、聞き手の意識の中にこの動機が刷り込まれてきますよね。
その後音楽は穏やかになり「夜」の世界へと移行します。それまでさんざん聞いてきたこのテーマは残像として聞こえはしますが、別の音楽にとって変わっていくのです。ブランゲーネの警告の歌が聞こえてくる頃には全く聞かれなくなります。
その後、クライマックスの直前にこういう会話がなされます。
I(夢中になって)「昼を死に屈服させましょう!」
T「昼の脅しにぼくたちはそうして刃向おうとするのかい?」
I「昼の偽りから永遠に逃げるために。」
T「明けてゆく昼の輝きがぼくたちをもう追い立てないかな?」
I「永遠に夜が私たちを守ってくれることでしょう!」
偽りの昼の世界に完全に決別するこの部分で、最後っ屁のように「昼の動機」が聞こえてきますが、もうすでにここでは場違いのように聞こえます。そして次の恍惚の二重唱に完全に飲み込まれていきます。二人はこう歌い始めます。
「おお、永遠の夜よ、甘い夜! 気高くおごそかな愛の夜!」
二人の感情が最高潮に達した時、メロートとマルケ王がこの密会現場に乗り込んできます。
トリスタンは捨て台詞のように
「虚ろな昼も最後だ!」
と口走るとき、現実としての「昼の動機」が再登場してくるのです。実によくできています!
「昼の動機」が重要なファクターであることをおわかりいただけたでしょうか?
ところがですね、この大事な昼の部分をカットする慣習が実演ではあるんですよ。それは3幕があまりにも大変なトリスタン役の温存のためというのが大きな理由です。最後まで持たずに声を失ってしまうトリスタン役がいるのは確かですからね。しかし音楽的な問題として、カットを施すと「昼の動機」の刷り込みもなされず、ワーグナーがこの動機に託した意味を半分以上享受できないこととなるのです。
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