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2014年新国立劇場「死の都」稽古日誌

前回2010年新国立劇場「影のない女」の稽古日誌を公開したが、「昔の劇場の様子がわかっていい」とか「オペラを作っていく過程が面白かった」などオペラ業界人の意見を頂戴した。そこで第2弾として2014年に上演した「死の都」の日誌も公開してみることにする。当時書いたまま一字一句変えていないし、時には愚痴だったり、内情を露わにしている部分もあるが、すでに10年前ということに鑑みお許しいただきたい。

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・死の都 立ち稽古初日

2014年02月12日21:01

新国立劇場死の都の稽古がついに始まった。私にとっては本格的な開幕といっていいかもしれない。フィンランドで制作されたホルテンのプロダクションレンタルなので立ち稽古は再演演出家アンナ・ケロさんが担当。この演出は長い演出助手生活の中で最高のものだとおっしゃる。彼女のコンセプトに続いてさっそく稽古開始。意味のない稽古はしないというだけあってスピーディーに進んでいく。

マエストロはヤロスラフ・キズリング、ルサルカ以来の登場。彼は四年前にトルステン・ケールと死の都をノーカット版で演奏しているとのこと、とても安心だ。

第二場になりケール登場、さすがパウルの第一人者だ。伸びやかな声で周囲を圧倒。全く危なげがない。こういう声を聞いているられるのって本当に幸せなことだ。慣習で譜面を変える箇所を教えてもらう。「台本を作ったコルンゴルトの親父にはその才能がなかった」とケールさん。

マリエッタ登場。ミーガン・ミラーは初役だが声は素晴らしいし何よりマリエッタを演じるだけの華がある。稽古を重ねどんどんよくなるだろう。

というわけで初日だけでマリエッタの退場までざーっと付けてしまった。明日は二幕をざーっといってしまうらしい。

ホルテンの演出はDVDの通りで死せるマリーがずっと舞台にいる。この役者さんは細かな動きを覚えなきゃいけないから結構大変だと思う。

まだ1日終わっただけだがこれは素晴らしいプロダクションになると確信。どんどん宣伝してお客を入れたいね。

・死の都 2日目

2014年02月13日20:44

今日は早くも二幕。

演技のために冒頭から音が必要でいきなり前奏曲弾かされたピアニスト越知さんご苦労さん!パウルのモノローグがあっという間につき、ブリギッタとのシーン、フランクとのシーンと進む。

コメディアンや伯爵たちはなんとベッドから登場!このシーンでは船にみたてられる。前半だけやりこの場面は終了。

夜はパウルとマリエッタだけで4場、二人は演出家と議論しつつおおよその形を作り上げていく。まあよくしゃべること。音楽で1度流して一時間半くらいで終了。

というわけで二幕も70%がついた。明日は1、2幕の残りをやりあさっては3幕ですと。なんとスピーディーな進み方なんでしょ!でも早めに全貌が見えてるほうがありがたいです。

トルステン・ケールさんは今回の新国立劇場公演中に100回目のパウルを歌うことになるそうです。こんな人は世界中探しても他にはいません。宣伝にある「パウルの第一人者」という言葉に偽りはありません!

・死の都 3日目

2014年02月14日19:26

今日は今までにやった箇所の復習。

急いで3幕までやるのはやめにしたようです。

一幕1場から細かくやっていく。完璧にしましょう、と演出のアンナさん。3時間の稽古でマリエッタ退場までが出来上がる。

夜は昨日やった二幕4場、あっという間に通り、一幕の小返しをやったら、雪も降ってることもあり早めに終わった。

明日は二幕のアンサンブルシーンの立ち稽古、フリッツの有名なピエロの歌もやるので楽しみ!

・死の都 4日目

2014年02月17日00:39

この日(15日)は朝の稽古が折からの大雪でとりになった。昼からは稽古をすることになったが、朝にやるはずだったアンサンブルシーンの音楽稽古が出来ずに立ちに突入!

二幕3場コメディアンたちに遅れてマリエッタがガストンとやってくる場面から。ピアノとハープのグリッサンドで導かれる”Schach Brugge”(ブルージュなんか糞食らえ!)の景気づけがおわるとピエロの歌に。フリッツに対して「ラインの出身でしょ?」と聞くところにはラインゴルトと思われる上行音型がでてきて面白い。

ピエロの歌は情感たっぷりに歌いあげる演奏もあるが、キズリンクは割とあっさり振りきる。実際コルンゴルト自身が振ったこのアリアの演奏や、自身がピアノを弾いた演奏を聴くと洒落っ気のきいたサロンミュージックって感じで重くはないのだ。

アリアが終わり突如音楽が怪しげになる箇所は男どもがマリエッタにキスする音楽。そして悪魔ロベールのシーンを演じる劇中劇に。ここはすでにマリエッタとガストンで振り付け稽古をしていたのですんなりいく。音もここだけはCDを使った。残念なのは、復活のきっかけをヴィクトランが口笛で吹くという指定があるのだが演出も指揮もいらないといって無しにしてしまったことだ。だいたいの演奏では入ってるのに‥

パウルが飛び込んできて、二人きりにしてとマリエッタが言い他の者たちはラララ~と歌いながら退場していく。

やはりいきなり立ったものだから音楽がガタガタになったので一度音楽の確認稽古。その後今日の復習をして稽古は終了。明日日曜日は稽古休み、月曜はいよいよ3幕に突入する。

・死の都 今日は休み

2014年02月17日00:41

2月16日は稽古休み。私もぐっすり寝ていつも出来ないことをしてのんびりした。

しかし生来の困った性格で全くオペラのことを考えずには過ごせない。ホフマンのコルンゴルト評伝を辞書片手に読み進む。すると今まで気づいていなかったモチーフに関する記述があったりするので興奮してやめられなくなるんだ。

