メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第1楽章
これはメシアン作曲『トゥランガリーラ交響曲』の音楽分析ノートである。すでに私はオリヴィエ・メシアン『アッシジの聖フランソワ』音楽分析を公開しているが、よりポピュラーで20世紀音楽の金字塔と言われているこちらの作品の方も分析してみることにした。
私と『トゥランガリーラ交響曲』の関係については以前の記事を。
是非ともスコアをお手元に置きながら読み進めて頂きたい。しかし、できる限り、言及する内容に該当する部分の楽譜は引用していくつもりだ。
引用元は以下の著作物である。
"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMPHONY
pour piano solo,onde Martenot solo
et grand orchestre
(1946/1948 - révision 1990)
DURAND Editions Musicales"
私のノートの常であるが普通にネットで得られる情報にはあえてあまり触れない。「4つの循環主題」には当然触れるが、むしろそれ以外の部分について詳しく言及していく。そういったメジャーなとこより細部が気になる、と思われる方にはうってつけの内容になるだろう。メシアンは「全てを分析する」人であった。私も彼に倣い細部の分析を行なってみる。
メシアンが使用する和音についての知識、リズムに関する知識、そして和音の形態を数値として表せるアレン・フォートの「ピッチクラス・セット理論」の知識を持っていただくと読むのが容易になる。『アッシジ』記事の前半部分、和音に関する解説は無料で読めるので是非ご覧いただきたい。
またフォートによるピッチクラスセットのナンバリング(フォートネーム)については以下を参照。
またメシアンの『トゥランガリーラ』以前の音楽語法をまとめた『音楽言語の技法』(細野孝興訳)も合わせてご覧頂くことを強くお勧めする。
各楽章の初めに動画を掲載する。Myung-Whun Chung / Orchestre de l'Opera Bastille の演奏だ。メシアン本人監修によるもので、さまざまな約200回の実演から示唆を受けた変更がなされた改訂版がこの後に出版された。動画を上げてくださった『イヴォンヌ・ロリオ=メシアン - トピック』様に感謝したい。
ぜひ音の世界を味わった上で分析をお読みいただけると幸いである。
では第1楽章より分析を始めよう。
第1楽章 序章 Introduction
開始部分は弦楽器による16分音符の動きと、管楽器が追加された持続部からなる。その音価を見てみると16分音符単位で
弦楽器の音価(個数) 10 3 1 7 3
持続の音価 8 4 4 8 1
最初のヴァイオリンの音型{g# d g}や{h e a#}にはその後の素材となる増4度+完全4度がいきなり現れている。PCセットだと両者とも3-5である。
その後低弦による20の16分音符での蠢くような音型が鳴り、以下の音価による持続が続く。( )は休符を表す。以後同様。
8 3 3 (2) 24 1 1 1 8 6 2 (6)
練習番号1の4小節目、間に挟まれた1 1 1 の金管を中心とした音型は順に
3-5 [0,1,6] 3-5 [0,1,6] 3-4 [0,1,5]
であり次の8の持続は3-4 [0,1,5]である。
○-○はフォートネームを表す。以後同様。
続く6つの16分音符の下降音型は5-14 [0,1,2,5,7]
締めくくりの2つの和音は 7-19,7-z12、どちらも5-14をサブセットとして持つため6つの16分音符との関連性が維持される。低音部に長2度が形成された和音が現れ、この響きに対するメシアンの偏愛が見て取れる。
第1の循環主題「彫像のテーマ」が現れる。5種類の3度和音(長長短短長)の連鎖であるが、連続して提示される時は和音7個で1セットである。
それに先立つ弦楽器の半音上行形は増4度と完全4度の累積和音でできている。これはMTL5の構成音である。オンドマルトノはグリッサンドで増4度上昇する。
ここにソロピアノが白鍵と黒鍵を交互に弾くトレモロ(8-6 [0,1,2,3,5,6,7,8] )が参入する。さらに「彫像のテーマ」のすぐ後にピッコロが弦楽器の最高音Dのさらに完全4度高い音で参加する。これによりヴァイオリンとピッコロで7音和音7-7 [0,1,2,3,6,7,8] となる。
練習番号4番からのフルート、クラリネットは4-6 [0,1,2,7]和音の連鎖。
音数を増やしながら発展する。チェレスタも4-6、ヴァイブラフォンは上声部の短2度を音量を変えながら演奏する。ピアノも同様だが右手は第1フルートと同じ音列、左手は第2フルートと同じ減7を演奏する。
ヴァイオリンとヴィオラのハーモニクスが効果として導入されているが、その構成音は属9の和音(ヴァイオリンは{g h d f a} ヴィオラは{c e g b d})となる。
練習番号5番から、ピッコロ、フルート、オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネットの音組成は前と同じ4-6。ピッコロは減7の分散和音で上昇、辿り着いたf#音でトリルを演奏する。
ピアノは印象的な半音階下降を弾く。まるで遊びのように両手で交互に弾くのだ。これはピアノの最低音まで続く。その後にくる全オーケストラでの下降合戦の先駆けとなる。
バスクラリネット、ファゴット、ホルンは装飾音のついた和音を4小節繰り返す。その組成は 4-z15 4-16 4-5 4-8である。
ヴァイオリンは3−5の和音を1stは下降、2ndは上昇で弾く。サスベンドシンバル、そしてウッドブロックがリズムを刻むと、全オーケストラによる下降合戦が始まる!
