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Tristan und Isolde 徒然④ 前奏曲の冒頭を味わってみよう!

「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の最初で鳴らされる「トリスタン和音」は作品全体を貫く印象的なサウンドであることに異論はないでしょう。全曲で数限りなく出てくるこの和音はそこかしこでドラマを牽引する役割を果たします。しかし「トリスタン和音」の本当の味わいはこの和音自体にあるのではなく「その後どのような和音に進むか」にあるのです。

前奏曲冒頭は同じような音楽が3回繰り返されるような印象を持つ方も多いと思いますが、実は!ちょっとずつ変化を加えているんですよね。冒頭から11小節目までの音楽を徹底解析💪してみたいと思います。

チェロによる短6度上昇音によって開始され半音2個分下降して、2小節目に現れるのが「トリスタン和音」と呼ばれているもの。短3度+短3度+長3度という構成音をとる「減5短7和音」であり「ハーフディミニッシュ」なんて呼ばれ方もします。原型だと ファソ#シレ#という形。ソ#が一番上の声部に来てこの配置(ファシレ#ソ#)になっています。上声部はソ#から半音3個分上昇してシの音に達します。

トリスタンにはこの和音が無尽蔵に出てくるので、分析するときにこの和音を簡単に表す方法があれば便利なんです。私はジャズやポピュラーミュージックのコードネームに倣って

と書くことにしています(Fm7♭5 と同じです)。
ちなみにディミニッシュコード(例えばファソ#シレ)は
Fo
と書きます(dim と書くよりスッキリします!)。

すると2小節目〜3小節目のハーモニー進行は
Fø → E₇
と書き表せます。はい、全てコードネームで行きますよ!根音だけ見るとFからEに行くので「半音一個分下がる」進行であることがわかります。

続いてのチェロの入声はE₇の最後の音である「シ」からです。しかし冒頭と違うのは「跳躍が短6度ではなく長6度である」こと!この事実に多くの人は気づいていません。E₇ からの続きなのでソ#が鳴ることに違和感を抱く人はいませんから。でも実際は最初の音程間隔より半音広い跳躍になるのです。

するとチェロの入りは「ラ」と「シ」で長2度の差でしたが、次に来るトリスタン和音は1回目と2回目で短3度の差になるわけです。2小節目と6小節目を比べてみてください。この6小節目〜7小節目も同じようにコードネームで進行を書いてみると
A♭ø → G₇
となります。根音だけ見ると「半音一個分下がる」進行、つまり一度目と同じ進行であることがわかります。

3回目のチェロの入りは、8分休符3つ分早く入ります。楽譜をよく見てください!2回目のチェロの入りの前には8分休符が7個分ありますが、3回目の前には4個分しかありません!そしてまたまたよく見てください。長6度の跳躍は2回目と同じですが、半音下降は2回ではなく3回になります。その新たに加えられた3つ目の音「ラ」(9小節目の5拍目)は引き伸ばされた印象を与えもしますが、「シ→シ♭→ラ」と行くにつれ音価が4→3→2と減少していくため切迫感も同時に与えるという!神懸かったような作曲なのです。

そして、さらに重大なこと!!10小節目のトリスタン和音の配置は1、2回目と異なっています。1,2回目は下から
「増4度+長3度+完全4度」
でしたが、3回目は
「完全4度+短3度+増4度」
に変わっています。つまりトリスタン和音の「響き」が1,2回目と違うということです。(だからこれはトリスタン和音ではない!という人もいるくらいです。)配置が違うのでその後の声部の動きにも変化が生まれます。上声部はレから半音4個分上昇します。1,2回目は半音3個分でしたよね。内声にも半音階進行が生じ、10小節目の6拍目には一時的に「増3和音」(ドミソ#)が聞こえてくるのはこれまでにない響きです。
10小節目〜11小節目をコードネームで表すと
Dø → B₇
となり、根音だけ見ると「半音3個分下がる」進行となり、1,2回目とは異なる進行であることがわかります。

このように毎回微妙に変化を加え、聴く者に与える印象を異なるものにしているのですね。この後初めてのフェルマータ(𝄐)が置かれ一息つく時間が設けられるのです。いや〜ワーグナーってすごい!

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以下は上級者向け解説になります。

11小節目までをMTLで解析してみると上記のようになります。全体にMTL2の雰囲気で包まれていることがわかるでしょう。×印は旋法外音です。引き延ばされた9小節目の5拍目、10小節目の増3和音が旋法外となるので、ちょっとした違和感を感じるのです。そして冒頭のアウフタクトも旋法外。以下の例は薬を飲む場面ですが、ここのようにアウフタクトがasの音であればハーモニーは安定感を獲得します。前奏曲冒頭はa-mollで始まると見せかけ梯子を外されたような衝撃を受けるのはこのためです。

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