例えば、開幕から始めてゆったりした音楽になる部分、ラーファ#ーーミーファ#レーー

というモチーフ、これはホフマンによると

Pauls neu erwachtem Lebensmut とある。

「パウルの新しく芽生えた生への活力」とでもいえばいいのかな?過去に生きていたパウルが街で見かけた死んだマリーそっくりの女を家に招くことにして、生への新たな力を得たことを表すライトモチーフだ。まずここではテーマの提示のみだがすぐあとにブリギッタがこのモチーフに載せてパウルの言葉をしゃべる。「彼はおっしゃるの「戸を開けろ!わが神殿に光を入れよ。死者たちが蘇るのだ!」」

その後このモチーフは形を変えながら聴こえてくる。パウル第一声の次の小節は「それとはわからないように」変形されているが音の並びをみれば明らかにこの動機だ。同様にフランクが出て行った3場の最初もこの音楽だし、マリーに会う期待を歌う個所にはオーケストラにわかる形で現れる。ブリギッタがバラを抱えて戻ってきたのを見た4場の頭もこの動機なのだ。すべて彼女に対しての気持ちの昂ぶる瞬間にこのモチーフがでてくる。

この「それとはわからないように」動機操作をするのがミソ。聴き手は無意識のうちに全体が一本の糸で貫かれているのを認識するのだ。

その後この動機の目立った登場場面をあげてみよう。マリエッタにショールをかけて鏡を覗いた時に冒頭の復活の和音とともに仰々しくこのモチーフが回帰するが、この時パウルは思わず「マリー」と叫んでしまう。ムラムラっときたのかな?一幕幕切れでは踊るマリエッタを夢想するがここにも三拍子のダンスのリズムでこの動機が聞こえる。

そして最も印象的な使用例、3幕幕切れ近くフランクに対して「友よ、僕は二度と彼女には会わないつもりだ」と言って最後のアリアにはいるが、その直前なんとも寂しげな感じでこのモチーフが鳴る。マリエッタを見てもすでに生への活力を失ったとも解釈できるし、マリーに対しての思いは失ったが新たな生を見出すともとれる。実際このオペラのエンディングには二つの方向性があり、自殺してしまうもの、ブルージュを出て新たな生活へ向かうもの、と分かれる。ホルテン演出は後者のよう。音楽家の私にはあそこであのモチーフが鳴ることがたまらなく印象的。戦慄を覚えるような感覚と言ってもいいぐらいだ。明日からの3幕立ち稽古に於いてケールや演出家がこのあたりをどのように処理するか注目している。

さて以上はライトモチーフ使用の一例にすぎない。このオペラにはゆうに30を越すモチーフが使用されており、そのほとんどが上記のような動機操作で全曲中網の目のように張り巡らされている。こういうことを細か~く考えていると時間があっという間に過ぎていくというわけである。

・死の都 5日目

2014年02月18日12:59

なんと!今日はケールさんが風邪でおやすみ。昼の立ち稽古はとりになった。この寒さでやられてしまったのかな。

夜はマエストロ音楽稽古。立ち稽古の時はあまり注文は出さないキズリンクだが、ここにきて細かい練習をする。二幕アンサンブルシーンを一時間半ほどかけてじっくり。

フランクとブリギッタが絡む三幕終わりと開幕を稽古したのち、マリエッタの三幕を。いや~実に難しい歌だ!ミラーさんよく歌っているがアインザッツやテンポ感が怪しいところがある。マエストロとコンセンサスをとっておくのは本当に重要なことだ。むしろ昼のいきなり三幕立ち稽古がなくなってよかったかもしれない。

さてケールさんが回復すれば次回から三幕。

・死の都 6日目

2014年02月18日21:22

ケールさんは大事をとって昼はおやすみ。二幕と三幕のブリギッタとフランク関連のシーンから。幕切れの2人の登場はわずかだが夢オチの大事な要素だ。

その後は5時までみっちりアンサンブルシーンを。何度も繰り返しやることで体に入ってくる。

夜はケールさんも復帰して三幕を初めてつける。マリエッタ殺害まで一通りやる。今回はノーカットなので行進のシーンもパウルはすべて歌わなければいけないので大変だ。しかし100回も歌ってると自分の思い入れもたくさんあるようで、説明された演出を簡単に「ああ、そうですか」とは受け入れない。歌手には納得ずくで演技してもらわなければならないので、長いディスカッションが必要になってくる。再演演出家も大変な仕事だ。

さて明日はオケ練の一回目、こんな複雑な曲だけど3日しか練習がない。まずは全曲を通してみるらしい。こういうみんながよく知らない大曲では有効なことだ。「楽しみたいけど、さてどうなるか‥」とマエストロ。

・死の都 7日目

2014年02月19日21:42

今日からオーケストラの練習がはじまる。大久保の練習場には溢れんばかりの人、特に鍵盤ハープがたくさんあって壮観。ピアノハーモニウムチェレスタハープ二台、それにマンドリン、劇場に入ったらオルガンも加わるのだ。マエストロは始める前に特にバランスに注意してと言ってから開始。私は立ち稽古に行かなくてはならず最初の15分で引き揚げる。どんな感じだったかな。

2時から立ち稽古は一幕、マエストロがいないので私が振りながらプロンプ、簡単な曲ではないのでかなり集中力が必要。ほぼ最後まで行き4時に終了。長い休憩に入る。

夜は3幕、冒頭からはしばらく順調だったが、昨日曖昧で終わったマリエッタ殺害のシーンは演技的にも音楽的にも極めて難しくとても時間がかかる。ここはこれから何度もやって慣れるしかないだろう。

最後の夢オチのシーンもあらかた立ちをつけたのでほぼ完了したことになる。明日からは幕通しが始まっていく模様。

・死の都 8日目

2014年02月21日01:19

「ほなやろか~」

これが最近の稽古開始の合図、再演演出のアンナさんもこれを覚えたので面白いことになっているよ。

まずは2幕を止めずに通すという。でも最初のパウルのモノローグは先週一回やっただけ、ケールさんも不安そう。でも軽く説明をして通し始める。そういえばマエストロとここをやるのは初めてだ!