それぞれのセクションが別々の「移高の限られた旋法」を演奏、すなわち木管楽器はMTL2-2 金管楽器はMTL3-3 弦楽器はMTL4-6である。そこにオンドマルトノのグリッサンド下降が加わり音響的な効果が存分に発揮される。音量はピアノとなっているがかなり明確に知覚される。
練習番号6番の4小節目より音の組成が変化する。低音部に 3-4 3-4 3-5 3-5 の4種類の和音、トロンボーンの強奏もこの和音の構成音を担う。この和音は練習番号1番の4小節目に出てきた和音と同種の和音であることが了解されると思う。
ホルンはゲシュトプフで増4度音程{g#,d}を吹くが、これはその後1オクターブ下に移行される。チューバやコントラバスはその長2度下の音{f#,c}を吹くので、4-8と4-22と合わせて一時的に6-z26,6-z36が形成される。(6-z26,6-z36は次の楽章にも出現する)
ピアノとオンドマルトノは超低音にまで達する。特にオンドマルトノは減7のトリル(これはMTL2-1を構成する)で降りていくが、聴取はなかなか難しい。
練習番号7番 "Très modéré" から増4度、完全4度による落下。D管トランペットの輝かしいD音からスタートして、増、完全の順で4度がスピードを増しながら落ちてくる(音価6,5,4,3,2,2,2,1,1,1,1)。3-5モチーフの積み重ねと見ることができる。最低音のD♭までに12音全ての音を辿ることになる。
さて5小節目からの構成和音がなかなか重要だ。D♭ペダルの上に形成される和音は順に8-18,8-z29,7-z36,7-z12,8-16,8-16,8-22,8-20 である。ARMB(7−20)と1ARCを元にした和音だ。それぞれ説明する。(ARMBやARCに関する詳しい説明は『アッシジ』記事を参照)
8-18 [0,1,2,3,5,6,8,9] = 1ARC:A(7-z36)に1音加えたもの
8-z29[0,1,2,3,5,6,7,9]= ARMB(7-20)に1音加えたもの
7-z36 [0,1,2,3,5,6,8] = 1ARC:A
7-z12[0,1,2,3,4,7,9] = 1ARC:B
8-16 [0,1,2,3,5,7,8,9] = ARMC(7-20)に1音加えたもの
8-22 [0,1,2,3,5,6,8,t] = 1ARC:A(7-z36)に1音加えたもの
8-20 [0,1,2,4,5,7,8,9] = ARMB(7-20)に1音加えたもの
参考:7-20 [0,1,2,5,6,7,9]
上声部は{g f}で固定されている。
このようにメシアンが発明した和音(ARMBやARC)はすでに『トゥランガリーラ交響曲』で用いられているということだ。『音楽言語の技法』では体系的にはまだ語られていない。
タムタムやピアノグロッケンが鳴るここの音響には、この作品の特徴的なガムラン的サウンドをすでに聞くことができる。
練習番号9番より第2循環主題「花のテーマ」が1度目、2度目はクラリネットで、3度目はフルートとファゴットで演奏される。
最後の音はホルンに受け継がれ、バスに{f a}が鳴ることにより
F₇(♭₉)の和音が感じられる。私には初めての「協和音」を感じる瞬間である。しかしながら多くの方は上声で鳴る摩訶不思議な和音の方に気が行くはずだ。5半音を累積した和音(強弱の差がついているのでグチャっとはならない)がピアノ、チェレスタ、ヴァイブラフォンの響きで奏されると、その緊張をウッドブロックとピアノが破る。ピアノの1拍目は8-z29 2拍目は8-14である。8-14は「花のテーマ」最初の音形と同値、8-z29は7-19をサブセットに持つので、このソロピアノのフレーズは「花のテーマ」と関連を持つことがわかる。このモチーフは第8楽章でも再び聞くことができる。