昨日たくさんやったアンサンブルシーンは割と安定してきた。みんなまだ必死だけどだんだん余裕が出てくるだろう。そのまま4場の二人のシーンに。ここはマエストロのテンポがちょっとしっくりこないところがあり歌手の二人も若干歌いにくそうにしている。

休憩後アンサンブルシーンと1場返し、その後マリエッタ、パウル、フランクの絡むオペラの終結部をやる。マエストロは最後のパウルのアリアにあるフェルマータのことをわかってゆっくり振ったが、ケールさんはそれ以上にハイBを延ばしてきた!昨日もこのBは抜かずに歌い上げると宣言していたので公演ではこの美しいアクートを聴くことができるだろう。

夜の稽古は3幕、やはり頭から通していく。昨日やった殺害シーンをマエストロの速いテンポで合わせることになる。私も昨日やってプロンプも慣れたので無事通過することができた。これからどんどん精度が上がって行くことだろう。

このあと最後まで立ちのついていなかった1幕最後のシーンをやる。マリーの亡霊が影歌とパウルの歌に反応して動いていかなくてはならない。1幕の山場なので彼女の役割がとても重要。これでめでたく全幕の立ちがついたことになる。

ケールさんとワーグナーの話になった。なんとジークフリートのジークフリートを38回、黄昏のジークフリートを32回、トリスタンを28回、そしてリエンツィは聞き間違えでなければ60回!歌ったという。もちろんタンホイザー、ローエングリン、ジークムント、パルジファルも相当回やってるとのこと。ローゲも経験があるそうだが、シュトルツィングは実演ではないそうだ。でも彼のアリア集にはエリックやシュトルツィングも入っていて絶妙な歌い回しを聴くことができる。しかしこれは凄いことだ!普通はジークムントは歌うがジークフリートは歌わない人、その逆もあるが、ケールさんはオールマイティーに歌えてしまう。それだけ力強くしなやかな声を持っている極めて貴重なテノールということ。そんな彼の特徴を活かせるのが今回のパウルという役だ。広い音域、高音域の輝かしい声、オケを突き抜けるパワー、リュートの歌に代表されるリリックな声、これらを併せ持った声でないと歌えないのがパウルという役、それゆえ難役とされているわけだ。これを100回近く歌ってきたというのだから恐れ入る。今回の新国立劇場公演は理想的なパウルを迎えることができて本当に幸福だ。

・死の都 9日目

2014年02月22日01:17

今日はほぼ幕を通してみる。まずは2幕から。ピアニストは前奏曲の最初の1音から幕切れ最後の音までもれなく弾くから大変!内容の把握に猛烈に時間がかかった作品なのに通してみるとあっという間なんだよね。どのシーンもだいぶこなれてきた印象。みんなプロだからやはり繰り返しやるごとに精度が上がってくる。

休憩後は今度は1幕通し。非常によい流れ。なんといってもパウルとマリエッタがほぼ出ずっぱりでこの二人がよければ舞台が締まりますわな。マリーの声が聞こえてくる幕切れシーンも動きがうまくいくようになった。

3幕は夜ということになっていたが、この時点でまだ4時、それなら今3幕やってしまおうという話に。ピアニストが聞いてないよ~となったのは言うまでもない。予定外なことが起こるとそれなりに心の準備がいるものだ。この幕も順調に進む。途中の合唱は舞台にいってから動きを付けることにしているので我々が歌う。マリエッタ殺害もうまくいくようになった。マエストロのテンポがなかなか独特なのでついて行くのが大変だけれども。オペラの終結部はブリギッタとフランクがいないので次回に。

こうして5時までに全幕がほぼ通ってしまった。まだまだ開幕までには時間がたっぷりある今日の段階でここまできたのだから素晴らしい進捗状況といえるだろう。

今回のプログラムに載る解説の文章を見せていただいた。かなり分析的な切り口だ。ライトモチーフの譜例も載っているし「ここで~のモチーフが鳴る」というような書き方がされている。一度でこれらを把握するのは難しいだろうが、ワーグナーでも昔はそうだったのであるし、このくらいの内容が新国立劇場の公演プログラムに載るのは良いことだと思う。むしろ演奏家の人たちにあらかじめ読んでおいてもらうといい気がするのだけど。このような文章にはなかなかお目にかからないのだから。

・死の都 10日目

2014年02月23日00:43

今日は昨日の全幕練習の返し稽古、とはいっても1幕も3幕もほぼ通すという内容だった。2幕は一部シーンを返すのみ。最後にフランクの音楽稽古をやり1330に終了。

明日はオペラトーク、カヴァー歌手増田さん萩原さんの歌と田島さんのピアノでマリエッタの歌とピエロの歌が披露される。対訳を作って頂いた広瀬さん、そしてマエストロキズリンクも出演、なかなか熱いトークと演奏が繰り広げられるのではないだろうか。

ではみなさんよい週末を!

・死の都 11日目

2014年02月25日02:17

今日は稽古場で最後の稽古、全幕を通してみる。マエストロはオケ練のため不在で私が振った。ヘッドコーチもオケ練に行ってしまい、プロンプ兼の私が合図をすべて出しつつの指揮、かなり神経を使った。でもパウルの世界的歌手トルステン・ケールさんと稽古と言えども全幕お付き合いできるというのは貴重な機会だ。思い返せば新国立劇場で働いているとたま~にこういう贅沢な時間に恵まれる。ローエングリンの時にフォークトとやったし、トリスタンの時はグールドさんと何回もやった。これは役得と言えますな、うっししし‥

ただし私も人間、マエストロキズリンクと全く同じことが出来るわけもなく、自分の考えというのもある。それでも積み上げてきた稽古があるので基本的には彼のやり方で振らなければならない‥この辺がこの仕事の難しいところであります。いろんなマエストロがやってくるこの劇場、その時々のマエストロに自分をある程度合わせていかないといけない。

だいたいの稽古はマエストロがいるので問題ないが、今日のようにオケ練があるような日に限って通し稽古のような重要な稽古がかぶるのである。アシスタントはそんなわけで普段は振る機会はないのだが、いざという大切な稽古で、初めてだったとしても、問題なく稽古を進めて行くだけの指揮をしないといけない。これはほんとうに経験がいることだと思う。

とりあえず全曲滞りなく終わったので安堵。全てを弾いたピアニスト越知さんもすばらしかった。もう一人の木下さんもさらに凄いのだが、こうしてこの難曲をつつがなく進行できるのも素晴らしいピアニストがいればこそ。

オケ練は二回目、分奏を含めてかなり細かくやった模様。ちょっと立ち稽古の時とテンポがだいぶ違うので不安なんだが‥まあオケ合わせでいろいろ判明するだろう。明日もう一度オケだけでやりあさってが合わせ。その翌日から舞台稽古に移る。あの素晴らしい舞台が見られるかと思うと楽しみで仕方がない。

・死の都 オケ合わせ

2014年02月26日20:12

今日はオケ合わせ。Aリハにたくさんのオーケストラの楽器が並んで壮観だ。一幕から大きく修正が必要な箇所以外は流していく。

マエストロのテンポは稽古場でのものとだいぶ違う。総じて遅いので戸惑うこともしばしば。さらに棒がわりと緩くニュアンスに欠けているので、あるべき音楽の姿が捉えにくい。ゆえにオケも弾きにくそうにしている。至る所でまだまだ合っていない。そのうち合うとは信じているが、ちょっと心配。一番私のモチベーションが下がるのは、楽譜に書かれた様々なアゴーギグをあっさり無視して振ってしまうこと。確かに若いコルンゴルトの書くアゴーギクにはやりすぎの感もあるが、いかんせんマエストロはやらなすぎである。作曲家へのリスペクトに欠けると思われても仕方ない。

そんな状況だけどケールさんは指揮がどうきても自分の音楽として完璧に合わせてくる。これ以上うまくパウルを歌える人は世界広しといえどいないと思う。久々に出会う「超一流」!

明日から舞台稽古に突入!あの素敵な舞台を見られると思うとわくわくするね。

・死の都 舞台稽古1日目

2014年02月27日21:10

さあ今日から舞台。DVDで見たあの壮麗な装置が目の前に!奥舞台にはブルージュの街並みが広がっているが、これは2Dと3Dを組み合わせてあって実に拡がりを感じる不思議なつくりだ。

昼間は1、2幕を流していく。夜はまず合唱だけ。この舞台でないと稽古できないため今日が初参加。3幕の印象的なシーンに登場する。ソリストを入れて合唱シーンから最後まで流す。

明日からは通しをやるらしい‥が3日間もあるんだよなあ。余裕がありすぎてなんだか怖い。歌手が疲れないことを祈っているよ。

・死の都 舞台稽古2日目

2014年03月01日00:26

私の今回の住処は常設のものが使えないので、移動式プロンプボックスが仮設トイレよろしくピット中央に陣どっている。ちょっと邪魔っけかなあ‥

今日は夕方からの稽古。ピットも降りて照明もついた。通すつもりだったが、扉の問題、照明の当たり方の問題、立ち位置の問題など様々飛び出して、簡単には通らない。ま、明日もあさってもあるから今日が一番問題解決に使える日ということだろう。

時間いっぱい使ってやっと最後まで。明日こそ通るかな。あさってはすべてつけてのKHP。それからBO三日とGPがある。息切れしないようにいきたい。

・死の都 舞台稽古3日目

2014年03月02日13:37

最初から通します。さすがに今日はケールさんも抜いて歌います。連日ですからね。

最初のほうでいきなりストップ!フランクのタイミングがいつもおかしいところ、これまで様子見だったが今日は我慢ならんといった感じで指揮者が止めてやり直します。フランクのアントンさんちょっと合わせ方が不確実で心配になるところがあるのです。

2幕は通るなと思った最後のDuet、ケールさんが叫んで演奏中断、自分のところへライトが当たってないと言いだしました。照明家もまだ作業途中だし、、と返答。すっきりしない続行となりましたが、このテノールさんは自分の見え方へのこだわりはひときわ強いんですね。

3幕は、問題なく通りました。マリエッタ殺害のシーンも音楽的な完成度は非常に高いです。合唱団の歌い方には改善の余地がありそうですが。

明日はやっと!KHP、すべて着けての通しです。問題なくいくとよいのですが。

・死の都 舞台稽古4日目 KHP

2014年03月04日00:30

今日(3/2)はKHP、衣装メイクかつらすべてありでの通し稽古だ。照明も大方できたようで本番の様子が分かってくる。まあ私の位置からだと全貌を見届けるのが不可能なので寂しいことです……