ピアノのカデンツァを導く3小節も重要だ。シンバルと共に鳴らされる和音は装飾音部分が7-z36 2拍目が7-z12である。つまり「縮約された倍音の第1和音」の完全なる提示である。メシアンの意図を明確に示すためには装飾音は "on the beat" で演奏されるべきである。トランペットのタンギングが目立つが、ファゴットのB音と共に長2度を形成する。
アレン・フォートのピッチクラス・セット理論によるとこの7-z36と7-z12は同じicベクターを持つ関連性のある和音とされる。"z-mate"と呼ばれるものだが、こうした理論が展開される遥か前の時代にメシアンは感覚的にこの「似た者同士」の和音を見つけ出し、2和音セットで楽曲の中に使用していったのだ。この後の楽章でも7-z36と7-z12は頻出する。
さてここからピアノのカデンツァとなるが、この部分こそ全曲の「イデー」が表明されている重要な箇所となる。一見白鍵と黒鍵の遊びのような奏句が展開されていくが、そこにこの作品の最も基礎となる 9-5 [0,1,2,4,6,7,8,9] というPCセットが登場する。むしろこの遊びのようなカデンツァの音の並びから全曲を発展させていったのではないか?とも思えるほどなのだ。
2段目の3度繰り返されるモチーフが9-5 である。そして下から2段目もそう。そしてその他の要素はこの9-5の音組織から選び出した音群がほとんどだ。最初の小節は8-18、下の段のトレモロは8-9、どちらも9-5のサブセットだ。2,3段目2小節目や3段目はモチーフの変化形。右手左手それぞれが白鍵黒鍵を隣へ移動した形だ。下から3段目1小節目、3小節から5小節も全て9-5のサブセット。終わりから2小節前の下降音型は9-5モチーフの音から始まっている。
下から3段目2小節はMTL6-2、3小節はMTL4-4だ。これは続く12番から登場する2つの保続音群の予告だ。とくにMTL6-2は他のフレーズとの響きの差がよくわかる。MTL6に当たる8-25は9-5のサブセットではないからだ。
実はここまで見てきたPCセットの多くが9-5のサブセットに当たる。メシアンが開発したARMBやARCは全て9-5のサブセットなのだ。そして要所要所に現れるPCセット3-5はこの骨格たる9-5の補集合に当たる。この2つの補完関係にあるセットが対になって用いられているようだ。
練習番号12番より様々な要素が混在して進む音楽が69小節にわたって展開される。その要素ごとに仕組みを見ていこう。楽譜はその最初の3ページであるがその全ての要素を見ることができる。
要素① ピアノ、チェレスタ、ヴァイブラフォン、グロッケン、トライアングル、さらにピッコロ、フルート、ファゴット、1stヴァイオリン、チェロ、コントラバス、チューバ、オンドマルトノが演奏するガムラン調の音楽に先導されて、ホルン、トランペット、コルネット、ウッドブロック、チューブラーベルが演奏する短い和音が聞こえる。ピアノとマラカスによる同音連打ののち金管楽器とピアノによる和音の下降形が続く。それぞれのパターンの回数を変えながらこの組み合わせが続いていく。A~Eで楽譜を示し、全体の構造を図式化してみよう。
A ガムランのグループ、8分音符5拍分を1回とする
B 短い和音、これはMTL3-1で構成された和音、休符を含めた音価で表示。以下の例はB[3]と表記する。
C 同音連打、クレッシェンドを伴う。Bと同じ和音、16分音符2個分を1として回数表示、以下の例はC×5と表記する。( )は休符を表す。
D 金管による下降音型、これもMTL3-1の連鎖、16分音符8個で1回とする
E ピアノによる下降音型、音はDと同じ、16分音符8個で1回とする
練習番号12番からの69小節間を図式化すると以下のようになる。
A×3 B[3+3] C×5 D E
A×3 B[3+3+3] C×5 D E
A×1 B[3+3+3+3] C×5 D E
A×3/5(短縮) B[3+2+2] C×3+(1) B[3+2+2] C×3+(1) D E D
A×1 B[3+3] C×5 D
A×1 B[3+3+2+2] C×4+(1) B[3+3+2+2] C×5+(1) D
A×5 B[3] C×2+(1) C×2+(1) C×5+(1) B[3] C×2+(1) C×7 D E D E
A×1 D
要素② オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネット、バスクラリネットによる保続音群。6²で構成された6音和音、インドのターラで"lakskmîça"と呼ばれるリズム (2-3-4-8 16分音符17個分)を繰り返し演奏する。最後の音価8の後半には休符の音価4を含む。木管楽器のブレスを考慮したものだろう。和音の数は14個で一周するため、リズムの終わりが和音グループの終わりとずれていく。
要素③ 2ndヴァイオリン、ヴィオラによる保続音群。4⁴で構成された4音和音、インドのターラで"râgavardhana"と呼ばれるリズム (4-4-4-2-3-2 16分音符19個分)を繰り返し演奏する。和音の数は13個で一周するため、リズムの終わりが和音グループの終わりとずれていく。
保続音群をフレーズがわかるように書き直すと以下のようになる。これを2/4に嵌め込んでスコアは書かれているため、シンコペーションが多用された譜面になるのだ。
なお"râgavardhana"と"lakskmîça"は4楽章で初登場する「リズム主題」の構成要素だ。râgavardhana(4 4 4 2 3 2) は不正確な縮小(本来であれば1/2の縮小で 4 4 4 2 2 2 でなければならない)lakskmîça(2 3 4 8)は不正確な拡大(本来であれば2倍の拡大形で 2 4 4 8でなければならない)を含んでいることが、メシアンを魅了したのだ。この「リズム主題」は4つの循環主題と同等に重要なものとなる。
要素④ スネアドラムのリズムは、前から読んでも後ろから読んでも同じになる回文のようなリズムになっている。「タケヤブヤケタ」のリズム版である。これをメシアンは"rythme non-rétrogradable" と名付けた。日本語の訳には「非可逆行リズム」「非可逆的リズム」「非可逆性リズム」「非逆行リズム」「不可逆リズム」「不可逆性リズム」「不可逆行リズム」「逆行不能リズム」等たくさんあり大変紛らわしいが、「逆行しても元と同じになるので逆行形が存在しない」ということ。この閉じられた形がメシアンにとって不可能性の魅力を生み出すものだった。最初の 21112 はそれ自体で回文になっているが、音価3を挟んで同じものを続け全体が回文となるようにした。このセットが終わると、細胞が増殖するように新たな要素をつけ加えていき回文を作る。図表にすると以下のようになる。最後まで終わるとまた初めのパターンから演奏する(第4楽章練習番号3番に再び登場する)。ちなみにフランス語にも回文(Palindrome)はある。 “La mariée ira mal”などは有名なものだ。
要素⑤ チャイニーズシンバルの音価は16分音符単位で17→16→15→ と減少していき7まで辿り着くと今度は7→8→9→ と増加に転じる。この「音価の半音階」は他の楽章でも登場する。
以上①〜⑤の要素が全て"同時に"進行し、2/4という拍子に収めて書かれている。
全オーケストラの休止を挟み、練習番号21番からは7番の音楽と「彫像のテーマ」が同時進行する。22番の音組織は4番で見たものと一緒だ。木管楽器とオンドマルトノは急激な下降。ピアノの左手だけが上行形、ピアノの右手が全音音階になっているのは弾きやすさを考慮したためか?ピアノは半音{g# a}に終止し、チャイニーズシンバルとバスドラムの印象的な結尾が付く。
第2楽章はこちら!
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