ここまで結構長かったな…ピアノ付き舞台稽古は4日間あったが、初日から全幕すべてを当たるという稽古だった。毎日全部やるというのは相当しんどいことだと思う。歌手は自分のペースで抜きながら歌うが、抜き歌いもうまくやらないと却って喉に負担をかける気がする。しかし、これだけ稽古を積んでくるとこのような複雑な作品でもだいぶ余裕を持って臨めるようになる。初役のミーガンも少しの不安点を残してほとんど完璧になってきたもの。今日もケールさんは抜きつつ出しつつの歌唱。時に調子を確かめるように本息で歌ってみる。ミーガンさんは全部出して歌った。

さて、今回のバージョンについて記録を残す意味で書いておきたい。もちろん謳い文句どおりのノーカット演奏だ。しかし細かく歌詞の変更を行ったり楽譜通りでない箇所があるが、それらはすべてケールさんの豊富な経験からくるサジェッションをもとにしている。彼曰く「パウル・ショット」・・実際はご承知の通りコルンドルトの親父ユリウス(とヴォルフガング)の筆名であるが・・の台本作家としての才能は大したことがないと言う。ホフマンスタールなんかとは較べものにならないと。具体的には言葉の選択にセンスが感じられないという。

1幕2場でオリジナルで “Gott,schrie ich,wenn du mir gnaedig bist,gib sie mir zurueck!”(「神よ」と叫ぶ「慈悲深くあるならば僕に妻を返してくれ」)

という箇所があるが、この内容を神に「叫ぶ」というのはよろしくなく「呼ぶ」という言葉が適切であり、よって今回は “Gott, rief ich”とやる。

その直後オリジナルで “Und heute Mittag sprach ich sie”(そして今日の昼女と話をしたのだ)とあるが、その直後にマリーの声がその口から漏れるという奇跡を語るのにここで「話した」というのは表現としておかしい。彼女に「会った」とするのが自然だ。そこで今回は「今日の昼彼女と会ったのだ」(Und heute Mittag traf ich sie)とやる。

音楽的にもいくつか変更を施す。3幕の合唱の行列が “Pange lingua gloriosi~”と歌う箇所、大音量の中でパウルが武者行列の様子を描写して歌うが、ここはあまりにオケと合唱が立派になってしまうのでパウルの歌詞が埋没してしまう。以前の出版譜にはカットしてもよい旨が記されているくらいの箇所、しかし現行譜にはその書き込みはない。ただ歌詞がよく聞き取れないのに無理して歌うほどの箇所でもない。最善の解決案としてパウルが聞こえる箇所をうまく意味が通るように歌うことにした。結果は、上演で確かめていただきたい。

もう一ヶ所は合唱が”Mysterium corporis,corporis,,”と歌ったあと幻影がパウルに迫ってくる箇所。ここは金管のバンダも参加するようにスコアにあり、バカでかいオーケストラを背負ってパウルが歌うように書かれている(練習番号276)。ここはもとから歌が聞こえない箇所であり、しかもパウルは「奇妙なほどに怯え、よろめきながら後ずさる」ので、楽譜通りには歌わず歌詞をセリフのように扱い叫ぶように演ずる。今回は実際にはバンダは使わないのだが、果たしてバンダも加わって演奏しなければならないような場面なのだろうか?どうも私には若きコルンゴルトが勢い余って突っ走って書いたように思えてならない。ただし音楽自体の盛り上がり方は凄まじいものがあり、メシアンのMTL2の構成音で書かれたクライマックスへの音楽は一種独特の音響を作りだす。

この稽古をもってピアニスト二人の主たる業務は終了、マエストロからも2人に対する労いの言葉があった。木下さん、越知さんご苦労様。何度も通し稽古があったので一人で全部弾くという機会も多くて大変だったと思うけど立派にやってくれた。

彼女達はまだカヴァー稽古と本番での鐘の演奏がある。2幕で出てくるブルージュの鐘の音は音響さんの作った素晴らしい音色のものをキーボードで弾くことによって出す。劇場の下手前扉から楽屋に抜けるコーナーにオルガンが置いてあるが、そこにキーボードが一緒に置いてあり副指揮の棒に合わせて演奏するのだ。そう、ちょうどトスカのテデウムと一緒。

さて明日から3日間のBO、オケ合わせでのオーケストラはまだまだおっかなびっくりだったので明日からどれだけ慣れていけるかが問題。オケが魅力ある演奏をしないとこの作品の魅力は半減してしまうので、頑張ってほしいところだ。私は真ん中の公衆便所!?の中からその響きを注意深く聴くことにしよう。

・死の都 BO1日目 2日目

2014年03月06日00:27

3月4日よりオケ付き舞台稽古BOに突入。私がいつも注目するのがこの稽古。ここでよい稽古ができれば本番の出来は約束されたものになるからだ。かつて新国の指揮台に立った職人指揮者はこのBOで大きな成果をあげてきた。「影のない女」のヴェヒター氏、「ばらの騎士」「ローエングリン」のシュナイダー氏などなど……。

1幕からスタートする。たいていBO最初の1コマはお互い様子見のようなところがあってぎくしゃくすることが多い。今日もそんな感じで問題は多いが、しばらく止めずに進めていく。大事な箇所だけ返して先へ進むというやり方。2幕も同様に進む。17時までに2幕が終わり休憩。大まかに流れをやったという感じ。

夜コマは児童合唱が来ているので3幕のその場面だけをやる。本来は裏歌だが一度舞台面に出てきてマエストロの指揮で一度歌う。その後正規のポジションでやるとうまくいくようになる。大変賢いやり方だと思う。その後、本来は明日のメニューだが、3幕パウルが起きたあとの部分を合唱登場までやる。それが終わると一番最初に返す。昼間の稽古でうまくいかなかった箇所を重点的にかえす。オケも2度目となると何も言わなくてもうまく弾けるようになってくる。マエストロはそれを見越して練習計画を立てているわけだ。歌手を帰したあとはオケのみで練習。3幕前奏曲や後半のマリエッタ殺害シーンをやる。明日いきなりやっても崩壊しそうな難しい場面だからよいことだと思う。このようなメニューで初日は終了。

3月5日BOの2日目。今日は2幕の頭からスタートする。アンサンブルシーンなど部分的に返しは行うが割と流して最後までたどり着く。まあ、昨日もやっているので熟れてきた箇所も多い。しかし!私には合ってない箇所を素通りしすぎな感じがして心配になってしまう。今回マエストロはオケに対して細かい練習は行っていない模様。やってくうちに慣れていくだろう的な考えだろうが、理解してなくてうまくいってない箇所は解きほぐして練習することも必要なはず。

休憩後は3幕へ。まず合唱のシーンだけやってバランスをあらかじめ作っておく。そうするとあとで流した時に止めずに済むのでこれも賢い方法だ。前奏曲はだいぶ感じは掴んできたが、クライマックスに至る箇所で必ずずれるのはどうしたものか!マエストロの棒の推進力はないのでオケが自主的に判断しなければいけないが、どうも方向性はまだ一致していない。今後絶対に解決しなければいけない問題である。最後までやり休憩後は殺害シーンを返す。オケが大きくなりがちなのでバランスに気をつける。その後昨日の稽古でまだ解決できてない箇所(裏歌やマリエッタの登場シーン)を拾って練習し18時に終了。

2日間を通じてだいぶオーケストラが作品に慣れてきた印象。しかしマエストロが素通りしてしまう箇所も多く明日の通しに向けて不安な箇所が多いのも事実。練習できるのはあと明日しかないので、無事に問題が解決するといいのだが。歌手を必要以上に歌わせすぎないとかたくさん返しすぎないとか、マエストロのやり方には感心するところも多かったが、芸術的な成果が充分でなかったという印象の今回のBO2日間だった。

明日は通し。

・死の都 BO3日目 通し

2014年03月06日20:41

今日は最終BO、これが終わるとあとはGPと公演だ。

オーケストラにとっては初めての通し稽古となる。いろいろ問題が解決できる最後の日だ。途中小さな事故で何箇所か止まったが、ほぼ本番通り進んだ。カーテンコールの稽古ののちオケだけで返しをして終了。

さて、今日は私の正直な感想(愚痴?)を書くことにする。

まず全体に、マエストロの作るテンポがのんべんだらりとしていて劇的な変化がない。細かく書き込まれている加速減速もかなり無視している。オケはだいぶ理解してきてよく演奏しているのだが、どうにも覇気のない棒でよいサウンドが出来てるとはいいがたい。淡々と振り進めるのが悪いとはいわないが、ニュアンスが分からないのでどのような音を出すべきかはっきりしない。ブレスの深さも棒だけしか頼れないのでプレイヤーによってタイミングに差が出てしまう。よってアンサンブルも明晰さを欠く。

テンポ感が毎度違ってくるのも問題だ。今日になっていくつかの箇所で今までにやったことのないテンポになったせいで歌がおかしくなった。いくら私がいて合図を出せるとはいえ、今までに積み重ねてきた体の感覚というのがある。3幕後半マリエッタ殺害に向かうシーンは演技も大変だしすべて棒を見ながらというわけにはいかない。こういう時マエストロはテンポの調整をすべきだが、、これはマエストロにしか出来ない仕事だが、、どうにも泰然自若としすぎていて動かない。あんなところで「俺に合わせろ」的な態度をとられてもさ!そんなわけでピットと舞台上に壁ができている印象なのだ。もっとお互いが寄り添うべきだがそうなっていない。これはお客様にも気づかれてしまう類いのチグハグさだ。

これは全くオケのせいではないが、今のオケからはコルンゴルトが書き込んだ様々な仕掛けが見えてこない。例えばライトモティーフの扱い、髪の話題になると鳴るあのモティーフだが有機的な表出は全くされていない。プレイヤーにそういう意識を練習中に持たせなければこれは不可能だ。ワーグナー演奏においてライトモティーフの扱いが重要なように、コルンゴルトのこの作品も同じことが言える。今のままではつまらないワーグナーを聴かされるのと同じ状況だ。

マエストロ、頭もいいし冷静に事を運ぶのは素晴らしいのだが、こうまでクールでいられると周りは困るんだ。歌手を、オケを、もっと乗せて欲しい!熱くして欲しい!世間からもこんなに期待されている公演なのに、この程度か!と思われるのは悔しいよ。帰りがけに久しく聞いていなかった他の演奏を聞いてみた。ヴァイグレのCDだがテンポ変化は多彩、というか楽譜通り!ライトモティーフもしっかり聴こえるのが嬉しい。それにひきかえ…と思ってしまうのが悲しいな。

ま、嘆いても仕方ない。私の手に負える問題ではないし、私は私の最善を尽くすのみだ。

・死の都 GP

2014年03月09日18:34

いよいよゲネプロ、同時刻にびわ湖で公演がスタートしていて日本で二箇所同時に死の都が鳴り響くという稀有な時間だった。

今日は一幕から緊張感のある響きがしていた。途中小さな事故はあったものの滞りなく最後まで辿り着いた。さあ、あとは5回公演をこなしていくだけ。病気や怪我なく千秋楽までいきますように!

・死の都 カヴァー稽古

2014年03月11日20:13

今回は死の都のカヴァーのお話。

当然他の公演同様すべての役にカヴァー歌手がいる。マリエッタ増田のり子、フランク萩原潤の二人はオペラトークでも歌っているのでカヴァーとして認識されているだろう。

では難役パウルのカヴァーは?さすがに日本人で見出すことは難しかったようで、オーストリアからローマン・サドニックさんがやってきた。彼は次のヴォツェックに鼓手長で出演するがパウルも引き受けてくれた。初役ということで事前には心配もしたのだが、実によくマスターしてあった。話を聞くとこの先イギリスでパウルを歌う予定があるそうだ。それなら話はわかる。ここで充分勉強しておけばレパートリーになっちゃうものね。

そう思うと今回歌わない確率のほうが圧倒的に高いのに、難役をほぼ完璧に勉強してきた増田さんには頭が下がる。つくづく大きい役のカヴァーは大変だと思うよ。

さてカヴァー稽古は各幕一コマずつで全幕を当たるというタイトな稽古。演技もいろいろあるのに私の指揮に合わせてやるのも始めて、でも何度も返す余裕はない。こんな時が私の力が一番必要とされる時。いつもの5倍は出しまくる鬼プロンプで一発でうまくいく手助けをする。もし彼らが本番で立つようなことがあったら、こうしなければいけないわけでシュミレーションを兼ねた真剣勝負だ。

二人に限らず他のカヴァーもしっかりと準備してきてくれたので、いつにも増して充実した稽古になった。これだけの難曲だがいつ彼らが代わっても~それは起こらないに越したことはないが~公演を成立させることができる。

・死の都 初日

2014年03月13日00:18

ついに初日を迎えた。私の視点からの感想。抑えるのもなんなんで正直に。

充分稽古を積んできたから問題なくいく、、というものではないのが公演というもの。

まず出だしから慎重になったオーケストラに緊張が走った。振っても音が出ない!東響はいつもこういう傾向だが今日はなお顕著。もちろん予想はしていたがそれ以上だった。その上慎重さがプレーヤーによって異なり音が集まってこないので、どこに合わせていいのかわからなくなる。なんとか調節して乗り切ったが、最初の場面での主役ブリギッタはさぞ歌いにくかったことだろう。

そして、パウルのケールさんの不調は最初から明らかだった。マリエッタを迎える前の3場、4場のハイBはかすれるし伸びない。私にはかなりの緊張が走る。別に私が歌うわけではないが、どのようにしてこの先の長丁場を乗り切るのか心配だったからである。マエストロはさしてケールさんを助けるわけでもなくいつものように淡々と振る。

マリエッタ登場、ミラーさん快調に飛ばす。オケも最初に感じた違和感はなくなりつつある。しかしオケの中のアンサンブルがよいとはいえない。

1幕終了、私は憮然として楽屋に戻る。GPまでの出来はどうしたのだろう。全くもって許し難い出来である。楽屋で聴いてた人、会場で聴いていた人には私の憤慨は伝わらなかったみたいだが。

しかし2幕で実際に裏で演奏に参加したネモーンとしずちゃんには私の言ってることはわかったようだ。どのタイミングて弾いていいやらわからないと言う。テンポも一定しないし第一オケが全然合ってないと。私の位置だと左右からタイミングの違う音が聞こえてくるのだからとこに照準を合わせるべきか迷うのである。

アンサンブルシーンは特にひやひやだ。管と弦のタイミングも違うしテンポが一定しない中、5人のアンサンブルを一糸乱れず進めていかなければいけない。オケにクセのついてしまったアレグロの箇所は指揮者の棒と関係なく進んでしまったりもするから、棒見るなよ的な威圧感で仕切る。棒見たら遅れちゃうからね。有名なピエロの歌も歯車の噛み合わないまま終わり、なんだか高揚感もない。

しかし!!そんな妙な緊張感から解放されたのは2幕4場に入ってからだった。ここではGP以上に濃密なドラマが展開されたし響きも引き締まってきた。不調ながらケールさんは輝かしい高音を出し続ける。何より驚愕するのは調子が悪くともブレスの位置を決して変えないのである。声を出し続けているうちに調子が戻ってきたかのようだ。この幕の終わりにはブラヴォーが飛んだ。

3幕、前奏曲の躍動感は相変わらずない。ただアンサンブルを安定させるだけに始終する。子どもの歌、マエストロがaccel.すべき箇所でやらないので崩壊しかける。こういうたまに無神経になる瞬間があるのがキズリンクの困ったところ。

その後合唱登場以降はいつもと同じような流れが戻ってきた。ただパウルの箇所を相も変わらず淡々と振り進めるマエストロにいらだったか時々ケールさんが仕掛ける場面もあった。俺の調子をちょっとは考えてくれよ、と言ってるようだった。しかし経験の浅い歌手のやるそれとはまったく違い加減が絶妙なのだ。お客さんには全然気づかれることなくこなしていく。

パウルのAberglaubeアリアに到達、やはりブレスの位置を全く変えないケールさん、むしろ調子が戻ってきたかのよう。ミーガンのハイCも輝かしく決まり、マリエッタ殺害へのクライマックスもほぼうまくいった。オケのアンサンブルはここにきて最高の集中力を発揮していたようで見事に決まっていた。こういう時私は指揮者を凝視せず流れてくる音を頼りにキューが出せるので楽なのである。逆にいうと今日の1幕ではそれがほとんどできないほどストレスの溜まる時間だったわけ。

終景、私的にと~ってもうれしかったのは短いブリギッタの出番が完璧にいったこと。遅いテンポの中でタイミングを合わせてトリッキーなリズムを歌うのは案外難しい。完璧な出来が本番で訪れるというのは合図を出してる私にとって、人には知れぬ密かな喜びなのだ。パウルの最後のアリアここまできたらもう大丈夫と思ったが、最後のハイBで何かが喉に入ってしまったらしく声がひっくり返ってしまった。大変惜しいことだ。しかし私には小さなことに思われた。むしろ明らかな不調の中最後までよくぞコントロールして公演を成立させたという、常人及ばぬプロ意識を見せつけられたことに驚愕を覚えた。

緊張感の多くはオーケストラからもたらされたというような書き方をしてきたが、責任の多くはオケでなく指揮者にあるのである。BOの時にも書いたが、指揮者とはオケ内に広がっている緊張感、空気感までをも感じ取って、その時々の状況に合わせて棒を振らなければいけない仕事だ。停滞感があれば先へ進めるとか、音が集まらないときは意図的に拍を示すとか、「瞬間瞬間の現場監督」たる仕事をするべきだ。本番に来てアンサンブルに迷いがあるというのは、そこまで仕切れていない指揮者に原因がある。東響の能力だったらこんなサウンドでおさまるはずはない。「悪いオーケストラというのはない。あるのは悪い指揮者だけだ。」この言葉をいつも思い出す。決してキズリンクは悪い指揮者ではないが……私の一番のもどかしさはそこにある。

という初日であった。ケールさんが万全の調子に戻ることを祈念して休むことにしよう。

・死の都 2回目

2014年03月16日01:05

いつもの公衆便所に入ると、目の前にマイクが!小さな文字でNHKと書いてある。そうだ、今日はテスト撮りの日だ。しかしこんな近くにあったら私の声を拾ってしまうな。

開演前トルステンに「マイクあるから今日と次回のショーはほとんどなしでいいからさ。」と言われていた。ショーとは公演のことである。確かに彼は問題ないが、危ない人もいるのて全く声を出さないわけにいかないな。

終演後NHKの方が私に「次回はもっと小さくやって」って言ってきた。オイオイ、これより小さくするのかよ!今日は可能な限り少なくやったのに。それにNHK様は消す技術もすごいと聞いている。次回も今日くらいでいくつもり。でもNHK様には「やってみます。」とためらいつつも明るいお返事。

ということで次回は本撮りです!

ところで、今日の演奏は‥初日よりはよかった。

トルステンも初日よりはよかった、が本調子とは言い難い。次回までに復調するかな。

・死の都 3回目

2014年03月18日23:21

今日はNHKが入っていた。みんな意識しての本番だったかも。ケールさんもほぼ調子は戻ったようで1幕から油が回っていた。

しかし!マエストロのテンポに関しては1幕が一番変だ。特に開幕のブリギッタのとこやフランクの歌などどうしちゃったんだろと思う位遅い。いつも1幕が終わると暗澹たる気持ちで楽屋に帰る。

ところが!2幕以降は流れがよくなる。今日の3幕は非常によいと言えるのでは?ま、私的にはマエストロのもともとのテンポが好きじゃないので絶賛はできないが、今の環境の中では結果を出したと言える。歌手の声もいいし殺害シーンもうまくいった。

あと残り二回もこのくらいの出来は保ちたいね。問題は一幕だよ、一幕!

とは言ってみたものの、私の頭の中は今週末に始まるヴォツェックのことでいっぱい。同じドイツ語といえど両立するのはきつい!死の都はもう公演をこなしていくだけ、ヴォツェック脳に早いとこ切り替えないと‥

・死の都 4回目

2014年03月22日10:27

NHKの収録も無事終わりなんだか全体にリラックスムードが。私も声をおさえなきゃなどという緊張感から解放されいつものペース。ほんとは収録の日もこれでできたらよかったのにと思うんだけど、やはりカメラがあるとみんな意識はするんだよね。

さて、音楽の進行はほぼ固まってきた感あり。1幕は「いつものようにダラダラ→私は憮然として楽屋に帰る」というパターンができてしまった。アンサンブルシーンはこれまでの傾向から最善の方法を編み出したので一番良い出来になった。3幕は前回に続いて「わりと」良かったかも。

マエストロはなんだかよくわからない人だ。よい指揮者とは思うが、流れやオケの音色を作るという意味で物足りない。しかしここまでくるともう変化は望めないので今日のような最終公演となるだろう。

トルステン・ケールさんは今日が99回目のパウル、次回公演が記念すべき100回目、そういう意味では最高に気合いの入った声が最終公演で聞ける、そんな予感がする。

・死の都 千秋楽

2014年03月25日09:57

いよいよ最終日。2月中旬の稽古開始時は寒い日々が続いていたが今日は春の陽気、時間の経過を感じるな。

一つの役をたくさん歌う人というのは欧州にはたくさんいる。メジャーな演目だと驚くべき数字に出会うことがある。ハヴラタさんはオックス700回とかヴァイクルさんはザックス500回とか。指揮者でもヴァイケルトさんは魔笛数百回振ってるというし。

でも珍しい死の都という演目でパウル100回というのは驚くべき数字だ。カーテンコールでもミーガンさんが手で100という数字を示してケールさんの偉業を讃えていたし、バックステージのモニターには100回目のパウルと5回目のその他の皆さんを讃える表示が!

回数を重ねると何が違うか?それは「見通しのよさ」ではないだろうか。開幕から終演に至るまでの役のもっていきかた、声のもっていきかたが自分の中に確実に見えているってこと。

正直今回5回の本番いずれもケールさんの調子は万全ではなかった。オケ合わせの時が最高で舞台稽古以降少しずつ疲労していった印象。しかしそんなコンディションでも、ハイトーンが連続する至難な役をやり遂げるだけのすべを持っていたのだ。

さて全体としては素晴らしい歌手のおかげでなかなかの公演になったと思う。ただ多くの感想で1、2幕が単調というのがあったが、そう思わせたのはテンポの要たる指揮者の責任が大きい。今回残念だったのはこの点だ。もっと素晴らしい公演にできるだけのキャスティングだっただけに惜しいことである。

この先このオペラの上演に立ち会えることはあるだろうか?若干の寂しさを覚えつつ長かった死の都と別れを告げる。

(完)

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